水蓮「魂をすべて導き、その心構えも申し分なし。私は君を死の神の妻として認めるよ、燐花」
燐花「ありがとうございます。あの、でも……いいんでしょうか」
水蓮「何がだい?」
燐花「魂を送る今の試験、特に難しかったわけでもなく……誰にでもできることのように思えたのですが」
そこで灼夜が口を挟む。
灼夜「違うな」
燐花「えっ」
灼夜「今の試験、表向きは魂を導くことが主題に見えるが……実はそうじゃない。本当に見たかったのは、むしろ燐花の心構えの方だ。違うか? 水蓮」
水蓮「ご名答」
水蓮は指を立ててうなずく。
水蓮「燐花、君のことは調べさせてもらったよ。生まれや家族構成、ここに来るまでの生活をね。……そして、君が何を求めているのかも、そこから十分に推測できる」
燐花「……」
水蓮「別に私は、君の生き死にに口を出すつもりはない。でも、死の神の妻になる者は、無気力であってもらっては困るんだ。今の君が、己が使命を受け入れる覚悟があるか……君自身の口からその言葉を聞きたかったのさ」
燐花(……そういうことだったのね……)
水蓮「君は自分の意思で灼夜の傍に立つことを決意し、それを言葉にすることができた。合格だよ」
灼夜「……よくやったな」
灼夜、燐花の頭に手を置き、優しくなでる。
はにかみながらそれを受け入れる燐花。
燐花「……ありがとうございます」
水蓮「一つだけ助言してあげよう。今後の試験も、技術ではなく、君の心を在りようを問うものとなるはずだ。驕りや偽りを捨て、真摯に試験に臨むといい。そうすれば、神たちをはきっと君を認めてくれるだろう」
燐花「……はいっ」
灼夜「大丈夫だ。お前ならきっとできるさ」
灼夜の言葉に微笑む燐花。
「いいねぇ」と水蓮も笑う。
そこで別方向から声がかかる。
疾風「──それはどうかな!?」
ビュオオオと強風が巻き起こり、各々の衣装がはためく。
つむじ風が生じ、その中から出てきたのは風の神、疾風。
若い男性の姿をしており、とがった短髪で、背中には白く大きな羽根が生えている。
疾風「心構えだけで受かるなら、試験の意味なんてないだろう? 俺は術や技の強さもちゃんと測らせてもらうよ」
灼夜「……疾風」
疾風「や、灼夜。相変わらず辛気臭い顔してるねぇ。……いや、前に比べてちょっと明るくなったかな?」
灼夜「大きなお世話だ」
疾風「そっちの君が、灼夜のお嫁さん、燐花ちゃんだったかな? 俺は次の試験官、疾風っていうんだ。よろしくね」
燐花「よ、よろしくお願いしますっ」
灼夜「燐花。まともに取り合わなくていいぞ。こいつは見た通り、気まぐれで計画性のない、風みたいな奴なんだ」
疾風「ひどいなぁ灼夜。自由闊達と言ってくれよ」
水蓮「疾風。それより、術や技の強さも測るって……本気で言ってるのかな」
疾風「ああ、水蓮。だって俺たちは世界の理を司る神々だろう? それなりの力が無ければ、その理を保つことだってできやしない。神の妻にも、力は必要なんだよ」
水蓮「なるほど確かに、それはもっともかもしれないけど……」
灼夜「で、お前はどんな試験を課すつもりなんだ」
疾風「んー、まあ、それは当日のお楽しみということで……」
しかし、そこで言葉を止め、疾風はじっと燐花の顔を見る。
そして、突如何かを思いついたように企みの笑みになる。
疾風「そうだ燐花ちゃん、来週俺と食事に行かない? そしたら試験の内容も、その時教えてあげるからさ」
燐花「……はい……?」
灼夜「……何を言ってるんだ、お前は」
ナレーション:『その七日後』
とある街中の料亭の個室にて。
疾風「……なーんで灼夜もいるのかなー」
灼夜「お前こそ、本当に燐花を誘うとは思わなかったぞ」
二対一で、疾風と対面の座席で座る燐花と灼夜。
燐花と疾風との食事というよりは、むしろ燐花と灼夜のカップルと、疾風が会食するような感じになっている。
燐花「あ、あの、申し訳ありません。私は灼夜様の妻ですので、お付き合いするのもこれが精いっぱいといいますか……」
灼夜「当たり前だろうが。既婚者を誘うなんてどうかしてるぞ。本来なら断らせるところだが、今日はお前に説教するつもりでついて来たんだからな、疾風」
疾風「それは怖いなぁ」
おどけて答える疾風。
ふっとゆるやかな笑みになって言葉を続ける。
疾風「……でも、試験の前に、素の燐花ちゃんを知っておくことも大事だと思ったんだよ。今日燐花ちゃんを誘ったうちの理由の一つは、それなんだ」
燐花「……素の私……」
そこでハッとする燐花。
燐花「す、すみません、灼夜様。私、幽世のお食事の作法を知らないので、ここで減点されてしまうかもしれません……!」
疾風「……えーと、別に礼儀作法を見るわけじゃないからね」
灼夜「そうだぞ。というか、こいつがそんなこと気にするような奴に見えるか?」
疾風「灼夜……それはそれでひどい言い草なんだけど」
灼夜はツンとした顔で言葉を返さないので、そこで疾風は話題を変える。
疾風「まあ、誘った理由はもう一つあってね。風を治める俺の仕事を、燐花ちゃんにも手伝ってもらおうかなと思って」
灼夜「……何だと?」
燐花「風……ですか?」
疾風「うん、俺の仕事は、現世や幽世の風を制御することなんだけどさ、これがなかなか大変でね。特に夏場は、現世の海に発生する台風を押さえるのに苦労してるんだ。そこで、陰陽師の力を持つ燐花ちゃんに手伝ってもらえればと思ったんだけど……どうかな」
燐花「わ、私が……?」
灼夜「お前……」
戸惑う燐花。その横で不可解な様子で眉を寄せる灼夜。
場面転換。
現世の葛城家本宅。
鈴音の伯父と鈴音の両親の三人が、灯りのついていない部屋で密談している。
鈴音の伯父「幽世に潜入させている式紙からの情報だ。『理の境界線』のほころびは急速に拡がりはじめているらしい。いよいよ事を起こす時だ」
鈴音の父「しかし兄さん、これは現世と幽世の均衡を崩すことだ。神たちに知られたらどうなるか……」
鈴音の伯父「知ったことか。力さえ手に入ればどうとでもなる」
不遜な様子の伯父に対し、恐々とした表情の鈴音の父と母。
鈴音の伯父「おっと、鈴音には知らせるなよ。あいつはまだ子供だ。下らん正義感を振りかざして、反対するのは目に見えている。この計画はあくまで内密にだ」
鈴音「……!」
部屋の外、角度的に気付かれない場所で、鈴音が驚愕の表情で口に手を当てている。
5話終わり。



