燐花(「死ぬことは許さない……?」)
疑問に思う表情の燐花。
燐花(死を司る神様なのに、どうしてそんなことを言うのかしら……。私のことを、お気に召さなかった……?)
灼夜「では行くぞ」
鈴音「ま、待って! 燐花を連れて行かないで!」
鈴音の父「なっ……鈴音! やめなさい!」
鈴音の父が声を上げる。だが、鈴音は構わず立ち上がり、燐花に駆け寄る。
灼夜「……そこな娘よ。名は?」
鈴音「か、葛城、鈴音……です」
灼夜「ふむ……俺の伴侶は、良い友に恵まれているようだな」
鈴音「えっ?」
鈴音の伯父「鈴音! この馬鹿者が!」
伯父が立ち上がり、鈴音に向かって平手打ちをしようとする。
しかし、彼の意図に気付いた燐花が一足早く霊力で壁を作る。
平手打ちがそれに当たり、壁がはじける。鈴音はその衝撃でしりもちをつくが、壁のおかげで外傷はない。
伯父は燐花の術だとすぐに気付き、燐花をにらむ。大勢の前であるにもかかわらず、大声で叫ぶ。
鈴音の伯父「おのれ、こんな時だけ捷く手を出しおって……死にたがりの厄介者め!」
鈴音の伯父は、今度は燐花に向かおうとする。
灼夜「そこまでだ」
灼夜の声に一同の動きが止まる。
灼夜「その娘はすでに我が妻となった。神の妻たる者に手を上げるその意味……よくよく理解してのことであろうな?」
容赦のない射殺すような視線に、鈴音の伯父はすくみあがる。
鈴音の伯父「わ、私はそのようなつもりは……」
灼夜、鈴音に近づき、優しい声で言う。
灼夜「心配するな。俺もわざわざ娶った女を見殺しにするつもりはない」
鈴音「えっ……?」
灼夜、燐花を担ぎ上げ、お姫様抱っこで輿車へと向かう。
燐花「ひゃっ!?」
灼夜「では、今度こそ出発だ。幽世の向こう、俺が治める黄泉の国へ──」
場面転換。
輿車が天空を飛んでいる。
すでに現世を過ぎ、下方に見えるのは黄泉の国。
現世と似ているがどこか違う、幻想的な街並み。
輿車を出迎えるように霧が晴れ、花びらが舞う。それらの街並みや景色を見て、燐花がつぶやく。
燐花「綺麗……」
灼夜「……綺麗に見えるのか? この街並みが」
燐花「えっ? は、はい」
灼夜「それは良いことだな」
燐花の言葉に何故か微笑み、優しい瞳で彼女を見る灼夜。
彼の真意が分からず、燐花はきょとんとする。
燐花(……ようやくしゃべって下さった。別に、私のことを気に入らないというわけではなさそうだけど……。今の言葉、どういう意味なのかしら……?)
輿車は灼夜の住まう御殿へと降下する。
先に車から降り、燐花に手を差し伸べる灼夜。
燐花はおずおずと手を差し出すが、そこで灼夜が悪霊に侵されて変色した燐花の腕に気付く。
灼夜「……先に医務室に行って、治療を受けてこい。場所は侍従に案内させる」
燐花「えっ」
灼夜「それで、治療が終わったらもう今日は休め。諸々のことは明日からだ」
燐花「あ、あの、でも」
灼夜「……どうした?」
燐花「初夜などは……よろしいのでしょうか」
灼夜「……初夜?」
燐花「はい。輿入れして最初の夜に、行うと思っていたのですが……」
灼夜「……」
燐花「……」
灼夜「……ははっ、はははははは。そうか、初夜か!」
燐花「な、何かおかしかったですか?」
灼夜「いや、すまんすまん。それはさすがに想定していなかった」
燐花「え……」
灼夜「だが、嬉しいぞ。それはつまり、俺を拒まないでくれるということだからな」
灼夜「しかし、まあ……どちらにせよ今日はその余裕もないだろう」
灼夜、そう言って燐花の腕を見る。
灼夜「何をするにしても、まずは身体をいとえ。明日からは、もっと忙しくなるのだからな」
灼夜、燐花の手の甲に口づけをして、背を向け、去っていく。
燐花、ほんのり赤面しつつ、つぶやく。
燐花「私……間違えてしまったのでしょうか……」
燐花、診察され、治療を受けているコマをワンカット挿入。
治療が終わり、就寝しているコマをワンカット挿入。
場所は変わって灼夜の私室。住み込みの医師である朧が部屋を訪れている。(朧のビジュアルは、眼鏡をかけた長身の青年)
灼夜「で……どうだった」
朧「大丈夫ですよ。本人の霊的資質が高いんでしょう、明日になれば傷は全快しているはずです」
灼夜「……花紋の方は?」
朧「間違いなく、あなたの霊力に反応した証拠ですね。こんなに早く出るなんて、あなたとの相性は良いといえますが……」
灼夜「死の花紋は、死の神の力がその者の体を侵食しはじめた証。だが、あいつの場合……本人がそれを望んでいるかのようだった……」
朧「悪霊の方も、自分から触らなければあんなに侵食されることはありません。つまり、彼女は自ら死を望んでいると……?」
灼夜「あの娘のそこだけは気にかかるところだが……人間たちがもし俺のことを聞き及んでいて、娘を差し出すとするなら、これほどうってつけの人選はないだろうな」
朧「……『そこだけは』って……他はいいんですか?」
灼夜「……どういう意味だ」
朧「言葉通りの意味ですが。まだ会ったばかりなのに、なんだか楽しそうで……それ以外のことは気に入られたんですか?」
灼夜「…………まあ……割と気になってはいる。あいつ、黄泉の国を『きれいだ』と言っていた。心が汚れている者は、決してそうは見えないだろう」
朧「……」
灼夜「悪霊に進んで触れたのも、投げやりだからじゃない。霊たちを思いやり、良心から導こうとしているようだった。そういうところは……興味を惹かれるな」
朧「……」
灼夜「何だ、その目は」
朧「いえ、あなたがそんなふうに人を褒めるのは、珍しいと思って」
灼夜「うるさいな」
朧「でも、だったら……なおさら彼女を死なせたくないですね」
灼夜「……そうだな」
翌日。
燐花は灼夜の部屋に呼ばれ、今後のことについて説明を受ける。
灼夜「昨夜はよく眠れたか?」
燐花「はい。治療もしていただきまして、そちらもありがとうございました」
灼夜「お前の怪我を診た男は、この屋敷の専属医師で朧という。人間の治療にも長けているから、今後も気兼ねなく頼るといい」
燐花「ありがとうございます」
灼夜「……さて、それでは本題に入ろうか」
灼夜「お前が何故娶られたのか──何故俺が人間の妻を欲しているか、そのことについてどこまで聞いている?」
燐花「え……」
燐花、ハッとする。
燐花(そういえば、そうよね……。神が人を妻に選ぶなんて、普通はありえないこと。何か理由があるのは当然……。でも、鈴音姉さまの伯父様は、そんなこと一言も……)
燐花「申し訳ありません。葛城家当主からは『神の妻としての務めを果たせ』としか……」
灼夜「……ふむ」
灼夜、顎に手を当て、考える仕草を見せる。
灼夜「確かに、そのような言葉で葛城家に伝達はした覚えはある。が、故あって具体的内容は知らせなかった。そのせいで、『務め』という言葉を一般的なものだと解釈されたか……」
灼夜「事後承諾のような形になって申し訳ないが、お前には為すべき『務め』がある。それは、ただの妻としての務めではない。死の神の妻として、俺とともに行う神としての任務だ」
燐花「神としての、任務……」
燐花モノローグ(──灼夜様が仰る任務とは、次のようなものでした)
ナレーション:
『現世と幽世を隔てる『理の境界線』』
『本来、この境界線は神々の手でしか開けられないものだが、ある時、とある事故により、それが傷ついた』
『現在は一部がほころんでいる程度だが、それが完全に消失すれば、死者の魂が現世と幽世を自由に行き来できるようになり、双方の秩序が崩れてしまう』
『境界線を修復するには、死の神の力、そして対となる人の力が必要であり、そのために陰陽師の家から妻を娶る必要があった──』
上記ナレーションに順じ、現世と幽世、境界線の簡略的な図解、死の神と人間の女性のイメージカットを挿入。
灼夜「つまり、『理の境界線』を修復し、双方の世界を維持する。それが俺とともに課せられたお前の使命だ」
燐花「そんな重大な役目が……」
灼夜「ほころびが生じていることは極力秘しておかねばならんのでな。葛城本家にも詳細は伝えていない。ただ、重大任務であることは示したつもりだったが……そこで誤解が生じたのだろう」
燐花「あの、ですが、私は本家の方々のようにちゃんとした術式ができるわけではありません」
灼夜「そこは問題ない。必要なのは人間が死の神と対の存在になることだ。俺の妻となることで、俺の力がお前に流れ込み、自然とその格が出来上がっていく」
灼夜、そこでシリアスな表情になる。
灼夜「……問題は、どこまでその格を保たせるかだ。お前──俺のことについては、どう聞き及んでいる?」
燐花「と仰いますと……?」
灼夜「俺個人ではなく、死の神に関してのことだ。『死の神に嫁いだ者は、魂を吸い取られて死んでしまう』、その噂については知っているか?」
燐花「……はい。見初められた証として、その相手には花の文様が刻まれると。そして、その文様が体全体を覆った時に、命が尽きるとも」
燐花、右手の袖をまくり上げ、彼岸花の花紋を見る。
灼夜「……ある意味でそれは正解だ。その花紋は、俺の力が流れ込んでいる証。それによって、お前の霊的な格は構築されていくが……それは必ずしも良いこととはいえない」
燐花「それは……」
灼夜「俺の力……神の力は、人の肉体を蝕んでしまうんだ。『魂を吸い取る』などということはないが、神の力を注ぎ込むには、人という器は脆すぎる。許容点を超えてしまえば……その者の命は尽きてしまう」
そこで、静かに笑みをたたえる燐花。
燐花の表情を見て、いぶかしむ灼夜。
灼夜「……何がおかしい」
燐花「私は……それでもかまいません。光栄な任務を賜って、しかも早く死なせていただけるのなら、むしろ嬉しく思います」
灼夜「勘違いするなよ」
灼夜の声色が厳しさを伴ったものになる。その声に燐花はビクッとする。
灼夜「俺は死なせるためにお前を娶ったわけじゃない。確かにこの任務は危険が伴う。だが、適切な線を見極めれば、害を及ぼさずに任務を遂行することは十分可能なんだ」
燐花「……」
灼夜「その花紋だってそうだ。普通の者なら、俺が触れただけで花紋が刻まれることはない。身体と心が、きちんと生の方向を向いていればな」
燐花「え……」
灼夜「つまり、お前の心は生とは逆、死の方向へと向いているわけだ。……何故死を望む? お前は死ぬことで、一体何を得られる?」
燐花「わ、私は……」
考えを見透かされ、戸惑う表情の燐花。
答えに窮するが、灼夜はそこで追及をやめる。
灼夜「……まあ、大体想像はつく。だがな、これだけは言っておくぞ。死の神が黄泉へと送るのは、自らの生を生き切った魂だけだ」
燐花「……」
灼夜「無論、例外はあり、すべてがじゃない。しかし、お前はまだ十分に生き切っていない。お前が今死んでも、俺はお前を送るつもりはない──お前の望むところへはな」
燐花「……!」
燐花はさらに驚き、うろたえる。
幼い燐花が両親と手をつなぐイメージカットを背景に挿入。(両親の目元は影になって見えないが、微笑んでいる表情)
灼夜「……本来なら、危険な任務に巻き込んですまないと謝罪するところだが……お前には、逆に叱責が必要なようだな」
燐花「も、申し訳、ありません……」
すっと立ち上がる灼夜。ぶたれるのかと思い、一瞬おびえる燐花だが、灼夜は燐花にそっと手を差し伸べる。
燐花「……え? あの」
灼夜「罰として、今から少し俺に付き合え。出かけるぞ」



