将棋ってのは、ひとりじゃできない。
その意味でこの部はもう終わっている。なんといっても三年生が引退してしまった今、残る部員が俺ひとりって惨状なんだから。
だから……このままフェードアウトして部活なんて出なくなったって別にいいと思う。そもそも俺はそれほど将棋が上手いってわけでもないし。小さいころからじいちゃんの相手をしていて、ちょっと将棋が好きって程度だし。
それでも俺、萩原天音が毎日部活に出るのはひとえに……。
「ああ、萩原先輩、こんにちはー」
部室としてあてがわれている、作法室の引き戸を開けると、柔らかい抹茶の香りが鼻をくすぐった。見れば、今日も俺よりも先に部室入りしていた、久我左京が畳の上に正座し、電熱器にかけた茶釜から柄杓で熱湯を茶碗へ注いでいた。
「ええとこにいらはりました。一服いかがです?」
男子校にこんな部屋、いらないんじゃね? と普段から思う、畳四畳半の作法室。たいていの生徒にこの部屋は似合わない。けれど久我には嫌味なほどに似合う。
茶をたてるための茶釜を置く炉のすぐそばで、久我はすっと背筋を伸ばして座っている。その顔は、日本人形みたいに整っていて、毛ほどの乱れもない。すっとまっすぐな眉の下、こちらをすうっと流し見るくっきり一重の目。ほんのり赤い唇。髪型は優等生然とした黒髪短髪。無骨にもみえる真っ黒な詰襟の学生服も、こいつが着ると、急にしっとり艶やかだ。きらきらアイドルっていうのではなくて、大正時代の華族みたいなちょっとクラシカルな綺麗さがこいつにはあると思う。
が、この部屋がこいつに似合いだと思っちゃう最大の理由は、こいつの見た目じゃない。それは……。
「どうしはりました? はよ、お入りやす」
……これだ。
俺達が通う西邦高校は神奈川県にある。が、こいつの言葉ははんなりもはんなり、ばりばりの京都弁なのだ。
まあ、うちは進学校だし、サッカーの強豪校で寮もあるから、全国各地から学生が集まりやすい。京都出身の生徒だって当然いる。でもそれはサッカー部員が大半。
しかしこいつはサッカー部ではない。サッカーとは縁もゆかりもない、共通点といえば最初の一文字が「さ」というだけの茶道部部員。しかも俺同様、三年が引退してしまったがために、ひとりぼっちになってしまった一年生。つまり、ほぼほぼ俺と同じ立場の人間なのだ。
にもかかわらず、こいつは毎日、ここにやってくる。そしてせっせと茶をたてている。
「ほら、突っ立っとらんと、おかけなはれ」
にこりと笑って久我が俺を促す。俺は仏頂面で通学バッグを部屋の隅に投げ捨て、久我の前に胡坐をかいて座る。
正直、部活を続ける理由なんてまったくない。けれど俺が今日もここに来ているのはこいつのためだ。
こいつがいるから、俺は毎日部室に通っている。
この……なぜか俺にだけ、京都弁で話しかけてくる、一風変わった一年生のために。
その意味でこの部はもう終わっている。なんといっても三年生が引退してしまった今、残る部員が俺ひとりって惨状なんだから。
だから……このままフェードアウトして部活なんて出なくなったって別にいいと思う。そもそも俺はそれほど将棋が上手いってわけでもないし。小さいころからじいちゃんの相手をしていて、ちょっと将棋が好きって程度だし。
それでも俺、萩原天音が毎日部活に出るのはひとえに……。
「ああ、萩原先輩、こんにちはー」
部室としてあてがわれている、作法室の引き戸を開けると、柔らかい抹茶の香りが鼻をくすぐった。見れば、今日も俺よりも先に部室入りしていた、久我左京が畳の上に正座し、電熱器にかけた茶釜から柄杓で熱湯を茶碗へ注いでいた。
「ええとこにいらはりました。一服いかがです?」
男子校にこんな部屋、いらないんじゃね? と普段から思う、畳四畳半の作法室。たいていの生徒にこの部屋は似合わない。けれど久我には嫌味なほどに似合う。
茶をたてるための茶釜を置く炉のすぐそばで、久我はすっと背筋を伸ばして座っている。その顔は、日本人形みたいに整っていて、毛ほどの乱れもない。すっとまっすぐな眉の下、こちらをすうっと流し見るくっきり一重の目。ほんのり赤い唇。髪型は優等生然とした黒髪短髪。無骨にもみえる真っ黒な詰襟の学生服も、こいつが着ると、急にしっとり艶やかだ。きらきらアイドルっていうのではなくて、大正時代の華族みたいなちょっとクラシカルな綺麗さがこいつにはあると思う。
が、この部屋がこいつに似合いだと思っちゃう最大の理由は、こいつの見た目じゃない。それは……。
「どうしはりました? はよ、お入りやす」
……これだ。
俺達が通う西邦高校は神奈川県にある。が、こいつの言葉ははんなりもはんなり、ばりばりの京都弁なのだ。
まあ、うちは進学校だし、サッカーの強豪校で寮もあるから、全国各地から学生が集まりやすい。京都出身の生徒だって当然いる。でもそれはサッカー部員が大半。
しかしこいつはサッカー部ではない。サッカーとは縁もゆかりもない、共通点といえば最初の一文字が「さ」というだけの茶道部部員。しかも俺同様、三年が引退してしまったがために、ひとりぼっちになってしまった一年生。つまり、ほぼほぼ俺と同じ立場の人間なのだ。
にもかかわらず、こいつは毎日、ここにやってくる。そしてせっせと茶をたてている。
「ほら、突っ立っとらんと、おかけなはれ」
にこりと笑って久我が俺を促す。俺は仏頂面で通学バッグを部屋の隅に投げ捨て、久我の前に胡坐をかいて座る。
正直、部活を続ける理由なんてまったくない。けれど俺が今日もここに来ているのはこいつのためだ。
こいつがいるから、俺は毎日部室に通っている。
この……なぜか俺にだけ、京都弁で話しかけてくる、一風変わった一年生のために。



