言いながら、何をしているんだと我ながら呆れる。
後輩の分の企画書を私が一人でつくらなくちゃいけない筋合いはない。パソコンが使えないなら、手書きでもいいから、翡翠につくらせるべきだと分かっているのに。
だけど、早くこの場の空気を穏やかなものにしたくて、私は焦ってしまった。
「いやそれは……ねえ?」
麻耶さんが課長に意見を伺うように遠慮がちに課長を見た。私はドクドクと脈打つ心臓の音を感じながら、課長をじっと見つめる。
「まあ、天海さんがいいならそれでいいけど?」
課長は翡翠に企画書をつくれと言わなかった。言っても無駄だと思ったのかもしれない。私は、自分で蒔いた種にも関わらず、身体にずっしりとした重しをつけられたような感じがして、苦笑いを浮かべる。
「え、いいんですかー? ありがとうございます! パソコン、家で勉強します」
明るい翡翠の声だけが場違いに響き渡る。
家で勉強なんてできるのだろうか——と誰もが疑問に思ったのは間違いない。でも、もう誰もこれ以上翡翠につっこむ気力が残っていなかった。
失敗した——という後悔の念がお腹の底か迫り上がる。だけど、今更意見を変えてまた翡翠がみんなから責められる空気になるのが嫌だ。
あれ、私、なんで翡翠の肩なんか持ってるんだろう——
話がいったんまとまったので、会議室から出る準備をしながら、私はため息を吐いた。
「課長」
ふと思い出したことがあり、課長に声をかける。課長は持ってきたノートや市場調査の書類をまとめているところだった。
「なに? 企画書のこと?」
「いえ、そうではなくて。来月のことなんですが……」
別件だと分かったからか、課長の表情が一瞬穏やかなものに変わる。
「来月、ちょっと半休をいただきたいと思っておりまして……」
「半休?」
課長の顔に、再びピリッとした緊張感が走ったような気がした。すっと目が細められて、私を値踏みするように見つめる。
「半休って何か用事? もしかして妊活のため? あ、ごめん。噂に聞いちゃったのよ。あなたが妊活中だって」
罪人を責めるような口調に、すっとみぞおちが冷えるような心地がした。「妊活」というこの場にそぐわない言葉に反応したのか、麻耶さんと翡翠が同時にこちらを見るのが分かった。
「そ、そうです……。ちょっと、病院に行かなくちゃいけないので……。日程はまだ決まっていないのですが、早めにお知らせをと思いまして……」
言葉がどんどん尻すぼみになっていく。何も悪いことをしているわけではないはずなのに、細められた鋭い目に見つめられると、自分があまりにも常識はずれな人間であるような気さえしてきた。
課長は何か、物申したそうな顔をしてじっと私を見ている。
他の二人が気まずそうな顔をしているのが視界の端に映った。
心臓が暴れるように激しく脈打ち始める。
もう、なんで私がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだろう。
そもそも半休の理由なんて、聞かなくてもいいじゃないか。
そう思うのに、課長は自分に非があるとは微塵も思っていないのか「いいわね」と毒を吐き出すように言った。
「既婚者はいいわよね。そういう用事で休めて」
「……っ!」
声にならない悲鳴が喉から漏れ出た。
唇がかさかさに乾いて、心臓がドン、と大きく跳ねた。それから、背筋には冷や汗が大量に流れ始める。
「瑠璃さん——」
声をかけてくれたのは翡翠だった。でも私は、こんなことで後輩の前で我を失うのが格好悪いと感じて「大丈夫」と小さくつぶやく。
「すみません、課長。お二人とも。半休の日の仕事は、前後の日でカバーしますので……」
どうか、許して——
そこまでは口にしなかったけれど、心はずっと震えていた。
「べつに、誰も」
翡翠が何かを言いかけた。でも、課長の視線があまりにも鋭かったからか、さすがの翡翠もこの時ばかりは黙ってしまう。
私は胸が焼けるようにひりつくのを感じながら、持ってきたものをかき抱き、会議室を後にした。
後輩の分の企画書を私が一人でつくらなくちゃいけない筋合いはない。パソコンが使えないなら、手書きでもいいから、翡翠につくらせるべきだと分かっているのに。
だけど、早くこの場の空気を穏やかなものにしたくて、私は焦ってしまった。
「いやそれは……ねえ?」
麻耶さんが課長に意見を伺うように遠慮がちに課長を見た。私はドクドクと脈打つ心臓の音を感じながら、課長をじっと見つめる。
「まあ、天海さんがいいならそれでいいけど?」
課長は翡翠に企画書をつくれと言わなかった。言っても無駄だと思ったのかもしれない。私は、自分で蒔いた種にも関わらず、身体にずっしりとした重しをつけられたような感じがして、苦笑いを浮かべる。
「え、いいんですかー? ありがとうございます! パソコン、家で勉強します」
明るい翡翠の声だけが場違いに響き渡る。
家で勉強なんてできるのだろうか——と誰もが疑問に思ったのは間違いない。でも、もう誰もこれ以上翡翠につっこむ気力が残っていなかった。
失敗した——という後悔の念がお腹の底か迫り上がる。だけど、今更意見を変えてまた翡翠がみんなから責められる空気になるのが嫌だ。
あれ、私、なんで翡翠の肩なんか持ってるんだろう——
話がいったんまとまったので、会議室から出る準備をしながら、私はため息を吐いた。
「課長」
ふと思い出したことがあり、課長に声をかける。課長は持ってきたノートや市場調査の書類をまとめているところだった。
「なに? 企画書のこと?」
「いえ、そうではなくて。来月のことなんですが……」
別件だと分かったからか、課長の表情が一瞬穏やかなものに変わる。
「来月、ちょっと半休をいただきたいと思っておりまして……」
「半休?」
課長の顔に、再びピリッとした緊張感が走ったような気がした。すっと目が細められて、私を値踏みするように見つめる。
「半休って何か用事? もしかして妊活のため? あ、ごめん。噂に聞いちゃったのよ。あなたが妊活中だって」
罪人を責めるような口調に、すっとみぞおちが冷えるような心地がした。「妊活」というこの場にそぐわない言葉に反応したのか、麻耶さんと翡翠が同時にこちらを見るのが分かった。
「そ、そうです……。ちょっと、病院に行かなくちゃいけないので……。日程はまだ決まっていないのですが、早めにお知らせをと思いまして……」
言葉がどんどん尻すぼみになっていく。何も悪いことをしているわけではないはずなのに、細められた鋭い目に見つめられると、自分があまりにも常識はずれな人間であるような気さえしてきた。
課長は何か、物申したそうな顔をしてじっと私を見ている。
他の二人が気まずそうな顔をしているのが視界の端に映った。
心臓が暴れるように激しく脈打ち始める。
もう、なんで私がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだろう。
そもそも半休の理由なんて、聞かなくてもいいじゃないか。
そう思うのに、課長は自分に非があるとは微塵も思っていないのか「いいわね」と毒を吐き出すように言った。
「既婚者はいいわよね。そういう用事で休めて」
「……っ!」
声にならない悲鳴が喉から漏れ出た。
唇がかさかさに乾いて、心臓がドン、と大きく跳ねた。それから、背筋には冷や汗が大量に流れ始める。
「瑠璃さん——」
声をかけてくれたのは翡翠だった。でも私は、こんなことで後輩の前で我を失うのが格好悪いと感じて「大丈夫」と小さくつぶやく。
「すみません、課長。お二人とも。半休の日の仕事は、前後の日でカバーしますので……」
どうか、許して——
そこまでは口にしなかったけれど、心はずっと震えていた。
「べつに、誰も」
翡翠が何かを言いかけた。でも、課長の視線があまりにも鋭かったからか、さすがの翡翠もこの時ばかりは黙ってしまう。
私は胸が焼けるようにひりつくのを感じながら、持ってきたものをかき抱き、会議室を後にした。



