藤波様が静かに邸を後にされた後、自室の机に向かい、今日教わったことを忘れないよう紙に記し始めた。
次に先生とお会いした時、同じ過ちを繰り返して失望させてしまわないように……。
今の私にできるのは、それくらいしかない。
『めせんをさげない』
『うつむかない』
『いすはふかくすわらない』
真っ白な紙に並ぶ、拙いひらがなばかりの自分の字。
それを見つめていると、急に言いようのない恥ずかしさが込み上げてきた。
暁臣様から贈られた、宝石のように美しい装飾の筆箱と鉛筆。
それが、今の私にはあまりにも不釣り合いに思えてしまう。
こんなに綺麗な道具を持っているのに、私が書けるのは、幼い子のような、ひらがなだけ。
……いつか、私にも。
この真っ黒な鉛筆を使いこなして、凛とした漢字を書ける日が来るのだろうか。
まず、最初に覚えたい漢字。
真っ先に頭に浮かんだのは、やはり『暁臣』様のお名前だった。
園遊会で流麗な手つきでお名前を記されていた、暁臣様の筆跡。
筆を持つ指先の動きさえ、見惚れるほどに完成された美しさだった。
あそこまでの高みに辿り着けるなんて、到底思えない。
けれど……せめて、もう少しだけ。
いつか本当に、『五条すみれ』となる未来が来るのなら。
彼の隣に並んでも恥ずかしくない字を書きたい。
『婚約者』としてではなく、『妻』として名を呼ばれる日が来るのなら——なおさら。
大丈夫……明日も、明後日も、きっと頑張れる。
そう思い込みたい。
そうでなければ、怖くて立っていられない。
「すみれ様。殿下がご帰宅されました」
「今、すぐに行きます!」
控えていた女中さんの声に、顔を上げて答える。
机の上の紙をそっと重ね、筆箱の蓋を閉めた。
まるで今日の自分の必死さを隠すみたいに。
次に先生とお会いした時、同じ過ちを繰り返して失望させてしまわないように……。
今の私にできるのは、それくらいしかない。
『めせんをさげない』
『うつむかない』
『いすはふかくすわらない』
真っ白な紙に並ぶ、拙いひらがなばかりの自分の字。
それを見つめていると、急に言いようのない恥ずかしさが込み上げてきた。
暁臣様から贈られた、宝石のように美しい装飾の筆箱と鉛筆。
それが、今の私にはあまりにも不釣り合いに思えてしまう。
こんなに綺麗な道具を持っているのに、私が書けるのは、幼い子のような、ひらがなだけ。
……いつか、私にも。
この真っ黒な鉛筆を使いこなして、凛とした漢字を書ける日が来るのだろうか。
まず、最初に覚えたい漢字。
真っ先に頭に浮かんだのは、やはり『暁臣』様のお名前だった。
園遊会で流麗な手つきでお名前を記されていた、暁臣様の筆跡。
筆を持つ指先の動きさえ、見惚れるほどに完成された美しさだった。
あそこまでの高みに辿り着けるなんて、到底思えない。
けれど……せめて、もう少しだけ。
いつか本当に、『五条すみれ』となる未来が来るのなら。
彼の隣に並んでも恥ずかしくない字を書きたい。
『婚約者』としてではなく、『妻』として名を呼ばれる日が来るのなら——なおさら。
大丈夫……明日も、明後日も、きっと頑張れる。
そう思い込みたい。
そうでなければ、怖くて立っていられない。
「すみれ様。殿下がご帰宅されました」
「今、すぐに行きます!」
控えていた女中さんの声に、顔を上げて答える。
机の上の紙をそっと重ね、筆箱の蓋を閉めた。
まるで今日の自分の必死さを隠すみたいに。



