早速次の日から、晴は勉強を始めていた。
タツキの部屋にある料理の本を読み耽っている。
「晴、まだ起きてんのか」
夜中まで部屋のランプが点いているから、ちょっと心配だ。
「うん、もうちょっと読みたい」
晴の目が真剣だ。あまり瞬きをしていない。
後ろに回ったタツキは、晴から本を取り上げた。
「あぁ……」
晴の手が本を追いかける。その手をぴしゃりと叩いた。
「ダーメ、今夜はおしまい。寝ましょう。じゃないと、一緒に料理を作りません」
「…………はぁい、寝ます」
大変不満そうな声が漏れた。
「はい、布団に入って」
晴が、もそもそと布団に入る。
「ランプ消すぞ」
「はーい」
とても小さな声だ。ちょっと拗ねている。
(子供はこれくらいでないとなぁ)
それにしても、拗ねる理由が普通の子供とは少し違うが。
「おやすみ、晴」
晴の頭を撫でる。耳がぴくぴくと跳ねた。
「おやすみなさい、師匠」
素直に布団を被った晴を確認して、タツキは部屋を出た。
(勉強熱心というか、没入型というのか)
一緒に料理を考えようという誘いが嬉しかったのだろうか。
だとしたら、タツキも嬉しい。
(誰かとレシピを考えるなんて、久し振りだ)
ワクワクと胸が膨らむ。
(四十七歳になっても、こんな風にワクワクするんだねぇ)
嬉しい気持ちを抱えて、タツキは自分の部屋に戻った。
そんな日々から、十日ほどが過ぎた頃。
晴がノートを持ってタツキの部屋にやってきた。
「ビックリ煮込み、どうかな?」
数冊の本を胸に抱いた晴が、開口一番にタツキに迫った。
「ビックリ煮込み、か……」
前のめりな晴に圧倒されながら、その手元を眺める。
タツキの料理帳や豊穣祭の歴史の本を抱いていた。
「前回の豊穣祭で師匠が優勝するまで、蒸すだけとか焼くだけみたいな素朴な料理が多かったって本に書いてあって」
晴がいそいそと本を開く。
「そうなんだよなぁ。だから、俺が出した料理、ビックリされたんだよ」
「ホゥホゥ鳥の唐揚げ、だよね。僕にも食べさせてくれた」
晴が嬉しそうに、はにかんだ。
「うん、そう。唐揚げって見た目も地味だし、一見しては美味しそうに見えないだろ? あの時はあんかけで出したんだけど、最初の評価は散々でさ」
タツキは思い出して笑った。あの時の審査員の表情からは、優勝なんて想像もできなかった。
(もう十五年も前なのか。つい、最近のことみたいだし、遠い昔みたいだ。変な感じだな)
役立たずと罵られ、一度は田舎に逃げたタツキを連れ戻しに来たのは蓮也だった。豊穣祭の料理大会に出ろとしつこく食い下がった。
あの料理大会での優勝が、タツキのこの世界での人生を大きく変えた。
「公国の王様が気に入ってくれてね。それから日本……日ノ本食っていうのが、中津公国でも公認されてさ。元祖の店なんて言われて……懐かしいな」
豊穣祭の料理大会の本、最後の章にはタツキの優勝が記されている。
「ホゥホゥ鳥の唐揚げは、今でもキジムラ食堂の看板メニューだよ」
「やっぱり、師匠はすごい。僕、尊敬する」
晴の目がキラキラ輝いている。
その頭をタツキは撫でた。
「一生懸命、調べてくれたんだな。ありがとうな」
まさか五十近くなった今になって、過去の功績を褒めてくれる人が現れるとは思わなかった。
「だって、今年も優勝してほしいから」
晴が、ぐりぐりとタツキの手に頭を押し当てた。
「あはは。晴は頭を撫でられるのが好きだな」
「師匠に撫でてもらうのが、好き」
最近の晴は、タツキが手を上げると自分から頭を突き出してくる。
タツキは髪を梳きながら晴の頭を撫でてやった。
「それで、晴は何で、ビックリ煮込みが良いと思ったんだ?」
正直、煮込み料理はタツキの候補の中にはなかった。
晴の意見に興味が湧いた。
「うん、あのね。師匠のノートに、食材がいっぱい書いてあったからね」
タツキの料理帳を、晴がパラパラと捲る。
食材について調べたページを開いた。
「春待国は食材がいっぱいで、お肉やお魚以外にも、美味しいお野菜も多いって。そういうの、いっぱい入れたら、神様は喜ぶんじゃないかなって思ったの」
晴がノートを突き出す。
「色々いっぱいって、嬉しいよ」
晴がニコリと微笑んだ。
その笑みに、胸がじわりと熱くなった。
(あぁ、この子は。人を喜ばせたり幸せにしようって気持ちが、ちゃんと備わっているんだな)
拾った時はただ怯えるばかりで笑いもしなかった。
少しずつ、晴らしい優しさが滲んで、溢れ出した。
そう思ったら、タツキの胸がいっぱいになった。
「晴、可愛く育ったなぁ。師匠は嬉しい」
タツキは晴を抱きしめた。
まだ、拾ってひと月あまりだ。なのに身長は十センチ以上も大きくなった。人の子なら十~十二歳くらいには見えるだろう。
(出会った時は、あんなに小さかったのに)
七歳程度の子供に見えた獣人の子は、あっという間に大きく育った。獣人の成長は早いと知っていたが、目の前で見ると驚かされる。
「賢くて優しい。自慢の息子で弟子だよ、晴」
晴が腕を伸ばして、タツキを抱き返した。
「僕も師匠が大好き」
晴が無邪気に笑う。いつまでこんな風に抱き付いてくれるだろう、なんて思わず考えた。
「ビックリ煮込み、作ってみるか」
「うん! でも……僕の提案で、本当にいいの?」
晴が急に、自信なさげな顔になった。
「焼きも蒸しも、いまいち乗らなかったけど。晴の話を聞いたら煮込みはアリだと思ったよ。日ノ本食っぽいし、ゴロゴロ野菜の肉料理もいいよな」
晴の顔が、ぱっと明るくなった。
「晴も手伝ってくれるだろ?」
「うん! 一緒に作るよ」
笑顔満開の晴を撫でる。
やっぱりぐりぐりと頭を押し付けてくるのが、可愛い。
(優勝より、晴と一緒に参加できるのが、宝物になりそうだ)
そんな予感を抱きながら、腕の中の可愛い我が子の温もりを手放せずにいた。
タツキの部屋にある料理の本を読み耽っている。
「晴、まだ起きてんのか」
夜中まで部屋のランプが点いているから、ちょっと心配だ。
「うん、もうちょっと読みたい」
晴の目が真剣だ。あまり瞬きをしていない。
後ろに回ったタツキは、晴から本を取り上げた。
「あぁ……」
晴の手が本を追いかける。その手をぴしゃりと叩いた。
「ダーメ、今夜はおしまい。寝ましょう。じゃないと、一緒に料理を作りません」
「…………はぁい、寝ます」
大変不満そうな声が漏れた。
「はい、布団に入って」
晴が、もそもそと布団に入る。
「ランプ消すぞ」
「はーい」
とても小さな声だ。ちょっと拗ねている。
(子供はこれくらいでないとなぁ)
それにしても、拗ねる理由が普通の子供とは少し違うが。
「おやすみ、晴」
晴の頭を撫でる。耳がぴくぴくと跳ねた。
「おやすみなさい、師匠」
素直に布団を被った晴を確認して、タツキは部屋を出た。
(勉強熱心というか、没入型というのか)
一緒に料理を考えようという誘いが嬉しかったのだろうか。
だとしたら、タツキも嬉しい。
(誰かとレシピを考えるなんて、久し振りだ)
ワクワクと胸が膨らむ。
(四十七歳になっても、こんな風にワクワクするんだねぇ)
嬉しい気持ちを抱えて、タツキは自分の部屋に戻った。
そんな日々から、十日ほどが過ぎた頃。
晴がノートを持ってタツキの部屋にやってきた。
「ビックリ煮込み、どうかな?」
数冊の本を胸に抱いた晴が、開口一番にタツキに迫った。
「ビックリ煮込み、か……」
前のめりな晴に圧倒されながら、その手元を眺める。
タツキの料理帳や豊穣祭の歴史の本を抱いていた。
「前回の豊穣祭で師匠が優勝するまで、蒸すだけとか焼くだけみたいな素朴な料理が多かったって本に書いてあって」
晴がいそいそと本を開く。
「そうなんだよなぁ。だから、俺が出した料理、ビックリされたんだよ」
「ホゥホゥ鳥の唐揚げ、だよね。僕にも食べさせてくれた」
晴が嬉しそうに、はにかんだ。
「うん、そう。唐揚げって見た目も地味だし、一見しては美味しそうに見えないだろ? あの時はあんかけで出したんだけど、最初の評価は散々でさ」
タツキは思い出して笑った。あの時の審査員の表情からは、優勝なんて想像もできなかった。
(もう十五年も前なのか。つい、最近のことみたいだし、遠い昔みたいだ。変な感じだな)
役立たずと罵られ、一度は田舎に逃げたタツキを連れ戻しに来たのは蓮也だった。豊穣祭の料理大会に出ろとしつこく食い下がった。
あの料理大会での優勝が、タツキのこの世界での人生を大きく変えた。
「公国の王様が気に入ってくれてね。それから日本……日ノ本食っていうのが、中津公国でも公認されてさ。元祖の店なんて言われて……懐かしいな」
豊穣祭の料理大会の本、最後の章にはタツキの優勝が記されている。
「ホゥホゥ鳥の唐揚げは、今でもキジムラ食堂の看板メニューだよ」
「やっぱり、師匠はすごい。僕、尊敬する」
晴の目がキラキラ輝いている。
その頭をタツキは撫でた。
「一生懸命、調べてくれたんだな。ありがとうな」
まさか五十近くなった今になって、過去の功績を褒めてくれる人が現れるとは思わなかった。
「だって、今年も優勝してほしいから」
晴が、ぐりぐりとタツキの手に頭を押し当てた。
「あはは。晴は頭を撫でられるのが好きだな」
「師匠に撫でてもらうのが、好き」
最近の晴は、タツキが手を上げると自分から頭を突き出してくる。
タツキは髪を梳きながら晴の頭を撫でてやった。
「それで、晴は何で、ビックリ煮込みが良いと思ったんだ?」
正直、煮込み料理はタツキの候補の中にはなかった。
晴の意見に興味が湧いた。
「うん、あのね。師匠のノートに、食材がいっぱい書いてあったからね」
タツキの料理帳を、晴がパラパラと捲る。
食材について調べたページを開いた。
「春待国は食材がいっぱいで、お肉やお魚以外にも、美味しいお野菜も多いって。そういうの、いっぱい入れたら、神様は喜ぶんじゃないかなって思ったの」
晴がノートを突き出す。
「色々いっぱいって、嬉しいよ」
晴がニコリと微笑んだ。
その笑みに、胸がじわりと熱くなった。
(あぁ、この子は。人を喜ばせたり幸せにしようって気持ちが、ちゃんと備わっているんだな)
拾った時はただ怯えるばかりで笑いもしなかった。
少しずつ、晴らしい優しさが滲んで、溢れ出した。
そう思ったら、タツキの胸がいっぱいになった。
「晴、可愛く育ったなぁ。師匠は嬉しい」
タツキは晴を抱きしめた。
まだ、拾ってひと月あまりだ。なのに身長は十センチ以上も大きくなった。人の子なら十~十二歳くらいには見えるだろう。
(出会った時は、あんなに小さかったのに)
七歳程度の子供に見えた獣人の子は、あっという間に大きく育った。獣人の成長は早いと知っていたが、目の前で見ると驚かされる。
「賢くて優しい。自慢の息子で弟子だよ、晴」
晴が腕を伸ばして、タツキを抱き返した。
「僕も師匠が大好き」
晴が無邪気に笑う。いつまでこんな風に抱き付いてくれるだろう、なんて思わず考えた。
「ビックリ煮込み、作ってみるか」
「うん! でも……僕の提案で、本当にいいの?」
晴が急に、自信なさげな顔になった。
「焼きも蒸しも、いまいち乗らなかったけど。晴の話を聞いたら煮込みはアリだと思ったよ。日ノ本食っぽいし、ゴロゴロ野菜の肉料理もいいよな」
晴の顔が、ぱっと明るくなった。
「晴も手伝ってくれるだろ?」
「うん! 一緒に作るよ」
笑顔満開の晴を撫でる。
やっぱりぐりぐりと頭を押し付けてくるのが、可愛い。
(優勝より、晴と一緒に参加できるのが、宝物になりそうだ)
そんな予感を抱きながら、腕の中の可愛い我が子の温もりを手放せずにいた。



