燐火の花嫁は死の神様のもとで咲く


馬車に乗り、街中を行く燐花と灼夜。
街は、人の霊や精霊、あやかしなどが往来を闊歩し、とてもにぎわっている。

燐花「すごい……黄泉の国とは思えないほど、活気にあふれてる……」

灼夜「確かに、これが死者の世界と言われても、生者には信じられないかもしれないな」

燐花「あっ、す、すみません。私ったら、失礼なことを」

灼夜「いや、嘘ではない誉め言葉を聞けて、俺は嬉しいよ」

燐花「……ところで、この馬車はどこに向かわれているのでしょうか」

灼夜「特に決めていないが……まあ、呉服屋へ行っていくつか着物を買った後は、カフェとかいう流行りの茶店にでも寄って、適当に街並みを回って……そんなところかな」

燐花「え、折檻小屋などに向かわれたりは……?」

灼夜「……なんだその物騒な場所は」

燐花「い、いえ、罰として出かけられると仰っていたので、外で何かお仕置きをされるところがあるのかと……」

ぶふっと吹き出す灼夜。
顔をそらし、笑いをこらえて震える。

燐花「し、灼夜様!」

灼夜「……いや、すまん、ちゃんと伝えなかった俺の責任だな。さっき罰と言ったのは冗談だ。連れ出したのは、お前にこの世界に慣れ親しんでもらおうと思ったからだ」

灼夜の言葉にホッとした様子で、もう一度外の景色を見る燐花。

燐花「……とても、いいところだと思います。一目見るだけで、それは私にもわかります」

灼夜「実を言うと、この黄泉の国は、見る者の心によって見え方が大きく変わるんだ。心の清らかな者はこの世界は美しく見え、汚れた心の者はおぞましい地獄としてその目に映る。お前が街を見て、目を輝かせていられるのは……つまりはそういうことなのだろうな」

燐花「わ、私が……?」

少し驚き、続いていぶかしげに考え、つぶやく燐花。

燐花「でも、死を望むような女の心が、清らかだと言えるのでしょうか……」

灼夜「……どうかな。確かにそこは解釈の分かれるところかもしれんが……あるいは、お前は心の奥では、死など望んでいないのかもしれないぞ」

燐花「えっ」

灼夜「ああ、呉服屋が見えてきたな。御者よ、悪いがここで止めてくれ」


呉服屋にて。
女店主が店内に入って来る灼夜を見つけ、小走りで駆け寄る。

女店主「まあまあまあ! ようこそいらっしゃいました、灼夜様!」

灼夜「久しいな、女将」

女店主「お店の方にいらっしゃるなんていつぶりでございましょう! 今日はどういったご用向きで?」

灼夜「先日、嫁を迎えてな。こいつのために、いくつか着物を見繕ってやって欲しいんだ」

女店主「お嫁様……」

灼夜が指さした彼の隣で、ちょこんとかしこまる姿勢の燐花。
店主はそれを見てさらに顔を輝かせる。

女店主「まあ、これは……! とってもお可愛らしくて! こんな素敵なお嫁様なら、わたくしも見立て甲斐があるというものですわ!」

燐花「えっ、そ、そんな」

灼夜「二十着でも三十着でもいい。良いと思うものがあれば全部買わせてもらう。とりあえず、めぼしいものを片っ端から持ってきてくれ」

女店主「ええ、それはもう! かしこまりましたわ!」

燐花「え、えええっ!?」

豪快な買い方に驚き、恐縮してしまう燐花。
わたわたしつつ、灼夜に問いかける。

燐花「しゃ、灼夜様。私なんかのために、そんなに買われるのは……! 二、三着あれば十分ですから……!」

灼夜「構わん。俺の好きでやっていることだ。だいたいお前は嫁入りの荷物からして少なすぎるんだ。遠慮なんかしたら、それこそ罰を与えるぞ」

燐花「そ、そんな……」

燐花(それはそれで横暴ではないでしょうか……?)

灼夜「しかし、女の服のよしあしは俺にはわからんからな……。少し外に出ている。一刻程で戻るから、良いと思うものはすべて買っておけ」

燐花「で、ですが、灼夜様、それは……!」

その時、灼夜の背後から声がかかる。

声「せーっかく二人でいるのに女性にだけ選ばせて、その間自分は別行動なんて、デエトにそれは悪手じゃないのかなあ、灼夜」

灼夜「お前は……」

燐花(……誰?)

灼夜と燐花の間に進み出る。声の主。
清い水のような青白い髪。灼夜よりも一段低い背丈。詰襟の洋装、男物の衣服を着ているが、その声は高い女性のもの。

灼夜「……水蓮」

水蓮「や、灼夜。珍しいね、こんな場所で会うなんて」

灼夜「……まあ、こういう店に立ち寄ることはほとんどないからな、俺は」

燐花(綺麗な方……服装は男の方のものなのに、それがすごく似合っていて、けれど粗野な感じは全然なくて……)

灼夜「燐花、紹介しよう。こいつは水蓮。俺の昔馴染みで、水を司る神だ」

燐花「えっ、水の、神様……!?」

水蓮「ねぇ灼夜、このお嬢さん、人間だよね。ということは、彼女が……」

灼夜「ああ、先日輿入れした。俺の妻だ。燐花という」

水蓮「なるほどねぇ……この子が」

燐花「は、はいっ、白露燐花と申します! み、水の神様にあらせられましてはっ……!」

水蓮「ああ、そんなにかしこまらなくていいよ。堅苦しいのは苦手なんだ」

水蓮、笑って燐花を留める。

水蓮「私は水蓮。こんな格好をしてるけど、見ての通り性別は女だよ。よろしくね、燐花」

燐花「よ、よろしくお願いします」

水蓮「それにしても灼夜、本当にデエトの最中に別行動は良くないな。あまりに野暮が過ぎると、せっかくのお嫁さんに逃げられちゃうよ?」

灼夜「しかしな、俺は女の着物の選び方なんて、てんでわからないんだが。生半可な知識で口出しするわけにもいかないだろう」

水蓮「そこはそれ。男はドンと構えてニコニコしてるだけでいいんだよ。で、女の子が何が欲しがっているかを察してあげて、それを後押ししてあげるのさ」

灼夜「……そこは『男の目から見て、どれが似合ってるか言ってやる』じゃないのか?」

水蓮「違うよー。大事なのは、『女の子が欲しいと思うもの』をわかってあげること。男の意見はその後でいいんだよ」

灼夜「……そうなのか……? わからん……」

ナレーション『そんな感じで時は過ぎ──』

ナレーションにかぶせるように、
着物を試着し、恥ずかしがりつつ灼夜に見せる燐花、満足気にうなずく灼夜のカット。
手を振って灼夜や燐花と別れ、店を立ち去る水蓮のカット。
カフェでケーキを注文し、そのおいしさに驚く燐花、微笑む灼夜のカット。

場面転換。灼夜と燐花。馬車の中で。

燐花「灼夜様……今日はありがとうございました、色々とお時間を取らせてしまって……」

灼夜「気にするな。この街は俺の庭のようなものだ。それよりも、お前は楽しめたのか?」

燐花「はい、とっても。お茶菓子もおいしかったですし……お着物も、幽世ではあんなに短い時間で仕立てられるんですね」

灼夜「こちらには、現世にはない技術もあるからな」

燐花「それだけでなく、仕上がりもとても丁寧で……びっくりしました」

灼夜(……現世で最初に会った時に比べて、瞳に生気が宿っているようだ。やはり連れ出して正解だったな)

灼夜「……」

灼夜(しかし……)

灼夜、顔に手を当てて、何か考え込む様子。

燐花「灼夜様、どうかなさいましたか?」

灼夜「ああ、いや……伝えるなら早い方がいいかと思ってな。お前に言っておくことが一つある。それを話す時機について、少し考えていた」

燐花「言っておく、こと……?」

うなずく灼夜。
意思を決めたように目を開き、燐花に語り掛ける。

灼夜「死の神の妻の使命……それについてはすでに話したよな。その任務よりも先に、お前にはやることがある。それは、他の神々からの試練。お前が本当に使命を果たせるか、神たちがお前を試すんだ」

燐花、驚いた表情になる。

灼夜「正確には、三人の神がお前に試練を与えることになっている。そして、そのうちの最初の試験官が……あの水蓮だ」

灼夜がしゃべる背後に、正装の水蓮のイメージカットが大きく描かれたコマで引き。
四話に続く。