毒婦の嫁入り~妹に騙された姉は、呪われた軍神の契約花嫁として求められる~

屈辱と怒りを抱えたまま、花乃は袖で目元を拭う。
このまま宴の席に戻れば、みっともなく泣き腫らした顔を、皆に見られてしまう。

「花乃。戻りが遅いからどうしたのかと……」

声をかけられ、顔を上げる。廊下の向こうから、隆弘が心配そうな顔で歩いてくるところだった。

整った顔立ちだと思っていた。
安土家に出入りする若い男の中では、誰よりも目を引いた。優しく、家柄もよく、花乃を可愛いと言ってくれる。
だからこそ、姉から奪う価値があると思ったのだ。

けれど今、その姿が目に入った瞬間、胸の奥に小さな失望が落ちた。

一条斎の、あの冴え冴えとした横顔。
軍神と呼ばれるだけあり、一条斎の立ち姿には、黒紋付きの下からでも隠しきれない強さがあった。
たった一言で場を黙らせる声も、姉の腰を支えた手の迷いのなさも、隆弘にはないものだった。
それを見たあとでは、隆弘の優しげな顔も、心配そうに寄せられた眉すらどこか頼りなく見えてしまう。

こんなはずではなかった。
姉から奪った男は、もっと眩しく、もっと価値のあるものだったはずなのに。

その苛立ちを悟られぬよう、花乃は袖で目元を押さえた。

「どうした、そんな顔をして。……まさか、一条殿に何か!?」
「隆弘様……お姉様ばかり、どうして……」

わざと声を震わせ、俯く。
言葉を濁したまま、涙をこぼす。あえて、それ以上は語らない。
語らない方が、隆弘の想像力を掻き立てられることを、花乃はよく知っていた。

「花乃、無理に話さなくていい。だが、何かされたのなら――」
「わたくし、ただ……」

しゃくり上げるように、花乃は続ける。

「お姉様だけが、あんなにも大切にされて。皆の前で、あんなにも……。わたくしは、ただそれを見ているだけで……」

嘘は言っていない。ただ、都合よく言葉を選んでいるだけだ。
隆弘の表情に、みるみる同情の色が浮かぶ。

「花乃……」
「隆弘様……わたくし、気分が優れませんの……」
「それは……! すぐに医師を……」
「いえ」

か細い声で、花乃は隆弘の袖にそっと縋りつく。
花乃は首を振り、潤んだ瞳で隆弘を見上げた。

「今すぐ、用意されている寝所で休みたいのです……連れて行ってくださいまし」