俺にだけ京都弁で話してくる後輩の真意について。

 ――後輩が、他の人には標準語で話すのに、俺にだけ京都弁で話しかけてくるんだけど、これってどういう意味?

 さらさらっとスマホの画面にそう打ちこむ。検索中のくるくるが表示された後、画面に流れてきた文字に俺は絶句する。

 ――おそらく後輩はあなたに対して特別な感情があるのではないでしょうか。甘えからそのような態度に出ているものと考えられます。

「AIよ、お前もか……」

 心を開いている云々はすでに山田先輩に言われてるんだよ! と心の中で叫びながら、俺はさらに指を動かす。

 ――でも、この間、いきなり標準語に戻られた。あれってどういう意味?

 またくるくると検索中のマークが回転する。数秒後、表示された解答に俺は再び声を失った。

 ――おそらくなにか怒りに触れるようなことをなさったのではないでしょうか。心のシャッターが下り、心理的距離を取ろうとしている状態だと思われます。

「ええええ!」

 心理的距離? 怒らせた? え、え、なんで?
 もしかして俺、あいつに言っちゃだめなこと、言っちゃったんだろうか。でも思い当たる節がない。
 むしろ……。

 ――続かなかったですよ、ひとりなら。
 ――先輩がいてくれたから。

 あれは怒りとかそういうんじゃないような……。
 考えていたらだんだんどきどきしてきてしまった。あの一件以来、ずっとこんなふうだ。一体なにがどうなってるんだろう。
 もやもやしながら放課後を迎え、部室へ向かう。今日も久我ははんなりしてるのかな、と思いながら作法室へとたどり着くと、その久我が作法室の前になぜか立ち尽くしていた。

「どしたの、久我。鍵、開いてない?」

 声をかけると、ぎょっとしたような顔がこちらに向けられる。なに、と言いかけた俺に久我が大股で近づいてきた。

「なに、どしたの」
「静かに。今、取込み中なので」
「取り込み中?」

 首を傾げた俺の前で、久我は困ったように目を彷徨わせている。首を傾げながら俺は作法室の扉に穿たれた、細いスリットガラスに近づく。そろそろと中を見てみて……息が止まった。
 西日が射し込む作法室。その窓によりかかるように、山田先輩と倉橋先輩が座っていた。肩がくっつく場所に座ったふたりは、何事かを囁きかわしていたけれど、やがてすっとその視線が絡まり合った。そして、徐々に顔が近づき……。
 キス、した。
 そこまで見たところで俺はとっさに唇を押さえる。ふらっと扉から一歩退いたその俺の腕をくん、と久我が掴む。
 一重瞼の向こうからこちらを見下ろした久我は、目線で俺を促し、俺の腕を掴んだままその場を離れる。

「びっくりしたー……」
「ですねえ」

 ふたりそろって声を発したのは、作法室から遠く離れた、階段の踊り場だった。

「お前も、知ってた、よね? 部長達が付き合ってるの……」
「そりゃあ。隠してるつもりなんやろうけど、全然隠しきれてへんもん」

 はんなりな口調で言い、久我は階段に座り、長い足を投げ出す。

「けど、ええんちゃいます? それぞれやし。仲ええほうが見ててほっこりするし」
「まあ、そだな」

 茶髪で耳には金のリングピアス、いつも気怠そうだけど、基本自由主義で、楽しくがモットーの山田先輩と、清楚で可憐、生真面目で周囲の人にも完璧な心配りをする倉橋先輩。一見すると真逆のふたりだけれど、このふたりが並んで話をしている姿はすごく温かかった。お互いがお互いをリスペクトしているのがすごく感じられて、ふたりともが俺にとって憧れの先輩だ。
 そう、憧れ、なんだ。

「いいよな、あのふたり。お似合い。ベストカップルって感じ」

 久我の隣に腰を下ろしながら投げやりに言うと、久我がちょっと驚いたような顔をした。けれどそれは一瞬ですぐに目元がじわりと和らぐ。

「ベストカップル賞、ですか?」

 低いしっとりとした声で言われ、俺はくすっと笑う。

「まあ、そかな」

 小さく呟いたとき、隣に座っていた久我の肩が、とん、と俺の肩に当てられた。ふっと目を上げると、目の前に久我の顔があった。

「先輩もほしい? ベストカップル賞」
「は? なんそれ。相手いねーっての」

 一体なにを言ってるんだか。笑って返そうとして俺は固まる。
 久我はもう、笑っていなかった。

「そしたら、僕となろうよ」

 しっとりとした声が言う。そこにはいつものはんなりの響きはない。突然の変化に驚いて、久我の顔を見返す俺に向かって、久我がゆっくりと体を傾けてきた。

「カップル」