月曜日。
あれほど騒がしかった教室は、まるで嘘のように静まり返っていた。
一ノ瀬美咲の席は空席のままだ。
彼女の父親の裏口入学斡旋、そして本人の余罪は週末のニュースを大いに賑わせ、一ノ瀬家は文字通り社会的破滅を迎えた。取り巻きの高橋と佐藤も、 すっかり怯えきって教室の片隅で身を縮めている。
クラスメイトたちは、窓際の席に座る黒羽凛を、畏怖の混じった目で見つめていた。カーストの絶対王政を一人で叩き潰した、底知れない怪物を見る目で。
しかし、凛は相変わらず周囲の視線など意に介さず、静かに文庫本をめくっていた。
放課後。
夕日の差し込む無人の教室で、凛がバッグを肩にかけたその時だった。
「見事な手際だったね、黒羽さん。いや――『プロフェッショナル』とお呼びすべきかな」
不意に前方のドアが開き、一人の男子生徒が入ってきた。
端正な顔立ちに、仕立ての良い制服。この学園の頂点に君臨する生徒会長であり、同時に学園の経営母体である最高権力者の息子、如月蓮だった。
凛は足を止めず、冷ややかな視線を如月に向ける。
「何の用? 生徒会長。一ノ瀬の残党狩りなら、私には関係ない」
「とぼけないでほしいな」
如月は小さく笑い、手元のスマートフォンを凛に見せた。画面には、一般的な生徒が知るはずのない、国家規模のセキュリティログが並んでいる。
「体育館の音響システムと外部スクリーンへの同時ハッキング。それと、教育委員会のサーバーへの侵入痕跡。僕の目を盗んでこれだけの『裏口(バックドア)』を作る人間なんて、国内に数人もいない」
凛の足が止まる。
前髪の隙間から覗く瞳が、絶対零度の鋭さを増した。
「……へえ。生徒会長様が、まさかそっち側の人間だとはね」
「お互い様さ」
如月はスマホをポケットにしまうと、真剣な眼差しで凛を見つめた。
「一ノ瀬美咲が君に仕掛けた嫌がらせ……あれ、君なら事前に防げたはずだ。なのに、あえてバッグに試験問題を入れさせた。君が一ノ瀬の父親を公の場で引きずり下ろすための『正当防衛のカード』として、彼女の暴挙を利用した。違うかい?」
凛の端正な唇の端が、フッと冷ややかに吊り上がる。
バッグのポケットから、静かに自身のスマートフォンを取り出した。
「勘違いしないで。私はただ、自分の静かな時間を邪魔されたから、その代償を払わせただけ」
凛はそう言って、画面を一度タップした。
「でも、そうね。あの女が私をハメようとしてくれたおかげで、教育委員会のガチガチのセキュリティに、内側から合法的に『裏口』を作る鍵が手に入った。それは確かよ」
凛の本当の目的――それは、この学園と教育委員会が癒着している、巨額の不正入試ルートを内部から完全に解体することだった。一ノ瀬美咲という無知な女王は、凛にとって、その巨大な牙城に忍び込むための「便利な裏口の鍵」に過ぎなかったのだ。
「目的は達した。この退屈な学校に、私がいる理由はもう無いわ」
凛は如月の横を通り過ぎ、ドアへと向かう。
「待ってくれ」と如月が声をかけた。
「君ほどの技術があれば、僕たちの組織で――」
「断る」
凛は振り返りもせず、ハスキーな声を残して教室を出た。
「私は誰の傘下にも入らない。ただ、私の世界を汚す邪魔者を排除するだけ」
夕暮れの長い廊下。
歩きながらスマートフォンを操作すると、画面には「任務完了」の文字と、次なるターゲットのデータがスクロールされていく。
スクールカーストという、子供たちのくだらない箱庭。その裏口を鮮やかに通り抜け、世界を裏側から支配する。それこそが、一匹狼の天才ハッカー・黒羽凛の本性なのだから。
あれほど騒がしかった教室は、まるで嘘のように静まり返っていた。
一ノ瀬美咲の席は空席のままだ。
彼女の父親の裏口入学斡旋、そして本人の余罪は週末のニュースを大いに賑わせ、一ノ瀬家は文字通り社会的破滅を迎えた。取り巻きの高橋と佐藤も、 すっかり怯えきって教室の片隅で身を縮めている。
クラスメイトたちは、窓際の席に座る黒羽凛を、畏怖の混じった目で見つめていた。カーストの絶対王政を一人で叩き潰した、底知れない怪物を見る目で。
しかし、凛は相変わらず周囲の視線など意に介さず、静かに文庫本をめくっていた。
放課後。
夕日の差し込む無人の教室で、凛がバッグを肩にかけたその時だった。
「見事な手際だったね、黒羽さん。いや――『プロフェッショナル』とお呼びすべきかな」
不意に前方のドアが開き、一人の男子生徒が入ってきた。
端正な顔立ちに、仕立ての良い制服。この学園の頂点に君臨する生徒会長であり、同時に学園の経営母体である最高権力者の息子、如月蓮だった。
凛は足を止めず、冷ややかな視線を如月に向ける。
「何の用? 生徒会長。一ノ瀬の残党狩りなら、私には関係ない」
「とぼけないでほしいな」
如月は小さく笑い、手元のスマートフォンを凛に見せた。画面には、一般的な生徒が知るはずのない、国家規模のセキュリティログが並んでいる。
「体育館の音響システムと外部スクリーンへの同時ハッキング。それと、教育委員会のサーバーへの侵入痕跡。僕の目を盗んでこれだけの『裏口(バックドア)』を作る人間なんて、国内に数人もいない」
凛の足が止まる。
前髪の隙間から覗く瞳が、絶対零度の鋭さを増した。
「……へえ。生徒会長様が、まさかそっち側の人間だとはね」
「お互い様さ」
如月はスマホをポケットにしまうと、真剣な眼差しで凛を見つめた。
「一ノ瀬美咲が君に仕掛けた嫌がらせ……あれ、君なら事前に防げたはずだ。なのに、あえてバッグに試験問題を入れさせた。君が一ノ瀬の父親を公の場で引きずり下ろすための『正当防衛のカード』として、彼女の暴挙を利用した。違うかい?」
凛の端正な唇の端が、フッと冷ややかに吊り上がる。
バッグのポケットから、静かに自身のスマートフォンを取り出した。
「勘違いしないで。私はただ、自分の静かな時間を邪魔されたから、その代償を払わせただけ」
凛はそう言って、画面を一度タップした。
「でも、そうね。あの女が私をハメようとしてくれたおかげで、教育委員会のガチガチのセキュリティに、内側から合法的に『裏口』を作る鍵が手に入った。それは確かよ」
凛の本当の目的――それは、この学園と教育委員会が癒着している、巨額の不正入試ルートを内部から完全に解体することだった。一ノ瀬美咲という無知な女王は、凛にとって、その巨大な牙城に忍び込むための「便利な裏口の鍵」に過ぎなかったのだ。
「目的は達した。この退屈な学校に、私がいる理由はもう無いわ」
凛は如月の横を通り過ぎ、ドアへと向かう。
「待ってくれ」と如月が声をかけた。
「君ほどの技術があれば、僕たちの組織で――」
「断る」
凛は振り返りもせず、ハスキーな声を残して教室を出た。
「私は誰の傘下にも入らない。ただ、私の世界を汚す邪魔者を排除するだけ」
夕暮れの長い廊下。
歩きながらスマートフォンを操作すると、画面には「任務完了」の文字と、次なるターゲットのデータがスクロールされていく。
スクールカーストという、子供たちのくだらない箱庭。その裏口を鮮やかに通り抜け、世界を裏側から支配する。それこそが、一匹狼の天才ハッカー・黒羽凛の本性なのだから。



