毒婦の嫁入り~妹に騙された姉は、呪われた軍神の契約花嫁として求められる~

悪阻が始まったのは、それから半月ほど経った頃。
匂いに敏感になり、それまで平気だった食事が喉を通らなくなる。

「食べられていないと聞いた」
「……申し訳ございません。少し、匂いが」
「謝る必要はない」

そう言うと、旦那様はその日から、食事の席に必ず顔を出すようになった。

「これなら食べられるか」

差し出されたのは、匂いの少ない冷ました白湯と、あっさりとした梅干し粥。
そして、一口大に切った瑞々しい果物が何種類も。
小さく頷くと、旦那様はわずかに肩の力を抜く。

「……子のために、召し上がらなくては、ということでしたら」
「違う」

旦那様は箸を止め、まっすぐにこちらを見た。

「お前が食べられなければ、意味がない」
「え……」
「子のためだと言うなら、お前が倒れては元も子もないだろう。だが、それだけじゃない」

旦那様は少し言葉を選ぶように、視線を膳の上に落とす。

「俺が、辛そうにしているお前を見たくない」

その一言に、思わず箸を持つ手を止めた。
子の母としてではなく、自分自身を案じられている。
そんな言葉を、この人からかけられる日が来るとは思ってもみなかった。

「使用人に任せればいいものを……」
「任せられるか。本当に食べられるものが何か、俺が見なければわからない」

不器用な言い方。
優しさに慣れていないのが、言葉の端々から伝わってくる。
それでも、私がこれまで誰からも向けられたことのない、不器用な優しさに見えた。

「……ありがとうございます」

小さく答えると、旦那様はふいと視線を逸らし、それ以上は何も言わない。
ただ、その日から、私の膳には、旦那様が確かめたであろう、優しい味の料理が並ぶようになった。