毒婦の嫁入り~妹に騙された姉は、呪われた軍神の契約花嫁として求められる~

ある昼下がり、庭へ面した廊下を歩いていると、曲がり角の先から足音が聞こえた。
顔を上げると、旦那様が家令を連れてこちらへ歩いてくるところだった。

思わず足が止まる。
昼間の旦那様を見るのは、数えるほどしかない。
黒い軍服に身を包んだ姿は、夜の褥で見るよりもずっと遠く、近づきがたい。

「……失礼いたします」

廊下の端に寄り、頭を下げる。
このまま通り過ぎるのだと思っていたけれど足音は、私の前で止まった。

「部屋は寒くないか」
「え……」
「火鉢を増やしたが、それでも寒いなら、さらに用意させる」

思いがけない言葉に、顔を上げる。
家令が隣で目を伏せたまま控えている。
旦那様の声は淡々としていて、情の色は読み取れない。

「十分、温かくしていただいております」

そこで会話は終わるはずだった。
けれど旦那様は、私の足元へ視線を落とす。

「足袋が薄い」
「え?」
「替えを用意させる」

そう言うと、私の返事を待たずに歩き出した。
背中が遠ざかっていく。
私はしばらく、そこに立ち尽くしていた。