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数日後、午後七時。
繁華街はポツポツと盛り上がり始め、酔っ払いもちょくちょくいる。
そんな街並みに不釣り合いな真面目そうで、どこにでもいそうな大人しめの女の子が不安そうに辺りをきょろきょろと見渡している。
片手にはスマホを持っており、空いてる片手は何もないけれど胸の前できゅっと握っている。
その様子から、彼女の不安と緊張が滲み出ている。
自然と張っているバリアを砕くように、一歩ずつ彼女に近づいた。
「あなたが鳴海 結菜さん?」
そう声をかけると、ビクッと肩を震わせて驚き、恐る恐る口を開いた。
「えっ…?」
ようやく出たその声は、不安や困惑の入り混じったものだった。
「私、Crow」
付けていた黒いマスクを顎にずらし、ぺこりと頭を下げると、彼女の不安そうな表情が少し和らいだ。
「Crowさん…!? あの、すごく…お若いんです、ね…」
「中学生のあなたがそれ言う?」
話すのに困ったのだろう。
絞り出したような言葉に、つい、ふっと笑ってしまった。
「あっ…そ、そう…ですよね。あはは…」
困ったように笑う彼女。
彼女が困惑するのも仕方ない。
私は普段、顔にお面を付けて配信している。
更に、だぼっとしたパーカーで配信をしている。
体型から性別を悟らせないために。
声も、地声が分からないようマイク越しに声が変換されるもので撮影をしている。
私は世間に【闇を暴露する人間】と思われてはいるが、素性はバレていないのだ。
まさか、誰に対しても忖度せずに暴露しているのが十七歳で高校へ通わず、毎日SNSを巡回し、DMを漁り、ネタを探している女なんて誰も思わないだろう。
「とりあえず、お店に行こうか。悪いね、こんなところを集合場所にして」
「い、いえ…」
人気のないところを待ち合わせ場所にすれば、恐怖心を煽ると思った。
しかし、繁華街になんてこんな真面目なーー愛情をきちんと受けて、親から門限を決められていそうな子を呼び出したのはまずかったな。
しかし、ここは予約を取った店へ歩いて十分もかからない場所。
彼女の緊張をほぐし、話しやすい環境を作って、店でスムーズにネタを提供してもらうのに丁度いい時間だと思ったのだ。
「結菜ちゃんさ、嫌いな食べ物とかある?」
「え…い、いえ。何でも…あ、いや。トマトとレバーは苦手です…」
「あー。それめっちゃ分かる。癖があるよね。あと、私は牡蠣も嫌い。結菜ちゃんは、美味しい牡蠣とか食べ慣れて好きなんじゃない?」
「いえ…牡蠣もあんまり好きじゃなくて。寿司屋の娘がこんなの言うのも変ですけど…Crowさんこそ、美味しいもの色々知ってて、食べ慣れてると思ってました」
「ないない。普段は家で出前かカップ麺しか食べないし」
「へぇ…なんだか意外です」
店へ向かう道中、話に花を咲かせていると彼女の口調もだんだんと落ち着いてきたように見えた。
「ここ。予約した店」
丁度いい具合になじんでもらえると、予約した店に到着した。
「わ…すごい。料亭、って感じです…」
頑丈そうな木造の門。
その奥には立派な日本庭園が見える。
酔っ払いがちらほらといる繁華街の雰囲気にそぐわない昔ながらの格式高い料亭という言葉を体現したような店。
彼女の表情が固く、ひくついた。
「全然緊張なんてすることないよ。女将さんは気さくでいい人だし、大将の料理は美味しいし。ここ、行きつけなんだ」
「そ、そう…なんですね。やっぱり、Crowさんはすごいです…」
ネタを提供してもらう時、ここはよく利用させてもらう。
料金は、普通の十七歳なら当然は払えない金額。
そもそも、ここへ来る人で普通の人は恐らくいないと思う。
「こんばんは。女将さん、いつもの部屋…いいですか?」
店の中へ入ると、丁度女将さんがいた。
ドアを閉めながらそう尋ねると、女将さんはこくりと頷いた。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
着物姿の上品な女性が私達を個室に案内した。
「わ…すご…」
中に入り、席に着くなり、彼女がぽかんと口を開けた。
「ありがとうございます。恐縮です」
彼女の言葉に女将さんが頭を下げると、今度は私の方に顔を向けた。
「お食事はもうお待ちして大丈夫ですか?」
「はい、よろしくお願いします」
そう伝えると、女将さんが扉を閉めた。
「あの、それで…Crowさん…!」
「しっ。待って。こういう話はさ、ご飯を食べてゆったりしてからにしようよ。それに」
「失礼致します。お待たせしました」
個室に入ったことで早速、彼女が口を開こうとしたが口元に指を当てて口を閉ざすようジェスチャーをした。
すると、数秒後には店員の声がして、襖が開くと四人がかりで目の前にずらりと料理が並んだ。
「わ…すご…」
目の前に並ぶ料理に、彼女が声を漏らしテーブルの上をずらりと見た。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
店員が出て、扉を閉めると彼女を上座に座らせた。
向かい合う形で私も席に着いた。
「さ、食べよう」
「美味しそう…! でも、いいんですか…? こんな豪勢な料理…私、ここのお金が払えるくらいのお金なんて、持ってないです…」
「何言ってんの。全部私持ちだから。内容によっては、超大きなスクープ。ここの支払いなんて、痛くもなんともない金額が動く可能性があるんだから」
心配そうにする彼女に、下品な話をしてしまった。
しかし、これは本当である。
私が配信者として儲かる仕組みは、投げ銭だ。
私自身の配信の分析をすると、ただ話すだけではお金は発生しない。
私の配信は、最初に軽く挨拶をして本題に入る。
依頼者に出演してもらい、暴露内容を聞き出す。
これは、事前に会って打ち合わせ通りに進めるけれど、【今、初めて聞きました】という体が大事。
これは、視聴者と同じ心境。
視聴者の関心を一気に引き込むのだ。
そして、決定的な証拠と共に暴露をしていく。
この辺りが最高に盛り上がる瞬間で、多額の投げ銭が発生する。
たまに、本人が凸って来る事もあり、かなりの修羅場になるけれどーーこれは私からしたら美味しすぎる展開。
暴露された側の視聴者も、私の配信に巻き込むことが出来る。
同時視聴接続数が上がると、配信サイトの上位に表示され、ただ暇で配信サイトを漁っているだけの人を虜にすることが出来る。
今回の事がもし本当なら、私史上一番の大スクープになる。
モノにできるなら、ここの食事代なんてなんともない。
「美味しい…どれも、とても美味しかったです…!」
「ここはね、本当に美味しいの。お腹はいっぱいになった? まだ、何か食べれそうなら追加注文もできるけど?」
「いえ…これだけの料理を食べたらさすがに…すみません、美味しすぎて止まらなくて」
「ははっ。それは女将さんに言ってあげな。喜んでくれるだろうから」
考え事をしながら食べていると、テーブルの上に並んだ料理は二人であっという間に食べ尽くしてしまった。
店員を呼び、テーブルの上を片付けて貰った。
その後、玉露を淹れてもらい襖を閉めると、しん、と静まった。
彼女が湯呑みに口をつけると、ぱぁっと表情が明るくなった。
「美味しい…!」
「そう。ここはね、お茶も美味しいの」
感動している彼女を見ながら、私も一口含んだ。
体内に玉露の香りが広がっていく。
一息ついたところで、カバンから手のひらサイズのレコーダーを出して置くと、コトンと小さな機械的な音が大きく聞こえた。
「え…?」
テーブルにある小さな機械に、彼女はきょとんとした。
「あぁ、先に言っておかないとだね。私はね、実際に会って話を聞く時にこのボイスレコーダーで録音するの」
「私との話を、ですか?」
不思議そうにするのも仕方ない。
人と話す時に、レコーダーが出てくるなんて普通はありえないから。
「うん。これは、暴露をする上で必須なの。人の話を正確に聞いて、伝えないと。後から、言った言ってないの水掛け論になるから」
「な、なるほど…」
「それじゃあ、これからは録音するね」
「は、はい…!」
「そんな緊張しないで。結菜ちゃんが悪い事したわけじゃないでしょ」
録音すると聞き、声から緊張が伺えた。
そんな初々しい彼女が何だか微笑ましくて、つい笑ってしまった。
「そう…ですよね。すみません」
へらっと柔らかい表情で笑った彼女に、録音開始のボタンを押した。
同時に、私の中の【配信者モード】のスイッチも入った。
「それじゃあーー改めて、今回どんなネタをくれるのか…教えてくれる?」
「わ、わかりました…! 今回の事、改めてお話しします…!」
配信している時と同じような感じで尋ねると、彼女の表情に緊張が走った。
彼女が話してくれたのは、DMと同じ内容だった。
その日、結菜ちゃんは店の手伝いをしていたそうだ。
鳴潮にやって来た人気インフルエンサー・Riaが店内で他のお客さんがいるにも関わらず、撮影をした。
最初、店主が注意をしたが、Riaはそれを無視。
他のお客さんはそそくさと会計を済ませて店を出ていったそう。
一人になったことで、Riaは店内で自由奔放に暴れた。
食べきれない量の注文をして大量に残したり、マナーが終わりすぎてる食べ方。
だんだんと、店主である父親の表情が怒りに満ちていったそう。
そして、極めつけはーー。
「は? 私が紹介してあげたのに、お金を取ろうっていうの?」
彼女が使った後の席は、わざとらしく汚れ、注文した料理は大量に残っている。
その上、会計をせずに帰ろうとしたのだ。
それに対し、店主は最初冷静だったそう。
「えぇ、今回の会計は結構です。しかし、今後の利用はお控え下さい」
出禁を言い渡したそうだが、それをRiaは面白くなかったようで、スマホの撮影を始めたそう。
「え、それってどういうことですか?」
「二度と来るな。そう言ってるんです…あと、撮影はやめるよう言ってますよね?」
「あなたにそんなこと言う権利ありますか?」
「撮影をやめて下さい」
「それって、自分が撮られて困ることをしてるからですか?」
撮影から逃れようと顔をそらし、スマホを押さえようとする店主。
しかし、Riaは店主を煽りついに店主の感情か爆発した。
「いい加減にしろ! 撮影をやめろと言ってるだろ! はやく出て行け!」
そう怒鳴ったところを撮影したのだ。
その後、Riaはすぐに退店し全ては終わったーーそう、思っていたのだが。
『寿司処 鳴潮…ヤバくない?』
『高級店なのに、店主品無さすぎ』
『前から思ってたんだよね、店主態度悪いなって』
『高い店なのに、その接客態度はあり得ない!』
その日の夜のうちに、Riaは撮影した動画を自身のSNSに投稿。
Riaの悪いところは全て隠した状態でアップしたことにより、鳴潮は一夜にして大炎上。
SNSのコメント欄だけにとどまる事はなく、クチコミサイトや店の電話に誹謗中傷が相次いだ。
更に、視聴数稼ぎを狙った迷惑系配信者が鳴潮への嫌がらせ、妨害をした事で定着していた客足が遠のいた。
嫌がらせの一環で、衛生上に問題があると保健所への虚偽通報や脱税の疑いがあると言い税務署への嘘の通報も相次ぎ、鳴潮の評判は一気に地に落ちた。
それらが重なり経営不振となった事で、閉店。
しかし、店を終わらせただけでは収まらなかった。
その後も、結菜ちゃんの家への電話、家には落書き、そしてーー今に至るというわけだ。
「お願いしますっ…どうか…! どうか、あの女がした事を晒して欲しいんですっ…!」
状況を説明させたけれど、すごく胸が締め付けられ苦しくなった。
話してる最中、涙を流し呼吸を乱しながらも懸命に話す彼女の姿。
あの日の私をみているようだった。
けれど、私は彼女にただ同情するだけではいけない。
言葉に詰まったけれど、それを飲み込むように生唾を飲み込んだ。
「うん…酷い話だとは思う。…DMでも話したけど、証拠はあるの?」
「証拠…?」
驚いてぽろぽろと流れた一瞬止まり、ぽかんとした。
その反応を見て、ネタがボツになるかもしれないという落胆で気分が落ち込んだ。
彼女が嘘をついているようには思えない。
しかし、これはただの私の感想だ。
「あなたの気持ちはすごく分かる。でもね、私がしている暴露という行為は、人の人生を大きく変えるの。あなたもーーお父さんがそういう目に遭ってるから分かるでしょ?」
「それは…っ! でも、でもっ…! 私は、お父さんを悪く見えるように投稿したあの女のとは違うっ! 私の話は、本当なのにっ…!」
「あなたの全てを私が変えることはできないの。私は魔法使いでも、超能力者でもない。ただ、望んだ未来を与えるなんて綺麗事、出来ないの」
彼女には、私が冷たく突き放しているように見えるだろう。
絶望を物語っているその表情に、少なからずある私の良心が痛んだ。
けれど、これは決して彼女を見捨てたいからではない。
全て、誰かが助けてくれるわけではない。
自分で道を切り開かないといけないところがある。
あなたが道を開けば、私はその手を掴み取って救い上げることができるーーかもしれない。
「っ…私は…っ」
悔しくて、唇を噛み締めて俯く結菜ちゃん。
証拠がない以上、これ以上この場に留まる必要はない。
そう思い、襖を開けて店員さんを呼ぼうとした。
その時ーー。
「はぁっ!? ちょっと、それどういう事!?」
外から女性の張り上げた声が聞こえた。
私と結菜ちゃんは顔を見合わせた。
「この声…っ! あの女…!」
気が弱く、大人しかった彼女の表情が鬼のように目を釣り上げ怖い顔をして襖を開けようとした。
「ちょっと待って」
「待ってなんかいられない…! Crowさんだって、何もできないんなら、私が…私がっ!」
「落ち着いて。声しか聞いてないでしょ。人違いかもしれないんだから」
私がそう諭すと、彼女は怒りをぐっと堪えた。
ゆっくりと襖を四センチ程開けた。
開けた位置から店の入り口がしっかりと見える。
そこには、すらりとした細身に大きなサングラスをつけた女性が立っていた。
腰まで伸びた髪は、少し動いただけでさらさらとしているのが分かる程手入れが行き届いている。
無駄な肉は付いていないけれど、魅力的な女体をしている。
距離はあるけれど、遠目から見てもキラキラとした雰囲気が分かる女性。
サングラスを外すと、その人が誰かは私でも分かるーーRiaだ。
「やっぱり…!」
Riaの姿を見た結菜ちゃんが部屋から出ようとしたが、制止した。
「しっ…! 証拠になるかもしれないモノを手に入れられるかもしれないのに…それを打ち壊すつもり?」
人差し指を唇に当てて、声を抑えるように伝えた。
奥歯をギリっと悔しそうに噛み締める音が聞こえた。
「申し訳ございません。当店は紹介制となっておりまして…ご新規様の場合、既に当店を利用している方とご一緒でないと…」
「ちょっと、あなた私の事知らないの!? 私が来た店は、次の日には超人気になるのよ!? 何よその態度!」
「そう言われましても…」
困っている店員に高圧的に詰め寄るRia。
画面越しに私達に提供していた動画とはまるで違う姿だ。
「どう致しました? お客様」
「女将さん…」
対応に困っている店員とRiaの間に女将さんが入ってきた。
いつもと変わらない笑顔で対応すると、店員さんを裏へ促すと、店での女将さんの立場を察したRiaがニヤリと口角を上げた。
「あなたなら話が分かりそうね? さ、早く席へ案内してくれる?」
「いえ、先程の店員が申し上げた通り、店内へ案内する事はできかねます」
「はぁ…? まぁ、いいわ。ここも…地獄に落ちた店と同じ事をしてあげる」
そう言うと、Riaが女将さんにカメラを向けた。
「お客さんを選ぶって、どういうつもりですか…? 撮影許可だって、事前にとったのに…!」
先ほどまでの高圧な態度とは異なり、涙声でしおらしくなったRia。
豹変ぶりには、ぎょっとした。
「あの…撮影をやめて頂けますか?」
「どうしてですか…? 撮られたらやましい事があるからですか…!?」
全力で被害者を演じるRia。
しかし、女将さんは動揺一つ見せない。
「まだ撮影を続ける場合、業務妨害で警察を呼ばないといけません。それに、勝手に撮影をして投稿するのでしょう? それは、肖像権の侵害です。次に会うのは…裁判所でしょうか?」
毅然とした態度にRiaに焦りが見えた。
撮影を止めると、スマホを鞄の中に片付けた。
「そんなこと…あなたの言う事と私の言う事、世間はどちらが信用するか…分からない? あなたなら話が通じると思ったのに」
「あなたこそ、有名人なのにそんな事をして…此方が何もしないと思いますか?」
Riaの脅しにも怯む事なく、むしろ女将さんは楽しんでいるように彼女の後方にある防犯カメラを指差した。
女将さんの指に釣られてRiaが視線を向けると、彼女の表情がギョッとした。
「なっ…!」
「映像だけでなく、音声もバッチリですよ? どうします? 今なら、お互いそれほど大きな傷を負う事もないと思いますが?」
「っ…何よ、こんな店…!」
悔しそうな表情で、Riaが店を後にした。
「すご…さすが、女将さん。あんな対応するなんて」
一連の出来事を見て、感心すると襖を閉じて席に戻った。
すると、結菜ちゃんが顎に手を当てて考え込んでいる表情を浮かべた。
「どうしたの?」
そんな彼女が気になり、声をかけるとハッとした表情を浮かべた。
「防犯カメラ…うちにもあった気がする…」
「っ、それ…ほんと…!?」
ぼそりと自信なさそうに言う結菜ちゃんに、自分でも驚くほど大きな声が出た。
もし、防犯カメラがあれば、あの日の映像を見る事ができれば。
その防犯カメラが、音声まで聞こえればーーこの圧倒的不利な碁盤をひっくり返すことができる。
微かに差し込む希望の光をここで逃すわけにはいかない。
「探して…」
「へ?」
「絶対に探して! 見つけて! 証拠さえあれば、絶対ーー暴いてみせるから…!」
テーブルの上で拳をぎゅっと握り、彼女に熱弁した。
Riaーーどれほど酷い人間かというのをこの目でしっかりと確認した。
結菜ちゃんの言う事に、嘘偽りはないだろう。
さぁて、アンタの闇…暴いてやるわ。


