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一週間後の午後六時五十分。
あと十分で暴露配信を始める。
今日の撮影部屋には、結菜ちゃんがいる。彼女に最後の説明をした。
「絶対に仮面を外さない事。マイクから顔を遠ざけないで。変声機が反応しなくて、地声が入るから」
「わ、分かりました。でも、私は素顔を出したり自分の声が入っても…むしろ、自分の顔と声を出した方がみんな話を聞いてくれるんじゃ…?」
彼女の言葉に、一緒に撮影する事に不安があった。
ネットリテラシーがなさすぎる。
呆れて思わず口を開いた。
「あのね、この配信は全世界の人が見るの。知らない人だけじゃない。結菜ちゃんの知り合いや学校の友達が見る可能性だってある」
「そう…ですけど」
「悪い事をしてるのはもちろん、Riaだけど必要以上に情報を明かす事によって、標的が結菜ちゃんになる可能性は十分あるの」
「えっ…?」
心底理解ができていなさそうな態度。
やはり彼女は、これまで愛されて、純粋で、綺麗な世界にいた子だ。
もし、結菜ちゃんが顔出しをしたり、声を出せばこの話の論点がブレる可能性がある。
彼女の容姿について何かを言われるかもしれない、学校がバレるかもしれない、ありもしない話をでっちあげられるかもしれない。
全く関係ない人が批判をする可能性はあるけれど、他人を誹謗中傷するのはーーアンチは、身近にいる人の可能性が高い。
今日は、あくまでもRiaを暴くのがメイン。
論点をずらすわけにはいかない。
「とにかく、私の言ってることを守れないなら配信は無し。配信の途中でも、守れなかったら止めるから」
「わ、分かりました…! すみません、勝手なことを言って…今日はよろしくお願いします」
こんな話をしていたら時刻は七時を回っていた。
彼女に最後の目配せをしてパソコンで配信のサイトを開いた。
カメラの機能をオンにすると、録画を開始する赤い光が点いた。
配信を開始すると、見たことのない数字にぎょっとした。
生配信の同時接続数がーー八十万人…!?
普段の配信は、同時接続数が五万人。
多くても十万人も超えたことがない。
それなのに、事前にSNSで【人気インフルエンサー・Riaの暴露】と投稿したら荒れに荒れていたけれど…これほど見る人が増えるなんて。
『おい! 時間過ぎてるぞ!』
『まさか、Riaちゃんの名前を出して売名?』
『図々しいにも程があるでしょ!』
まだ一言も話していないのに、コメントにはRiaを擁護する声ばかり。
…まぁ、いいや。配信中はコメントなんて気にならないし。
そう思い、カメラに視線を向けると【配信者モード】に入った。
「こんばんはー。今日すごいねー。いつもは世間話から始めてるけど、これだけの人が見てたらさっそく本題に入った方が良さそうだね」
コメントは配信が終わってから見るようにしているけれど、今日はコメントの流れが早過ぎてついちらりと目がいってしまう。
そこに羅列される誹謗中傷、罵詈雑言の嵐。
「あと、先に紹介しておくけど今日はゲスト…っていうのかな。一般の子も参加してるから。ネット配信とか初めてだから、みんなお手柔らかにね」
「よ、よろしくお願いします…!」
軽く紹介すると、律儀に頭を下げる結菜ちゃん。
「さて、今回の暴露はこの子からもらったネタ。何度も話させて申し訳ないけど…もう一度みんなに暴露の内容を教えてくれる?」
彼女にアイコンタクトを送ると、こくりと頷いた。
「はい。私はーーRiaに家族を壊されました」
結菜ちゃんは震えた声でそう言うと、私に説明してくれたように話をしてくれた。
途中、何度も涙で声を詰まらせ、その度に胸がぎゅっと締め付けられた。
しかし、一般人の結菜ちゃんと好感度が高いRiaでは支持されるのは話を聞いただけではあからさまだった。
『え? この話、マジ…?』
『いやいや。Riaちゃんがそんなことするわけないでしょ』
『ありえない! Riaちゃんの事をそんな風に言うなんて!』
『文句あるなら、顔出して言えよ! 卑怯者!』
ほとんどの人が結菜ちゃんの発言を信じない。
やっぱり、言葉だけじゃダメだよね。
証拠をーーピコンっ。
証拠を提示する準備をしていると、聞きなれない通知音がパソコンから鳴った。
この音って…?
配信に慣れている私でも、何かと思っているとまさかの展開ににやりと口角が上がった。
「ねぇ。今日の配信、ほんと豪華なんだけど…もう一人ゲスト呼んでいい?」
「もう一人…?」
「うん。まあ、みんなの意見とかお構いなしに呼んじゃうんだけど…だって」
『なになに!?』
『ゲストって…?』
『この人、そんなにコラボとかする人なの?』
『どうせ、いつもの一般人頼りでしょ』
不思議そうにしている結菜ちゃん。
コメント欄もざわついている。
こんな配信として面白い展開なんてーーやっぱり、大物を扱うのは凄い。
この配信、私の中でダントツの神回になるでしょ。
そんな事を思いながら、とある箇所をクリックした。
するとーー。
「こんばんはー、Riaでーす」
そう、本人降臨。
私に届いていたのは、配信の参加許可。
アカウントを確認したら、本人で間違いなかったから承認したけれど、コメント欄は祭りのような状況になった。
『は!? Riaちゃん!?』
『本人キターッ♪───O(≧∇≦)O────♪』
『え!? ガチ!? えぇっ!?』
『やば…Riaちゃん、今日投稿お休みの日でしょ!?』
『オフの日もこんなに可愛いの!?♡』
『すっぴん可愛過ぎ♡』
みんなの注目は、完全にRia。
たしかに、今日は彼女のオフの日で白とピンクを基調とした部屋に、もこもこの部屋着。
みんなが可愛いともてはやすのも分からなくはない…でも。
今日、彼女はSNSや動画投稿を休む日なのに、わざわざ凸って来るって、絶対狙ってたでしょ。
配信を始めて三十分経ってるし、これ準備してたでしょ。
すっぴんが可愛い…?
いやいや、これすっぴん風でしょ。
眉毛とアイラインガッツリ引いてるし。
…って、違う違う。
こんなところで張り合ってる場合じゃない。
「Riaさん、こんばんはー」
軽く挨拶をすると、私の声が聞こえた彼女がニコッと画面に向かって両手で小さく手を振ってきた。
「こんばんはぁ、Crowさんっ。配信、来ちゃいましたぁ」
あざとい笑顔で、少し高い声で言われると「ははっ」と乾いた笑いで流すことしができなかった。
私はお店での彼女を見てしまったから、画面越しに接してくる彼女にはちょっと引いてしまう。
「あぁ、どうも」
軽くそう返すと、Riaがずいっと画面に近付いてきた。
「ひどいじゃないですかぁ〜! こんな風にRiaの事いうなんてぇ。コラボしたいならそう言えばいいのにぃ〜」
語尾を伸ばして、ぶりぶり喋る彼女に一瞬で心の壁ができてしまった。
「あ、いや。別にRiaさんとコラボしたいとかはないですね、はい」
「え〜っ! Crowさんってば、絶対Riaにどぎまぎしちゃってるぅ〜!」
してねぇよ、と言いそうになったが言い返せば喧嘩になりかねないと思い、苦笑いで終わらせた。
「えっと、それじゃあ話を本題に戻すんだけど。本人が来た事だし、本人に聞いてみようか。Riaさんにも今まで話した事、説明しますね」
「いえいえ、配信見てたから大丈夫ですよぉ。ていうか、Crowさん…そんな子の話を信じるなんて、甘いんじゃないですかぁ?」
甘ったるい話口調でそう言うRia。
「え…?」
そんな彼女の言葉に、ぽかんとしている結菜ちゃん。
「それとも、その子の嘘で私の評判を落とさないといけないくらい、暴露系のネタはもう尽きちゃったんですかぁ?」
コイツ…めちゃくちゃ煽ってくる。
『そうよ! そもそも、人の裏の顔を勝手に作るとかサイテー!』
『コイツもオワコンってことだろw』
『この一般の子も、有名になりたくてテキトーにネタ送ったんでしょ?笑』
『媚を売る相手間違えてるでしょ!w』
私とRiaが話す事で、彼女もコメント欄を見てしまったようで、感情が溢れそうになっている。
画面で顔が見えなくても、怒っているのは明白だ。
膝の上で拳をぎゅっと握りしめている。
そんな彼女の拳に手を重ねて、優しくトントンと叩いた。
こんな挑発に乗らないで、大丈夫だからとなだめるように。
「いえいえ。配信の前にしっかりと調査してますから。それに、今回の件ーー証拠もあるんですよ」
「証拠…?」
予想していなかったようで、私の言葉に彼女の表情に曇りが見えた。
「はい。まずは、この音声を聞いてもらおうかな。これ、Riaさんのネタを教えてもらう時にたまたま撮れちゃったんですけど…」
私がそう前置きをして、料亭で録音した会話を流した。
冒頭には、結菜ちゃんが涙ながらにRiaに傷つけられた経緯が入っている。
そして、画面の向こうのみんなが知らないRiaのお店の人への態度の悪さの音声がバッチリ録音されている。
『え…これマジ?』
『たしかにRiaちゃんの声、だよね…?』
『えぇー…お店の人にこんなに態度悪いの? Riaちゃんって…』
Riaの味方についていたコメント欄も、次第に雲行きが怪しくなってきた。
しかし、まだ半信半疑のよう。
「えぇっ!? な、なによこの音声…!」
録音した音声を聞き終えると、明らかに動揺しているRia。
その反応で、コメント欄もだんだんとRiaの暴挙を受け入れようとしていた。
しかしーー。
『ても、これって…所々おかしくない?』
『これ、ほんとにRiaちゃん? 声も曇ってるし…』
『編集してない!?』
表の顔しか知らない視聴者が、音声データを疑い始めたのだ。
「そうよ! 私はこんなことしてない! Crowさんまで、私の事を陥れようとするなんて…これは、名誉毀損! すぐに撤回しないと、法的措置をとりますよっ!?」
コメント欄に便乗して否定するRia。
やっぱり、音声だけでは弱い。
それならーー。
「それじゃあ、【あの日】の防犯カメラの映像が手に入ったから、それで確認してもらおうか?」
「…へ?」
「みんなも知ってるでしょ? 鳴潮の店主。どんな人かって」
そう追いかけると、コメント欄はすぐに反応を見せた。
『当たり前! Riaちゃんにありえない態度とってたんだから!』
『客商売であの接客はなし!』
『お客様は神様、とまでは思わなくてもあれはない!』
さすがはRiaのファン達。
彼女が傷つけられたと思っているようで、擁護する力がとても強い。
「でもあの動画ってさ、Riaさん視点でしょ。あの日、本当は何があったのかーー私も知らなかったんだけど、この映像見てびっくりしたよ」
「ちょっと! そんなお店の映像を勝手に…!」
「もちろん、関係者に許可はもらってるし、やばいなって所はモザイクかけてるよ。まぁ、誰かさんのせいで他のお客さんは帰ってるから、加工する手間はほとんどなかったけど」
だんだんと余裕がなくなり、慌てるRiaに構う事なく映像を流した。
結菜ちゃんと料亭で話したあの日、この証拠があるか否かは分からなかった。
しかし、絶対に探すよう伝えたら、翌日の夜にはデータを見つけてくれた。
恐らく、帰ってからすぐデータを探してくれたのだ。
しかも、高性能な防犯カメラで映像ははっきりとしているし、音声も拾っている。
証拠としては、十分すぎるくらいだ。
結菜ちゃんが探してくれたデータは、本当に話を聞いた通りだった、
証拠の映像が流れ、青ざめるRia。
逆転の兆しが見えるコメント欄。
これで彼女の本性は、もうみんなーーそう思ったのだけれど。
『こんなに都合よく防犯カメラの映像とかある?』
『こういうのってさ、配信者なら作れるんじゃない?』
『しかも、ヤバいのは加工したんでしょ? だったら、この動画だって信憑性なんてないでしょ』
未だに根強いRiaのファンが認めようとしない。
そんな…これだけの証拠があっても、まだ彼女を擁護する…?
「みんななら分かってくれると思ってたよぉっ! そう! 事実じゃないからね!? みんな、Crowの言う事なんて聞かないでね!?」
Riaの声明により、私の発信が嘘とされ、逆転の兆しが閉ざされようとしている。
人気のあるインフルエンサーは、こういう暴露があっても崩れない…?
いつも乗り越えてきたが、高すぎる壁を前に次の一手を考えていた時。
『あの、実は私のバイト先にもRiaって来たことがあって…めっちゃわがままで図々しかったですよ? だから、今の映像が嘘とは思えないんですけど…』
一通の目撃情報が投稿された。
すると、ポン、ポポンと次々コメントが投稿された。
『私のとこにも来た! めちゃくちゃな注文をして、大量に残していったんだけど!』
『あー。見たことあるわ。しかも、会計をタダにしろとか言われなかった?』
『言われた! てか、そもそも撮影許可もとってなかったよ!』
『え! 事務所に入っててそれはまずくない?』
次々に、私の知らないRiaの素行が投稿されたのだ。
「そう。コメントにもある通り…映像は嘘ではありません。見たらわかると思うけど、加工ってほんの一部をモザイクかけただけ。カットとかは一切してないから」
私がそう答える中でも、Riaがこれまでに起こしてか悪行は次々暴露されていった。
「ち、ちがっ…! 違うからっ! そんな…そんなぁっ!」
形勢逆転したことにより、Riaは言葉を失い、負け惜しみのような事を言い残して私の配信からいなくなった。
『逃げた…?』
『え? それじゃあ、本当に…?』
戸惑うコメント欄は、次第にRiaへの批判が増えていった。
『てか、Riaって性格の悪さが顔に滲み出てるじゃん笑』
『いつか絶対何かやると思ってたけど、まぁまぁデカいことやってたんだ笑』
『アイツのファンもやばすぎ。どんだけ信じてんだよ笑』
Riaを叩くコメントが増えてきた。
Riaがいなくなった事で、この暴露はもう終わりだ。
「じゃあ、今回のことが言いたかっただけだから。今日はここまでね。みんな、何かいいネタ持ってたらDMに送ってねー。それじゃ」
簡単に締めくくり、配信終了のコマンドを押した。
録画終了のボタンを押し、完全に電源が落ちるのを待ってから画面を外した。
私が仮面を外すと、結菜ちゃんも仮面を外した。
「どうだった? 初めての配信」
「めちゃくちゃ緊張、しました…」
最終的には視聴者数が百万人を超えており、その数字を意識したのか、配信が終わった後の彼女の方はとても震えていた。
「そう? ちゃんと喋れてたよ」
「そ…そうですか? それならよかった…」
「それに、もう…鳴潮を悪く言う人なんていないよ。結菜ちゃん、めっちゃ頑張ってたから」
「っ…Crowさんっ…!」
コメント欄を見返しながらそう伝えると、彼女の目からは大粒の涙がぽろぽろと溢れた。
私も強く言っちゃったもんね。
でも、彼女は一人で全部やり遂げてしまった。
私がやったことなんて、ただの彼女のアシストでしかない。
ていうか、最初は私と結菜ちゃんのことを散々言ってたくせに。
最後の方は、Riaを批判してる視聴者達。
ったく…だから嫌いなのよ。
ネットの奴らなんて。


