【side:久保拓磨】
冬の気配が近づき始めた十一月。
修学旅行での両想いを経て、俺と伊織は正式に交際をスタートさせた。今まで色恋沙汰に全く興味がなかった自分が、毎日伊織の顔を学校で見るたびに「ああ、付き合ってるんだよな」と実感する。
どちらかというとプライベートは他人に曝け出したくない方だし、交際についてもとやかく言われるのは好きじゃない。だから、いつか大切な人が自分に出来たとしても、それは静かに、二人だけの場所で育んでいくべきだ――そう思っていたはずなのだけれど。
「久保っ、流石にこれは露骨すぎない⁉」
「何のこと?」
「インスタの投稿! 俺のこと、わざと映りこませてるよね」
登校して早々、先週末に伊織とデートした日の投稿について詰められた。伊織が観たがっていた映画(しかも、怖がりのくせにホラーだ)を観た後に、カフェのテラスで撮ったドリンクの写真。並んだカップの奥に、伊織の私服がチラリと映っている。
本気で怒っているわけではなさそうなのに、なんでそんなに必死で言ってくるのか――最初はよく分からなかった。でも、その頬が次第に赤みを帯びていくのを見て、ようやく合点がいく。
(ああ、照れてるのか。初心で可愛いな)
自分としてはそこまで強く主張させているつもりはない、という顔をしておくが、実際のところは狙って撮っている。SNSに載せる写真に伊織の気配をこっそり残しておきたくて、指先とか、制服の袖口とか、あえて画角の端に入るように調整しているだけだ。誰かに聞かれたら「偶然だろ」で押し通せる程度の、ささやかな企み。それが気に入らないらしい伊織を見ていると、正直かなり楽しい。
「じゃあ次から、もっと分かりやすく映そうか?」
「そういう問題じゃなくて!」
「俺、そんなに悪いことしたつもりないんだけど。本当に嫌なら止める」
「い、いや……その、本気とかじゃなくて。恥ずかしいよ、って意味で」
慌てる伊織の声を聞きながら、俺は内心でにやりとする。俺と伊織が付き合っていることは、いつメンの皆は勿論、もはやクラスメイト全員、なんなら先生達にまで噂話で広がっているらしい。だったらいいじゃん、というのが正直な気持ちだ。隠す気なんてさらさらない。むしろ、これくらいは軽い悪戯だと思っている。
伊織と付き合うようになってから、それまでほぼ空に近かったiPhoneのストレージは、二人で撮った写真や動画で容量を狭めていた。
(自分でもこの変わりようには驚いてる、けど)
人生、なにをやってもイージーモードだった俺からしてみれば、伊織の存在は何にも代えがたい特別なもので、本気で目に入れても痛くないと思えるほど愛おしい。だからこそ、伊織は俺のものだと周囲に示したいし、できれば伊織の口からも「久保は俺のもの」だと言わせたい。……生憎、伊織にそこまでの意思表示はまだされたことがないのだけれど。
勉強やスポーツだけじゃない。親に無理矢理やらされてきた習い事――ピアノ、乗馬、ヴァイオリン、テニス。何をやっても人並み以上にこなせてしまって、逆に何にも夢中になれなかった俺が、唯一自分の心を掻き乱されて、みっともないくらい必死に追いかけたのが「伊織」だった。
人並みにそれまで恋愛はしてきたつもりだし、告白されたことも数えきれないほどある。ただ、自分から誰かに執着したり、好きだと言えるほどの相手に巡り合えたことは一度もなかった。どれも付き合ってふたを開けて見れば、相手が見ていたのは俺の外見や実家の太さ、社会的なスペックばかり。
挙句の果てに、肝心の性格を覗いた途端『拓磨くんって、全然王子様っぽくないんだね』なんて、身勝手な失望を向けられる始末だった。王子様でいて欲しいなんて願望は、俺にとってただの理想の押しつけでしかない。
俺が欲しかったのは、自分を自然体で曝け出せる相手。こっちがリードするよりも、振り回すくらいの勢いで俺を追い詰めてくるような人だ。
そういう自分の中にある「満たされない」部分に、愛情とか、叱咤とか、そういうものを惜しみなく注ぎ込んで――挙句、溢れさせて手に負えなくしてくれたのが伊織なのだ。俺がいくら格好悪いところを見せても、この人は俺を愛してくれる。
だから多少意地悪をしたって許してくれるだろうし、これくらいは可愛いものだと思っている。むしろ、伊織が困る顔を見るたびに、もっと困らせたくなるのだから、我ながらタチが悪い。自分でもここまで感情を表に出すことになるとは思わなかったけれど、一番驚いているのは、きっと伊織の方だろう。
「なぁ、久保ってば。話聞いてる?」
むっとした顔でスクールバッグを握る手に力を込める伊織を見下ろしながら、「こんなに可愛く怒る人間が他に存在するだろうか?」と思う。
笑った顔も(一目惚れする程に)可愛いけれど、俺のやることなすことにこうして必死になって、いちいち怒っている顔の方が好きだ。もっと構ってほしいし、頭の中が俺のことでいっぱいになればいいのに、と思う。その点を踏まえれば、俺は修学旅行からあまり内面的には成長していないのかもしれない。
それどころか、伊織が考えるよりもきっと俺の方が、何倍も伊織のことを重く思っているのだから――そのくらいの独占欲は、伊織にも分けてもらわないと割に合わないとさえ感じている。
「そういえば、今日の放課後はまた文化祭の集まり?」
「あぁ、うん。会長として色んな模擬店の出店申請にサインをして、まとめなくちゃいけなくて。だから、今日も一緒には帰れなさそう」
俺が何気なくそう返事をすると、伊織は「そっか」と分かりやすく落ち込んだ。やっぱり生徒会の仕事って大変なんだね、とか、そこまで久保がしなくちゃいけないなんて、とか。言葉自体は労うようなものなのに、その端々に「残念」という気持ちがにじみ出ていて――これほど仕事を投げ出したいと思った瞬間はなかった。
「来週は一緒に帰れるといいな」
「……ごめん、いつも一人にして。何とか時間、作れるように頑張るから」
「ううん、大丈夫。雑用とかならさ、俺も手伝えるから。本当に大変な時はピンチヒッターとして頼ってな」
「うん。あぁ、伊織がもう少し早くウチに転校してきて来れれば、間違いなく副会長になってたのにな」
「あはは、そうかなぁ。でも、二人で生徒会の仕事出来たら、確かに楽しかったかも」
伊織が転校してきた時は、この役職についていたことをあんなにラッキーだと思ったことはなかったのに。今となっては、それが伊織と恋人として過ごす時間を妨げる足枷になっている。皮肉なものだ。
三年になれば生徒会は引き継ぎをして、いまの一年生に代替わりをすることになっているのだけれど、それがものすごく先のことのように思えるし、その頃には俺たちだって受験勉強に本腰を入れている頃だろう。ふたりで進路の話をしたことはないけれど、伊織は決して頭が悪いわけじゃないし、行こうと思えば有名大にだって行ける地頭はあるはずだ。
ただ、そうなれば今いる大阪から、都内にまた引っ越しをすることになるわけで。……まあ、その話はまた今度二人の時に。そんな結論に、迷いなく辿り着いてしまう。
冬の気配が近づき始めた十一月。
修学旅行での両想いを経て、俺と伊織は正式に交際をスタートさせた。今まで色恋沙汰に全く興味がなかった自分が、毎日伊織の顔を学校で見るたびに「ああ、付き合ってるんだよな」と実感する。
どちらかというとプライベートは他人に曝け出したくない方だし、交際についてもとやかく言われるのは好きじゃない。だから、いつか大切な人が自分に出来たとしても、それは静かに、二人だけの場所で育んでいくべきだ――そう思っていたはずなのだけれど。
「久保っ、流石にこれは露骨すぎない⁉」
「何のこと?」
「インスタの投稿! 俺のこと、わざと映りこませてるよね」
登校して早々、先週末に伊織とデートした日の投稿について詰められた。伊織が観たがっていた映画(しかも、怖がりのくせにホラーだ)を観た後に、カフェのテラスで撮ったドリンクの写真。並んだカップの奥に、伊織の私服がチラリと映っている。
本気で怒っているわけではなさそうなのに、なんでそんなに必死で言ってくるのか――最初はよく分からなかった。でも、その頬が次第に赤みを帯びていくのを見て、ようやく合点がいく。
(ああ、照れてるのか。初心で可愛いな)
自分としてはそこまで強く主張させているつもりはない、という顔をしておくが、実際のところは狙って撮っている。SNSに載せる写真に伊織の気配をこっそり残しておきたくて、指先とか、制服の袖口とか、あえて画角の端に入るように調整しているだけだ。誰かに聞かれたら「偶然だろ」で押し通せる程度の、ささやかな企み。それが気に入らないらしい伊織を見ていると、正直かなり楽しい。
「じゃあ次から、もっと分かりやすく映そうか?」
「そういう問題じゃなくて!」
「俺、そんなに悪いことしたつもりないんだけど。本当に嫌なら止める」
「い、いや……その、本気とかじゃなくて。恥ずかしいよ、って意味で」
慌てる伊織の声を聞きながら、俺は内心でにやりとする。俺と伊織が付き合っていることは、いつメンの皆は勿論、もはやクラスメイト全員、なんなら先生達にまで噂話で広がっているらしい。だったらいいじゃん、というのが正直な気持ちだ。隠す気なんてさらさらない。むしろ、これくらいは軽い悪戯だと思っている。
伊織と付き合うようになってから、それまでほぼ空に近かったiPhoneのストレージは、二人で撮った写真や動画で容量を狭めていた。
(自分でもこの変わりようには驚いてる、けど)
人生、なにをやってもイージーモードだった俺からしてみれば、伊織の存在は何にも代えがたい特別なもので、本気で目に入れても痛くないと思えるほど愛おしい。だからこそ、伊織は俺のものだと周囲に示したいし、できれば伊織の口からも「久保は俺のもの」だと言わせたい。……生憎、伊織にそこまでの意思表示はまだされたことがないのだけれど。
勉強やスポーツだけじゃない。親に無理矢理やらされてきた習い事――ピアノ、乗馬、ヴァイオリン、テニス。何をやっても人並み以上にこなせてしまって、逆に何にも夢中になれなかった俺が、唯一自分の心を掻き乱されて、みっともないくらい必死に追いかけたのが「伊織」だった。
人並みにそれまで恋愛はしてきたつもりだし、告白されたことも数えきれないほどある。ただ、自分から誰かに執着したり、好きだと言えるほどの相手に巡り合えたことは一度もなかった。どれも付き合ってふたを開けて見れば、相手が見ていたのは俺の外見や実家の太さ、社会的なスペックばかり。
挙句の果てに、肝心の性格を覗いた途端『拓磨くんって、全然王子様っぽくないんだね』なんて、身勝手な失望を向けられる始末だった。王子様でいて欲しいなんて願望は、俺にとってただの理想の押しつけでしかない。
俺が欲しかったのは、自分を自然体で曝け出せる相手。こっちがリードするよりも、振り回すくらいの勢いで俺を追い詰めてくるような人だ。
そういう自分の中にある「満たされない」部分に、愛情とか、叱咤とか、そういうものを惜しみなく注ぎ込んで――挙句、溢れさせて手に負えなくしてくれたのが伊織なのだ。俺がいくら格好悪いところを見せても、この人は俺を愛してくれる。
だから多少意地悪をしたって許してくれるだろうし、これくらいは可愛いものだと思っている。むしろ、伊織が困る顔を見るたびに、もっと困らせたくなるのだから、我ながらタチが悪い。自分でもここまで感情を表に出すことになるとは思わなかったけれど、一番驚いているのは、きっと伊織の方だろう。
「なぁ、久保ってば。話聞いてる?」
むっとした顔でスクールバッグを握る手に力を込める伊織を見下ろしながら、「こんなに可愛く怒る人間が他に存在するだろうか?」と思う。
笑った顔も(一目惚れする程に)可愛いけれど、俺のやることなすことにこうして必死になって、いちいち怒っている顔の方が好きだ。もっと構ってほしいし、頭の中が俺のことでいっぱいになればいいのに、と思う。その点を踏まえれば、俺は修学旅行からあまり内面的には成長していないのかもしれない。
それどころか、伊織が考えるよりもきっと俺の方が、何倍も伊織のことを重く思っているのだから――そのくらいの独占欲は、伊織にも分けてもらわないと割に合わないとさえ感じている。
「そういえば、今日の放課後はまた文化祭の集まり?」
「あぁ、うん。会長として色んな模擬店の出店申請にサインをして、まとめなくちゃいけなくて。だから、今日も一緒には帰れなさそう」
俺が何気なくそう返事をすると、伊織は「そっか」と分かりやすく落ち込んだ。やっぱり生徒会の仕事って大変なんだね、とか、そこまで久保がしなくちゃいけないなんて、とか。言葉自体は労うようなものなのに、その端々に「残念」という気持ちがにじみ出ていて――これほど仕事を投げ出したいと思った瞬間はなかった。
「来週は一緒に帰れるといいな」
「……ごめん、いつも一人にして。何とか時間、作れるように頑張るから」
「ううん、大丈夫。雑用とかならさ、俺も手伝えるから。本当に大変な時はピンチヒッターとして頼ってな」
「うん。あぁ、伊織がもう少し早くウチに転校してきて来れれば、間違いなく副会長になってたのにな」
「あはは、そうかなぁ。でも、二人で生徒会の仕事出来たら、確かに楽しかったかも」
伊織が転校してきた時は、この役職についていたことをあんなにラッキーだと思ったことはなかったのに。今となっては、それが伊織と恋人として過ごす時間を妨げる足枷になっている。皮肉なものだ。
三年になれば生徒会は引き継ぎをして、いまの一年生に代替わりをすることになっているのだけれど、それがものすごく先のことのように思えるし、その頃には俺たちだって受験勉強に本腰を入れている頃だろう。ふたりで進路の話をしたことはないけれど、伊織は決して頭が悪いわけじゃないし、行こうと思えば有名大にだって行ける地頭はあるはずだ。
ただ、そうなれば今いる大阪から、都内にまた引っ越しをすることになるわけで。……まあ、その話はまた今度二人の時に。そんな結論に、迷いなく辿り着いてしまう。



