「麻耶さんが話してる中悪いんですけど、おしゃれさってそんなに大事ですかね?」
忌憚のない意見だった。私が今まさに思っていることを直球で口にした翡翠に、私たちは全員はっと彼女のほうを見つめた。
「おしゃれさだけが大事と言ってるわけじゃないわ。安藤さんはうちに足りないものを挙げてくれてるの」
「それは分かってるんですけど。なんか、他社のおもちゃを引き合いに出してますけど、それだってわたしはそんなに良いデザインとは思えないですー」
「いやいや、そう言っても実際売れてるっていうデータがあるのよ」
「えー。でも絶対、おもちゃはカラフルなほうがいいですよー。子どもにおしゃれとか、絶対分かんない感覚だし」
「あのねえ、姫崎さん」
課長の表情がみるみるうちに曇っていく。
課長の気持ちはよく分かる。翡翠の言うことにも一理あるけれど、発言の仕方があまりにも稚拙で、先輩である私たちのことを舐めていた。データに基づいて発言をする麻耶さんたちと、個人の感覚だけでものを言う翡翠。感覚だってもちろん大事だし、私もどちらかといえば翡翠の意見に賛成だ。
でも、会社という場所では、その言い方じゃだめなんだよ……。
「なんですか? 新人は黙っとけってことですか? おしゃれさよりも、好奇心をくすぐるおもちゃの方が大事だと思いますけど」
課長がまだ何も言わないうちに、翡翠が喧嘩腰で意見した。
私は気まずい気持ちで課長と翡翠に視線を行ったり来たりさせる。麻耶さんも引き攣った表情をしていた。
「はあ。そんなこと言ってないでしょ。とりあえず、データがあるんだからそこから企画を考えるのは基本中の基本でしょ」
「データって、限られた範囲でのデータじゃないですか。それだけがすべてってことですか?」
「そうは言ってないでしょ。大体あなたはデータのことなんてなにも——」
売り言葉に買い言葉で、本格的な喧嘩のようになってしまっていた。
課長は普段から私のことを嫌っているようだが、この時ばかりは課長に同情せざるを得ない。
「ひとまず、企画については一度個人で企画書をつくってきませんか……?」
私は遠慮がちに主張した。これまで何も意見を言えていないので、せめてこの場が丸く収まるようにしたい一心だった。
「企画書? まあ、そうね。そのほうがもう少し建設的な意見が出そうね」
課長がぎろりと翡翠を睨みながら言う。翡翠は「え、企画書なんてつくれませんよ?」とさも当たり前のように言った。
「つくれないってどうして? 書き方なら教えるわよ」
麻耶さんが尋ねる。翡翠が「いや」と眉を顰めて答えた。
「企画書の細かい書き方云々の前に、わたし、パソコン使えないので」
ぴしゃりと、悪びれもなく衝撃の事実を言い放つ翡翠。
「は?」と課長の顔が一瞬にして歪む。
パソコンを使えない……?
いや、そんな、馬鹿な……と一瞬思考がフリーズしかけたが、確かに翡翠はまだ人事部の新人研修を終えたばかりで、パソコンで仕事をさせたことがない。調べ物は常にスマホでしているし、簡単なメモもすべてスマホだ。資料作成などはまだ任せたことがなかった。
けれど、それは今までパソコンを使っていなかっただけで、まさか使えないとは思いもしなかったのだ。
「使えない? え、本当に? 今の子たちってみんなそうなの?」
困惑気味の麻耶さんの言葉に、翡翠が「なんでそうなるんですか」とうんざりした顔で答える。
「みんながみんな使えないわけじゃないですって。ただわたしは必要だと感じないから使ってないだけ。だって、今の時代、なんでもスマホ一台で全部解決するじゃないですか。そもそもパソコンっていります?」
異星人と会話をするかのように麻耶さんや私たちを見つめる翡翠。
ジェネレーションギャップ——まさか、まだ若手のほうだと思っていた自分と翡翠の間にまでギャップが生じるなんて。
でも考えてみればそうか。六歳離れていれば、六年分だけ時代の変化がある。自分の常識が、他の誰かの常識であるはずがない。
「姫崎さんが日常でパソコンが必要ないのは分かった。でも、この会社ではいるのよ」
固まった空気を動かすように、課長が一声かける。
そうだ。翡翠がなんと言おうと、この会社に入ったからには翡翠はパソコンを使う必要がある。大体、人事部はパソコン研修なるものをしなかったのだろうか。私が新人の時はあったぞ。それとも翡翠がきちんと研修を受けていなかったのか。
真相は分からないけれど、パソコンが使えなくても、翡翠は企画書をつくる必要があるわけで。
「はあい。でも、すぐに使えるようにはならないので、今回の企画書はパスでいいですかー?」
まったく空気を読んでいない翡翠の声に、その場の空気がぴきり、とひび割れたように揺らいだのが分かった。
課長と麻耶さんが「信じられない」という呆れ顔で翡翠を見つめる。
私も二人と同じ気持ちだった。でも、このままではチームの空気が最悪なものになると肌で感じて、とっさに声を上げた。
「き、企画書は私がつくります!」
課長がはっと私を見やる。翡翠も目を丸くして「ええ?」と驚いた様子だ。
「翡翠の分……私が一緒につくるので、その間に翡翠はパソコンの勉強をしてほしい、です」
忌憚のない意見だった。私が今まさに思っていることを直球で口にした翡翠に、私たちは全員はっと彼女のほうを見つめた。
「おしゃれさだけが大事と言ってるわけじゃないわ。安藤さんはうちに足りないものを挙げてくれてるの」
「それは分かってるんですけど。なんか、他社のおもちゃを引き合いに出してますけど、それだってわたしはそんなに良いデザインとは思えないですー」
「いやいや、そう言っても実際売れてるっていうデータがあるのよ」
「えー。でも絶対、おもちゃはカラフルなほうがいいですよー。子どもにおしゃれとか、絶対分かんない感覚だし」
「あのねえ、姫崎さん」
課長の表情がみるみるうちに曇っていく。
課長の気持ちはよく分かる。翡翠の言うことにも一理あるけれど、発言の仕方があまりにも稚拙で、先輩である私たちのことを舐めていた。データに基づいて発言をする麻耶さんたちと、個人の感覚だけでものを言う翡翠。感覚だってもちろん大事だし、私もどちらかといえば翡翠の意見に賛成だ。
でも、会社という場所では、その言い方じゃだめなんだよ……。
「なんですか? 新人は黙っとけってことですか? おしゃれさよりも、好奇心をくすぐるおもちゃの方が大事だと思いますけど」
課長がまだ何も言わないうちに、翡翠が喧嘩腰で意見した。
私は気まずい気持ちで課長と翡翠に視線を行ったり来たりさせる。麻耶さんも引き攣った表情をしていた。
「はあ。そんなこと言ってないでしょ。とりあえず、データがあるんだからそこから企画を考えるのは基本中の基本でしょ」
「データって、限られた範囲でのデータじゃないですか。それだけがすべてってことですか?」
「そうは言ってないでしょ。大体あなたはデータのことなんてなにも——」
売り言葉に買い言葉で、本格的な喧嘩のようになってしまっていた。
課長は普段から私のことを嫌っているようだが、この時ばかりは課長に同情せざるを得ない。
「ひとまず、企画については一度個人で企画書をつくってきませんか……?」
私は遠慮がちに主張した。これまで何も意見を言えていないので、せめてこの場が丸く収まるようにしたい一心だった。
「企画書? まあ、そうね。そのほうがもう少し建設的な意見が出そうね」
課長がぎろりと翡翠を睨みながら言う。翡翠は「え、企画書なんてつくれませんよ?」とさも当たり前のように言った。
「つくれないってどうして? 書き方なら教えるわよ」
麻耶さんが尋ねる。翡翠が「いや」と眉を顰めて答えた。
「企画書の細かい書き方云々の前に、わたし、パソコン使えないので」
ぴしゃりと、悪びれもなく衝撃の事実を言い放つ翡翠。
「は?」と課長の顔が一瞬にして歪む。
パソコンを使えない……?
いや、そんな、馬鹿な……と一瞬思考がフリーズしかけたが、確かに翡翠はまだ人事部の新人研修を終えたばかりで、パソコンで仕事をさせたことがない。調べ物は常にスマホでしているし、簡単なメモもすべてスマホだ。資料作成などはまだ任せたことがなかった。
けれど、それは今までパソコンを使っていなかっただけで、まさか使えないとは思いもしなかったのだ。
「使えない? え、本当に? 今の子たちってみんなそうなの?」
困惑気味の麻耶さんの言葉に、翡翠が「なんでそうなるんですか」とうんざりした顔で答える。
「みんながみんな使えないわけじゃないですって。ただわたしは必要だと感じないから使ってないだけ。だって、今の時代、なんでもスマホ一台で全部解決するじゃないですか。そもそもパソコンっていります?」
異星人と会話をするかのように麻耶さんや私たちを見つめる翡翠。
ジェネレーションギャップ——まさか、まだ若手のほうだと思っていた自分と翡翠の間にまでギャップが生じるなんて。
でも考えてみればそうか。六歳離れていれば、六年分だけ時代の変化がある。自分の常識が、他の誰かの常識であるはずがない。
「姫崎さんが日常でパソコンが必要ないのは分かった。でも、この会社ではいるのよ」
固まった空気を動かすように、課長が一声かける。
そうだ。翡翠がなんと言おうと、この会社に入ったからには翡翠はパソコンを使う必要がある。大体、人事部はパソコン研修なるものをしなかったのだろうか。私が新人の時はあったぞ。それとも翡翠がきちんと研修を受けていなかったのか。
真相は分からないけれど、パソコンが使えなくても、翡翠は企画書をつくる必要があるわけで。
「はあい。でも、すぐに使えるようにはならないので、今回の企画書はパスでいいですかー?」
まったく空気を読んでいない翡翠の声に、その場の空気がぴきり、とひび割れたように揺らいだのが分かった。
課長と麻耶さんが「信じられない」という呆れ顔で翡翠を見つめる。
私も二人と同じ気持ちだった。でも、このままではチームの空気が最悪なものになると肌で感じて、とっさに声を上げた。
「き、企画書は私がつくります!」
課長がはっと私を見やる。翡翠も目を丸くして「ええ?」と驚いた様子だ。
「翡翠の分……私が一緒につくるので、その間に翡翠はパソコンの勉強をしてほしい、です」



