【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

「ちっ……」

暁臣様が小さく舌打ちをし、苛立ちを隠さぬまま無造作に髪を掻き毟る。
その、ほんの僅かな拒絶の仕草だけで、私の身体は石のように固まった。
条件反射で目蓋が落ち、視線を上げることができなくなる。
——怖い。怒られる。見捨てられる。

「この土日は一切の勉強を禁ずる。大人しく静養するように」
「あ……っ」

言い返す言葉が出ない。
でも、言い返したいわけでもない。
ただ、拒絶されたように感じてしまう自分が、怖い。

「……ゆっくり休め」

それだけ言って、暁臣様は立ち上がった。
去っていく背中。
離れていく体温が悲しくて、行かないでと縋り付きたいのに、声が喉に張り付いて出てこない。
滲んだ視界の中で、ただ遠ざかる足音を見送ることしかできなかった。

私が倒れさえしなければ、今頃、暁臣様は穏やかな晩餐を楽しめていたはずなのに。
その大切な安らぎの時間すら、私の無能さが奪い取ってしまったのだ。
私なんかが……『普通の人』のような幸せを望んでしまったから。
だから、あんなに優しかった暁臣様に、あんな顔をさせてしまったんだ。

言い訳をしたら、殴られる。
期待に応えられなければ、暗い蔵に閉じ込められる。
暁臣様が絶対にそんなことをしないお方だと言うことは、嫌と言うほど理解しているはずなのに。
それなのに、恐怖の記憶が視界を狭め、身体を容赦なく支配していく。

「ぁきおみ、さま……」

喉の奥で、絞り出すように漏れた声は——。
バタン、と言う非情な音を立てて閉まった扉に、無慈悲に掻き消された。

何度も聞いてきた、扉が閉まる音。
けれど今の私には、それがとてつもなく重く、心臓を押し潰す石のように響いた。
それはまるで、あの冷たく仄暗い蔵の中で、外の世界から切り離された時に聞いた、鉄の扉の音を思い出させるほどに。
胸が痛い。息ができない。

その夜、暁臣様と出会って初めて、私は夕食の席に呼ばれることはなかった。
それが彼の深い怒りの証のように思えて、私はただ一人、暗闇の中で、張り裂けそうな胸を抱えて怯え続けるしかなかった。

——もし、ここから追い出されたら。
また蔵に戻ることになるのだろうか。
そんな馬鹿げた想像が、現実みたいに、私の喉を締め上げた。