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数十分前ーー。
帝都の中心部は、常に人で賑わっている。
そんな中でも、腰に刀をさしている人は一層目立った。
廃刀令が政府から命じられて数十年。
刀を持っている者は、警察官、軍人など一部の者のみ。
そして、この二人も浮いていた。
「…あの娘。どう思う?」
古くからある甘味処の縁台に刀を携えた男が二人。
そのうちの一人・久世 景が甘味処の向かい側にあるハイカラな喫茶店で楽しそうに話す若い女性を見て尋ねた。
「お辞め下さい、隊長。若い女性を見てどうだとか…他の者に聞かれたら誤解されてしまいます」
上司の発言に顔を引き攣らせながら答える桐谷 千影。
「案ずるな。あちらにできたハイカラな喫茶店に客足が取られ、こちらに人などいない」
「…店主に聞かれたら出禁を食らいますよ」
配慮に欠けた発言に、店の奥で作業をしている店員の様子を伺う千影。
一口茶を飲み、呆れながら口を開いた。
「そもそも、もう十年探してるんでしょ? しかも当時は子どもで…十年もすれば大人になっています。子どもの時の身なりも、うっすらとしか分からなくて、名前が…なんでしたっけ」
「…藤乃」
景がそう呟くと、十年前、恩人が残していった手拭いを出した。
彼は、十年前に瀕死の状態から今の元気な状況まで回復してくれた恩人を探している。
手がかりは、『藤乃』と刺繍された手拭いと、微かな意識の中で覚えていた十歳にも満たないくらいの子どもが、泣いていたということ。
そして、素性を知ろうとしたら逃げられてしまったという事。
「そう、藤乃さん。まだ苗字が分かれば見つけられるかもしれませんが名前だけって…」
「彼女は、治癒術を使っていた…だから、名前だけでも見つかると思っていたんだ」
途方のくれる捜索をしている景にため息をこぼす。
治癒術の能力を持って生まれる者は、限られている。
異能が溢れた世界でも、特殊だからだ。
「言いたくありませんが、もう見つからないと思いますよ。治癒術を使う家の者の名前は、仕事で使う情報網で調べて出てこなかったじゃないですか」
「しかし…! まだ、名門の水瀬と清谷を調べてない…!」
景が必死に返すが、千影はまた大きなため息をこぼした。
「水瀬家で、隊長が言う年に当てはまるお嬢さんは二人。ただ、一人は能力がないそうで…名前も公表されていません。そして、もう一人は佳乃さん。あんな有名人の顔、隊長だって知らないわけがないでしょう」
「む…たしかに。彼女ではない、な…幼い時の顔も知ってるし…」
水瀬佳乃は、水瀬家始まって以来の天才と呼ばれる治癒師。
幼い頃から活躍はすごく、十八になった今では美貌も兼ね備えており帝都中で知らない者はいない。
「それに、清谷家の子どもは全員男です」と付け加える千影。
「あと、もう十年経ってるから本当に実在するとしても結婚してますよ。遠くへ嫁いでいるかもしれません」
「…? それがどうした?」
景が不思議そうな顔をして尋ねると、ジトッとした目をする千影。
「旦那のいる女を、しかもおっさんが探してたら…女性の立場からしたら嫌過ぎるでしょう。旦那に勘ぐられて、離縁になんてなったら隊長…責任取れます?」
「はっ…!? 俺は別にそういうつもりでは…というか、おっさん!?」
「十代か二十代前半の女性からすれば、二十八歳はおっさんです。自覚してください」
最後の一口の茶を飲み干してから冷たく言い放つ千影。
部下の言葉が、ぐさりと胸に刺さる景。
目元を手で押さえて項垂れていると、一人の男が駆け寄ってきた。
「おい! アンタ達…治安会の人間か!?」
「そうですが、いかがなさいました?」
慌てた様子で震えた指で少し離れた先を指した。
冷静に尋ねる千影。
「あっちで、男が女の子に…! もしかしたら、反国勢力やもしれなくて…とにかく、早く来てくれ!」
「なっ…! なんと非道な…隊長っ。早く我々…が…」
千影が指示を仰ごうと、景の方を見ると先程までとは一変し目の色を変え表情がまるで違う。
「参ろう、民が危ない。千影、先陣は俺が切るーー後方は任せた」
「…かしこまりました、隊長」
景の様子に、千影も空気を引き締めると伝達した男が言う通りの場所へ向かった。
「あそこです…!」
男が二人を案内すると、そこには人だかりができていた。
「周りは…何をしているんだ」
千影が呆れたように言うと、男が口を開いた。
「痴話喧嘩だと思ってて…でも、男の方がおかしいんだ…!」
男の言葉に、人を掻き分けるとその先にいたのは華奢な女性の細い手首を大柄な男が強い力で掴んでいる。
そもそも、帝都中心部の公道での騒動は処罰の対象。
景は人の隙間を縫って、修の制圧をした。
「いだだだだだっ!」
藤乃を掴む手を捻り上げ、地面に押さえつけた。
「民の平和の為に参った、治安会攻撃隊だ…貴様、どういうつもりだ」
「くそ…っ!?」
足掻こうとする修に力を加える景。
「帝都の中心部で揉め事を起こせば処罰の対象という事は知ってるであろう。それを守らぬとは…貴様、反国側か。すぐにでも警察にくれてや…っ!?」
修の自由を一層奪おうと押さえつけると、ポンと気の抜けた音を出して姿を靄に変えて消えた。
「…幻術使いか」
「隊長。警察に引き渡しを…おや」
「申し訳ない。警察官殿。幻術使いのようで、逃げられてしまった」
千影が呼んできた警察官にそう伝えると、警察官は現場検証だけを簡単に済ませた。
「幻術なら追跡は難しいですね。また情報が入り次第、連絡します」
千影がそう伝えると、警察は元の職務に戻った。
「ご令嬢。大丈夫ですか?」
「っ…あ、ありがとうござ…あっ」
一連の出来事が終わると、景が藤乃に声を掛けた。
先程までの事があり、声を掛けただけで小さな体を震わせる藤乃。
気の毒に思い、慈しむ気持ちで藤乃を見つめた。
藤乃が顔を上げて礼を伝えると景の表情を見て、ハッとした。
それは、景も同じだった。
「キミは…先程振りですね。手首、痛めたでしょう。ウチの医療隊に診てもらいましょう」
「い、いえ…私は…。っ、それより…!」
「っ…!? ご…ご令嬢…?」
修の遠慮ない力によって、赤く腫れてしまった手首。
ジンジンと痛んでいたが、彼女の目には景の擦れてしまった手の方が気になった。
掴まれていない側の手で彼の手に添えれば胸がぎゅっと締め付けられた。
(私のせいで…この方の手が…っ)
「ご…ご令嬢。その、嫁入りする娘がむやみに男の手を握るなど、褒められたこと…では…」
ぎこちなく言う景。
しかし、彼の言葉は途中で途絶えてしまった。
藤乃の大きな瞳から、涙が溢れてしまいそうになっていたからだ。
「それほど痛むか…!? 早く医療隊の拠点へ参りましょう…!」
藤乃の顔を覗き込み彼女の涙を止めようとするが、ぽろっと一筋の涙が溢れた。
「っ…ごめんなさいっ…私のせいで、怪我を…っ」
ぽたぽたと涙が滴り落ちると、景の手と藤乃自身の手に落ちた。
その瞬間、神秘的な光が二人の体を包み込んだ。
藤乃の手首の腫れはみるみる和らぎ、景の手の擦り傷もどんどん治っていった。
「っ…な、なんだこれは…先程の男を制圧した時に付いた傷が…消えた…?」
光がだんだんと弱まり、完全に消えると景は自身の手をまじまじと見た。
擦り傷が、まるでなかったようになったのだ。
「なんと奇妙な術…あっ…! まさか、貴女…!」
千影も目の前で起こった出来事に、心底不思議そうな顔をしたがすぐにハッとして景の方を見た。
景もすぐに察した。
「一つ、聞いてもよろしいか…ご令嬢」
「は…はい…?」
彼女こそ、ずっと探していた少女に一番近い人であると。
真剣な眼差しを向けると、それに緊張する藤乃。
「もしかして、貴女の名前は、藤乃…さん、か?」
「え? えぇ…私は藤乃ーー水瀬 藤乃と申します」
名前を聞くと、景は目を丸くしてじっと見つめた。
「まさか…本当に実在したなんて」
目の前で見た術の威力、そして上司が十年に渡り探し求めていた人が目の前にいる。
その驚きを隠せない千影は、息を飲んだ。
「あ…あの…これに、見覚えはある…だろうか…?」
そう言って、景は隊服の胸ポケットから手拭いを出し、藤乃に手渡した。
最初はきょとんとしていた藤乃だが、手拭いを広げて刺繍を見つけると目を丸くした。
「その手拭い…どこで…?」
景に不思議そうに尋ねる。
これは、十年前に失くした手拭いだ。
これよりも、その日に母を失くした記憶の方が強くて今の今まで忘れていた。
景は大きく息を吸った。
十年間探し続けた恩人が、目の前にいる。
そう思うだけで胸が熱くなった。
反応を見て、景の人探しの終焉に確信を得た。
その場で藤乃に跪くと、景はうっすらと目に涙を浮かべた。
「十年前……瀕死だった俺を助けてくださったのは、貴女でした。繋いでもらった命で、今日まで生きてこられた…あの時は、本当にありがとうございます。とても、感謝しております」
丁寧に礼を伝えると、そんな態度で話されたことのない藤乃は戸惑った。
同時に、ハッとした。
「あ、あのっ…! 立ってください…! そんな事を…! 治安会の方にさせたら、私っ…!」
治安会とは、軍人、警察と同様国を守る勢力。
特に、攻撃隊といえば廃刀令が政府から発令されても刀を持つ事を許された数少ない人。
国民からの信頼が高く、高貴な人達。
そのような人に、跪かせるという不躾な事はできないのだ。
「…失礼。恩人の嫌がる事は控えます。藤乃さん、俺にできる事があれば何でも言って欲しい。できる事は全て、叶えよう」
「へ…?」
景の言葉に呆然としていると、ふわりと柔らかく笑みを浮かべた。
「当然です。貴女は恩人ですから」
「あ…あの。それでは早速、よろしいですか…?」
景の提案に、おずおずと尋ねる藤乃。
「えぇ、勿論。事と次第によっては、攻撃隊を総動員で望みを叶えて差し上げます」
「私情に僕達を巻き込まないでください」
真面目な表情をして言う景に、すかさず言う千影。
「あの…修様がいなくなってしまって…これでは、私ーー今回の縁談が破談になってしまいます…! 探すのを手伝っていただけませんか…!」
藤乃が恐る恐る尋ねると、景はぽかんとしたが直ぐに真剣な表情をした。
「たしかに願いは叶えると申し上げたが…あの。婚前に女性に手を上げるような男、俺はやめておいた方が良いかと。縁談の段階なら、断る申し出をした方が良い」
「っ…だ、だめ…です」
藤乃の顔色はみるみる悪くなっていき、首を横に振った。
ただならない様子に、景は眼光を鋭くした。
「お話、聞かせて頂けないだろうか」
そう尋ねると、ぽつり、ぽつりと藤乃は自分の立場を話した。
能力が開花せず、妹の佳乃とは立場が違う事。
治癒術で水瀬家に貢献できない分、縁談で家にとって良好な関係を築けるようにならなければならない事。
自ら、無能である事を口にするのはおぞましかった。
しかし、全ての話を聞いた景の反応は意外なものだった。
「事情はよく分かった。それでは、藤乃さん。俺の元へ嫁いで頂けないだろうか」
「え…?」
「はっ!?」
突然の申し出に、目を丸くする藤乃。
藤乃以上に驚いたのは、千影だった。
「隊長。何をおっしゃってるんですか…!」
「これは、恩人を救うのに最良の選択だろ。それに、千影もよく言っていたじゃないか。十年も人探しに費やさないで、嫁を貰って身を固めろと」
「そ、それはそうですが…でも、隊長が結婚するとなれば色々と手続きをしないといけません。治安会を何だと思ってるんですか」
景の反論に、表情を引き攣らせながらも答える千影。
藤乃も恐る恐る口を開いた。
「そんな…貴方の人生を私に恩義を感じて左右するだなんて」
人の人生を犠牲にさせるという選択に、藤乃は頷けなかった。
それはまるで、自分のようだから。
同じ道を歩ませたくなんてなかった。
「俺の人生は、貴女に左右されたとて不満などございません。寧ろ、貴女に一生をかけて恩返しできるなんて本望です。救われ、今日まである命なのですから」
これほどに真剣に、想ってくれる言葉を受けたことの無い藤乃は何も言えなくなってしまった。
「それに、貴女が心配している当主様の意向はきっと大丈夫です」
「ど、どうしてそのような事…?」
「以前、佳乃さんの婿にと縁談を頂いた事があります。だから、俺にも価値があると思ってもらえているはずです」
景の言葉は、初めて聞いたものだった。
佳乃は、家督を継ぐ為に婿養子をもらう必要があるとは聞いていた。
しかし、景にその話を持ちかけていたとは思わなかったのだ。
「えっ…!? 水瀬家との縁談を断っていたんですか…!?」
「その時は、藤乃さんを探していた時だからな。婚約者がいながら恩人を探し続けるのは、不誠実だと思った」
千影の言葉にそう返すと、再度藤乃を優しい眼差しで見つめた。
「だから、俺の妻になっていただけませんか」
景にそう言われると、藤乃はこくりと頷いた。


