俺にだけ京都弁で話してくる後輩の真意について。

 ……一年のとき、将棋部で初めて倉橋先輩を見たとき、こんな妖精みたいな人がいるのか、と驚いた。それは見た目だけじゃなくて中身もそうで、倉橋先輩はふんわりとたおやかで、いつも優しく微笑みかけてくれた。
 俺には初恋の記憶がないから、多分、倉橋先輩がそうだったんだと思う。
 でも、倉橋先輩のことを好きになってすぐ気付いた。倉橋先輩の目には山田先輩しか映っていないってことに。
 嘘だって思いたかった。実際、しばらく部活も休んだ。別に結婚してるわけでもないんだし、略奪とかできないかな、なんてらしくないことも思った。
 けれど、やめた。
 俺は倉橋先輩とは別の意味で山田先輩のことも好きだって思っちゃったから。
 だから全部諦めるって決めた。しっかり想いに蓋もできた。
 大体、あれからもう一年以上だ。今更、好きとかそんな気持ち、ない。
 さっきのキスだって……びっくりはしたけど冷静に見られた。
 なのに、こいつはその俺の気持ちを泥靴で穢してくる。

「まじでお前最低! いい加減その口閉じないと……」
「なんですか。閉じへんかったらどないしはるんです?」
「だーかーら! そのしゃべり方やめろってば! 腹立つ!」
「やめまへん」
「なんで!」
「あんたがたくさん話してほしいって言ったから!」

 怒鳴り返され、一瞬、胸倉を掴む手から力が抜けた。その俺の手を久我は乱暴に払う。
 広い肩が上下している。唖然とする俺から一歩退いた久我がぷいっとそっぽを向いた。

「とにかく、全部あんたのせいやから。ちゃんと知りたいんやったら、将棋で俺に勝ってみ。そしたら教えたるわ」
「は?! 意味わかんねえ! 今……」

 呼び止めようとする俺を振り切るように久我は駆け出す。ざっと脇を通り過ぎられ、軽く肩が当たった。風圧に頬を打たれ、軽くよろめく。

「んだよ、あいつ……」

 意味がわからない。むかついて仕方ない。
 なのに。

 ――あんたがたくさん話してほしいって言ったから!

 久我が残した言葉が頭の中でぐわんぐわん反響していた。
 だめだ。頭がぐちゃぐちゃでどうにもならない。ぐったりと階段の段に腰かけうずくまる。

「あれ、萩原じゃん、なにしてんの?」

 その俺の頭の上から、不意に声がした。見上げて眩暈を起こしそうになる。
 なにもこのタイミングで、と思うくらい今会いたくない人、通学バッグを肩に負った山田先輩が階段の上からこちらを見下ろしていた。