【続編】乱気流の飛行機でパニックになり、隣の奴に手を握ってもらったら、転校先の生徒会長でした。

「あ、すまんな久保。取り込み中悪いねんけど、模擬店の衣装を試着するんやって。伊織借りてもえぇ?」
「えっ、衣装ってもう届いてるの?」
「おん。ほんで、これ伊織の分な。なんや注文ミスなんか分からんけど、話し合いん時に決めたデザインとちゃうねんて。まぁ丈が短かったら、下にジャージ履くなりすればえぇんやない」

 川内がビニール袋に入ったメイド服を伊織に押し付ける。それを見て、伊織はますますげんなりとした顔をした。
 俺たちのクラスで企画したのは『レトロ喫茶』だ。ウェイター役とメイド役(ネタ要員だが)に分かれて、クリームソーダやプリンの提供をすることになっているのだけれど――運悪く(・・・)、伊織はメイド役を引いた。
 めちゃくちゃ嫌がる本人を前に「しょうがないよ」と愛想笑いをしたものの、衣装係に予算だの配送日だのの難癖をつけて、俺が会長権限をフル活用してデザインを選び直させた事は、伊織の知るところではない。(細工済みの)くじ引きを使ってでも、多少は役得というものを享受させて貰いたかったのだ。

「そっか、もう来週かぁ。なんかもうちょっと先だと思ってたのに、あっという間だね」
「そうやで。終わったら打ち上げに行く約束もあるんやから、気合いれんとアカン。売り上げ一位の模擬店には、賞金が出るんやから」
んだんだ(そうだね)、絶対優勝したい。打ち上げも楽しみ!」

 文化祭が終わったら、『打ち上げでユニバに行こう』と言い出したのは田中と海野だった。
 休日に六人で遊ぶ機会は何度かあったけれど、テーマパークは初めてだ。俺と伊織がユニバに行ったことがないと話していたら、信じられないものを見るような目をされた。毎回その後の日々も楽しくなるような予定を常に詰め込んでいないと、あいつらは死んでしまう野生生物だ。ユニバのあとは、そのまま伊織の家にお邪魔して、タコパとお泊りまですることになっている。

「ほんなら、係ごとに集合して話し合いすんでー」

 LHR中の教室では、会計班と調理班、給仕班に分かれて話し合いが始まっている。
 俺も何かと用事がある度にそれぞれの島に呼ばれて、アドバイスをするわけなんだけれど――教室の右奥で、伊織が「ホントにいやだ」とか「こんなの変だよ」と割と大きめの声で嫌がっている。山根がウィッグをかぶせているのが見えて、それはちょっと俺としても――想定していない事態だった。

「おぉ~。他の三人はもろギャグでしかあらへんけど、新田はめっちゃ本格的なメイドって感じするやんか!」
「せやなぁ。久保にはよ見せたれよ」

 人だかりが自然と割れて、伊織が俯いたまま手でスカートを抑えて歩いてくる。明るい栗色の地毛とほぼ同じ色のウィッグが馴染んでいて、さらりと巻かれて鎖骨のあたりで揺れていた。クラスメイトたちの視線が集まる中、伊織が渋々といった様子で顔を上げる。

「えーっと……あの、どうかな。変じゃない? 不審者で捕まったりしないかな」

 普段の髪より少し長めのウィッグが、伊織の輪郭を柔らかく縁取っていて、見慣れているはずの顔が一瞬別人みたいに見える。スカートの裾を必死に押さえる仕草も、居心地悪そうに揺れる視線も、全部が新鮮で、正直かなりまずかった。

「……何、その顔」
「別の意味でこれは逮捕案件じゃない?」

 素直にそう言うと、伊織はますます顔を赤くして「からかうなよ」と唇を尖らせる。からかってなんかいない、本気なのに。むしろ本気すぎて、教室いっぱいのクラスメイトの前だということを忘れかけたくらいだ。

「ほんまや、久保、めっちゃ見てるやん」
「そらそうやろ、付き()うてるんやもん」

 川内たちがからかうように囃し立てるのを聞きながら、俺は内心で舌打ちする。こんな格好を、当日は俺以外の男子生徒――いや、他校から来る客にまで見られるということだ。
 欲望を剥きだしにした衣装のデザインをもう一段階地味にしておけばよかったと後悔した。丈をもう五センチ長くするとか、フリルを減らすとか。上品と可愛いの路線に迷って、可愛い方を選んだのが色んな意味でミスだったのかもしれない。

「久保、若干引いてない? なんでだんまりなの」
「……いや、何でもない」

 伊織が不思議そうに首を傾げるので、なんでもないという顔を取り繕う。
 腹の中では、当日の接客シフトをどうにかして俺の目の届く範囲に固定してやろうと、もう算段を立て始めていた。