俺にだけ京都弁で話してくる後輩の真意について。

 呆然とする俺の頬にすうっと手が伸びてくる。そうっと頬を包まれて頭が真っ白になる。
 その俺を久我はじいっと覗き込んでくる。

 これ、なんだ? 本気、なのか? カップルって、え……?

 ぐるぐると考えている間にも、久我は顔を近づけてくる。ちょっと、と身を引こうとしたそのとき、久我の唇が軽やかに動いた。

「なーんて言うたら、先輩、どうしはります?」
「……え」

 するっと頬から手が解け、金縛りが解ける。目をぱちぱちすると、久我は俺のほうに傾いていた重心をまっすぐに戻して膝の上で片肘で頬杖を突いていた。

「今日はもう部活あきまへんね。適当にして帰りましょか」
「え、あ……」

 待て。今のは全部冗談だったのか? まあ、それもそうか。だってあんなの絶対おかしい。カップルになろう、なんて。
 そんなこと、こいつが俺にいきなり言ってくるわけが、ない。
 ないのだけれど、でも……これ、なんか、すごく。
 ……もやもやする。
 なんでだ?

「お前さ、冗談なら冗談らしく、言えよ」

 自分の心にも盛大にツッコみながら、尖った声を投げると、久我がこちらを見た。その横で俺は立ち上がる。

「急に真顔で、しかも標準語で言われると、本気かって思っちゃうんだよ。冗談言うなら言うでもいいけど、もっと冗談っぽく言わないと誤解されるぞ。誰彼構わずやるなよ、ほんと……」

 そこまで言ったとき、久我の顔から笑みがいきなり消えた。

「誰彼構わずってなんですか」

 声のトーンががくん、と下がる。
 そうされて……今度こそはっきりと心臓が鳴るのを感じた。

 ――先輩がいてくれたから。

 この間もそうだった。いきなり標準語に戻って。笑みのない顔でこちらを、見た。
 あのときと同じ顔を、こいつは今、している。

「こんなの、先輩にだけです」

 口調からも完全にはんなりを消して、久我はそう言う。
 まっすぐな視線に胸の奥がかっと熱くなった。

「それ、なに……? 俺にだけ、こんなくそみたいな冗談言うって、こと?」

 だとしたら、いい加減にしろ。
 いらっとして立ち上がろうとする。その俺の腕がくん、と引かれた。

「どこ、行くんですか?」
「帰る」
「なんで?」
「んな悪趣味なこと言われて、にこにこしてらんないから!」

 言いざま、腕を払う。たたたっと階段を下ると、追いかけてくる足音が聞こえた。

「ついてくんな!」

 階段を下り切ったところで怒鳴ると、数段上にいた久我が目を見張った。驚いたようにこちらを見下ろしてくるその目を、俺は睨みつける。

「お前の話し方も! 冗談も! 全部嫌い! 顔も見たくない!」
「……一回も先輩、僕に勝ててへんのに?」

 言い捨てて背を向けようとした俺に、ぼそり、と声が投げられる。はあ?!と目を尖らせると、久我が唇を歪めるのが見えた。

「将棋。将棋部のくせに、一度も勝ってへんやん。それでよろしおすの? 先輩」
「だから! そのしゃべり方やめろっての! むかつく!」
「なら僕も言わせてもらいますけど。先輩の嘘も見てて気ぃ悪いんですけど」
「んだよ、嘘って!」
「倉橋先輩」

 鋭く発音された名前に体が凍り付く。その俺に向かって久我は一歩ずつ、近づいてくる。

「ほんまは先輩、倉橋先輩のこと、好きやったんちゃいます?」
「……に、言ってんだよ。んなわけ」
「倉橋先輩と山田先輩が付き合うてるのわかるくらい、狭い人間関係ですよ? 気付かないわけあらへん。ってか、倉橋先輩も人が悪い。絶対、萩原先輩の気持ち、知ってはりましたよね。なのに、言うたんでしょ? 僕のこと、面倒見てやってって。それどないなつもりで言うたんやろ。先輩の好意につけ込んで頼み事するとか、人が悪い言うならあん人でしょうに」
「うっさい!」

 怒鳴り、俺は階段を下りてきた久我の胸倉を引っ掴む。
 久我は俺よりもずっと背が高い。こんなことをしても子どもがじゃれているみたいにしかならない。でも構わなかった。ただただ許せなかった。
 もうとっくに終わらせた初恋に対し、こんな暴言を吐くこいつが絶対に。