1.ある意味、ホンモノの密着取材
「広報部から、また取材したいってリクエストが入ったんだけど、受けていいかな?」
夏休み明け、最初の役員会で副会長の陽向が議案に上げた。
「それ、どういう取材意図があるのだろうか? 以前の取材は生徒会というよりもイケメンダンサー二人を動画で踊らせたい、というミーハーなものだったが」
生徒会長である私、月城冴は少しハラハラしている。『四人のおつきあい』のことは、文化祭まで秘密にしておいてくれと校長先生から頼まれているからだ。
それに広報部と言えば聞こえがいいが、派手めなネタを狙いすぎているきらいがある。生徒のゴシップネタも取り上げ、広報部の顧問の先生のチェックをかいくぐって容赦なく紙面やネットに掲載されることも多い。
生徒だけでなく、以前、校長先生もOBの榊原先輩と街中で一緒にいるところをスクープされたことがあるらしい。でも、先生は写真を撮られるときにギャルピースをして――榊原先輩にもそれを強要させて――余裕の笑顔を見せたそうだ……さすが器が大きい。
「慎重に対応した方がよさそうですね」
会計の怜がフチなしメガネのブリッジを押し上げながら話す。
「でもアタシたち、取材されてヤバイ記事ネタにされるようなことってあったっけ?」
書記のハルが無邪気に疑問を投げかけた。
私はハルの顔をじっと見つめる。
「あ……そうか。」彼女は顔を赤らめてうつむく。
陽向と怜も数秒見つめ合っていたが同様に顔を赤らめ、うつむいた。
みんな、校長先生のコマンドを憶えていないのか? こんなことで文化祭までもつのか?
我々生徒会は『真の愛を求め続ける』ことを率先し、全校生徒の模範となることが要求されている。
生徒会の選挙方法もユニークで、男女のカップルが一組になって立候補する。二人がいかに校訓、校風にあったカップルかをペアで演説し、生徒はそれを参考にしながら投票する。
去年、生徒会は軽音部とダンス部が合併して『S.E.X.Y.』というちょっと怪しい名称が追加され、選挙のときは演説の代わりに歌とダンスのライブでペアの思いを伝える……よくよく考えると、変な学校だ。
生徒会選挙では、
冴(私)& 陽向
ハル & 怜
というペアで立候補し、それぞれ愛求学園の模範カップルとして見事に当選した。……ほかに立候補するカップルはいなかったけど。
ところが……
なにをどう間違ったのか、生徒会活動を重ねていく中で、四人の気持ちに変化が生じた。
表向きは生徒会発足当初のままのカップルなのだが、実質、
冴(私)& ハル
陽向 & 怜
となってしまった。文化祭までは偽装のカップル、仮面生徒会だ。
このタイミングで広報部が取材を申し込んできたということは、なにかの気配を察知したのだろうか。
「でもさー、無下に取材拒否するのも、かえって怪しまれるよね」
陽向が言うのも、もっともだ。
「そうだな。取材は快く受けるとしよう。ただし、振る舞いには気をつけること……お互いに」
私は取材にオーケーを出した。
〇
「こんにちはー、広報部の宝田でーす! 動画撮影以来ですね。今回も密着取材にご協力いただき、ありがとうございます!」
「み、密着取材⁉」
生徒会室に取材に訪れた二人は、部長の宝田さんと撮影担当スタッフ。彼女は峯尾と名乗った。共に二年生だ。
「密着取材とは、どんなことをするのだろうか?」
「ええ、文字通り、役員のみなさんの仕事の現場に密着して取材するだけです。生徒会の活動をより身近に感じてもらうために」
確かに最近、生徒会役員のなり手が減っていて、『仕事が大変』という誤解を払拭するためにもいい機会かもしれない。内申書へのメリットもアピールできるし、我々を助けてくれるサポートスタッフの紹介もしてもらえれば好都合だ。
彼女らは文字通り、私たちの活動に密着して取材を行った。
幹部四人での会議、
私とハルとの議事録のチェック作業、
陽向と怜の領収書の整理と帳簿作業、
運動部、体育部の代表との備品購入計画の打ち合わせ、
夏休み明けに行われる文化祭の実行委員との実施計画と予算の詰め、
などなど。
それぞれの打ち合わせ場所への移動時間や休憩時間もビデオカメラを回しっぱなしだ。
文化祭ライブ用の歌詞づくり、曲作りも始めたが、これはオフレコとさせてもらった。
私はハルに耳打ちした。
「ハル、悪いが私が頼んだ『名前呼び』、取材期間は控えてくれ」
「しょうがないですね、わかりました」
気が抜けない……でも、無意識の動作や言動にボロが出る。
職員室に書類を届けに行くとき、私と腕を組もうとするハル。その手をパチンと叩く。
会議の休憩時間にベランダに出て、怜の髪をすく陽向。二人の頭を定規でペシッ、ペシッと叩く。
取材期間の三日間、随所にこんなボロが出てしまった。
取材最終日、三日目の夕方。
「お忙しい所、お邪魔してすみませんでした。ご協力ありがとうございました」
私たち四人の打ち合わせ風景の撮影が終わり、広報部の二人は深々と頭を下げた。
私は恐るおそる聞く。
「あ、あの……どんな記事になるのだろうか?」
「前と同じようにインスタで動画中心の記事になります」
「そうか。文字ではなく映像でリアルに伝えるんだな」
「はいその通りです……でも、やっぱり目をつけていた通りです!」
どき。
「とってもいい記事になると思います……見出しは、『新しい愛のカタチを求め始めた、わが校のリーダーたち』で予定しています!」
宝田広報部長が自信満々に言い放った。
「ち、ちょっ! それヤバイでしょ」
陽向が慌てふためく。
「大丈夫です! 私たち、生徒会……『S.E.X.Y.』の皆さまをカメラ越しに見て大変微笑ましく、頼もしく思いました」とカメラ担当の峯尾。
私は宝田部長を生徒会室の隅に連れて行く。
「頼みがあるんだが、今回取材した記事の公開は、文化祭明けにしてくれないか?」
「えー、それだと少し先になってしまいます……どうしてですか?」
「すまない。今は聞かんでくれ。理由は文化祭のステージで明らかになる……こういうことでどうだ? 取材用にいい席を用意しておく。だから頼む」
「仕方がないですね、なにか事情があるようだし」
「ありがとう」
密着取材の公開時期延長の交渉を成立させ、二人でみんなの元に戻ると、カメラマンの峯尾さんは機材の入ったショルダーバッグを提げ、役員メンバーと屈託のない笑顔で話していた。
「この取材レポート、きっと生徒のみんなのお手本に、そして励みになると思いますよ……私たち二人にとっても」
「どういうことかな?」陽向が尋ねる。
峯尾さんは宝田部長を見つめた。
そして二人は、少し顔を赤くして「えへへへ」と笑った。
二人がなぜ照れ笑いしたのか不明だが、まあ、約束は守ってくれるだろう。
ハルが生徒会室のドアを開けてあげると二人は礼を言って出ていった。
仲良く、手に手をつないで。
……そういうことか。
「彼女ら自身が『密着』して取材してんじゃないのよ!」
ハルが呆れたようにつぶやき、私は苦笑いした。
彼女らのためにも、文化祭ライブはしっかりと成功させよう。
2.冴会長、ご乱心!
「冴、今いい?」
「?……ああ、大丈夫だ」
広報部の三日間密着取材が終わった翌日の放課後、生徒会室で会計資料を眺めていたら、ハルが声をかけてきた。私の『名前呼び』を解禁したとたん、こんな感じの呼びかけ方だ。嬉しくもあるが多少困惑もしている。
「同報でメールが入っていると思うけど、被服部が文化祭のことで今日の十六時にここに来たいそうなんだけど、大丈夫?」
「ああそうだ、メールをチラ見して忘れていた。別に構わないが、文化祭の件なら実行委員会と進めてくれればいいものを……で、こちらで必要なメンバーは?」
「役員全員って書いてあったけど」
「うーん、なんだろうな。まあいい、陽向と怜にここに来るようにLINEしておくので、被服部にオーケーメールを出しておいてくれ」
「うん、わかった」
ハル、ほんとうにフランクな喋り方になったものだ。
生徒会の男子二人は、ダンススタジオで気合を入れて文化祭ライブ用の振付を考えているはずだ。私とハルで曲と歌詞を作り、音源にしたものを二人に送ってある。
歌詞については、四人で分担し何度もやりとりして、このライブを通して生徒会から発信するメッセージとして満足のいくものになっていると思う。
◯
「ウエディング・ドレスショー?」
「そう、タイトルの頭に、このように『Dress:Me』ってつくのよ♡」
そう言って、三人でやってきた被服部の部員の一人、私のクラスメイトでもあるナオが卓上のモニター画面にタイトルや実施概要のスライドを映した。
文化祭二日目の午後一時半からか。体育館のライブの直前だ。
「……なんとなく想像はつくが、どんな内容なんだ?」
「文字通り、チャペルでの結婚式をそのまま再現したファッションショーよ。去年の活動予算が余っちゃってね、繰り越しがあるから、今年はフンパツしてやってみたいと」
「チャペル?……許可はもらっているのか?」
「うん、校長先生を通じて学校にお願いしようとしたら、遥先生ったら瞳をハート型にして『ステキ!』って二つ返事」
わが校は、ミッション系なので、こじんまりとはしているけど、チャペルがあって、クラスごとに聖書の学習や礼拝などに使っている。
「ひょっとして校長先生、自分でショーに出られると勘違いしているのかも知れないぞ」
「よくわかったわね! 先生のリアクションがなんかおかしいから、一応生徒がモデルですって話したら、テンションちょっと下がってた」
「……まあよかったじゃないか。せっかくの晴れの舞台なんだし、衣装の制作からモデルまで自分たちでやれるのが一番だろう」
「ええ!? この話の流れなら、わかってくれてると思ったんだけど……今日はあなたたち生徒会役員四人にモデルを頼みに来たのよ!」
「「「「え!?」」」」
「そんなに驚くような話じゃないと思うけど?」ナオは意外そうにしている。
「いや普通、被服部のみんなは、自分でモデルをやりたいと思うんじゃないかな?」
陽向の意見に私たちはうなずく。
「最初はそのつもりだったんだけどさー、ほら、インスタであなたたち踊ってたじゃない?」
「広報部で撮った動画のことか?」
「そうそう、四人とも踊ってる姿がかっこよくて、あー、やっぱこういう男女にドレスを着てもらった方がいいよねって話になったの」
確かに陽向と怜の踊りは素晴らしかったと思う。でも、私とハルのそれは、壊れかけのロボットのダンスだ。……そうか。被服部の狙いも『イケメンペア』だな。
「まあ、花婿ペアの引き立て役としてなら構わないと思うが」
「なーに言ってんのよ、このクールビューティーさんが!」
「え?」
「このイベントの名前は、『Dress:Me ウエディング・ドレスショー』よ。女の子が主役に決まってるじゃん!」
「言われてみれば、そうだな」
陽向と怜はほっと胸をなでおろしている。
「ねえ冴、せっかくのチャンスだから『プリンセス体験』してみない?」
ぐら。
実は私、クールとか真面目とか言われているけど、こういう『乙女ワード』に弱いのだ。ナオのやつそれを知って口説いているのか?
「エヘヘ、実はデザイン画はもう起こしてあるんだ……『もう』っていっても、このままだとドレスが仕上がるまでギリギリのスケジュールだけど」
ナオは大きなスケッチブックをバッグから取り出した。
「冴って、パーソナルカラーは『ブルベ冬』でしょ?」
「……よくわかったな」
「あなたの透き通った肌を見れば、一目瞭然よ」
ぐらぐら。
「そんな冴には、ナイトブラックのスリムなドレス」
そう言ってスケッチブックをパッと開いた。生徒会メンバー四人で食い入るようにそれを見つめる。
ぐらぐらぐら。
「どう? これ見て着たくならないわけはないよね?」
「素敵、冴……先輩にぴったりのイメージ!」
ぐらぐらぐらぐらぐらぐら……
ハルの一言が、大きなハートの塊となって私の心を激しくぐらつかせる。
「と、ところで、ハル……京野ハル君のドレスはどんなデザインなんだ」
「はいはいまかせて!」
ナオは嬉しそうにスケッチブックのページをめくる。
「京野さんのパーソナルカラーは、『イエベ春』ね、ハルちゃんだけに」
「はい、そうです!」
「ジャジャーン!」
効果音をつけてナオはスケッチブックを広げた。
か、可愛い!……コーラルピンクの少し短めの丈で、チュール素材で控えめなグリッター。
「だ、大優勝ピンク! ハル、ぜひ作ってもらえ、着させてもらえ!」
「せ、先輩、落ち着いて!」
いけない……いつになく興奮してしまった。
「ふふ、気に入ってもらってよかった!」
なんとなく、ナオの策にはめられてしまったような気がする。
「あ、男子二人のも見てくれる?」
「ええっと、俺たちは脇役みたいなものだから適当で……」
陽向が遠慮がちに言うと、
「なに言ってんのよ! 愛求学園のトップダンサーユニットに変なもの着せたら、それこそ被服部のネットのアカウント、大炎上よ」
そう言ってナオがめくったページには、ライトグレーとオフホワイトの二種類のフロックコートのデザイン画が片面ずつに描かれていた。
「ライトグレーが副会長の陽向君、白いのが、会計の怜君のね。これは、伝統的なフロックコートを若い男の子が映えるようなデザインにアレンジしたものよ……あと、『冴と瀬戸君』、『ハルちゃんと怜君』の理想のカップルさん同士、相性のいいカラーリングにしたんだからね」
ナオがそう言った瞬間、陽向と怜が同時にスケッチブックの左右のページを見つめ、それからお互いの顔を見て、気まずそうに視線を逸らした。ライトグレーの陽向の隣に、純白のコートをまとった怜が並ぶ。その『本当の相性』を、二人の本能が察してしまったみたいに、怜の耳たぶがかすかに赤くなる。
「そのようだな……ひとつ聞いておくが……その、女の子同士、男の子同士が並んだときのカラーリングは、どうなんだろうか?」
「それもちゃんと考えてあるわよ、ショーのワンシーンや撮影のとき、そうやって並ぶことも想定してるからね」
私はデザイン画の記憶を頼りに、ハルと私のツーショットのシーンを妄想した。漆黒のスリムドレスを着た私の腕に、コーラルピンクのフリルを揺らしたハルが嬉しそうに抱きついている、二人だけのセレモニー。思わずウヘヘと声を出してしまった……いけないイケナイ。
ナオはスケッチブックをパタンと畳んだ。
「どう、四人でモデルさん、やってくれるでしょ?」
「さっき、スケジュール的にギリギリだと言ったよな?」
「うん」
「じゃあ、断るわけにもいかないだろ?」
「そういうこと」
「……じゃあ、しかたがない」
「ありがとう! きっと引き受けてくれると思ってたわ……それにしても会長の冴がそんなにニヤニヤして嬉しそうにしてくれるとは思わなかったわ」
「え!?」
慌ててみんなの顔を見回す。
ハルも陽向も怜も呆れたような表情を浮かべてうなずいていた。
このあと、採寸や衣装合わせの予定などを確認して、三人の若きファッションデザイナーは、生徒会室をあとにした。
彼女らを見送ったあと、ハルが声をかけてきた。
「ほんとに引き受けてよかったのかな……モデル」
「どうしてだ?」
「だって、ドレスショウの当日、アタシたちは『お似合いのベストカップル』としてチャペルを歩くのよ? そのあとすぐに仮面を外すなんて……?」
「それでこそ、ライブのメッセージがみんなに強烈に届くはずだ」
「冴、なんか適当に言ってない? ナニモノかに目がくらんで」
「いや、決してそのようなことはない……まあ、被服部のナオたちにはタイミングをみて話しておこう」
閑話、広報部員峯尾の優雅な動画編集ライフ
文化祭を数日後に控えた放課後。
外はもう真っ暗。この部の仕事の性格上、窓に暗幕が張れるから下校時間ルールを無視して、わたし、動画担当の峯尾は、編集作業を続けていられるのだ。
生徒会(S.E.X.Y.)のお仕事紹介の動画もカンペキに仕上がったし、文化祭で上映する、高校受験生向けの学校紹介ゾーンで流す『愛求学園ライフ』もほぼほぼ完成だ。
じゃあ、今なんの作業をやっているかというと……これは誰にも内緒だけど、完全にわたしの趣味の領域だ。ウシシ。
クォリティの高い動画は、質のよい撮影制作環境と、質のよい被写体から。
今年度の広報部で購入してもらった動画編集ソフト。これがなかなか使い勝手がよくて、映像や音声のテンプレートも充実している。そしてもう一つの新たな武器が、超小型&高性能ウエアラブルカメラ。これさえあれば、いつでもどんな場面でも盗撮、じゃなかったプライベート撮影が可能なのである。
で、わたしが今、編集作業をしているのが『質のよい被写体』君たち。
すなわち、生徒会役員の男子二人、瀬戸陽向と一条怜。
二回に渡って『公式に』彼らの仕事ぶりや、ダンスシーンなどを撮らせてもらった。でも、これだけじゃもったいなさすぎるし足りない。しかもあの二人、ファインダー越しに覗くと、ラブラブなのが一目瞭然。そこで新鋭のウエアラブルカメラが出番だ。わたしは学校にいる間、なるべくこれを装着したままにして密かに何気なく二人を追いかけた。その充実した素材をこうやって編集しているわけ。
で、それ、なんに使うのかって?
あくまでも『個人的な限られた範囲内で楽しむ私的使用・プライベート・アーカイブ』だ。この趣味、誰も知らない。わたしのカノジョでもある広報部長の宝田ちゃんにも秘密にしている。バレないようにこうやって遅い時間に編集作業をしている。
カチ、カチ、といつになく軽やかで小気味よいマウスのクリック音。
色調もこの編集ソフトなら簡単に補正できる。
できた!
「ふふ、ふふふふ……これ、誰にもいえなくて残念だけど最高クオリティじゃん……」
さて、新規に追加した動画を通してチェックしよう。
【シーン:放課後・渡り廊下の無言の会話】
夕日に照らされた誰もいない渡り廊下。
歩きながら生徒会予算の書類に目を落としている怜の背後から、陽向が不意に近づく。
驚いて振り返る怜のフチなし眼鏡のブリッジを、陽向が人差し指でトントンと悪戯っぽく小突く。
画面をスロー再生してみると、小突かれた瞬間の怜が、耳たぶから首筋まで赤く変化し、唇を尖らせて陽向の胸元をポンと叩いているのが鮮明に映っている。
それを笑顔で受け止める陽向……尊い。
【シーン:昼休み・学食の境界線】
賑わう昼休みの学生食堂。
クラスの男子に囲まれ、肉の日替わり定食の唐揚げを頬ばる陽向。その三つ隣のテーブルで、怜は一人、理系男子らしく? 静かに魚の週替わり・サバの塩焼き定食を箸でつついている。
ぱっと見、なんの接点もない先輩と後輩の日常風景。だけど、わたしの高性能カメラはそれを見逃さなかった。
サバの骨に苦戦する怜。カメラを陽向の席にパンすると、なんと彼は身振り手振りで骨の外し方を伝授しているのだ。それを感謝の眼差しで見つめる後輩カレシ君。
陽向のグループはトレーを持って席を立った。彼は、怜が座っているテーブルを通り過ぎざまに、手つかずのイチゴオレのパックをポンと「これ、お前にやるよ」と怜のトレイに置いて背中を撫でた。
クラスの男子たちは、そのやりとりに気づかなかったようだが、またしても、わたしのカメラは見逃さなかった……キュン。
【シーン:ダンススタジオのシンクロ・ビート】
生徒会のサポートスタッフたちが下校した後の、薄暗い第二体育館。
(この撮影は、苦労した……)
床に座り込んで息を切らす怜に、陽向が自分の首にかけていたタオルを無造作に放る。
怜がそのタオルで顔を覆った瞬間、陽向が背後から怜の細い身体を丸ごとバックハグで包み込んだ。
驚いてタオルの隙間から目を丸くする怜の黒髪を、陽向が大きな手で何度も、何度も優しく愛撫する。
お互いの胸の鼓動が、Tシャツの生地越しにシンクロしているのが丸わかり……もう、萌え死ぬ。
オフィシャルに撮った素材から、もうちょっとヤバめなものまで合わせて、約十分のBL萌え動画が出来上がった。
「よしっ、あとはチルポップをBGMに乗せて、お宝MVが完成……」
と言いかけたとき。
ガチャッ、バタンッ!!!
激しい音を立てて広報部室のドアが開いた。
だ、誰⁉ 部長? 先生?
ドアノブをつかんだまま、そこに立つ人物は……小さな体に圧倒的なオーラ。
前生徒会長の、そして校長先生の従妹でもある、桜羽夏鈴先輩だった!
「かかかか、 夏鈴先輩……⁉」
彼女の視線は大型モニターとわたしの顔を何往復した。
「ずいぶんと楽しそうですけど、あれはなにかしら?」
「ごごごご、ごめんなさい! このことはウチの部長にも生徒会にも……」
彼女はニヤリと笑った。それは、生徒の間でもカワイイと評判の『夏鈴ちゃんスマイル』とは全く別のものだった。
「大丈夫よ。安心して」
「えっ、見逃してくださるんですか?」
「まあ、条件によってはね……取引よ」
「と、取引?」
わたしはこの学校にいる間、ずっと脅され、金品を要求され続けるのだろうか?
「その動画、ファイル、私にも分けてくださる? もちろん、お代は払うから」
「え⁉」
「ね、なかなかいい条件でしょ?」
「あ、あの……この動画、どうするんですか?」
「そうね、対等な取引をしたいから、ちゃんと話しておくわ」
そう言って彼女はコホンと咳払いをして、声のトーンを落として言った。
「……小説よ」
「し、小説?」
「小説を書いてネットに投稿しているんだけどね。ちょっと萌えるやつ。だから欲しいの」
「は、はい?」
「要は参考資料にしたいのよ。BL系の創作にね」
そう言うと、彼女はわたしのスマホのPayPayに無理やり送金した。
「ありがとね、じゃあ後で、動画ファイルの送り先を連絡するわね……」
「あ、あの……夏鈴先輩のペンネーム、教えてもらっていいですか?」
「あ、ああ。いいよ」
そう言って彼女は一枚のカードをわたしに手渡した。
それには、
ばかりん さくら
という名前と、QRコードが印刷されていた。多分、投稿サイトのリンク先だろう。
「お互い、秘密ができちゃったね」
そう言って、いつもの夏鈴ちゃんスマイルで微笑んだように見えたけど、『バラしたらどうなるかわかってるんだろうな』という無言の圧が込められているような気がして背筋が凍った。
約束通り、夏鈴先輩に動画を共有し、そのあと、カードに印刷されたQRコードをスマホに読ませた。
リンク先のサイトで見たものは……すごかった。
わたしの趣味を一層充実させるものだった。
でも、残念ながらまだR15しか読めない。
ああ、十八歳になるのが待ち遠しい。
3.まるで映画のような迷?シーン
抜けるような青空に所々白い雲が浮かび、爽やかな風が校内の木々の枝葉を揺らす。九月に入ってまだまだ暑い日が続くが、今日――文化祭の二日目――は、ウエディング日和だ……といっても、『なんちゃって婚』ではあるけど。
愛求学園のチャペルはこじんまりしているものの、外観は、赤煉瓦に蔦がからまり、聖堂は美しいステンドグラスに、シンプルだけど白壁とライトオークの上品なしつらえとなっており、なかなか趣深い。学校のミサや授業のほかに、実際にOBの方々の結婚式にも利用されており、ときどき雑誌の撮影やテレビドラマのロケにも使われ、そんなときは生徒たちも興味津々と撮影の様子をのぞき見している。
少しだけ開けられた扉から中を覗くと、教会内の木の椅子には既に参列者――といっても生徒たちだが――が着席していて、前の方には、広報部のスタッフもカメラを準備して待ち構えていた。
神父さんが入場する。驚いたことに、この学校で神学を教えるドイツ人の本物の神父さんだ。これはなかなか本格的だなと感心するのと同時に、少し困惑する。これはあくまでも仮想の……いや、偽装の結婚式だ。まあ、この学校の神父さんも神様も(?)お優しい方々だからきっと大目に見てくれるだろう。
私の前にはハルがコーラルピンクのドレスをまとって、被服部の女子が扮する新婦の父親と並んでいる。さっきから私、ハルの後ろ姿をガン見している。か……可愛すぎる! その視線を感じてか、ドレス姿の女の子はベール越しにチラッと振り返り、頬を赤くして恥ずかしそうに微笑んだ……これもまたたまらない。もちろん私のナイトブラックのドレス姿は、ハルがベタ褒めしてくれて、承認欲求は満たされている。
案内の被服部員がドアを開け、一組目の花嫁と父親を教会に招き入れた。二人の新郎はすでに祭壇の前にスタンバイしているはずだ。
残念だが、次に出番を控えている私は、私の父役の子と一緒に、扉のすき間からのぞき見することしかできない。
厳かにパイプオルガンが奏でられる中、ハルが新婦の父と並んで『ウエディングステップ』でゆっくりとバージンロードを進む。
「きゃーかわいい!」
「て、天使が現れた!」
「ハルちゃん、こっちー、カメラ目線よ!」
と静かな(?)歓声があがる。
そりゃそうだ……だって、ハルは私のカノジョなんだもの、可愛いに決まっている。本当はこの可愛さ、独り占めしたい。
ん? 私……独占欲というか嫉妬というか……『愛のスタイル』でいうところの『マニア』がムクムクと育っていないか? これはヤバイ。
祭壇の前で、怜が待っていた。陽向は祭壇の脇に控えている。オフホワイトのモーニング×フロックコートでビシッと決めた新郎が新婦たちと向きあう。
父親役の女の子は、怜とお辞儀を交わし、新婦の手をとって新郎にそっと差し出した。
手袋を持ち替え、怜はハルの手を取る……優しく包み込むように。
……その瞬間、私の視界が真っ赤に染まった。
落ち着くんだ、これはあくまでも仮想のセレモニー。
だけど、ハルのあの柔らかい手のひらに触れていいのは、世界中で私だけだ。
体の中の『マニア』のメーターが、限界値あたりで警報を鳴らしている。
二人は前を向き、神父さんの待つ祭壇の方に進み、階段を上った。
神父さんはいかにも手慣れた所作で二人と向き合い、微笑んだ。それがまた、この儀式のリアル感を増幅する……そして私の心がざわつく。
参列者一同起立し、オルガンが奏でられ、歌い慣れている賛美歌を歌う。
神父さんは聖書を朗読し、二人に祈りを捧げた。
「デハ、神ノ御前デ、二人ニ誓イノ言葉ヲ交ワシテモライマス」
……このウエディング・ドレスショー、ここまでやるのか? 段取りは事前に聞いていたけれど、こうやって儀式が進んでいくと、なにかこのあと、大きな変化が起きてしまうような気がした。ハルと怜の関係が戻ってしまう……いや、もっと先に進んでしまう。そして私と陽向の関係も。
私はそのことに不安を感じながらも、自分の嫉妬深さ、偏執的な一面に驚いていた。
神父さんは容赦なく、誓いの言葉へと儀式を進める。
「新郎ノ怜サン、アナタハ ココニイル ハルサンヲ 病メルトキモ 健ヤカナルトキモ 富メルトキモ 貧シキトキモ 妻トシテ 愛シ 敬イ 慈シムコトヲ 誓イマスカ?」
「はい、誓います」
怜はためらいもなく、堂々と言ってのけた。
このあと、ハルが誓いの言葉の宣言をし、指輪を交換(イミテーションだけど)する。
……そして、ベールアップと誓いのキスへと進む。
落ち着け私。すべて、仮想の、偽装の結婚式ではないか!
「新婦ノハルサン、アナタハ ココニイル 怜サンヲ 病メルトキモ 健ヤカナルトキモ 富メルトキモ 貧シキトキモ 夫トシテ 愛シ 敬イ 慈シムコトヲ 誓イマスカ?」
つい、その先を妄想してしまう。
怜の白い手袋が、ハル顔を覆っている淡いピンクのベールをやさしくゆっくりと持ち上げ、彼女の小さな唇を新郎が見つめる。その熱い視線を受け、ハルの瞼と唇が震えだす――そして。
その映像が頭に浮かんだ瞬間、私の理性の回路が完全に焼き切れた。
……だめだ!
バーン!
気がついたら私は、教会入り口の扉を両手で勢いよく開けていた。
参列者一同の驚きの視線が集まる。
もう、構うもんか!
「ハル! 誓うんじゃない!」
私を振り向いて、目を丸くし、あんぐりと口を開けているハルと怜。
バージンロードをズカズカと歩き、二人に近づく。私の動きを参列者の視線が追いかけてくる……広報部のカメラも。
ためらうことなく祭壇を上がり、偽装の新郎新婦と向きあった。
涙で潤むハルの瞳を見つめたあと、怜に向き直って私は断りを入れた。
「怜、すまない。ショウはここまでだ。申し訳ないがハルは預からせてもらう」
そう言ってハルを抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこというやつ……思ったより軽くてよかった。
驚愕の表情の神父さんに一礼すると、彼に笑顔が戻った。
「ハルさん、カイチョーさん……ドウカ オシアワセニ!」そう言ってウィンクした。
ありがとうございますと礼を言い、向き直ると祭壇をゆっくりと降りた。
階段を降りきったところで座席を見回す。
「みなさん、体育館のライブでお会いしましょう……では!」
ざわめきの中、ハルを抱っこしたままバージンロードを逆走する。
もうこの勢いは止められない。誰にも。そして私自身にも!
教会入口のドアを抜けると、青空が眩しかった。初秋の風も実に気持ちいい。
だけど、『Dress:Me ウエディング・ドレスショー』は台無しにしてしまった。
「被服部のみんな、すまない」
「ほんとですよ、もう! 冴、だいたいアタシたちのこと、ナオさんたちには、前もって話しておくって言ってたよね?」
「いや……いろいろと忙しくてな」
「……あとで、ちゃんと謝ってくださいよ」
ハルが抱っこされながら頬をふくらます。やっぱり可愛い生き物だ。
「詫びを入れるなんて、わけないことだ。それに被服部のメインのターゲットは、イケメンダンサー二人だぞ。きっと彼らがうまくやってくれるに違いない……それよりも、この感情はなんだ? 独占欲? 執着? これこそマニア? いやひょっとしてルダス……遊び心か? いやひょっとしてエロスかも」
「先輩! 冴! それはちょっと……」
「ハハハ、冗談……半分はな」
「じゃあ、あとの半分って?」
「ごめんごめん、ちょっとふざけすぎたな。でも、自分の中にこんな感情があったことが嬉しくてね……ハルが目覚めさせてくれた」
「て、照れる……あ!」
「どうした?」
「う、うしろ!」
ハルが頭を上げ、後方を指差す。
「おーい! 待ってくれー」
「え!……その声は陽向か?」
振り返ると、なんと彼、怜を抱っこして私たちを追いかけてくる!
王子様抱っこ⁉ それって必要? せっかく人質に置いてきたのに。
……いったい二人にナニガアッタ⁉
彼ら二人のうしろには、チャペルでウエディング・ドレスショーの見物、いや参列していた生徒たちが一群となって追いかけてきている……被服部のメンバーも!
その中から、二人の生徒が抜け出してきた。ビデオカメラを構えながら。広報部のペアに違いない。
「ハハハ、これは傑作だ!」
嬉しくて仕方がなかった。
「よし、このままライブコンサートに突入だ! ……みんなを引き連れて」
驚きを爆発させるハル。
「えー! いったい準備はどうするんですか?」
「大丈夫。サポートスタッフが、セッティングも楽器の運び込みもやってくれているはずだ」
「でも……着替えないと」
「ああ、用意しておいたデニムとT シャツにか? あんなものはもうどうでもいい」
「……まさか」
「そう! こんなに素敵なステージ衣装があるじゃないか!」
「今日の先輩、じゃなくて冴、とっても変。『ヘキサゴン・ハート』は、いったいどこに行ったんですか!……でも、そこが好き!」
コーラルピンクのチュール越しに伝わる、ハルのトクン、トクンと跳ねる心臓の音。
私たちのいびつなヘキサゴンハートが、走る振動の中でぴったりと重なり合っていく。
しがみつくハルをギューっと抱き締め。
体育館に続く石畳は、いつもよりたくさん校内外の人々が歩いている。その間を吹き抜ける風になって私は駆け続けた。
……そのあとを、王子が王子を抱っこして続く。



