***
「あ、おはよう。ゆっくり眠れた?」
「……起きたら伊織が隣にいなかったから焦った」
「ごめん、朝ごはん作らなきゃと思ってさ。音、うるさかった?」
「熟睡してて全然気付かなかったよ。なに作ってくれるの?」
「ん? 卵焼きと、ウィンナー。それくらいしか自信もって作れるものがない」
困ったように笑ってみせる伊織の顔をみて、朝からなんて贅沢な時間を過ごしているんだろうと思った。エプロン姿も、寝癖の残る後ろ髪も、フライパンを覗き込む横顔も、全部が愛おしくて仕方がない。
(起きてすぐ、頬にキスしてくれたのも知ってるよ)
実は、俺の方が三十分も早く起きていて――修学旅行以来の、恋人の寝顔を見て。まじまじと見つめると言うか、ほぼガン見だった。同じ男なのに、こんなにすうすうと寝ているだけで可愛いって……天才か? と思っている内に、三十分が経過してしまい、伊織が「ふぁ」と大き目の欠伸をしたのに驚いて、寝たふりまでしてしまった。
そのあとすぐに「大好き」と優しい声が降ってきて、頬に軽くキスをされて。ニヤけるとかそういう次元を軽く超えて、こんな可愛いご褒美が貰えるなら俺は一生、寝坊助でいたいとさえ思ったくらいだ。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
食卓に並んだのは、卵焼きとタコの形をしたウィンナー、そしてロールパンにコーンスープ。インスタントだとかそういうのはどうでもよくて、伊織の「手作り」が並んだ食卓は、それだけで幸せな風景のように感じた。
ゆらゆらと湯気が立ち上るコーンスープを冷ましているのを見つめながら、卵焼きを口に運ぶ。少し甘めの味付けが、いかにも伊織らしくて、思わず口元が緩んだ。
(俺の好みに合わせてくれてんのかな。もしくは、俺の脳が伊織の作るものを全部『理想的』に変換してる?)
いつか一緒に暮らしたら、料理も掃除も全部俺が完璧にして、伊織にはただただ快適に過ごしてほしいと思ったけれど、こうして美味しい手料理が食べられるなら、伊織に料理を頼むのも悪くないかな……なんて考える。二人で並んでキッチンに立つ未来を、勝手に思い描いてしまう自分がいた。
(うん、悪くない。絶対に俺が養ってあげたい)
ふたりでデートして、外でご飯を食べることは何度かあったけれど、こうして静かな朝にふたりきり。しかも、家でのご飯と言うのは初めてで、ベランダから差し込んで来る朝日を一瞥すると、伊織は両手でお椀を持ったまま、なかなか口を開こうとしなかった。
「……伊織、どうしたの」
「ん? な、なんでもないよ」
「耳、赤くなってるよ。どうして照れてるの」
わかってる。昨日の夜のことを思い出して、きっと一人で恥ずかしくなっているんだろう。俺が嬉しそうに目を細めると、伊織は眉を寄せて「意地悪」とむっとした顔になってしまった。俺もスープをすすって、口元が緩みそうになるのを必死で堪える。
(付き合ってから変わった部分もあるけれど、こういう反応は変わらないんだよな)
変わらないでいてほしい、と思う。これから先、何年経っても、こうして些細なことで赤くなる伊織を見ていたい。
俺はテーブルにふせていたスマホを手に取り、カメラロールをスクロールすると、一枚の画像を伊織に表示して見せた。庭に大きな縁側のある、瓦屋根の日本家屋だ。
「これ、元々は祖父の別宅なんだけど。大学生になったら、この家で暮らそうと思ってるんだ」
「……うん?」
「意味、わかる? この家で伊織といつか暮らしたいと思ってるよ、ってことなんだけど」
フォークを置いて頬杖する俺に、伊織はきょとんと目を丸くして「え」と小さな声をこぼした。
「こ、こんな豪邸に!?」
「そうかな、普通の家だと思うけど」
「いや……これは普通じゃないって。ていうか、おじいちゃんはどうするの」
「鎌倉の家があるから。手入れも兼ねて、住んでいいって言われてるんだ。だから、物件は探さなくていいからね」
囲い込むみたいだって自分でも分かってる。でも、余計な心配をせずに、ふたりの目標に向かって安心して突き進める環境だと早く教えたくて。黙って居られないあたり、自分はまだまだ子供だなと思う。それでも、伊織の未来に自分の場所を用意しておきたいという気持ちだけは、誰に何と言われても曲げるつもりはなかった。
「いつか、この家の合鍵を渡すから」
「……もらえるように、頑張ります」
律儀にそう答える伊織がおかしくて、今度こそ堪えきれずに笑ってしまった。頑張らなくていい、ただ隣にいてくれるだけでいいのに。そう思いながらも、口には出さず、その代わりにテーブル越しに手を伸ばして、伊織の指先にそっと自分の指を重ねる。
ただいまと、おかえりを言い合える関係になりたい。青すぎる夢だと言われても、笑われても構わない。それだけ本気で伊織のことが好きで、これから先もずっとそばに居てほしいと思う。
俺は出会った頃――乱気流の飛行機の中で「手を握って」と涙と鼻水でべしょべしょになりながら訴えてきた伊織との出会いを思い出して、くす、と笑みをこぼしてしまった。あの時、震える手を握り返した自分がいなければ、こんな穏やかな朝を迎えることだってなかったわけだから。人生でいちばん運が良かった瞬間を挙げろと言われたら、迷わずあの日を選ぶだろう。
(俺も、ずっと手を握っていてもいい?)
心の中で目の前の愛しい恋人に向かって問いかけながら、窓の外に広がる澄んだ青空を見上げる。今日という日も、これから重ねていく毎日も、きっとこうして穏やかに、あたたかく続いていくのだろうという確信めいた予感があった。
fin.
「あ、おはよう。ゆっくり眠れた?」
「……起きたら伊織が隣にいなかったから焦った」
「ごめん、朝ごはん作らなきゃと思ってさ。音、うるさかった?」
「熟睡してて全然気付かなかったよ。なに作ってくれるの?」
「ん? 卵焼きと、ウィンナー。それくらいしか自信もって作れるものがない」
困ったように笑ってみせる伊織の顔をみて、朝からなんて贅沢な時間を過ごしているんだろうと思った。エプロン姿も、寝癖の残る後ろ髪も、フライパンを覗き込む横顔も、全部が愛おしくて仕方がない。
(起きてすぐ、頬にキスしてくれたのも知ってるよ)
実は、俺の方が三十分も早く起きていて――修学旅行以来の、恋人の寝顔を見て。まじまじと見つめると言うか、ほぼガン見だった。同じ男なのに、こんなにすうすうと寝ているだけで可愛いって……天才か? と思っている内に、三十分が経過してしまい、伊織が「ふぁ」と大き目の欠伸をしたのに驚いて、寝たふりまでしてしまった。
そのあとすぐに「大好き」と優しい声が降ってきて、頬に軽くキスをされて。ニヤけるとかそういう次元を軽く超えて、こんな可愛いご褒美が貰えるなら俺は一生、寝坊助でいたいとさえ思ったくらいだ。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
食卓に並んだのは、卵焼きとタコの形をしたウィンナー、そしてロールパンにコーンスープ。インスタントだとかそういうのはどうでもよくて、伊織の「手作り」が並んだ食卓は、それだけで幸せな風景のように感じた。
ゆらゆらと湯気が立ち上るコーンスープを冷ましているのを見つめながら、卵焼きを口に運ぶ。少し甘めの味付けが、いかにも伊織らしくて、思わず口元が緩んだ。
(俺の好みに合わせてくれてんのかな。もしくは、俺の脳が伊織の作るものを全部『理想的』に変換してる?)
いつか一緒に暮らしたら、料理も掃除も全部俺が完璧にして、伊織にはただただ快適に過ごしてほしいと思ったけれど、こうして美味しい手料理が食べられるなら、伊織に料理を頼むのも悪くないかな……なんて考える。二人で並んでキッチンに立つ未来を、勝手に思い描いてしまう自分がいた。
(うん、悪くない。絶対に俺が養ってあげたい)
ふたりでデートして、外でご飯を食べることは何度かあったけれど、こうして静かな朝にふたりきり。しかも、家でのご飯と言うのは初めてで、ベランダから差し込んで来る朝日を一瞥すると、伊織は両手でお椀を持ったまま、なかなか口を開こうとしなかった。
「……伊織、どうしたの」
「ん? な、なんでもないよ」
「耳、赤くなってるよ。どうして照れてるの」
わかってる。昨日の夜のことを思い出して、きっと一人で恥ずかしくなっているんだろう。俺が嬉しそうに目を細めると、伊織は眉を寄せて「意地悪」とむっとした顔になってしまった。俺もスープをすすって、口元が緩みそうになるのを必死で堪える。
(付き合ってから変わった部分もあるけれど、こういう反応は変わらないんだよな)
変わらないでいてほしい、と思う。これから先、何年経っても、こうして些細なことで赤くなる伊織を見ていたい。
俺はテーブルにふせていたスマホを手に取り、カメラロールをスクロールすると、一枚の画像を伊織に表示して見せた。庭に大きな縁側のある、瓦屋根の日本家屋だ。
「これ、元々は祖父の別宅なんだけど。大学生になったら、この家で暮らそうと思ってるんだ」
「……うん?」
「意味、わかる? この家で伊織といつか暮らしたいと思ってるよ、ってことなんだけど」
フォークを置いて頬杖する俺に、伊織はきょとんと目を丸くして「え」と小さな声をこぼした。
「こ、こんな豪邸に!?」
「そうかな、普通の家だと思うけど」
「いや……これは普通じゃないって。ていうか、おじいちゃんはどうするの」
「鎌倉の家があるから。手入れも兼ねて、住んでいいって言われてるんだ。だから、物件は探さなくていいからね」
囲い込むみたいだって自分でも分かってる。でも、余計な心配をせずに、ふたりの目標に向かって安心して突き進める環境だと早く教えたくて。黙って居られないあたり、自分はまだまだ子供だなと思う。それでも、伊織の未来に自分の場所を用意しておきたいという気持ちだけは、誰に何と言われても曲げるつもりはなかった。
「いつか、この家の合鍵を渡すから」
「……もらえるように、頑張ります」
律儀にそう答える伊織がおかしくて、今度こそ堪えきれずに笑ってしまった。頑張らなくていい、ただ隣にいてくれるだけでいいのに。そう思いながらも、口には出さず、その代わりにテーブル越しに手を伸ばして、伊織の指先にそっと自分の指を重ねる。
ただいまと、おかえりを言い合える関係になりたい。青すぎる夢だと言われても、笑われても構わない。それだけ本気で伊織のことが好きで、これから先もずっとそばに居てほしいと思う。
俺は出会った頃――乱気流の飛行機の中で「手を握って」と涙と鼻水でべしょべしょになりながら訴えてきた伊織との出会いを思い出して、くす、と笑みをこぼしてしまった。あの時、震える手を握り返した自分がいなければ、こんな穏やかな朝を迎えることだってなかったわけだから。人生でいちばん運が良かった瞬間を挙げろと言われたら、迷わずあの日を選ぶだろう。
(俺も、ずっと手を握っていてもいい?)
心の中で目の前の愛しい恋人に向かって問いかけながら、窓の外に広がる澄んだ青空を見上げる。今日という日も、これから重ねていく毎日も、きっとこうして穏やかに、あたたかく続いていくのだろうという確信めいた予感があった。
fin.



