私は、自分ばかりが「毒婦」という言葉に囚われていると思っていた。
けれど、ひょっとしてそれは、旦那様も同じだったのかもしれない。
「上手く優しくできないまま、呪われた運命に巻き込んでしまった。本当にすまないことをした」
「それは……私自身の問題のせいでも……」
「契約だとお前が思い込んでいるのも気が付いていた。それでもそばにいて欲しかった」
そう言うと、繋いだ手にさらに力が込められ、旦那様が一歩、距離を詰めてくる。
吐息が触れそうなほどの近さに、心臓が大きく跳ねた。
「俺の方こそ遅くなってしまったが、もう一度最初からやり直すことはできないだろうか」
「最初から、ですか?」
「ああ」
旦那様の声が、僅かに掠れる。
「名を呼び合い、こうして手を繋ぎ……そして、口づけを交わすところから」
まさか、旦那様も一度も口づけを交わしていないことに気づいていたなんて。
見上げる私の頬に、空いた手がそっと伸ばされる。指先が、壊れ物にでも触れるように、慎重に顎を持ち上げた。
わずかに近づいた旦那様の顔が、目の前で止まる。
互いの吐息だけが、静かに触れ合う距離。
「……? あの? 旦那様……?」
「……こういう時は、目を瞑るのではないか」
「えっ、あ……」
「ふっ……安土一の毒婦が、口づけも初めてとは」
からかうような声は、震えている。
その声に押されるように、私は慌てて瞳を閉じると、すぐに柔らかな熱が唇に触れた。
一度離れたそばから、二度、三度と、確かめるように重なる。
まるで、これまでできなかった分を、すべて埋めるように。
優しく、けれど離したくないというように、少しずつ深くなっていく口づけに、頭の奥がとろけていくようだった。
何度目か、数え切れなくなった頃。
息が続かなくなり、繋いでいない方の手で、そっと旦那様の口を塞ぐ。
「旦那様……もう、息が止まってしまいます……」
「それは困ってしまうな。だが、子が生まれるまで口づけだけで我慢できる気がしない」
「っそんな……あっ」
私も、と言葉にする前に、強く抱き締められる。
旦那様の胸に頬を寄せると、薄く残った誓痕の傷痕越しに、その鼓動が私と同じくらい速く鳴っているのがわかった。
「契約ではない。妻として、母として……この先もずっとそばにいてくれ」
「……はい、斎様」
耳元でそっと囁かれた言葉に、涙腺が緩む。
旦那様の胸に頬を寄せると、薄く残った誓痕の傷痕越しに、その鼓動が私と同じくらい速く鳴っているのがわかった。
それは、毒婦に向ける言葉にしては、あまりにも誠実で、あたたかな言葉。
散りゆく紅葉の中、旦那様の腕の中で、私はようやく、毒婦としてではなく、心からこの人の妻になれたのだと感じた。
けれど、ひょっとしてそれは、旦那様も同じだったのかもしれない。
「上手く優しくできないまま、呪われた運命に巻き込んでしまった。本当にすまないことをした」
「それは……私自身の問題のせいでも……」
「契約だとお前が思い込んでいるのも気が付いていた。それでもそばにいて欲しかった」
そう言うと、繋いだ手にさらに力が込められ、旦那様が一歩、距離を詰めてくる。
吐息が触れそうなほどの近さに、心臓が大きく跳ねた。
「俺の方こそ遅くなってしまったが、もう一度最初からやり直すことはできないだろうか」
「最初から、ですか?」
「ああ」
旦那様の声が、僅かに掠れる。
「名を呼び合い、こうして手を繋ぎ……そして、口づけを交わすところから」
まさか、旦那様も一度も口づけを交わしていないことに気づいていたなんて。
見上げる私の頬に、空いた手がそっと伸ばされる。指先が、壊れ物にでも触れるように、慎重に顎を持ち上げた。
わずかに近づいた旦那様の顔が、目の前で止まる。
互いの吐息だけが、静かに触れ合う距離。
「……? あの? 旦那様……?」
「……こういう時は、目を瞑るのではないか」
「えっ、あ……」
「ふっ……安土一の毒婦が、口づけも初めてとは」
からかうような声は、震えている。
その声に押されるように、私は慌てて瞳を閉じると、すぐに柔らかな熱が唇に触れた。
一度離れたそばから、二度、三度と、確かめるように重なる。
まるで、これまでできなかった分を、すべて埋めるように。
優しく、けれど離したくないというように、少しずつ深くなっていく口づけに、頭の奥がとろけていくようだった。
何度目か、数え切れなくなった頃。
息が続かなくなり、繋いでいない方の手で、そっと旦那様の口を塞ぐ。
「旦那様……もう、息が止まってしまいます……」
「それは困ってしまうな。だが、子が生まれるまで口づけだけで我慢できる気がしない」
「っそんな……あっ」
私も、と言葉にする前に、強く抱き締められる。
旦那様の胸に頬を寄せると、薄く残った誓痕の傷痕越しに、その鼓動が私と同じくらい速く鳴っているのがわかった。
「契約ではない。妻として、母として……この先もずっとそばにいてくれ」
「……はい、斎様」
耳元でそっと囁かれた言葉に、涙腺が緩む。
旦那様の胸に頬を寄せると、薄く残った誓痕の傷痕越しに、その鼓動が私と同じくらい速く鳴っているのがわかった。
それは、毒婦に向ける言葉にしては、あまりにも誠実で、あたたかな言葉。
散りゆく紅葉の中、旦那様の腕の中で、私はようやく、毒婦としてではなく、心からこの人の妻になれたのだと感じた。



