***
「うおおおおおおお! あの恐竜のライド、絶叫コース確定やろこれ!」
お好み焼き屋でのモヤモヤとした気持ちを抱えたまま――数日後に実現した、打ち上げ当日。
ユニバの入場ゲートをくぐった瞬間から、川内のテンションはもう最高潮だった。まだ朝の九時だというのに、その声量はすでに絶叫マシン顔負けだ。
「まずはあのハリウッド映画系のライド行こうや。並ぶ時間もったいないし、アプリで整理券取らな」
海野がスマホ片手に段取りを仕切りだす。こいつは変なところでしっかりしているから、こういう時に限っては頼りになる。実を言えば、自分の頭にもそれなりにマップやルートは叩き込んであった。ただ、それを意気揚々と口にすれば、伊織に「久保も楽しみにしてたの?」と勘づかれそうで、なんとなく格好がつかない。だから敢えて何も言わず、大人しく様子を見守ることにした。
「久保、伊織、二人とも絶叫系イケるん?」
「俺は平気」
「お、俺はちょっと……」
田中の問いに、伊織が心もとない声で答える。その反応が予想通りすぎて、内心少し笑ってしまう。伊織はこういう時、無理に強がらないところがいい。俺が隣で守ってやればいい、それだけの話だ。
「せやったら、伊織は久保の隣座ったらええやん。久保がしっかり手ぇ握っとったら安心やろ」
「せやせや、彼氏の役目やん、それ」
山根と川内が茶化すように言うのを、俺は表情も変えずに聞き流す。
もっとも、言われるまでもなく最初からそのつもりだった。
結局、恐竜のテーマパークにある例のライドでは伊織を真ん中に挟むようにして座った。急降下する直前、伊織が「ちょっ、無理、無理――!」と隣で悲鳴を上げるものだから、その手をぎゅっと握ってやる。水しぶきと絶叫が入り混じる中、伊織がとっさに俺の腕にしがみついてきた感触は、正直このアトラクション一番の見どころだったように思う。こんなおこぼれが貰えるのなら、今日は何回だってこの列に並んでもいい。
「久保、めっちゃ余裕そうな顔しとったな」
「まあ、普通に楽しかったし」
「ウソつけ、伊織が抱きついてきた瞬間、まんざらでもなさそうに口角ピクッてなってたで」
「気のせいだろ」
「証拠があんねん。あのモニター見てみぃ、落下する写真やのにお前だけ笑うてるやんか」
海野の指摘を素っ気なく流しながら、実際のところは図星だった。それを認めるつもりは、この四人の前では一生ない。物的証拠があったとしてもだ。
その後はハリウッド映画エリアを一通り回り、昼を過ぎた頃に、魔法学校の世界観を再現したエリアへと足を踏み入れた。石造りの村並みと、雪化粧を纏った三角屋根の連なりが視界いっぱいに広がった瞬間、田中が「うわ、これマジで映画の中やん」と声を上げる。
「じゃじゃーん! お前ら、俺に感謝せぇよ」
用意周到な山根が丸眼鏡を百円ショップでこしらえてきていたらしく、渡されるがまま全員でそれを装着し、鏡代わりのショーウィンドウを覗いては腹を抱えて笑い合った。認めたくはないが、なんだかんだこの中で一番似合っていないのは自分だと思う。
「杖、買うてええ? 絶対いる、これは絶対いる」
「山根、お前さっきから財布の紐ガバガバやん。その辺の枝と何が違うん?」
「ちゃうねん、これはロマンやねん川内。分かってへんな」
杖専門店の前で山根が食い下がるのを、川内が半笑いで諭していた。こういうやり取りを見ていると、修学旅行の頃を思い出して、少しだけ懐かしい気持ちになる。
「今なら久保に『拷問の呪文』が使える気がするねんけど」
「アカンで、こいつは出オチから即死呪文を繰り出してくるタイプやから」
「絶対組み分けしたら、闇の魔法使いを輩出してる寮やと思うわ」
「帽子も久保の頭に乗る前に顔を顰めるやつ。なんとかフォイ的な」
好き放題言われながらも、隣でのけぞって大口を開け「がっはっは」と笑っている伊織を見ていると、気付けば自分の口元も勝手に緩んでいた。
転校してきたばかりの頃は、どちらかというと大人しくて、毎日借りてきた猫のように慎ましやかだったのに――学校に馴染んでからは、こういう等身大の男子高校生らしい豪快な笑い方や、飾らない笑顔がどんどん増えている気がする。顔に似合わないガハハ笑い(と、俺は密かにそう名づけている)を見るのは、俺にとって一日の中でも一番好きな時間だった。
「久保、あれ見て。フクロウ便のポストだって」
伊織が指差した先には、精巧に作り込まれた郵便ポストが立っていた。素直に喜んでいる横顔に、またしても視線が吸い寄せられる。
「手紙でも出そうか」
「え、誰に?」
「伊織に。ラブレターはまだ書いたことないな、と思って」
「な、なんでそんな回りくどいことするんだよ! 直接言えばいいじゃん」
わたわたと慌てる伊織を見ながら、俺は素知らぬ顔で「つまんないなぁ」と返す。実際のところ、直接言うより手紙の方が効果があるかもしれないというのは、伊織の反応を見れば一目瞭然だった。今度、本当にやってみようか。
どちらかというと、メッセージアプリでやりとりするよりも、そういうアナログなものの方が性に合っている。子どもの頃はアメリカで過ごしていて、日本に暮らす祖父母に手紙を書くのが好きだった経験も、多少は影響しているのかもしれない。時間をかけて言葉を選び、シーリングスタンプを押す瞬間。あるいは届いた手紙の封を切る、あの一瞬の高揚感。どちらも嫌いじゃない。
それこそ、伊織に手紙なんて書いたら、インクがなくなるまで「好きだ」と綴ってしまいそうな気がする。
「おいおい、見せつけてくれるやん久保」
「せやなぁ。俺らこの世界観楽しんどんのに、リア充イベント発生させんといてくれる?」
川内と田中がすかさず茶々を入れてくるのに、俺は肩をすくめるだけで反応しない。悔しかったら恋人でも作れば、と思ったが、口には出さないでおいた。
城の中を箒で飛び回るような臨場感を味わえるあの屋内ライドでは、動く城の仕掛けに六人揃って夢中になった。降りた直後、興奮冷めやらぬ様子で海野が「あれ絶対もう一回乗る」と言い出し、結局二周する羽目になったが、誰も文句は言わなかった。
名物のバター風味の飲み物を買って中庭のベンチで一息ついたとき、伊織がストローをくわえたまま「甘すぎず食べやすいね、これ」と呟く。その口元に、クリームが少しついているのが見えた。
「ついてる」
「え、どこ?」
指摘するより早く、指先でそっと拭ってやった。伊織が一瞬固まって、それから耳まで赤くなる様子を、俺は満足げに眺める。こういう些細な独占欲の発散は、人前でも分かりやすいくらい露骨にやるに限るだろう。
「うわ、見た? 今の」
「見た見た。相変わらず息するようにイチャつくよな、あの二人」
「二度とせぇへんように呪文で石にしたいねんけど。久保だけ」
背後で山根と田中がひそひそと話しているのが聞こえたが、(面倒なので)聞こえないふりをする。
結局、その日は閉園時間ぎりぎりまで遊び倒し、六人でくたくたになりながら駅へ向かった。並んで歩く道すがら、伊織がふと隣に肩をぶつけてくる。
「今日、楽しかったね」
「うん、そうだね。伊織がいっぱい笑ってるの見られて、俺も満足したよ」
短く返しながら、内心ではもっと違う言葉を探していた。楽しかった、それだけじゃ足りない気がして。
こういう場所が特別好きなわけじゃない。それでも、こんな風に無邪気に喜ぶ顔が見られるのなら、いくらでも連れて行ってやりたいと思う。大学生になっても、社会人になっても――これから先も、ずっと伊織とふたりで、いろんな場所に出かけたい。
でも、それを口にするのはまだ少し早い気がして、結局いつも通り、素っ気ない態度で誤魔化してしまう自分がいた。
「うおおおおおおお! あの恐竜のライド、絶叫コース確定やろこれ!」
お好み焼き屋でのモヤモヤとした気持ちを抱えたまま――数日後に実現した、打ち上げ当日。
ユニバの入場ゲートをくぐった瞬間から、川内のテンションはもう最高潮だった。まだ朝の九時だというのに、その声量はすでに絶叫マシン顔負けだ。
「まずはあのハリウッド映画系のライド行こうや。並ぶ時間もったいないし、アプリで整理券取らな」
海野がスマホ片手に段取りを仕切りだす。こいつは変なところでしっかりしているから、こういう時に限っては頼りになる。実を言えば、自分の頭にもそれなりにマップやルートは叩き込んであった。ただ、それを意気揚々と口にすれば、伊織に「久保も楽しみにしてたの?」と勘づかれそうで、なんとなく格好がつかない。だから敢えて何も言わず、大人しく様子を見守ることにした。
「久保、伊織、二人とも絶叫系イケるん?」
「俺は平気」
「お、俺はちょっと……」
田中の問いに、伊織が心もとない声で答える。その反応が予想通りすぎて、内心少し笑ってしまう。伊織はこういう時、無理に強がらないところがいい。俺が隣で守ってやればいい、それだけの話だ。
「せやったら、伊織は久保の隣座ったらええやん。久保がしっかり手ぇ握っとったら安心やろ」
「せやせや、彼氏の役目やん、それ」
山根と川内が茶化すように言うのを、俺は表情も変えずに聞き流す。
もっとも、言われるまでもなく最初からそのつもりだった。
結局、恐竜のテーマパークにある例のライドでは伊織を真ん中に挟むようにして座った。急降下する直前、伊織が「ちょっ、無理、無理――!」と隣で悲鳴を上げるものだから、その手をぎゅっと握ってやる。水しぶきと絶叫が入り混じる中、伊織がとっさに俺の腕にしがみついてきた感触は、正直このアトラクション一番の見どころだったように思う。こんなおこぼれが貰えるのなら、今日は何回だってこの列に並んでもいい。
「久保、めっちゃ余裕そうな顔しとったな」
「まあ、普通に楽しかったし」
「ウソつけ、伊織が抱きついてきた瞬間、まんざらでもなさそうに口角ピクッてなってたで」
「気のせいだろ」
「証拠があんねん。あのモニター見てみぃ、落下する写真やのにお前だけ笑うてるやんか」
海野の指摘を素っ気なく流しながら、実際のところは図星だった。それを認めるつもりは、この四人の前では一生ない。物的証拠があったとしてもだ。
その後はハリウッド映画エリアを一通り回り、昼を過ぎた頃に、魔法学校の世界観を再現したエリアへと足を踏み入れた。石造りの村並みと、雪化粧を纏った三角屋根の連なりが視界いっぱいに広がった瞬間、田中が「うわ、これマジで映画の中やん」と声を上げる。
「じゃじゃーん! お前ら、俺に感謝せぇよ」
用意周到な山根が丸眼鏡を百円ショップでこしらえてきていたらしく、渡されるがまま全員でそれを装着し、鏡代わりのショーウィンドウを覗いては腹を抱えて笑い合った。認めたくはないが、なんだかんだこの中で一番似合っていないのは自分だと思う。
「杖、買うてええ? 絶対いる、これは絶対いる」
「山根、お前さっきから財布の紐ガバガバやん。その辺の枝と何が違うん?」
「ちゃうねん、これはロマンやねん川内。分かってへんな」
杖専門店の前で山根が食い下がるのを、川内が半笑いで諭していた。こういうやり取りを見ていると、修学旅行の頃を思い出して、少しだけ懐かしい気持ちになる。
「今なら久保に『拷問の呪文』が使える気がするねんけど」
「アカンで、こいつは出オチから即死呪文を繰り出してくるタイプやから」
「絶対組み分けしたら、闇の魔法使いを輩出してる寮やと思うわ」
「帽子も久保の頭に乗る前に顔を顰めるやつ。なんとかフォイ的な」
好き放題言われながらも、隣でのけぞって大口を開け「がっはっは」と笑っている伊織を見ていると、気付けば自分の口元も勝手に緩んでいた。
転校してきたばかりの頃は、どちらかというと大人しくて、毎日借りてきた猫のように慎ましやかだったのに――学校に馴染んでからは、こういう等身大の男子高校生らしい豪快な笑い方や、飾らない笑顔がどんどん増えている気がする。顔に似合わないガハハ笑い(と、俺は密かにそう名づけている)を見るのは、俺にとって一日の中でも一番好きな時間だった。
「久保、あれ見て。フクロウ便のポストだって」
伊織が指差した先には、精巧に作り込まれた郵便ポストが立っていた。素直に喜んでいる横顔に、またしても視線が吸い寄せられる。
「手紙でも出そうか」
「え、誰に?」
「伊織に。ラブレターはまだ書いたことないな、と思って」
「な、なんでそんな回りくどいことするんだよ! 直接言えばいいじゃん」
わたわたと慌てる伊織を見ながら、俺は素知らぬ顔で「つまんないなぁ」と返す。実際のところ、直接言うより手紙の方が効果があるかもしれないというのは、伊織の反応を見れば一目瞭然だった。今度、本当にやってみようか。
どちらかというと、メッセージアプリでやりとりするよりも、そういうアナログなものの方が性に合っている。子どもの頃はアメリカで過ごしていて、日本に暮らす祖父母に手紙を書くのが好きだった経験も、多少は影響しているのかもしれない。時間をかけて言葉を選び、シーリングスタンプを押す瞬間。あるいは届いた手紙の封を切る、あの一瞬の高揚感。どちらも嫌いじゃない。
それこそ、伊織に手紙なんて書いたら、インクがなくなるまで「好きだ」と綴ってしまいそうな気がする。
「おいおい、見せつけてくれるやん久保」
「せやなぁ。俺らこの世界観楽しんどんのに、リア充イベント発生させんといてくれる?」
川内と田中がすかさず茶々を入れてくるのに、俺は肩をすくめるだけで反応しない。悔しかったら恋人でも作れば、と思ったが、口には出さないでおいた。
城の中を箒で飛び回るような臨場感を味わえるあの屋内ライドでは、動く城の仕掛けに六人揃って夢中になった。降りた直後、興奮冷めやらぬ様子で海野が「あれ絶対もう一回乗る」と言い出し、結局二周する羽目になったが、誰も文句は言わなかった。
名物のバター風味の飲み物を買って中庭のベンチで一息ついたとき、伊織がストローをくわえたまま「甘すぎず食べやすいね、これ」と呟く。その口元に、クリームが少しついているのが見えた。
「ついてる」
「え、どこ?」
指摘するより早く、指先でそっと拭ってやった。伊織が一瞬固まって、それから耳まで赤くなる様子を、俺は満足げに眺める。こういう些細な独占欲の発散は、人前でも分かりやすいくらい露骨にやるに限るだろう。
「うわ、見た? 今の」
「見た見た。相変わらず息するようにイチャつくよな、あの二人」
「二度とせぇへんように呪文で石にしたいねんけど。久保だけ」
背後で山根と田中がひそひそと話しているのが聞こえたが、(面倒なので)聞こえないふりをする。
結局、その日は閉園時間ぎりぎりまで遊び倒し、六人でくたくたになりながら駅へ向かった。並んで歩く道すがら、伊織がふと隣に肩をぶつけてくる。
「今日、楽しかったね」
「うん、そうだね。伊織がいっぱい笑ってるの見られて、俺も満足したよ」
短く返しながら、内心ではもっと違う言葉を探していた。楽しかった、それだけじゃ足りない気がして。
こういう場所が特別好きなわけじゃない。それでも、こんな風に無邪気に喜ぶ顔が見られるのなら、いくらでも連れて行ってやりたいと思う。大学生になっても、社会人になっても――これから先も、ずっと伊織とふたりで、いろんな場所に出かけたい。
でも、それを口にするのはまだ少し早い気がして、結局いつも通り、素っ気ない態度で誤魔化してしまう自分がいた。



