俺にだけ京都弁で話してくる後輩の真意について。

 土曜日の昼、駅前広場に行くと、久我はすでにいて、相変わらずの涼しげな眼差しで、たむろす鳩を眺めていた。
 白いシャツに黒の薄手のブルゾン、ブルゾンと同色のスリムパンツといったモノトーンの出で立ちの久我を遠目に眺めながら思う。
 学校にいるときと印象変わらなくて、大人っぽいな、と。
 ピンクのシャツにベージュのチノパン、グレーのパーカーという、無難なファッションの自分がどうしようもなく野暮ったく見えてちょっと不満だ。

「ああ、先輩」

 今度は俺ももうちょっと大人っぽくするぞ、なんて思っていると、なぜか声を忍ばせながら久我がこちらに近づいてきた。その様子に首を傾げる俺に、うっすらと笑って、久我は切れ長の目で広場を示す。

「鳩がびっくりしちゃうから」
「おお……」

 ……こういうところ、すごくいい。

 こいつの素は顔こそ淡々としていて感情がなさそうに見えるけれど、とても優しい。そしてそれは俺達の関係が恋人になる前からずっとそうだった。
 部内で俺が倉橋先輩から目が逸らせなくなっていたことにこいつは絶対、気付いていたはずなのだ。
 でもそのことをずっと言わぬまま、俺を笑わせようとしてくれていた。
 思うところだってあったはずなのに、おくびにも出さず、そばにい続けてくれた。
 それくらい、こいつは優しい。
 
 ただ……まあ、倉橋先輩への嫉妬が皆無ってわけでもなかったようだけれど。

「山田先輩の分だけでええやないですか。倉橋先輩の分、いります?」

 目的地である神社のお守り売り場へと辿り着いたところで、久我が言う。眉間にしっかりしわを刻みながら。
 その久我を振り返り、俺は久我に負けず劣らずの苦い表情で溜め息をついてみせた。

「お前なあ、倉橋先輩はお前の! 茶道部の! 先輩なんだぞ。お前がしっかり合格祈ってあげるべきだろ!」
「でも、僕、あの人、好かんし。受かろうが落ちようがどうでもええわ」
「こら! やめてやれ! 倉橋先輩、なんも悪いことしてないんだから!」
「いやいやいや、先輩、お人好しすぎますやろ。あの人、先輩の気持ち考えんと、頼み事してくるような人ですよ。鈍感は罪やと思う」
「それで言ったら、俺も罪人ってことじゃん」

 ちらっと久我を見上げると、よくわからない、と言いたげに首を傾げられた。
 ほんと、こいつはこういうやつだ。俺の痛みにばっかり目を向けて、自分の痛みには無頓着。どっちが鈍感なんだかって言いたくなる。

「だって俺、お前が俺のこと思って言葉遣いまで変えたなんて、まったく知らなかったもん。罪っていばこっちのほうが罪じゃない?」

 久我が茶道部に入部したのが五月。そこから久我の本心を知ったのが十月の終わり。半年弱、俺はこいつの想いに気付いていなかったのだ。しかもその間には倉橋先輩のことを目で追っちゃってもいて。
 なにも言わないけど、こいつだって相当、きつかったはずなのに。
 
「ごめんな、久……」

 申し訳なくて、頭を下げようとする。その刹那、久我が動いた。
 いきなり肩が引き寄せられ、きゅうっと大きな胸の中に体を押し込められる。
 息を呑むと、囁き声が耳朶をさらっとなぞった。

「悪いって思ってるなら、キス、させて」
「は?!」

 今、耳に流し込まれた言葉には、はんなりがまるでない。
 つまり、極めて本気って、こと。

「あ、えと、あの……い」

 いいよ。

 そう言おうとして、俺ははっとする。
 思い出した。ここは外で、しかも神社の授与所前……!
 視線を彷徨わせると、授与所に詰めていた神主さんが、困ったような顔で目を逸らしているのが、ばっちり見えた。
 これはさすがにだめだろ……!

「こ、こ、こら! 神様の面前でおま、おま、お前はなにしてんだよ!」
「いや、僕じゃなくて先輩があかんと思う。そんな可愛えこと言わはるから」

 慌てて身をよじると、くすっと笑って久我が腕から力を抜いた。そうして、こっちを見ないようにしてくれていた神主さんに、これとこれ、お守り、ください~、と声をかけている。
 その京都バージョンの顔を見ていると、やっぱり素の彼とはちょっと違っていて、なんというか。

 ……やっぱり二股かけている気になる。

「はい。仕方ないから倉橋先輩の分も買うてやりましたけど、渡しには僕も一緒に行きますから。ええですね」
「まあ、いい、けど」
「ああ、それと」

 膨れながら、俺は受け取ったお守りをバッグにそっと入れる。
 その俺の傍らで声がした。

「キスは、後で絶対、しますから」

 しましょうとか、していいですかとか、そういうんじゃないのか、こいつ!
 まったく、まったく。本当にむかつく。
 なんて憤っている俺を無視して、久我は歩き出す。すっと背筋を伸ばし、神社の石段を下りながら振り返る。

「先輩」

 こちらに向けられたのは、ふんわりとした笑顔。

「お茶、飲みましょう、冷えてきたから」
「……お前が入れたのが一番美味いけど」

 聞こえないくらい小さな声で言うと、え? と久我が首を傾げた。
 なんでもない、と返し、俺は足を早めて久我と並ぶ。

「お守り、喜んでもらえるといいな」
「さあ、喜ぶんちゃいます? 受かるか知らんけど」

 おいこら、神社の前で、と注意しようとした俺の手が不意に握られた。

「階段、転ぶといけないから」

 俺の手より一回り大きくてしなやかな指の感触を感じながら、俺は、うん、と頷き、歩き出す。
 ほんのりと色づく久我の頬を眩しく見つめながら。