至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 タツキと晴は、ビックリ煮込みを作る方向で本格的に準備を始めた。

「ビックリ煮込みは、根菜と一緒に角煮と煮卵を入れるんだよね」

 タツキの料理帳を晴が確認する。

「そうだな。ベースはコンソメ系が妥当なんだが。今回はかつおだしと醤油で、汁多めの和風煮付けっぽくしてもいいかもな」

 考えながら、タツキは顎を摩った。

「角煮は、この前仕留めたガルガル猪だな。和風なら根菜は、フクフクゴボウとニョロニョロ人参、丸々れんこん、ビックリ大根に、コロコロ里芋と沁みシイタケ、コンニャクかな。卵は……」

 タツキは考え込んだ。

「カラスうずらの卵じゃないの?」

 晴が首を傾げる。

「そうなんだけどなぁ。今時期のカラスうずらは、気が立っているんだよ。卵は美味いんだけどなぁ」

 春待国は春が長い。春が明けるのを待つ国、というのが名前の由来だ。
 今は仲春で、動物たちが子作りを始める時期だ。この時期の卵は濃厚で確かに美味い。

「カラスうずらは、体がデカいから中級モンスターの類に入る。食材ハントだけで結構な命懸けだ」

 大きいだけではなく、卵を守るカラスうずらは獰猛になる上、魔法を使う。それが厄介だ。

「狩りに行くなら、俺一人かな」

 晴を連れて行ったら、逆にカラスうずらに食われそうだ。
 タツキの服を、晴がくぃと引いた。

「僕、邪魔?」

 切なそうな目で、タツキを見上げる。耳が寝ている。
 その顔を見たら、何も言えなくなった。

(ダメだろ、絶対。けど、一人にされんのが、淋しいのか)

 晴の目がタツキに縋っている。
 本当なら、連れて行くべきではない。
 それでも大会までの日数と、晴の切なそうな目が、タツキの判断を少しだけ鈍らせた。

「うーん……カラスうずらの射程外で……じっとしていられる、なら。連れて行かなくも、ない、かな」

 タツキのギリギリの譲歩だ。
 晴の顔が、ぱっと晴れた。尻尾がピンと立っている。

「うん! 僕、お約束、守るよ」
「晴、いい子」

 タツキは晴の頭を撫でた。最近は無条件に晴の頭を撫でている気がする。
 晴が嬉しそうにぐりぐりするから、癖になっている。

「野菜は知り合いの農家で揃えてもらえるから、連絡しておくか」
「お店に野菜を卸してくれる農家さん?」
「そうそう。俺が首都に戻ってくる前、世話になってた地方の農家でさ。良い野菜を作ってるんだ」

 春待国の南側、南端地区の空也という農家だ。
 首都を逃げ出して十年近く世話になっていた。タツキにとってはあの頃も今も大事な場所だ。

(その間も剣の修行や魔法の練習、してたっけな)

 勇者に未練があった訳ではない。この国で料理をするには、食材をハントする必要がある。多少の武力がないと危険だと悟ったからだった。

「そんじゃ、俺たちはカラスうずらの卵ハントと行きますかね」
「はい、師匠!」

 びしっと手を上げて、晴が良いお返事をした。
 
(どうも、息子に甘くなりそうだ)

 可愛い晴を見ていると、顔が緩む。
 さりげなく自分に喝を入れて、表情を引き締めた。

「危険だと思ったら、卵が手に入らなくても引き返すぞ。無理しないこと。約束できるな」
「約束します!」

 晴が真面目な顔で頷いた。本人は真剣なようだ。

(わかっているなら、いいか。晴の性格なら、無茶はしないだろ)

「じゃ、明日にでもカラスうずらの生息地に行ってみるか」

 下見程度で行ってみて、うまいこと卵が手に入ればいい。

(大会まで日もねぇからな。一日でも早いほうがいい)

 焦る気持ちが、タツキを突き動かした。

「そうと決まれば飯を食って、しっかり寝ておかないとな」
「はぁい。ねぇ、師匠。今日の夕飯、なぁに?」
「今日はカレーだ。ほれ、皿に飯をよそえ」

 晴が、そそくさとカレー皿にご飯を盛る。

「こんな感じ?」
「そうそう。そんで、こんな風にカレーをかける」

 たっぷりのカレーが盛られた皿を眺めて、晴が無表情になった。

「師匠……変な色だよ。ツンとした匂いがする」

 晴が鼻をヒクヒクさせる。
 獣人だからか、晴は鼻が利く。

「色と匂いは、まぁな。けど、味は美味いぞ」

 席について、二人揃って手を合わせる。

「いただきます」

 スプーンを持ったまま、晴がフリーズしている。
 目の前で、タツキはカレーをぱくりと頬張った。

「うん、スパイスのブレンド完璧。美味い」

 モリモリ食べるタツキを眺めて、晴がスプーンを動かした。
 控えめに掬って、ぺろりと舐める。
 その顔が驚きに染まった。
 一口、二口と食べる手が止まらなくなった。

(美味さに気が付いたな。よしよし)

 タツキより早く、あっという間に晴がカレーを平らげた。

「おかわりして、いい?」
「いいぞ。どんどん食え」
「わぁい。とっても美味しい。カレー好き」

 晴が自分でご飯をよそって、カレーをたっぷりとかけた。
 席に座ってモリモリ食べ始めた。

(子供はカレー、好きだよなぁ)

 カレーをパクつく晴を、ほっこりした気持ちで眺めた。

「僕もカレー、作れるようになりたい」
「教えてやるよ。俺の料理帳にも、スパイスのブレンドが書いてあるぜ」
「もう一回、読む」

 カレーをパクパクしながら、晴が頷いた。

「スパイスを作るのに、かなり苦労したんだ。醤油や味噌もだけど、この国で作るのに一番苦労したのは、調味料だな」
「そうなの? 売ってないの?」

 晴が首を傾げる。

「この国には元々なかったもんだからな。俺が全部、作ったんだ。今は作る業者も増えてきて、首都の店でも売られるようになったから、楽になったよ」

 自ら作り、業者に作り方を教えて流通に載せるまで、かなりの時間がかかった。整備されたと感じるのは、つい最近だ。

「そうなんだね。やっぱり師匠は凄い!」

 晴の目がキラキラしている。感動している時の顔だ。
 純粋な目で素直に褒められると、かえって照れる。

「カレーのスパイスの配合は誰にも教えてねぇんだ。教えるのは、晴だけだぜ」
「僕にだけ、教えてくれるの?」

 晴が身を乗り出した。

「晴は俺の唯一の弟子だからな。特別だ」
「特別……嬉しい」

 晴がカレーを見詰めて、はにかんだ。

「俺が死んだら、ここにあるもんは好きに持っていきな。スパイスも、調味料も。もし店を継ぎてぇなら……」
「嫌だ!」

 晴が大きな声で怒鳴った。
 タツキは思わず言葉を止めた。

「死んだらなんて、嫌だ。師匠は、死んじゃ嫌だ」

 晴の目が涙で潤んだ。

「いや、俺ももう四十七歳だし。いつどうなるか、わからねぇから」
「師匠は死なないもん。ずっと一緒に料理するんだもん」

 スンスンと晴が泣き始めた。
 どうしたものかと、タツキは慌てた。

「そう、だよな。俺も晴と離れたくねぇし、離れる気もねぇよ」

 タツキは晴の肩を抱いた。
 つい一月前に親に捨てられて、やっと得た安息の場所だ。
 それをまた失うかもしれないのは、悲しいし怖いだろう。

(軽率だったな。この子の傷は、癒えている訳じゃないんだ)

 親に捨てられた心の傷は、どれだけ成長しても消えるものではない。

(それでも、いつまで一緒にいてやれるか、わからねぇもんな)

 その場限りの慰めは余計に傷つける。かといって、はっきりとした現実を受け入れられる年齢でもない。

「なぁ、晴。お前は人に好かれる質だ。だから、友達をうんと作れ」

 フルフルと晴が首を振った。

「やだ。師匠じゃなきゃ、嫌だもん」

 晴がいつになく頑なだ。

「俺はできるだけ長生きして、晴の傍にいる。その間に、たくさん料理を教えてやる」
「……一緒に、料理する」

 泣きながら、晴が頷いた。

「うん、たくさん作ろう。いいか、晴。美味いもん食えば、誰でも心が丸くなるもんだ。腹いっぱいになれば笑顔になれる」
「心、丸く?」

 晴が顔を上げた。
 目尻に溜まった涙を、タツキは拭った。

「あぁ、そうだ。晴も、そうだったろ?」
「そう、かも」

 晴がぎこちなく頷いた。

「美味い飯が作れれば、晴なら友達なんか、すぐにできる。俺が全部、教えてやるから」
「ん……わかった」

 晴が納得いかない顔で俯いた。

「でも僕は、師匠が好き」
「俺も、晴が好きだよ」

 自分の目が黒いうちは、料理をどんどん仕込んで、溢れるほどの愛情を注いでやろう。
 タツキは改めて胸に誓った。