毒婦の嫁入り~妹に騙された姉は、呪われた軍神の契約花嫁として求められる~

父が息を呑む音がした。

私は、言葉を失った。
花乃が、身籠もっている……?
胸の中で何かが鈍く軋む。けれど、次の言葉は、それ以上に場の空気を凍らせた。

「この子は、一条様の御子です」

隆弘様の顔から、血の気が引いていくのが見えた。
旦那様の手が、私の手からゆっくり離れる。怒りのせいか、胸元から首筋へ、黒い蔦のような誓痕がじわりと浮かび上がっていく。

「……その口で、何を言っているかわかっているのか」
「もちろん、わかっておりますわ」

旦那様の声は低かった。
花乃は涙を浮かべ続ける。
あの宴の夜と同じ、誰もが庇いたくなるような顔で。

「あの祝宴の夜、お姉様はお身体が優れず、先に下がられましたでしょう? 一条様はその後、わたくしをお呼びになりました。お姉様には言えませんでした。だって、身重のお身体に障ったらいけないと思ったのですもの」

耳鳴りがした。
けれど、不思議と胸は揺れなかった。
あの夜、旦那様が私を寝所まで送り届けてくれたこと。戻る前に、先に寝ていて構わないと言ってくれたこと。離れかけた手が、もう一度伸びそうになって、けれど堪えるように離れていったこと。

そのすべてを、私は知っている。
毎夜、何もせず、ただ私の背を抱いて眠ってくれた腕を知っている。

……私は、あの時のように、黙って毒婦に仕立て上げられるだけの女ではない。

「……私は旦那様を信じています」

私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
花乃の瞳がわずかに見開かれる。