暗転したステージの向こうから、地鳴りのような歓声が押し寄せてくる。
「S.E.X.Y.! 生徒会! 生徒会!」
「冴(さえ)様ー!」
「波瑠(はる)ちゃーん」
「怜(れい)くん、はやくー!」
「陽向(ひなた)せんぱーい!」
無数のサイリウムの光が、重たいどん帳の継ぎ目から漏れ出し、私たちの足元を切り裂くように照らしていた。
舞台上のわずかな明かりを頼りに、ギターアンプのボリュームを確認する。
私の隣には、いつものように瀬戸陽向が立っている。ライトグレーのフロックコートを身にまとって。
私はというと、ナイトブラックのウエディングドレス。
私にだけ聞こえる声で囁いた。
「……あれ、めずらしくビビってんの、会長?」
「武者震いよ。あなたこそ、振りつけ間違えたら承知しないから」
「ハハッ、知ってるだろ? 俺はステージで本領を発揮するタイプなんだぜ」
そう言って彼はニヤリと笑い、私の手を握る。その手は熱く、力強い。けれど、そこにもはや恋慕の情は一ミリもない。あるのは、これから共犯者として戦場に向かう『同志』としての、友情と固い信頼だけだ。
ふと、視線を感じて振り返る。
私の斜め後ろ、二段のキーボードを前にして、同じく出番を待つ書記の京野ハル。
私とは対照的に、可愛いコーラルピンクのウエディングドレス。
オフホワイトの正装でキメた、会計の一条怜は、ハルとハイタッチをして前に進み、陽向の隣に並び立った。
キーボード&ボーカルの少女は緊張で少し青ざめた顔をして、自分の衣装のリボンをギュッと握りしめている。
その視線が、暗闇の中で私と絡み合う。
昼過ぎのイベント、ウエディング・ドレスショーを見て、その顛末を知っている生徒なら、私たちがなんでこんな格好をしているかわかっているはず。
そして、これが決してハッピーで晴れやかな花嫁・花婿の衣装ではないことも。
そう。これは、私たち四人の戦闘服なのだ。
――大丈夫。
私は、繋がれていない方の手で、小さく親指を立ててみせた。
ハルの瞳が揺れ、そしてふわりと、花が咲くように微笑む。
その笑顔を見た瞬間、私の体からも恐怖が消え失せた。
ああ、滑稽だ。
まだ多くの観客席の生徒たちは、これから私たちが『理想の男女カップル』として、恋の歌とダンスを披露すると信じて疑っていない。
校則に従った、模範解答のような愛の歌を。
でも、残念ね。
今から私たちがこのマイクで叫ぶのは、そんな綺麗なものじゃない。
もっと泥臭くて、情念たっぷりで、計算式じゃ割り切れない『本当の愛』だ。
暗いステージ上で、陽向が怜と視線だけで合図を交わすのが見えた。
怜が、眼鏡の奥で鋭く頷く。
ハルが、小さく息を吸い込む。
「行くぞ、チームS.E.X.Y.……愛求学園生徒会」
陽向の静かで温かな号令。
これは、ただの始まりの合図だ。
この学園の常識をぶち壊す、多種多彩で、調和と不協和音、心地よい音色とノイズの音楽物語への前奏曲。
『学校公認の嘘カップル』も、今日まで。
さあ、行こう。
そしてみんなに教えてあげよう。
これが、私たちが求めてやまない『愛』よ。
この春に出会った私たちが創り上げた、新しい方程式を。
ピアノの音色がステージから客席に流れ、少し遅れてどん帳が上がる。
そして、ハルの小さな唇が動き、私たちの新しい歌が始まろうとしていた。



