1,間奏の凄まじいソロバトルが放った熱量の余波で、ステージの空気はまるで真夏のアスファルトのように激しく陽炎を揺らしていた。
遥のシンセサイザーと漣のギターが空中で火花を散らしながら殴り合い、そこに巧くんの狂気的なドラムと徹先輩の地を這う重低音ベースが合流した、その刹那――。
一瞬、すべての音がピタッと止まり、ライブハウス全体が真空のような完全な静寂に包まれた。
大サビに入る、わずか1拍前の『空白』。
そのゼロ秒の瞬間に、遥は自分の鍵盤の上に置いた両手に、これまでの17年間の人生のすべてを、その指先へと一点に集中させていた。
息が苦しい。胸の骨の奥がはち切れそうなほど痛い。流れる汗が目に入って視界は白く滲み、鍵盤を叩き続けてきた手のひらはとうに感覚を失いかけている。けれど、遥の胸の奥で燃え盛る青白い炎は、今、これまでの人生のどの瞬間よりも激しく、純度100%の熱量を持ってその魂を焦がし続けていた。
(いくよ、みんな――。これが、私たちの本当の『正解』だ……!)
ドンッ!!!
巧さんが全身の体重を乗せて叩き抜いたクラッシュシンバルの炸裂とともに、曲はついに、最後のサビへと突入した。
まばゆい赤と金色のスポットライトが、ステージの上へともぎ取るようにして一気に降り注ぐ。
その光の爆発と同時に、4人の鳴らす不協和音の濁流が、ライブハウス『O-EAST』の巨大な空間へと、跡形もなく完全に解き放たれた。
遥の指先が、鍵盤の上を狂ったように跳ね回る。
あの日、放課後の古い音楽室で、漣のギターに意地悪でぶち込んだ、あの『4度マイナー(Dm)』のコード。それが今、この大サビのメロディの真ん中で、これ以上ないほど切なく、これ以上ないほど鋭利な傷跡を世界に残しながら、スピーカーから放たれていく。
クラシックの教科書には絶対に載っていない、大人の言う音楽のルールを完全に無視した、あまりにも美しく、あまりにも獰猛なはみ出した音階。その和音の一音が、漣のギターソロと、徹先輩のベースと、巧さんのビートを、一本の巨大な、光り輝く濁流へと美しく統合していくのが分かった。
キィィィィィィン――!!!
アンプが限界を超えて悲鳴を上げ、スピーカーから放たれる圧倒的な音圧の壁が、ライブハウスのコンクリート壁を物理的な質量を持って激しく揺さぶる。
その瞬間、光の海の向こう側にいる何千人もの観客たちの熱狂が、ダムが決壊したかのように完全に爆発した。
誰一人として、もう腕を組んで値踏みするような冷たい目をしている者はいなかった。誰もが涙を流しながら、声を枯らして叫び、4人の鳴らすその汚くて美しい悲鳴に呼応するようにして、狂ったように拳を突き上げ、フロア全体が巨大な生き物のように激しく波打っていた。
神代玲央の鳴らすような、計算し尽くされた100点満点のお手本の音楽ではない。
ここにあるのは、17歳の彼らの、やり場のない焦燥感も、悔し涙も、大人への拒絶も、すべてがむき出しのまま詰め込まれた、世界にたった一つしか無い『本物の音楽』だった。
弾きながら、遥の目から熱い涙がボロボロと溢れ落ち、シンセサイザーの液晶画面を濡らしていった。
傷つくのが怖くて音楽を捨て、大人の言う安全なレールを歩こうとしていた、あの息の詰まりそうだった日々。味のしないご飯を食べて、誰かに褒められるためだけに真っ白な進路票を睨みつけていた、あの優等生の檻。
そんな檻を、私は今、自分の指先で、この最高の戦友たちと一緒に、完全に粉々にぶち壊しているんだ。
「――っ、うおおおおおおおおお!!」
ステージの真ん中で、漣が濡れた黒髪を激しく振り乱しながら、自分の名前を叫ぶようにしてギターを掻き鳴らしている。その少年のような、だけど信じられないほど自由な笑顔が、スポットライトの光の中でギラギラと輝いていた。
徹先輩も、指の皮が千切れて血が滲むのも構わず、ベースのネックを激しく掲げて叫び、巧さんも全身の筋肉を限界まで引き絞って、世界を壊すような破壊力でドラムを叩き込み続けている。
4人の音が、魂が、呼吸が、この眩い光の海の下で、完全に一つに溶け合っていた。
遥は、鍵盤を叩きながら、客席の最後列、関係者席の暗闇の影を、もう一度だけ真っ直ぐに見つめた。
そこには、両手で顔を覆いながら、涙を流して、遥に向かって誰よりも激しく、誰よりも強く拍手を送ろうとしてくれている、あの母親の姿があった。
(お母さん……、届いた? これが、私の選んだ道だよ。これが、私の17歳の正解なんだよ……!)
誰の奴隷でもない、誰かに用意されたお手本でもない。
五線譜からはみ出した、この泥だらけの、だけど泣きたくなるほど愛おしい音が、私たちの、唯一無二の未来の旋律だ。
最後の1小節。4人はすべてのエネルギーを最後の和音へと叩きつけるようにして、同時にその手を、腕を、振り下ろした。
――ジャァァァァァァァァン……ッッ!!!!
スピーカーが最大の断末魔を上げて震え、割れんばかりのシンバルの炸裂音が、ライブハウス全体の空間に、消えない鮮烈な傷跡を残して、一瞬にして静止した。
すべての音が消え、世界に急激な、耳がキーンとするほどの真空の『静寂』が訪れる。
遥は鍵盤の上に手を置いたまま、肩を激しく上下させ、乱れた呼吸を整えることも忘れ、ただ目の前の光景を見つめていた。
一秒。二秒。
次の瞬間、建物全体が地響きを立てて崩壊するかと思うほどの、地鳴りのような歓声と拍手が、そして割れんばかりの熱狂の渦が、4人の頭上から豪雨のように降り注いだ。
世界が、彼らのはみ出した正解を、本物の音楽として完全に肯定した瞬間だった。
遥のシンセサイザーと漣のギターが空中で火花を散らしながら殴り合い、そこに巧くんの狂気的なドラムと徹先輩の地を這う重低音ベースが合流した、その刹那――。
一瞬、すべての音がピタッと止まり、ライブハウス全体が真空のような完全な静寂に包まれた。
大サビに入る、わずか1拍前の『空白』。
そのゼロ秒の瞬間に、遥は自分の鍵盤の上に置いた両手に、これまでの17年間の人生のすべてを、その指先へと一点に集中させていた。
息が苦しい。胸の骨の奥がはち切れそうなほど痛い。流れる汗が目に入って視界は白く滲み、鍵盤を叩き続けてきた手のひらはとうに感覚を失いかけている。けれど、遥の胸の奥で燃え盛る青白い炎は、今、これまでの人生のどの瞬間よりも激しく、純度100%の熱量を持ってその魂を焦がし続けていた。
(いくよ、みんな――。これが、私たちの本当の『正解』だ……!)
ドンッ!!!
巧さんが全身の体重を乗せて叩き抜いたクラッシュシンバルの炸裂とともに、曲はついに、最後のサビへと突入した。
まばゆい赤と金色のスポットライトが、ステージの上へともぎ取るようにして一気に降り注ぐ。
その光の爆発と同時に、4人の鳴らす不協和音の濁流が、ライブハウス『O-EAST』の巨大な空間へと、跡形もなく完全に解き放たれた。
遥の指先が、鍵盤の上を狂ったように跳ね回る。
あの日、放課後の古い音楽室で、漣のギターに意地悪でぶち込んだ、あの『4度マイナー(Dm)』のコード。それが今、この大サビのメロディの真ん中で、これ以上ないほど切なく、これ以上ないほど鋭利な傷跡を世界に残しながら、スピーカーから放たれていく。
クラシックの教科書には絶対に載っていない、大人の言う音楽のルールを完全に無視した、あまりにも美しく、あまりにも獰猛なはみ出した音階。その和音の一音が、漣のギターソロと、徹先輩のベースと、巧さんのビートを、一本の巨大な、光り輝く濁流へと美しく統合していくのが分かった。
キィィィィィィン――!!!
アンプが限界を超えて悲鳴を上げ、スピーカーから放たれる圧倒的な音圧の壁が、ライブハウスのコンクリート壁を物理的な質量を持って激しく揺さぶる。
その瞬間、光の海の向こう側にいる何千人もの観客たちの熱狂が、ダムが決壊したかのように完全に爆発した。
誰一人として、もう腕を組んで値踏みするような冷たい目をしている者はいなかった。誰もが涙を流しながら、声を枯らして叫び、4人の鳴らすその汚くて美しい悲鳴に呼応するようにして、狂ったように拳を突き上げ、フロア全体が巨大な生き物のように激しく波打っていた。
神代玲央の鳴らすような、計算し尽くされた100点満点のお手本の音楽ではない。
ここにあるのは、17歳の彼らの、やり場のない焦燥感も、悔し涙も、大人への拒絶も、すべてがむき出しのまま詰め込まれた、世界にたった一つしか無い『本物の音楽』だった。
弾きながら、遥の目から熱い涙がボロボロと溢れ落ち、シンセサイザーの液晶画面を濡らしていった。
傷つくのが怖くて音楽を捨て、大人の言う安全なレールを歩こうとしていた、あの息の詰まりそうだった日々。味のしないご飯を食べて、誰かに褒められるためだけに真っ白な進路票を睨みつけていた、あの優等生の檻。
そんな檻を、私は今、自分の指先で、この最高の戦友たちと一緒に、完全に粉々にぶち壊しているんだ。
「――っ、うおおおおおおおおお!!」
ステージの真ん中で、漣が濡れた黒髪を激しく振り乱しながら、自分の名前を叫ぶようにしてギターを掻き鳴らしている。その少年のような、だけど信じられないほど自由な笑顔が、スポットライトの光の中でギラギラと輝いていた。
徹先輩も、指の皮が千切れて血が滲むのも構わず、ベースのネックを激しく掲げて叫び、巧さんも全身の筋肉を限界まで引き絞って、世界を壊すような破壊力でドラムを叩き込み続けている。
4人の音が、魂が、呼吸が、この眩い光の海の下で、完全に一つに溶け合っていた。
遥は、鍵盤を叩きながら、客席の最後列、関係者席の暗闇の影を、もう一度だけ真っ直ぐに見つめた。
そこには、両手で顔を覆いながら、涙を流して、遥に向かって誰よりも激しく、誰よりも強く拍手を送ろうとしてくれている、あの母親の姿があった。
(お母さん……、届いた? これが、私の選んだ道だよ。これが、私の17歳の正解なんだよ……!)
誰の奴隷でもない、誰かに用意されたお手本でもない。
五線譜からはみ出した、この泥だらけの、だけど泣きたくなるほど愛おしい音が、私たちの、唯一無二の未来の旋律だ。
最後の1小節。4人はすべてのエネルギーを最後の和音へと叩きつけるようにして、同時にその手を、腕を、振り下ろした。
――ジャァァァァァァァァン……ッッ!!!!
スピーカーが最大の断末魔を上げて震え、割れんばかりのシンバルの炸裂音が、ライブハウス全体の空間に、消えない鮮烈な傷跡を残して、一瞬にして静止した。
すべての音が消え、世界に急激な、耳がキーンとするほどの真空の『静寂』が訪れる。
遥は鍵盤の上に手を置いたまま、肩を激しく上下させ、乱れた呼吸を整えることも忘れ、ただ目の前の光景を見つめていた。
一秒。二秒。
次の瞬間、建物全体が地響きを立てて崩壊するかと思うほどの、地鳴りのような歓声と拍手が、そして割れんばかりの熱狂の渦が、4人の頭上から豪雨のように降り注いだ。
世界が、彼らのはみ出した正解を、本物の音楽として完全に肯定した瞬間だった。



