スクールカーストの    裏口から

取り巻きの高橋と佐藤を失い、完全に孤立した一ノ瀬美咲の焦燥は、わずか数日で限界に達していた。クラスメイトたちの目は冷ややかになり、かつての「女王」としてのプライドはズタズタだった。
そのすべての怒りの矛先が、相変わらず窓際で平然と本を読んでいる黒羽凛へと向けられる。

「全部、あいつのせいよ……」

一ノ瀬はついに、取り返しのつかない最後の暴挙に出ることを決意した。
金曜日、全校生徒が体育館に集まる「生徒総会」の直前。放課後の無人の教室で、一ノ瀬は凛のバッグの中に、ある「仕込み」を終えてニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。教卓から盗み出した、期末試験の模範解答と問題用紙の束。それを凛のバッグの底へと深く沈めたのだ。

(これで終わりよ、黒羽凛。カンニングの現行犯で、学校にいられなくしてやるんだから!)

しかし、一ノ瀬は気づいていなかった。彼女が凛のバッグに手を伸ばし、解答用紙を滑り込ませるその一連の映像が、教室の隅に設置された防犯カメラ、そして一ノ瀬自身のスマートフォンのインカメラを経由して、すべてリアルタイムで凛のパソコンへと転送されていることに。
体育館の入り口で、その動画ファイルを静かに受信した凛は、フッと冷たい吐息を漏らした。

(自ら処刑台に上って、縄を首にかけるなんて。本当に救いようのないバカだ)

全校生徒約八百人がひしめく体育館。熱気とざわめきが響く中、ステージ上では生徒会長がマイクに向かって定例の報告を読み上げていた。
その最前列、A組の列の最後尾で、一ノ瀬美咲は周囲にバレないよう、勝ち誇った笑みを必死で噛み殺していた。

(もうすぐよ。総会が終わって教室に戻れば、抜き打ちの『持ち物検査』が始まる手はずになってる……!)

担任には匿名で「黒羽が職員室から試験問題を盗むのを見た」と通報済みだった。
全ては計画通り。カーストの頂点から叩き落とされた屈辱を、あの生意気な女の退学処分という最高の形で晴らすのだ。
一ノ瀬は確信に満ちた目で、少し離れた列に立つ黒羽凛の背中を睨みつけた。
しかし。凛は一ノ瀬の視線など最初から気にも留めていない。
ブレザーのポケットの中で、凛の指先がスマートフォンの画面をトントン、と軽快に2回タップした。
それが、処刑の執行スイッチだった。

直後、体育館の音響スピーカーから「キィィィン」と激しいハウリング音が鳴り響く。

生徒たちが耳を塞ぎ、ステージ上の生徒会長が困惑して足を止めたその瞬間。
ステージ背後の巨大スクリーン――普段はプロジェクターで議事録を映し出すための白い幕が、怪しく明滅した。

「おい、なんだこれ?」
「スライドの調子悪いのか?」

ざわめきが広がる中、スクリーンに映し出されたのは、議事録ではなく、ある「動画」だった。
薄暗い放課後の教室。一人の女子生徒が、周囲をキョロキョロと見回しながら、窓際の席へと忍び寄る。

「え……嘘、私……?」

一ノ瀬の顔から、一瞬で血の気が引いた。
スクリーンに大映しになっているのは、他でもない一ノ瀬自身の姿だった。
動画の中で一ノ瀬は、凛のバッグのジッパーを荒々しく開け、中から教卓から盗んだはずの試験問題を無理やり押し込んでいる。
それだけではない。インカメラの超高画質映像に切り替わり、仕込みを終えた一ノ瀬が「これで終わりよ、黒羽凛……!」と、狂気に満ちた歪んだ笑顔で呟く音声までが、体育館中のスピーカーから大音量で流れ出た。

「おい、あれ一ノ瀬じゃん」
「黒羽のバッグに何か入れてるぞ……試験問題?」
「うわ、ハメようとしたってこと?」

八百人の視線と、激しい囁き声が一斉に一ノ瀬へと突き刺さる。
ステージ上の教師たちが慌てて音響機器を止めようと操作するが、凛の構築したシステムは一切の介入を付け付けない。
さらに、画面が切り替わる。
今度は、一ノ瀬が裏アカウントでやり取りしていた、生々しい「パパ活」のチャット履歴。
そして、彼女の父親が教育委員会の立場を利用し、裏口入学の手続きを指示している本名義のメール文面が、これでもかと並べ立てられた。

「裏口入学ってマジ……?」
「パパ活の相手、先月の担任の先生じゃない?」

もはやざわめきではなく、怒号に近い騒然とした空気が体育館を支配する。
一ノ瀬は呼吸の仕方を忘れたように口をパクパクと動かし、その場にへたり込んだ。かつての女王の威厳など微塵もない。ただの哀れな犯罪者としての姿が、全校生徒の前に晒されていた。
混乱の極みに達した体育館の片隅で、凛はゆっくりと振り返り、床にへたり込む一ノ瀬を見下ろした。
前髪の隙間から覗く絶対零度の瞳が、一ノ瀬の絶望と視線を交わす。
凛は小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。

「チェックメイト。私の勝ちだよ、一ノ瀬さん」

拍手も歓声もない、ただ冷徹な破滅の音が、元女王の頭上に降り注いでいた。