涙の治癒師 〜無能と呼ばれた私を、若き当主だけが信じてくれました〜


☆☆☆

二週間後。
あの日、景が提案した事は現実となった。

「藤乃さん。荷物はこれで以上か?」
「は、はい…! でも、重たいですし…私が運びます…!」

使用人の屋敷へ入り、荷造りを終えた。
荷造りといっても、使用人として暮らしてきた藤乃の私物は、風呂敷一枚に収まってしまうほどしかなかった。
それを景が確認すると、ひょいっと軽々しく持ち上げてしまった。

「重たいなら尚更俺が持つ。皆さんと話したいだろう。荷物を車に積んでくるから、ゆっくり済ませればいい。俺は、当主がいる屋敷の前で待ってるから」

そう言うと、藤乃が荷物をまとめて景と話している間見守っていた使用人達の方を見て会釈をすると屋敷から出て階段を降りて行った。

「ちょっと、藤乃ちゃん…!」
「聞いたわよ。治安会の方ですって!? しかも! 隊長さんとの縁談が決まったんですってね…!」
「斑目家がちっぽけに感じるくらいの玉の輿じゃないのっ」
「しかも…すっごい男前っ! 藤乃ちゃんはやると思ってたわよ〜!」

景がいなくなった瞬間、前のめりで我先に話を聞こうとする使用人達。

あの日、修との縁談は当然破談となり帰りの車内は地獄のような空気だった。
しかし、翌日には本当に景が藤乃に縁談を申し込み、当主は斑目家とは比較にならないほど気合を入れていた。
斑目家の時は、縁談が破談になったとしても次があると言っていたが、久世家の時は破断は許さないとプレッシャーをかけられた。

「あ、ありがとうございます…」

使用人達の言葉に、恥ずかしそうにもじもじしながら頭を下げた。

「しかも、わざわざ迎えに来てくれて…」
「私の時なんて、一人で婚家へ言ってたわよ!」
「優しいわねぇ。藤乃ちゃん、本当に良かったわね!」

皆で藤乃の幸せを手離しで喜んだ。
そんな中一人、他の人たちよりも感極まっている者がいた。
ぽろぽろと溢れる涙を拭っている千代だ。

「やだ千代さん! めでたい日に泣いて!」
「ごめんごめん…本当、よく頑張ったわね…。藤乃ちゃんがどうなるか心配だったけど…良い所へ嫁ぐようだから、嬉しくて…うぅっ」

話すたびに溢れる涙。
藤乃も胸がきゅっと締め付けられて千代の手をぎゅっと握った。

「千代さん…! 本当に、お世話になりました…!」
「ううん。藤乃ちゃんが頑張ってたからよ…あんまり旦那さんを待たせちゃ可哀想よ。そろそろいってらっしゃい」

千代にそう見送られると、藤乃はこくりと頷いた。
他の使用人達にも挨拶をして、外へ出て当主がいる屋敷へ向かうと、胸がどくりと鳴る。
景が佳乃と話しているのだ。
佳乃は、誰にでも優しい。
だからこそ、怖かった。
何を話しているのかは遠くて聞こえず分からないけれど、笑みを浮かべている。

「あら、お姉様」
「あっ…佳乃、様…」

いつものように妹に、様を付けて呼んでしまった。
景が見ている前だというのに。
ハッとして口元を塞ぐが、佳乃はニコニコと笑みを浮かべたままだった。
最後まで、彼女に対する恐怖心は拭えなかった。

「もう、お姉様ったら。最後までそんな事おっしゃるの?」

そう言って姉に駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。

「どうやって景さんを騙したの? お姉様」

ぼそりと耳元で呟かれると、ビクッと肩を震わせて怯える藤乃。

「親戚だから、今後も会うと思うけれど…お姉様はこれ程景さんとお話しできてるの? 私はすぐ、できたのだけれど」

言葉を返せない藤乃に、意地悪な表情で続ける佳乃。

まだ呼んだことのない彼の名まで、親しげに呼ぶ彼女。
見ていないうちにそれほど仲良くなったのなら、気が変わってしまうかもしれない。
そんな気持ちで胸が埋まりそうになった。

「まぁ、お姉様と関わった人はみーんな、落ちていきますよね。例えば…お母様と…か…」

華恵の事を出されると、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
自分と結婚した事により、彼の家を落としてしまったら、迷惑をかけたらーー。
そんな心配をしている中でも、佳乃の言葉はまだ続きそうだった。
しかし、藤乃の体は軽く宙を浮くと、ふわっと抱き止められた。

抱きついた佳乃から景が優しく引き剥がしたのだ。

「ーー申し訳ない。妹君とはいえ、妻にそれほど長い時間抱擁されているのを見ると…心穏やかにいられないようだ。俺は抱いた事がないものでね」

優しく手を握り、腰に手を添える景をぽかんと見上げる藤乃。

「…ふふ。嫌ですわ、景さん。もうあまり会えなくなる姉との交流ですのに」
「あぁ、すまない。それと、俺の知らない秘密話も妬けてくるな」

そう言うと、景は自身の唇に人差し指を当てた。
それはまるで、藤乃にしか聞こえない声で言う嫌味を牽制するようだ。

佳乃も察したようで、少し目を見開いていた。

「…そうですか。それでは、私はこれで失礼しますね」

しかし、すぐにいつもの表情になれば姉は藤乃達の横を通り過ぎて行った。

「ーー藤乃さん。大丈夫か?」
「え…えっ?」

佳乃が敷地の外の階段を降りていくのを見届けると、耳元で尋ねた。

「身内の事に口を挟むような野暮なことはしたくないが、それだけは聞きたくて。俺、一応部隊を任されているから人を見る目にはそれなりに自信がある」

その言葉はまるで、これまで誰も気付かなかった佳乃の本性を知ったと言っているようだ。
このように自分を庇ってくれる人など、初めてだった。
思わず、景の顔を見つめてしまった。

「…藤乃さん。あまり、人の顔を見ないでくれ」
「っ…も、申し訳ありませんっ。ご不快な思いにさせて…!」

人の顔をジロジロと見てしまい慌てて謝り視線を伏せた。

(助けてもらったのに、私ったら…!)

恥ずかしくなり、視線を逸らせば景が仕切り直すように「こほん」と咳払いをした。

「その…色々と耐えかねるものがあってだな」

視線を逸らしたまま気まずそうに言う景に、藤乃は慌てて体を離し何度もペコペコと頭を下げた。

「……悪い方に考えているようだが」

景は困ったように笑った。

「十年も貴女を探していたんだ。ようやく会えたというのに……近付き過ぎないよう、自分を抑えるだけで精一杯なんだ」

少しだけ目を伏せた。

「だから……そんな風に見つめられると、平常心でいられなくなる」
「あ…も、申し訳ありません…?」

いつもの癖ですぐに謝るが、きょとんとした。
普段なら、自分が悪いから謝るが景に言われた言葉を思い出すと、ぽっと頬が赤らんだ。

「藤乃さんが謝る事ではない。それより、早く挨拶へ参ろう。当主もお待ちだろう」
「そうですね」

職務中のような真面目な表情に戻ると、景は何事もなかったかのように屋敷へ入って行った。

「お義父さん。景です。よろしいでしょうか」
「入りなさい」

当主の書斎の前までやって来て正座すると、襖越しに声をかけた。
返事があると、襖を開け景に合わせて頭を下げた。

「藤乃さんをお迎えに参りました」
「そうか」
「お、お父様…今日までお世話になりました」
「…あぁ」

いつもと変わらない様子で返事をすると、一連の挨拶を終えて襖を閉めた。
屋敷を出ると、そのまま敷地の外へ繋がる階段の方へ向かった。
途中、使用人の屋敷を見ればいまだに何人かは藤乃達を見送っていた。
藤乃の心はきゅっと締め付けられた。
敷地の外に出れば、前を歩いていた景が振り返り藤乃に優しく微笑みかけて手を差し出した。

「…? どうしたのですか?」

藤乃がそう問いかけると、優しい表情のまま口を開いた。

「最後の挨拶を終え、水瀬家の敷地から出れば貴女はもう妻ですから。我が久世家のやり方に従って頂きます」
「え…?」

柔らかな表情とは対照的な言葉に、使用人として水瀬家にいた時よりも酷な生活が待っているのかと不安でいっぱいになった。
しかし、景が口にした言葉は思っていたものとはまるで違った。

「階段は危ないから、俺の手を握って。さぁ、参ろう」
「は、はい…」

景の大きな手に、恐る恐る自分の手を重ねる。
すると、その手は優しく包み込むように握り返された。
その温もりは、今まで知っていたどんな手よりも温かかった。

「景様、藤乃様。どうぞ、お乗りください」

階段を降りると、白い高級車が停まっており、運転手が後部座席のドアを開けると二人は車に乗った。
運転手がドアを閉めると、車はゆっくりと走り出した。

☆☆☆

車に揺られる事、一時間。
水瀬家を出て、帝都の中心部を通り過ぎると水瀬家の周囲で見た事がるような木々に囲まれた場所へとやって来た。
だんだんとスピードが落ちてくると、立派な門から大きな屋敷が見えた。

「わぁ…あのお屋敷すごいですね。とっても大きいですよ」
「暮らしていたら慣れる。それに、住んだらそれほど広いとは感じない」

窓から見える景色に、景にも同意してもらいたくて話すと、返ってきた言葉に違和感があった。

「えっと、それって…?」
「そこ、ウチだから」

景がそう伝えると、車は門の前で停まり運転手が後部座席を開けた。

「さぁ」

景が手を差し出しながら言い、藤乃が手を握り返した。

車から降りると、立派な門の先には大きな屋敷。
敷地の中に屋敷が三つ建っていた水瀬家よりも広く、庭には今も作業している庭師が見える範囲でも三人いる。

「おかえり」
「へ…?」

景は少し照れたように笑った。
先に門を越えて中に入った景にそう言われると、きょとんと首を傾げた。

「今日からここが、藤乃さんの帰る家だから」
「…あ」

その一言だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
帰る家。
そんな言葉を、自分に向けてもらえたのは初めてだった。

「まず、部屋に荷物を置きに行こうか」

そう言うと、屋敷の中へ入って行った。
中へ入っただけで、数人の使用人がさっと駆け寄ってきた。

「景様、おかえりなさいませ。」

使用人達が一斉に頭を下げた。
その中から一人前へ出た女性が、柔らかく微笑む。

「藤乃様、お待ちしておりました。ようこそ、久世家へ」
「彼女は、今日からメインで藤乃さんのお世話をする貴子さん」
「はい。貴子でございます。藤乃様、よろしくお願い致します」

景に紹介されると、改めて丁寧に挨拶をされた。
貴子は藤乃より少し年上で、しっかりとした印象を持たれる姉御肌。

「こちらこそ…! よろしくお願い致します」
「坊ちゃん。そちらのお荷物は…藤乃様のでございますか? お運び致しましょう」
「いや、大丈夫だ。妻の荷物は、俺が運ぶ…それと」

この屋敷の中には、たくさんの使用人がいる。
それを踏まえた上で景が言いにくそうに口を開いた。

「今日、藤乃さんは来たばかりだから、あまり皆で話しかけるのも驚くだろうから…それは明日にしてくれ。最低限のことは今日、俺が伝える」

それだけ伝えると、景は屋敷に上がった。

「坊ちゃんが女性を連れて帰られる日を、皆ずっと楽しみにしておりましたから」
「…言わなくていい」

景がそう言えば、他に特に何か言うこともなく、使用人達は景と藤乃の様子を見守った。

景達の後ろ姿を見送りながら、使用人達は顔を見合わせる。

「ふふっ」
「坊ちゃん、本当に変わられましたね」

誰かが小さく呟くと、皆嬉しそうに微笑んだ。

「藤乃さん。貴女の部屋は此方。一応、布団と化粧台、文机は用意した。他にも必要な物はあるだろうから、貴子さんに伝えてくれればいい」
「わ…とても広いですね」

廊下を進んだ奥の方にある襖を開けると、広い部屋があった。
二人で過ごすにしても、持て余しそうなほどだ。

「久世家に迎えた大切な妻だから、これくらい当たり前だ。それと、俺の部屋は隣だから。何かあれば遠慮せず訪ねてくれ」

そう言って、廊下の一番奥にある部屋を指した。

「へ…?」
「? どうした?」

藤乃が気の抜けた声を出すと、すぐに景が首を傾げた。

「一緒に寝ないのですか…?」

藤乃がぽかんとした表情で尋ねた。
嫁ぐのはそういう事だと思っていたからだ。
特に、治安会の隊長クラスといえば家の地位が高く、妻を迎えたとなればすぐにでも世継ぎが欲しいはず。
しかし、景が口にしたのは意外な事だった。

「そ、それは…勿論、俺は藤乃さんが望むのであればすぐにでも、と申したいがーー貴女は違うだろ?」
「ーーいえ、私はこの家のお役に立てるのな、ら…」

景の言葉を聞けば、気を遣われているというのはすぐに分かった。

(私にはそんな価値ーーないのに)

これまでの蔑まれた生活で、自分の価値はほぼないものと思ってきた。
何なら、自分に役目がある方が気が楽に思えるほど。
しかし、言葉を放ち終える前に視界が真っ暗になった。
景がぎゅっと藤乃を抱きしめた。

「藤乃さん。屋敷でも申した通り、俺は人を見る目には自信がある。貴女がそれを本心で言ってない事くらい、分かります」
「っ…あ、えと…」

耳元でそっと囁かれた。
誰かに耳元で囁かれるのは、佳乃以外初めてだった。
藤乃にだけ聞こえる声で、蔑まれてきた存在感を景が掬い上げるように優しい声音で言った。

「気負うな。俺は貴女を探している間、ずっと身を固めるよう急かされてきて、かわしてきた。この後の事を周りから何と言われても、俺達は俺達。藤乃さんとの事に、他人を介入させる気はない」
「景様…」
「それと、夫婦になったんだ。様、なんてよしてくれ。景でいい」

抱きしめる力を少しだけ緩める。
長く柔らかな髪にそっと触れると、景は目を細めた。
愛おしさが込み上げ、自然と彼女を見つめてしまう。

「け…景…さん…」

名前を呼ぶことに精一杯で、頬を赤らめる彼女に愛おしさが倍増すると軽く笑みを浮かべてそっと耳元に口を近付けた。

「どうした? ーー藤乃」
「っ…」

これまでの距離感が一気に縮む気がした。
景という一人の男性を意識し始めた自分に戸惑う。
身が浮きそうな甘い彼に心臓が持つか心配になった。

☆☆☆

(ここは…あ、そうだ…)

藤乃は久世家で初めての夜を過ごした。
障子が外の光で白く、部屋を明るく照らす。
目を覚まして、見慣れない天井に違和感を抱いたが、自身が久世家に嫁いだ事を少しずつ自覚し始めた。

「それにしても、すごいお部屋…」

昨日も思ったが、一日過ごした後だと一層感じた。
藤乃の為だけに用意された広い部屋を布団の上からぼんやりと見渡した。
広い部屋の隅には、化粧台と藤乃が持ってきた少量の荷物。
荷物がほとんどない為、部屋が一層広く感じた。

「…そうだ。給仕に行かないと」

布団から起き上がり、布団を片付けると寝巻きから着替えて長い髪をまとめた。
身支度を整えていると、外から一定のリズムで風切り音が聞こえ藤乃は首を傾げた。

「…? 何の音…?」

ゆっくりと障子を開けて外の様子を伺えば、広い庭では景が竹刀で素振りをしていた。
障子を開けると、カタッと音が鳴り景の動きがピタリと止まった。

「…申し訳ない。起こしてしまったか」

景が鍛錬により流れる汗を布で拭い、藤乃に言うが首を横に振った。

「おはよう御座います…いえ。こちらこそ、申し訳ありません。邪魔をしてしまい…」

藤乃が頭を下げれば、下げきる前に景が口を開いた。

「邪魔などしてない。それより、何かするのか? 手伝える事があれば、何でも言ってくれて」

藤乃の格好を見てそう尋ねれば、藤乃は慌てた様子で伝えた。

「い、いえ…そんな…。あの、台所はどちらに…?」

廊下に出れば、おずおずと左右を見た。
屋敷の造りは大きく昨日来たばかりの藤乃には構造が分からない。

「腹が減ったか? すまないが、ウチの朝飯の時間はもう少し遅いんだ。明日からは早く用意するよう伝えよう」
「いえ、そうではなく…給仕の支度をしようと思いまして」

藤乃がそう伝えれば、心底不思議そうにする景。

「藤乃。それではまるで、ここで働いてくれる使用人の仕事を疑っているようではないか?」

景が言葉を放つと、藤乃は慌てて首を横に振った。

「ち、違います…! 朝は給仕の支度をして、色々とする事があって…あの、決してここの方達を疑うだなんて…。私なんかが…申し訳ありません」
「…分かっている。藤乃が人を蔑むような事をしないのは。申し訳ない、少しからかったつもりだった。汗を流してくるから、少し待っていてくれないか」

景の反応を見て、藤乃は自己肯定感の低さからだんだんと声が小さくなりながら答えた。
藤乃の表情から血の気が引いていることに気付き、景は笑みを消した。

(……まだ、こんなにも怯えさせてしまうのか)

不思議そうにしながら彼の背中を見つめた。

「藤乃。座ってて良かったのに」

少しすると、汗を流し終えた景が紺の道着から黒い着物へ着替えて藤乃の元へ戻ってきた。
そう告げると、景が先に縁側に座れば隣を軽く叩き藤乃も同じように腰を下ろした。

「あの、景さんは…毎日、鍛錬を…?」
「そうだな。天気のいい日は外、雨だと道場だ。鍛錬は一日も欠かした事がない」
「そうなのですね。術も磨いて、鍛錬もなさるだなんて本当にすごいです」

心から尊敬し、その言葉が出た。
純心から出た言葉だが、景は少し困ったように笑った。

「まだ話していなかったな。俺は異能に恵まれなかったんだ」
「へ…?」

藤乃と視線を合わせる事なく、整えられた庭園を遠い目で見ながら答えた。
同時に、気の抜けた声を出した藤乃の脳裏には水瀬家での自身の立場を思い返した。
能力が開花しなかった事で母を家から追い出した事。
妹から毎日のように、周りに気付かれないよう蔑まれた事。
父には、婚姻で家に貢献する以外の価値がないと思われていた事。
苦しさからすぐに口を開いた。

「も…申し訳ありませんっ…。私、てっきり…景さんにはすべてあると…!」
「謝る事ではない。俺の異能は、幻術…こんな感じだ」

そう言うと、景は手のひらを藤乃の前に出して念を込めた。
すると、手のひらから花びらが舞った。

「本来、花の量を調整して、相手の目を眩ませるそうだが、どれほど術を磨いても調整ができなかったんだ」

剣技とは違い、練習しても才能が開花せず自信なさそうに伝えた。

「才がないと気付いた日から、鍛錬を増やした。どうやら俺には、そちらの方が性に合っていたようだ」

藤乃の様子を伺おうと彼女の表情を見た。
きっと、幻滅している。
そう思っているだろうと考えていたが、彼女の表情に目を丸くした。

「わぁ…綺麗…景さんはこんな素敵な術をお持ちなのですね」

藤乃は景の手のひらに舞う花びらを夢中で見て、目を輝かせていた。

「綺麗…?」
「あっ…も、申し訳ありませんっ…あの、ちゃんと聞いてました…! でも、その…」

一枚の花びらが藤乃の着物へ落ちると、大切そうに摘んで手のひらに乗せてじっと見つめた。
柔らかい笑みを浮かべ花びらを愛でている。
花を見るのに夢中で、景の話を途中から聞いていなかったのだ。
藤乃の反応を見た瞬間、やはりこの人だと確信した。

「まぁ、昔話だったからな。真面目に聞く事でもあるまい」
「え、いや…! あの、ちゃんと聞きます…!」
「ふっ…。藤乃は花、好きなのか?」
「はい。大好きです」

景が軽く笑みを浮かべ尋ねると、こくりと頷く藤乃。
使用人が朝の用意が出来たと告げにくるまで、二人は縁側で仲睦まじく過ごしていた。