燐火の花嫁は死の神様のもとで咲く


燐花「神々からの試練……ですか」

灼夜「そうだ。今から十日後、水蓮を含めた三人の神が、お前の資質を確かめる」

燐花「先ほどの水蓮様が、試験官……?」

燐花、意外そうな表情。

灼夜「そうだ」

燐花「あの、でも、私……前にも申し上げた通り、術式をきちんと行使できるわけではないのですが」

灼夜「心配するな。この試験は術の上手さを測るものじゃない。半端な術などあっても邪魔なだけ。むしろ、大事なのはお前の気構え、心の方にある」

燐花「心……」

灼夜「とはいえ、試験の内容は俺にもわからん。であれば、ジタバタしても仕方がない。あと十日は、お前がこの国に慣れることの方を優先する。無理をせず日常を過ごせ。いいな」

気遣うようにじっと燐花を見る灼夜。
彼から優しさを感じ取った燐花は、嬉しそうな表情で、灼夜に礼を言う。

燐花「……わかりました、ありがとうございます」

灼夜「よし」

燐花「あ、あの」

そこで今度は燐花がおずおずと問いかける。

燐花「灼夜様は何故、私なんかにこんなに良くして下さるのですか。今日のお出かけもそうですし……」

灼夜、きょとんとして、少し間を置いて返答する。

灼夜「……俺の妻だからだ。それ以上の理由がいるか?」

燐花「妻……」

灼夜「ああ」

燐花「そう……ですね。夫婦……なんですよね」

噛みしめるようにつぶやく燐花。
灼夜はそれを優しい表情で見ながら、燐花に言う。

灼夜「……いいものだな、妻の喜ぶ顔というのは」

二人を乗せた馬車が街を去っていく。


ナレーション『そして、十日間の日は流れ──』

空白のコマを入れ、時間経過を表現。場面転換。

ナレーション『水の神の管轄する神殿、水鏡殿』
真っ白な内装の神殿。何本もの柱が高い天井を支えており、床には水路があってそこを水が流れている。

水蓮「やあ、よく来たね」

先日の男装とは異なり、巫女装束のような衣装に身を包んでいる水蓮。
燐花はそれに見とれつつ、頭を下げる。

燐花「きょ、今日はよろしくお願いしますっ」

水蓮「あんまり固くならないで。試験といっても、いつも通りの君を見せてくれれば大丈夫だから」

その言葉に少し緊張が和らぐ燐花だが、灼夜がそれにくぎを刺す。

灼夜「気を抜くなよ。あれで結構、判定は厳しめだからな」

燐花「えっ」

水蓮「こらこら灼夜。君が怖がらせてどうするの」

灼夜「お前が顔の割にキツめの基準だから、前もって言ってるんだろうが」

苦笑する水蓮。彼女が手を掲げ、指を鳴らすと、神殿の建物が水しぶきに変化し、たちまち場所が屋外へと変貌する。

水蓮「さて、試験の説明をしようか。私は君の『魂の導き手』としての適性を見る。ここにいる無数の魂たち。彼らはちょうど現世で生を終え、こちらに流れてきた者たちだ。今から君は、この魂たちを正しい場所へと導かねばらならない」

水しぶきが晴れた後、多くの光の玉、すなわち死者の魂たちが三人の周りに浮かんでいる。
神殿の床は、いつの間にか庭園のような土や緑の場所に変わっており、目の前に川が流れている。

燐花「この魂たちを……あるべき場所に導けばいいんですか?」

水蓮「そう。準備ができ次第、始めてくれて構わないよ。どこに導けばいいかわかるかな? 魂たちがちゃんとそれに従ってくれるかも、見させてもらうからね」

どこか拍子抜けした表情の燐花。
戸惑いながらも思う。

燐花(それだったら、私にもできそう……。そんな簡単なことでいいのかしら……?)

燐花は手を胸の前で組み、目を閉じて霊力を集中させる。
すると、バラバラに動いていた魂たちが徐々に彼女の周りに集まり、燐花を中心にして回り始める。

灼夜「……」

水蓮「へぇ……」

その様子を無言で見守る灼夜。
水蓮は感心した様子で声を漏らす。

燐花は右手を開放するように伸ばす。すると、その動作に沿って、魂たちは彼女が伸ばした手の方向へと流れていく。
それは目下を流れる川の下流への方向。その川は、どこへ続いているのか、先は遠くて見えないが、行く先の空間は輝いているように見える。

水蓮「……うん、いいね」

燐花「あの、この魂をすべて送ってあげればいいのですか?」

水蓮「そうだね。言わずとも理解したみたいだけど、この川は黄泉の最奥、魂が最後にたどり着く場所へとつながっている。君はどうしてそれに気が付いたのかな?」

燐花「魂たちが……それを望んでいるようでしたから。死者の魂は、自分で気が付いていなくても、黄泉へと引かれる傾向があるんです」

水蓮「それで、霊力で魂たちを誘引して……川の流れに沿うように、導いてあげたと」

燐花「……はい」

燐花は半分以下に減った魂たちを誘導しながらうなずく。
これで試験は合格だろうという感じで、ホッとした様子の表情。
しかし、水蓮はさらに問う。

水蓮「では……君自身は、どこへ行きたいのかな?」

燐花「……えっ?」

水蓮「魂たちが君の誘導に乗ってくれるのは、少なからず君が彼らと似通っている点があるからだ。魂は、似た匂いの者と引かれ合う。だから普通、生者は死者の魂と感応することはないのだけど……」

燐花「……!」

水蓮「君の感知能力は生来のものかもしれないけど、時を経るごとにそれはより強まっていっている。それは何故か。君自身、わかっているはずだよ」

燐花「……」

灼夜「おい、水蓮」

水蓮「灼夜。これは試験なんだから、手出し無用だよ」

一歩踏み出そうとする灼夜を水蓮が留める。
口惜しそうに歯噛みする灼夜。

水蓮「もう一つ問おう。今の君は、『君自身が望む場所』にもっとも近い位置にいる。あと数歩、いや、半歩踏み出せば、川の流れに乗って、その場所へ行けるだろうね」

燐花「……」

水蓮「──どうせなら、このままそうしてしまったらどうだい? 君はずっと『それ』を望んでいたんだろう?」

ふと川下の方を見る燐花。彼女の脳裏に両親との日々がフラッシュバックする。
足がそちらの方を向きかけるが、直後、灼夜が彼女を呼ぶ。

灼夜「燐花」

ハッとして、顔を上げる燐花。
今度は灼夜の言葉がフラッシュバックする。

灼夜『死の神が黄泉へと送るのは、自らの生を生き切った魂だけだ』

灼夜『お前はまだ十分に生き切っていない。お前が今死んでも、俺はお前を送るつもりはない──お前の望むところへはな』

灼夜『……俺の妻だからだ。それ以上の理由がいるか?』

灼夜『……いいものだな、妻の喜ぶ顔というのは』

燐花(そうだ……今の私は、死の神の伴侶。灼夜様の助けになり、その使命をまっとうするまで……私は、死ねない。まだ生き切っていない!)

大きく目を見開き、霊力を上昇させる燐花。
ゆっくりと送られていた魂たちがその力に同調し、強い光を放つ。
川の流れが速くなり、水が波立つ。魂たちは水波に乗るようにすべてが最果てへと送られていく。
全部の魂を送り終えた後、燐花は水蓮に振り返る。一瞬だけ灼夜を見て、はためかせた袖の動きとともに花が舞い、薙いだ右腕の彼岸花の模様の一部がすっと消えていく。

燐花「私は、まだあの先へは行きません。それは私が──灼夜様の妻だからです」

微笑む水蓮。彼女は腕を上げ、それに同調してより大きな水しぶきが舞う。
次の瞬間、景色は一瞬で神殿へと戻っていた(水蓮が場所を瞬間移動させていた)。
水蓮は満足げにうなずいて言う。

水蓮「──うん。満点の答えだね。合格だ」