新入生ガイダンスのときに説明があったことだけど、この学校には修学旅行というものは存在せず、その代わりに『全国取材旅行』というイベントがある。そんなこととはつゆ知らず、高校時代の楽しい思い出づくりの一つとして修学旅行を楽しみにしていたので、ちょっとがっかりだ。
噂によると、何年か前の修学旅行で、校長先生が朝寝坊をして集合時間に遅刻してしまい、修学旅行のあり方が見直されたとか。でも、生徒会の先輩から去年の話を聞くとそれなりに楽しそうなので、ほっとしている。
全国取材旅行は、中間テストの直後に二泊三日で実施される。旅行地は一人当たりの予算内なら全国どこでも選べる。一、二年生の合同研修旅行なので、在学中に二回体験することになる。
グループ分けは自由だけど、「必ず一、二年生が入っていること」と「必ず男女混合」で四人以上が必須の条件になっている。あ、もちろん宿泊は男女別々の部屋だけど。
中間テスト前にメンバー構成、取材テーマと旅行の計画をグループごとに学校に提出し、旅行が終ったら一週間以内にレポートにまとめ、提出しなければならない。
さらにユニークな点は、先生方が評価し、優秀なグループ上位八組は、全校の報告会で発表と表彰の機会を与えられる。
生徒会の事務作業中、アタシはふと思い出して二人に聞いてみた。
「先輩方は、誰とどこに行ったんですか?」
生徒会の事務作業がある日に冴先輩と陽向先輩に聞いてみた。
「去年は、すでに軽音部とダンス部の合併話があがっていたので、事前の交流も兼ねて、二つの部合同で旅行したんだよ」
と冴先輩。
「テーマと場所はどうしたんですか?」
「都内」と陽向先輩。
「え、それって日帰りで行けるじゃないですか?」
「一応都内のホテルに泊まって、ライブハウスとか楽器屋めぐりとか、あとストリートダンス早慶戦っていうのを上野に見学に行ったし」
「えー! 楽しそう……でも、ほとんどそれ、軽音部とダンス部みんなの趣味みたいなものじゃないですか? 取材テーマはどうしたんですか?」
「二つの部が合併するので『音楽とダンスのグループのコラボのあり方』みたいなのを発表したよ」
と陽向先輩はニヤニヤしている。
「まあ、大義名分っぽくなったのは否めないな……それでも去年の文化祭や、今年の新生徒会『S.E.X.Y.』の活動計画づくりには十分役立っていると思うよ」
と冴さんが少し自慢げに教えてくれたけど、レポートのとりまとめは冴先輩が一手に引き受けたような気がしてならない。確かにバンドのメンバーとダンスのメンバーが力を合わせていい表現活動をしているなと思う。
「その全国取材旅行の件で、ハル君と怜君に相談なんだが……もしまだ具体的に決まっていなかったら、どうだ、私たちと一緒に行かないか?」
「え、冴先輩、私たちって?」
「ああ、私と……そこにいる陽向だ」
「え? それってダブルデート……」
「「いやいやそうではなくて……親睦の意味も兼ねて、試してみたいことがあってね……なあ、陽向」
急に話を振られた陽向先輩はニヤニヤしたまま答えた。
「ははは、それもちょっと大義名分っぽいけどね。冴会長から相談を受けて、まあ面白そうだから、やってみようかって話してたんだ」
「それはどんなテーマですか?」
縁なしメガネを直しながら怜がいぶかしげに聞く。彼は根がマジメだから内容次第では却下するぞ、というオーラを発している。
陽向先輩は、お手柔らかにと断って説明を続ける。
「わが愛求学園はその名の通り『真の愛を求め続ける』という校訓があって、校則として、『法律・条令に反しなければ健全な男女の恋愛を推奨する』と生徒手帳に書かれている。われわれ生徒会も『真の愛を求め続ける』ことを率先実行し、全校生徒の模範となることが期待されている。で、知っての通り生徒会選挙も、君とハル君、冴と俺が『理想のカップル』のモデルとして役員に選ばれたわけだ」
そう。だから、役員になってからというもの、なにかにつけて「理想のカップルのハルさんと怜君です」と紹介されることが多くなったし、二人で歩いていると、生徒たちから見つめられたり声をかけられたりするので、ちょっと困惑している。
「あの、確かにそうですけど、それと旅行のテーマにどんな関係があるんですか?」
旅先に行ってまで注目されるのは正直しんどい。しかも、冴先輩と陽向先輩と一緒にいるところで比べられたりするなんて。怜はともかくアタシなんて……
冴先輩がめずらしく、いたずらっぽい目つきになって話し始めた。
「テーマは観光地ジンクスの実証実験。旅先は愛知県と静岡県の二か所だ」
「え? えーっと、それはもっと具体的に言うと?」
「『別れのジンクス、名古屋の某動物園』vs『縁結びジンクス、静岡の恋人岬』のパワースポット対決だ」
「ななな、なんですか、それ?」と怜。
「ええ! 別れるジンクスのある場所なんて行きたくないなあ」とアタシ。
私は怜の顔を見て同意を求めた。
冴先輩は続ける。
「まあ、聞いてくれ。まずは名古屋に一泊し、某動物園のボート乗り場で手漕ぎボートを借りる。これにカップルで乗ると別れる、というジンクスがあるらしい」
え!?
「ち、ちょっとそれはどうなんですかね?」理系で迷信なんか信じなさそうな怜が渋る。
陽向先輩が人差し指を天井に向けた。
「『そこで!』だ。静岡に移動し、伊豆の恋人岬で縁結びの鐘を鳴らす」
「なるほど、もし『別れのボート』のジンクスが本物だとしても、恋人岬でヨリを戻すってわけですね」
アタシは変に納得してしまった。
「そんなにうまく行くんだろうか……というよりどっちもやってみても、なにも起きないと思うんですが」
怜は少し懐疑的だったけど、ちょっとだけ好奇心が勝ったみたいで生徒会役員四人で全国取材旅行を申し込み、決行されることになった。
◯
旅行初日は新幹線に乗って名古屋駅に到着。地下鉄東山線の東山公園駅から動物園へ。園内でイケメンゴリラ(まじイケメンだった!)やコアラ(可愛いけど、けっこうたくさんいて、こっちをガン見する黒い目がちょっと怖かった)を見物し、お昼ごはんを食べたあと、いよいよ園内にあるボート池の乗り場に到着。
様々な種類のボートがある。この中に『ラブチャレンジ号』というピンクのボートがあって、船体には『僕たちは別れません!』と書いてあるので、これはパスする……アタシはそれでよかったんだけどね。
普通の手漕ぎボートを二艘借り、アタシと怜、冴先輩と陽向先輩のカップルでそれぞれ乗り込んだ。
水上で怜と二人きりで向き合うのは何だか照れくさかったけど、新鮮でなかなか悪くない。でもなんか、うまく話題が探せなくて、二人ともほとんどしゃべらずに池をぐるりと一周したり、二人の先輩が乗っているボートの後をつけたりしていた。
ボートを降りて私たち四人が合流すると、「どう、なにか変わった?」と聞いてきた。アタシは特になにもと答えたけれど、怜は「ちょっと船酔いした」とベンチにへたり込んだ。公園の池のボートで、しかも漕ぎ手が船酔いなんかするんだろうか。
取材の第一弾を終え、新幹線で名古屋から三島駅を経由して伊豆箱根鉄道やバスを乗り継ぎ、西伊豆のホテルで一泊した。
レポートにまとめなければならないので、一応、自分の心境とか怜の様子とか観察していたけど、特に変化は見られない。ホントにこんなことやんなくちゃいけないの?
人間関係で変わったことと言えば、二人の先輩、特に会長の冴さんとはだいぶ打ち解けられたような気がする。同世代の女子と、それも憧れの先輩と同じ部屋に泊まるなんて、それは初めての経験だったけれど、普段は――あんなしゃべり方だし――お堅い感じでちょっと取っつきづらかったんだけど、真夜中に、並んだベッドでポツポツ話していると、オシャレとか甘いもの話とかに乗ってきて、けっこう乙女なところがあるなと……ちょっと可愛かった。あと、一緒に大浴場に行って湯船に浸かったとき、なかなかナイスバディだったので、たった一学年で、この差はなんなのよ、と悲しくなったり、興奮……じゃなくてちょっとドキドキした。
「ハルさん、じゃなくてハルって呼んでいい?」
もう先輩、寝たのかなっと思っていたけど、暗闇の中で声が聞こえた。
「は、はい、家族とか同級生とか……怜とか、みんなそう読んでるので、ぜひ」
「ありがとう。じゃあ、私のことは冴さんで……冴でもいいよ」
「呼び捨てはちょっと……一応、会長さんですし」
「それから、丁寧語じゃなくてもいいよ」
「……努力します……でも、なんでですか?」
「なんでだろうか。うちは、年が離れた兄貴と二人だから、い……妹がいてくれたら、と密かに思っているのかも知れない」
「そうなんですか。冴先輩……冴さんは意外と人懐っこくて、ちょっと安心した、というかちょっと嬉しいです」
「そうか、ありがとう。多分兄貴に甘やかされてきたからだろうな……ギターを習ったのも兄貴からだし」
「そうだったんですね、お兄様、優しいんですね」
「そんなに懇切丁寧に教えてくれたわけではないけどね。兄貴の見よう見まねで、なんとなく覚えていった……曲づくりも」
「へえ、すごい! そういえば冴さんは、曲先行で作詞作曲しているみたいですね」
「ああ、コード先行っていう方が正しいかな。なんかかっこいいハーモニーを考えて、適当にハミングしながらメロディーつけて、コードに合わせてテンションつけて。だいたいメロディーができてきたら、自分が思っていることをそれに乗っけている感じ。だから、自分でも単純なメロディー作ってるなって思う」
「そんなことないです!……というか、素敵です。ストレートに訴えかけてきて、母音の伸びが気持ちよくて」
「ありがとう、そんな風に聴いていてくれたんだな……ハルの曲づくりをみてると、なんていうか、メロディと歌詞じゃなくて詩、ポエムが一緒に生まれてくる感じだよね、ピアノ弾ける子ってそうなのかな?」
「……どうなんでしょう? でも、ピアノや作曲を習っていた教室で、京野君の歌詞はポエムになってしまっているってよく注意されました」
「いや、悪い意味で言ってるんじゃないよ。それに、注意されるほどのことなのだろうか? 確かにポエムになってしまうと、メロディーに言葉が乗りにくいとか、意味がわかりにくくなるというデメリットがあると聞いたことはあるが、ハルの場合はそんなことがない。詩とメロディーが一体となっている。選ぶ言葉も具体的で自分のことのように共感しやすい」
「そう言ってくれるとすごく嬉しいです……確かに言葉とメロディが同時に浮かんできますね」
「それはすごいな。それこそ本物のシンガーソングライターって言うんだろうな」
「そ、そんな褒めないでください……恥ずかしいです……あ、それから怜はほんと作詞うまいんですよ。曲は全然作らないけど、ダンスやっているからリズム感がいいし、語りかけてくるみたいだし」
「そうなんだ。言われてみれば、陽向も似ているところはあるな。あいつも曲は作らないし」
「そういえば、あの二人、なんとなく似ているところがありますよね?」
「そうか? 陽向は名前通り陽キャだし、怜はどちらかと言えばクールだし」
「それはそうなんだけど、なんていうかあの二人、息が合うっていうか……意気投合しているっていか……アタシの知らないところで通じ合っている」
「それは、わからんでもないな。見ていて羨ましく思うときもある」
「あ、アタシもです」
「……今ごろ男二人で、なにを話してるんだろうな」
「あの通り、怜は口数少ないから、雰囲気悪くなってなければいいけど」
「まあ、あの二人がほんとうに息があっているのなら、そういうことも気にならないのかも知れないな」
「そうかもですね……」
冴さんはその後も話しかけてくれてたような気がするけど、いつのまにかアタシ、寝てしまっていた。
翌朝。
朝ゆっくりめに起きて、ゆっくりめに四人で朝ごはんを食べて、ゆっくりめに目的地の恋人岬に出かけた。
一応これ、授業の一環なんだけど、優等生で生徒会の会長・副会長さんのお二人がそんな感じだから、気にしなくていいよね?
岬のあちこちにある名所を散歩しながら、一番先の方にある展望台にたどりついた。
『愛の鐘』はそこにあった。
緑のサビがびっしりで年季が入っていて、なんか効き目がありそう。
それに、鐘の向こうには広がる海。こんな所で恋人同士が鐘を鳴らすなんてロマンチックすぎる。
鐘を鳴らすお作法としては、
一人ずつ、鐘を鳴らす。
一回目 自分の身を清める
二回目 相手の心を呼ぶ(心の中でだと思う)
三回目 恋人の名を呼び、二人の愛を海に誓う
こんな風に、綱を引っ張って合計三回鳴らすのだけど、これ、無茶苦茶恥ずかしいじゃん!
照れ隠しとリハーサルを兼ねて、冗談交じりにアタシは冴さんの名前を呼び、怜もそれに乗って陽向先輩の名前をを呼んだ。
冗談よ、冗談!
その後、本番では、しっかりカップル同士の名を呼びあい、鐘を鳴らしあったから……もちろんこれも恥ずかしかったけど。
遊歩道入り口にある売店で、『恋人宣言証明書』を有料で発行していたけど、「さすがにこれはもういいよね」ということで買わなかった。証明書を発行した二人が結婚したときに記念品が届くとかで、ちょっと興味はあったけど……
そのあと、若山牧水の歌碑を読んだり、コーヒーショップでお茶をしたりした後、ホテルに戻って夕ごはんを食べ、大浴場に寄って、部屋でおしゃべりをして寝た。
お風呂の帰り、湯冷まし代わりに、ホテルの庭に出てみたら、星空がすごくきれいだった! 天の川を見たの、初めてかもしれない。
なんとなくはしゃいでしまって、その勢いで、荷物を持ってない方の手で冴さんの手をつないでしまった。先輩は微笑んで握り返してくれたので、それが嬉しかった。
修学旅行と、この取材旅行、どっちが楽しいかって聞かれても、高校の修学旅行は未経験なので比べようがないけど、宝物のような時間になったことは間違いない。
◯
取材旅行から帰って日常の学校生活に戻った。一応、『実験結果』を伝えておくと、特にアタシと怜、冴さんと陽向先輩の感情や関係に変化はなかった……と思う。
取材旅行という意味では、やや肩透かし感があるかもだけど、『模範の生徒会カップル』としては、これでよかったんだろうな。
生徒会室で学校に提出する四人の共同レポートには、多少粉飾して『慣れないボートに乗って、二組のカップルの関係は、ギクシャクした感があったが、恋人岬の鐘を鳴らすことで一層絆を深めることができた』というようなことを書いて、写真付きで提出した。
こんなレポートの内容だから、表彰の対象となる八グループには入らなかったけど、後々考えると、それでよかったんだと思う。
「あとあと考えると」ってどういうことかっていうと……
恋人岬で冗談混じりでリハーサルをしたこと……ひよっとするとひょっとして、それがアタシたちの運命を変えてしまったかも知れない。
噂によると、何年か前の修学旅行で、校長先生が朝寝坊をして集合時間に遅刻してしまい、修学旅行のあり方が見直されたとか。でも、生徒会の先輩から去年の話を聞くとそれなりに楽しそうなので、ほっとしている。
全国取材旅行は、中間テストの直後に二泊三日で実施される。旅行地は一人当たりの予算内なら全国どこでも選べる。一、二年生の合同研修旅行なので、在学中に二回体験することになる。
グループ分けは自由だけど、「必ず一、二年生が入っていること」と「必ず男女混合」で四人以上が必須の条件になっている。あ、もちろん宿泊は男女別々の部屋だけど。
中間テスト前にメンバー構成、取材テーマと旅行の計画をグループごとに学校に提出し、旅行が終ったら一週間以内にレポートにまとめ、提出しなければならない。
さらにユニークな点は、先生方が評価し、優秀なグループ上位八組は、全校の報告会で発表と表彰の機会を与えられる。
生徒会の事務作業中、アタシはふと思い出して二人に聞いてみた。
「先輩方は、誰とどこに行ったんですか?」
生徒会の事務作業がある日に冴先輩と陽向先輩に聞いてみた。
「去年は、すでに軽音部とダンス部の合併話があがっていたので、事前の交流も兼ねて、二つの部合同で旅行したんだよ」
と冴先輩。
「テーマと場所はどうしたんですか?」
「都内」と陽向先輩。
「え、それって日帰りで行けるじゃないですか?」
「一応都内のホテルに泊まって、ライブハウスとか楽器屋めぐりとか、あとストリートダンス早慶戦っていうのを上野に見学に行ったし」
「えー! 楽しそう……でも、ほとんどそれ、軽音部とダンス部みんなの趣味みたいなものじゃないですか? 取材テーマはどうしたんですか?」
「二つの部が合併するので『音楽とダンスのグループのコラボのあり方』みたいなのを発表したよ」
と陽向先輩はニヤニヤしている。
「まあ、大義名分っぽくなったのは否めないな……それでも去年の文化祭や、今年の新生徒会『S.E.X.Y.』の活動計画づくりには十分役立っていると思うよ」
と冴さんが少し自慢げに教えてくれたけど、レポートのとりまとめは冴先輩が一手に引き受けたような気がしてならない。確かにバンドのメンバーとダンスのメンバーが力を合わせていい表現活動をしているなと思う。
「その全国取材旅行の件で、ハル君と怜君に相談なんだが……もしまだ具体的に決まっていなかったら、どうだ、私たちと一緒に行かないか?」
「え、冴先輩、私たちって?」
「ああ、私と……そこにいる陽向だ」
「え? それってダブルデート……」
「「いやいやそうではなくて……親睦の意味も兼ねて、試してみたいことがあってね……なあ、陽向」
急に話を振られた陽向先輩はニヤニヤしたまま答えた。
「ははは、それもちょっと大義名分っぽいけどね。冴会長から相談を受けて、まあ面白そうだから、やってみようかって話してたんだ」
「それはどんなテーマですか?」
縁なしメガネを直しながら怜がいぶかしげに聞く。彼は根がマジメだから内容次第では却下するぞ、というオーラを発している。
陽向先輩は、お手柔らかにと断って説明を続ける。
「わが愛求学園はその名の通り『真の愛を求め続ける』という校訓があって、校則として、『法律・条令に反しなければ健全な男女の恋愛を推奨する』と生徒手帳に書かれている。われわれ生徒会も『真の愛を求め続ける』ことを率先実行し、全校生徒の模範となることが期待されている。で、知っての通り生徒会選挙も、君とハル君、冴と俺が『理想のカップル』のモデルとして役員に選ばれたわけだ」
そう。だから、役員になってからというもの、なにかにつけて「理想のカップルのハルさんと怜君です」と紹介されることが多くなったし、二人で歩いていると、生徒たちから見つめられたり声をかけられたりするので、ちょっと困惑している。
「あの、確かにそうですけど、それと旅行のテーマにどんな関係があるんですか?」
旅先に行ってまで注目されるのは正直しんどい。しかも、冴先輩と陽向先輩と一緒にいるところで比べられたりするなんて。怜はともかくアタシなんて……
冴先輩がめずらしく、いたずらっぽい目つきになって話し始めた。
「テーマは観光地ジンクスの実証実験。旅先は愛知県と静岡県の二か所だ」
「え? えーっと、それはもっと具体的に言うと?」
「『別れのジンクス、名古屋の某動物園』vs『縁結びジンクス、静岡の恋人岬』のパワースポット対決だ」
「ななな、なんですか、それ?」と怜。
「ええ! 別れるジンクスのある場所なんて行きたくないなあ」とアタシ。
私は怜の顔を見て同意を求めた。
冴先輩は続ける。
「まあ、聞いてくれ。まずは名古屋に一泊し、某動物園のボート乗り場で手漕ぎボートを借りる。これにカップルで乗ると別れる、というジンクスがあるらしい」
え!?
「ち、ちょっとそれはどうなんですかね?」理系で迷信なんか信じなさそうな怜が渋る。
陽向先輩が人差し指を天井に向けた。
「『そこで!』だ。静岡に移動し、伊豆の恋人岬で縁結びの鐘を鳴らす」
「なるほど、もし『別れのボート』のジンクスが本物だとしても、恋人岬でヨリを戻すってわけですね」
アタシは変に納得してしまった。
「そんなにうまく行くんだろうか……というよりどっちもやってみても、なにも起きないと思うんですが」
怜は少し懐疑的だったけど、ちょっとだけ好奇心が勝ったみたいで生徒会役員四人で全国取材旅行を申し込み、決行されることになった。
◯
旅行初日は新幹線に乗って名古屋駅に到着。地下鉄東山線の東山公園駅から動物園へ。園内でイケメンゴリラ(まじイケメンだった!)やコアラ(可愛いけど、けっこうたくさんいて、こっちをガン見する黒い目がちょっと怖かった)を見物し、お昼ごはんを食べたあと、いよいよ園内にあるボート池の乗り場に到着。
様々な種類のボートがある。この中に『ラブチャレンジ号』というピンクのボートがあって、船体には『僕たちは別れません!』と書いてあるので、これはパスする……アタシはそれでよかったんだけどね。
普通の手漕ぎボートを二艘借り、アタシと怜、冴先輩と陽向先輩のカップルでそれぞれ乗り込んだ。
水上で怜と二人きりで向き合うのは何だか照れくさかったけど、新鮮でなかなか悪くない。でもなんか、うまく話題が探せなくて、二人ともほとんどしゃべらずに池をぐるりと一周したり、二人の先輩が乗っているボートの後をつけたりしていた。
ボートを降りて私たち四人が合流すると、「どう、なにか変わった?」と聞いてきた。アタシは特になにもと答えたけれど、怜は「ちょっと船酔いした」とベンチにへたり込んだ。公園の池のボートで、しかも漕ぎ手が船酔いなんかするんだろうか。
取材の第一弾を終え、新幹線で名古屋から三島駅を経由して伊豆箱根鉄道やバスを乗り継ぎ、西伊豆のホテルで一泊した。
レポートにまとめなければならないので、一応、自分の心境とか怜の様子とか観察していたけど、特に変化は見られない。ホントにこんなことやんなくちゃいけないの?
人間関係で変わったことと言えば、二人の先輩、特に会長の冴さんとはだいぶ打ち解けられたような気がする。同世代の女子と、それも憧れの先輩と同じ部屋に泊まるなんて、それは初めての経験だったけれど、普段は――あんなしゃべり方だし――お堅い感じでちょっと取っつきづらかったんだけど、真夜中に、並んだベッドでポツポツ話していると、オシャレとか甘いもの話とかに乗ってきて、けっこう乙女なところがあるなと……ちょっと可愛かった。あと、一緒に大浴場に行って湯船に浸かったとき、なかなかナイスバディだったので、たった一学年で、この差はなんなのよ、と悲しくなったり、興奮……じゃなくてちょっとドキドキした。
「ハルさん、じゃなくてハルって呼んでいい?」
もう先輩、寝たのかなっと思っていたけど、暗闇の中で声が聞こえた。
「は、はい、家族とか同級生とか……怜とか、みんなそう読んでるので、ぜひ」
「ありがとう。じゃあ、私のことは冴さんで……冴でもいいよ」
「呼び捨てはちょっと……一応、会長さんですし」
「それから、丁寧語じゃなくてもいいよ」
「……努力します……でも、なんでですか?」
「なんでだろうか。うちは、年が離れた兄貴と二人だから、い……妹がいてくれたら、と密かに思っているのかも知れない」
「そうなんですか。冴先輩……冴さんは意外と人懐っこくて、ちょっと安心した、というかちょっと嬉しいです」
「そうか、ありがとう。多分兄貴に甘やかされてきたからだろうな……ギターを習ったのも兄貴からだし」
「そうだったんですね、お兄様、優しいんですね」
「そんなに懇切丁寧に教えてくれたわけではないけどね。兄貴の見よう見まねで、なんとなく覚えていった……曲づくりも」
「へえ、すごい! そういえば冴さんは、曲先行で作詞作曲しているみたいですね」
「ああ、コード先行っていう方が正しいかな。なんかかっこいいハーモニーを考えて、適当にハミングしながらメロディーつけて、コードに合わせてテンションつけて。だいたいメロディーができてきたら、自分が思っていることをそれに乗っけている感じ。だから、自分でも単純なメロディー作ってるなって思う」
「そんなことないです!……というか、素敵です。ストレートに訴えかけてきて、母音の伸びが気持ちよくて」
「ありがとう、そんな風に聴いていてくれたんだな……ハルの曲づくりをみてると、なんていうか、メロディと歌詞じゃなくて詩、ポエムが一緒に生まれてくる感じだよね、ピアノ弾ける子ってそうなのかな?」
「……どうなんでしょう? でも、ピアノや作曲を習っていた教室で、京野君の歌詞はポエムになってしまっているってよく注意されました」
「いや、悪い意味で言ってるんじゃないよ。それに、注意されるほどのことなのだろうか? 確かにポエムになってしまうと、メロディーに言葉が乗りにくいとか、意味がわかりにくくなるというデメリットがあると聞いたことはあるが、ハルの場合はそんなことがない。詩とメロディーが一体となっている。選ぶ言葉も具体的で自分のことのように共感しやすい」
「そう言ってくれるとすごく嬉しいです……確かに言葉とメロディが同時に浮かんできますね」
「それはすごいな。それこそ本物のシンガーソングライターって言うんだろうな」
「そ、そんな褒めないでください……恥ずかしいです……あ、それから怜はほんと作詞うまいんですよ。曲は全然作らないけど、ダンスやっているからリズム感がいいし、語りかけてくるみたいだし」
「そうなんだ。言われてみれば、陽向も似ているところはあるな。あいつも曲は作らないし」
「そういえば、あの二人、なんとなく似ているところがありますよね?」
「そうか? 陽向は名前通り陽キャだし、怜はどちらかと言えばクールだし」
「それはそうなんだけど、なんていうかあの二人、息が合うっていうか……意気投合しているっていか……アタシの知らないところで通じ合っている」
「それは、わからんでもないな。見ていて羨ましく思うときもある」
「あ、アタシもです」
「……今ごろ男二人で、なにを話してるんだろうな」
「あの通り、怜は口数少ないから、雰囲気悪くなってなければいいけど」
「まあ、あの二人がほんとうに息があっているのなら、そういうことも気にならないのかも知れないな」
「そうかもですね……」
冴さんはその後も話しかけてくれてたような気がするけど、いつのまにかアタシ、寝てしまっていた。
翌朝。
朝ゆっくりめに起きて、ゆっくりめに四人で朝ごはんを食べて、ゆっくりめに目的地の恋人岬に出かけた。
一応これ、授業の一環なんだけど、優等生で生徒会の会長・副会長さんのお二人がそんな感じだから、気にしなくていいよね?
岬のあちこちにある名所を散歩しながら、一番先の方にある展望台にたどりついた。
『愛の鐘』はそこにあった。
緑のサビがびっしりで年季が入っていて、なんか効き目がありそう。
それに、鐘の向こうには広がる海。こんな所で恋人同士が鐘を鳴らすなんてロマンチックすぎる。
鐘を鳴らすお作法としては、
一人ずつ、鐘を鳴らす。
一回目 自分の身を清める
二回目 相手の心を呼ぶ(心の中でだと思う)
三回目 恋人の名を呼び、二人の愛を海に誓う
こんな風に、綱を引っ張って合計三回鳴らすのだけど、これ、無茶苦茶恥ずかしいじゃん!
照れ隠しとリハーサルを兼ねて、冗談交じりにアタシは冴さんの名前を呼び、怜もそれに乗って陽向先輩の名前をを呼んだ。
冗談よ、冗談!
その後、本番では、しっかりカップル同士の名を呼びあい、鐘を鳴らしあったから……もちろんこれも恥ずかしかったけど。
遊歩道入り口にある売店で、『恋人宣言証明書』を有料で発行していたけど、「さすがにこれはもういいよね」ということで買わなかった。証明書を発行した二人が結婚したときに記念品が届くとかで、ちょっと興味はあったけど……
そのあと、若山牧水の歌碑を読んだり、コーヒーショップでお茶をしたりした後、ホテルに戻って夕ごはんを食べ、大浴場に寄って、部屋でおしゃべりをして寝た。
お風呂の帰り、湯冷まし代わりに、ホテルの庭に出てみたら、星空がすごくきれいだった! 天の川を見たの、初めてかもしれない。
なんとなくはしゃいでしまって、その勢いで、荷物を持ってない方の手で冴さんの手をつないでしまった。先輩は微笑んで握り返してくれたので、それが嬉しかった。
修学旅行と、この取材旅行、どっちが楽しいかって聞かれても、高校の修学旅行は未経験なので比べようがないけど、宝物のような時間になったことは間違いない。
◯
取材旅行から帰って日常の学校生活に戻った。一応、『実験結果』を伝えておくと、特にアタシと怜、冴さんと陽向先輩の感情や関係に変化はなかった……と思う。
取材旅行という意味では、やや肩透かし感があるかもだけど、『模範の生徒会カップル』としては、これでよかったんだろうな。
生徒会室で学校に提出する四人の共同レポートには、多少粉飾して『慣れないボートに乗って、二組のカップルの関係は、ギクシャクした感があったが、恋人岬の鐘を鳴らすことで一層絆を深めることができた』というようなことを書いて、写真付きで提出した。
こんなレポートの内容だから、表彰の対象となる八グループには入らなかったけど、後々考えると、それでよかったんだと思う。
「あとあと考えると」ってどういうことかっていうと……
恋人岬で冗談混じりでリハーサルをしたこと……ひよっとするとひょっとして、それがアタシたちの運命を変えてしまったかも知れない。



