<1話冒頭>
場所は陰陽師葛城家の正門前。時は夜。
人間の陰陽師たちがひざまずき、その中で白露燐花と死の神である灼夜だけが立っている。
灼夜の後には輿車や黄泉の国の護衛たちが控えている。
燐花のまわりには悪霊がにまとわりついており、手首のあたりがどす黒く変色している。
が、燐花は気にも留めず、手を空に掲げ、悪霊を天空の黄泉の穴へと導き、悪霊は天に還る。
その穴は灼夜が下りてきた黄泉と現世をつなぐ穴である。
燐花「あるべきところへ、お帰りなさい……いつか私も、そちらへ行きます」
掲げた燐花の手を、灼夜が掴む。すると燐花の手に彼岸花の赤い文様が刻まれる。
鈴音「死の花紋……!」
燐花の従姉妹である葛城鈴音が悲痛な表情でつぶやく。
一方、その時の灼夜の表情は、顔に影がかかりわからない。
灼夜「……怖くは、ないのか」
燐花「ええ。私にとって……死は望むべきものです」
燐花、すべてを受け入れたような儚げな表情。
灼夜「……わかった。だが、死の神の妻になるお前に、一つだけ言っておく」
灼夜の顔が月明りで照らされる。静かな決意の瞳で灼夜は言う。
灼夜「死ぬことは、許さない」
<1話本編>
ナレーション:
『時は一か月前にさかのぼる──』
陰陽師、葛城家の本宅。
燐花の従姉妹である葛城鈴音、鈴音の両親、鈴音の伯父夫婦の五人が、畳部屋に集まっている。
鈴音「──どういうことですか! 燐花が死の神の妻になるって!」
鈴音の伯父「どうもこうも言った通りだ。黄泉の国から陰陽師の娘を一人差し出せとの達しが来たんだ。死の神の嫁としてな」
鈴音の父「葛城本家にまだ男子がいない今、お前を嫁がせるわけにはいかんだろう。だから燐花を出すしかないんだよ。わかってくれ、鈴音」
鈴音の伯父「去年本家に戻ってきたお前は知らんだろうが、これは前々から打診されていたことでもある。何も急な話というわけじゃない」
鈴音「そういうことじゃありません! お父様も伯父様も知らないのですか!? 死の神に嫁いだ者は──」
鈴音の伯父「知っている。死んでしまうというのだろう。死の神に命を吸い取られてな」
ナレーション:
『この世から見えない境界を一つ隔てれば、そこはもう神々と精霊たちの住まう幽世』
『その中には死者がたどり着く黄泉の国があり、そこを死の神が治めている』
『人が神の伴侶となることはまれである。だが、近年における死の神は、何故か人の女を自らの妻として求めていた』
『そして、妻となった者たちは、死の刻印にも等しい花の文様を身体に刻まれ、わずか数年のうちに死ぬという噂がまことしやかにささやかれていた』
説明文ごとに、黄泉の国の遠景、死の神のシルエット、死の花紋、妻となる者のイメージカットなどを描写する。
鈴音の伯父「だが、好都合だろう。あんな死にたがりの娘。あいつが拒むならともかく、死にたい者を死なせてやって何が悪い」
鈴音「伯父様! 言っていいことと悪いことがあります! いくらなんでも──」
鈴音の父「やめなさい鈴音。決定権は当主である兄さんにある。わきまえなさい」
鈴音「……っ」
鈴音の伯父「本人に聞いてみればいいだろう。ほら、ちょうど来たようだぞ」
障子に影が映り、燐花が現れる。ハッとして振り返る鈴音。
燐花「……失礼します」
正座して一礼し、入室する燐花。
鈴音の伯父「燐花、今の話、聞こえていたな? お前はどうしたい?」
燐花「……この身が、鈴音姉さまや皆さまのお役に立てるのなら、異論はありません」
鈴音「燐花……!」
鈴音の伯父「黄泉からの迎えが来るのは1ヶ月後。死の神直々に迎えに来るそうだ。その辛気臭い顔は変えられんとしても、せめて身綺麗にはしておけよ」
立ち上がり、部屋を出て行く伯父。燐花は動じた様子もなく、無感情な瞳がアップになり、モノローグに移る。
燐花モノローグ『私は『死にたがりの娘』──それは本当のこと。両親を亡くしたあの日から……私の心の時間は、止まってしまった』
過去回想。
馬車の中にいる幼い燐花と彼女の両親。
地響きが唸り、山の上から土石流が迫って来る。
燐花の父『燐花、大丈夫だからな』
燐花の母『そうよ、絶対にあなただけは守ってみせるから──』
馬車が土石流に飲み込まれていく。
燐花モノローグ『その事故で助かったのは私だけ。両親が霊力を振り絞り、私を守ってくれたのだ』
両親に抱かれ、土砂の中で愕然とした表情の燐花。
土石流の土は燐花に届く直前で止まっていて無事である。両親の下半身は土に埋もれている。この時点ではまだ両親の表情は見えない。
『あの日から……私はわからなくなってしまった。笑い方を。陽のあたたかさを。そして……生きる意味を』
場面、現代に戻る。
道を歩く燐花。道端で犬の幽霊を見つける。その犬の幽霊は、物憂げに向かいの空き家を見上げている。
いくつか言葉を交わし、犬を抱き上げ、背中をなでてあげる燐花。すると、犬の幽霊は満たされた表情で消失していく(天に還っていく)。
燐火はそれを優しげな表情で見送る。
鈴音「……何やってたのよ。また成仏の付き添い?」
いつの間にか、鈴音が燐花の背後にいて、彼女の一部始終を見ていた。
燐花「姉さま」
鈴音「確か、今の犬の霊……生きてる時はこの家で飼われてたかしらね」
燐花「ええ。あのワンちゃん、飼い主の女性が遠方に嫁いだって知らなかったみたいなんです。ずっとここで帰りを待ち続けて……。それを教えてあげたら、心残りはなくなったみたいで」
鈴音「自分のことは無関心なくせに……あんたって本当におせっかいね」
やれやれという感じで苦笑する鈴音。
安らかな表情の燐花。
鈴音「……あたし、この先のお茶屋さんで買い物するよう頼まれてるの。ちょうどいいから、帰る前にそこでお団子食べない? おごるわよ」
場面転換。
茶店の縁台に座り、団子を食べる二人。
燐花「おいしい……」
鈴音「そ。良かったわ。ごちそうしてあげた甲斐があるってものね」
鈴音、微笑の表情からふと深刻な表情に変わる。
鈴音「……ねぇ、燐花。黄泉の国に嫁ぐのなんてやめなさいって。あたしも協力してあげるから。あんたはここから逃げ出して、もっとまともな暮らしをするべきなのよ」
燐花「私は……今の葛城家での暮らしに、不満はありませんが」
鈴音「待遇の話じゃなくて、あんたの気持ちの話をしてるのよ! あんたは自分のことになるとてんで無気力になるんだから!」
燐花「それは……」
鈴音「伯父様や使用人の何人かがあんたを陰でなんて呼んでるか知ってる? 『死にたがりの女』、『死に魅入られた娘』って! そんなふうに言われても、あんたが反論しないから、みんなあんたをなめてかかるのよ!」
そこで儚げに微笑む燐花。
鈴音「何がおかしいのよ」
燐花「私は、姉さまがそうやって心配してくれるだけで……十分幸せなんです」
鈴音「そうじゃなくて、燐花……!」
鈴音、悲痛な表情。
燐花モノローグ:
『両親を亡くしたのは、十歳の時のこと──』
『本家に引き取られてから、私はいつも独りだった』
回想カット。
葛城本家の広い畳部屋。中央に幼い燐花が一人で立ち尽くしている。
燐花モノローグ『陰陽師の家の中でも、私は霊を感知する力に長けていて、死者の声をはっきりと聞くことができた』
回想カット。
縁側。庭に立つ燐花。彼女の周りを霊魂がふわふわと漂っている。
燐花は指の上にそれを乗せて、安らかな表情で霊と会話している。
通りかかった使用人が、燐花を目にして眉をひそめる。
燐花モノローグ『霊たちの声は、怖くなかった。むしろ……生きている人間より、ずっと穏やかだった』
燐花は指の上の霊魂を静かに天空に放つ。
表情は怯えでも恍惚でもなく、静かで物思いにふけったようなもの。
回想カット。
事故時の土砂の中。両親に守られた燐花のカット、再び。
今度は両親の顔が正面から映る。二人とも、安らかに微笑んでいる。
燐花モノローグ:
『そして、あの日のお母さんとお父さんの顔を見た時…私は思ってしまった』
『死がこんなにも穏やかなら、そこに向かうことは怖くない』
『私は……いつか来る死を、望んで受け入れたいと』
場面戻って、茶店の縁台。鈴音が口を開く。
鈴音「……さっきの」
燐花「はい?」
鈴音「さっきの犬。良かったわね。ちゃんと成仏できて」
燐花「ええ、ほんとに」
鈴音(……でもね。あんたがそうやって誰かのことを思って見せる顔。その笑顔は、幼い頃から変わらない)
鈴音(本当の死にたがりは、そんな顔はきっとできないと思うのよ……)
ナレーション『そして──黄泉の国から迎えがやって来る日』
場面転換。時は夜。
葛城本家の屋敷から正門前までの道を、白無垢を着た燐花を先頭に、嫁入り行列が歩いている。
その列の中には鈴音もいて、浮かない顔で燐花たちに続く。
鈴音(結局、何もできなかった……。でも、燐花自身が動かないんだから、どうしようもないじゃない……!)
正門から外に出ると、ほどなくして空に穴が開き、その穴から輿車や従者が川を下るかのように降りてくる。
輿車が地面に到着する。中から姿を現す灼夜。長い黒髪に燃えるような赤の瞳。けれどその表情は冷たい彫刻のよう。
彼の神秘な様子に圧倒される鈴音たち。最初に葛城の伯父がハッと我に返ってひれ伏し、皆も同じようにひざまずいて頭を下げる。
灼夜「我が婚姻のため、皆に多くの労をかけたこと、感謝する。俺が黄泉の国の主、灼夜だ」
ズンッ──
言葉とは裏腹に、声だけで重圧を感じる鈴音たち。
鈴音(これが……死の神。人とは格が違う。言葉だけで……身体が……動かない……!)
灼夜「俺のもとへ嫁ぐ女というのは──お前か?」
灼夜の目線の先、燐花だけが頭を下げずに立っている。しかも彼女は明後日の方向を見上げている。
鈴音「えっ……燐花!?」
伯父「な……何をやっている!」
灼夜「お前、名は」
燐花「……白露燐花と申します」
灼夜「何を……見ている」
燐花「現世の霊たちが……あなた様の気に惹かれてやってきます」
鈴音(え……?)
その瞬間、どこからともなく複数の悪霊が出現する。
怨嗟の声を響き渡らせる悪霊たち。
だが、燐花が白無垢の綿帽子を脱ぎ、手を前に出すと、怨霊たちは燐花に向かいその腕へと巻き付いた。
驚く全員。灼夜もほぼ表情は変わらないが、燐花を注視する。
オオオオオオ……
悪霊たちは人の形を留めていない。ちょうど瘴気のような黒い影に人の顔が浮かんでおり、それらが叫ぶように悶えている。
だが、燐花が瞳を閉じ、腕に霊力を集中させると青白い炎が発する。その火の光で、辛苦の叫び顔が少しずつ穏やかになっていく。
燐花「……大丈夫。怖くないわ。どの魂も、最後は同じ場所にたどり着くの」
燐火は、前に出した手を灼夜たちが出てきた天空の穴へと掲げる。
悪霊たちは炎に包まれながら、その穴へと旅立っていく。
燐花「あるべきところへ、お帰りなさい……いつか私も、そちらへ行きます」
優しく微笑む燐花。しかし、力を使い過ぎたのかふらりとよろめく。
すると、いつの間にか近づいていた灼夜が、燐花の手を掴んで支える。同時に、掴んだところから彼岸花の赤い文様がすうっと浮かび上がる。
鈴音「死の花紋……!」
鈴音とは対照的に、燐花自身は動じた様子はない。灼夜は燐花をじっと見つめて問う。
灼夜「……怖くは、ないのか。悪霊も、死も。俺のことも」
すべてを受け入れた表情で燐花は言う。
燐花「ええ。私にとって……死は望むべきものです」
灼夜、その言葉に何かを考えるように動きを止める。
灼夜「……わかった。だが、死の神の妻になるお前に、一つだけ言っておく」
灼夜「死ぬことは──許さない」
燐花(え……?)
ざっと風が吹き、無数の花びらが舞う。
燐花モノローグ(これは──死を望む私が、優しい死の神様に嫁ぐ物語。そして、死の運命のもとで、生の意味を見いだしていく物語──)



