お狐様は運命の赤い糸を望まない


ナレーション:『綾乃が白嵐の屋敷に来てから二週間──』
白嵐と綾乃の会話。その傍には伝七もいる。

白嵐「綾乃、街に出かけるぞ」

綾乃「えっ、街に……ですか?」

白嵐「こういう時、人間の言葉ではなんていうんだ? 最近では、海の向こうの言葉が流行ってて、『デエト』とか『ランデヴー』とかいったような……」

伝七「……『逢引き』では?」

白嵐「それはちょっと直接的すぎるだろ。別に俺はかまわないが」

綾乃「えぇっ」

白嵐「それはともかく、今日はお前についてきてもらわないと困るんだ。付き合え」

綾乃「ど、どういうことですか……?」


街中の喫茶店。
窓際の席で向かい合う綾乃と白嵐(※白嵐の尻尾は収納したのか見えなくなっている)。
それぞれの前には紅茶とプリンが1つずつ置かれている。

綾乃「これは……」

白嵐「輪堂家にいた時に女中たちが言っていたんだ。プリンとかいう洋風の茶碗蒸しが甘くて絶品だったと。常々食べてみたいと思っていたんだが、男一人で甘味処に入るのは少々気が引けてな。誰かに付き添いを頼みたかったんだ」

綾乃「なるほど、それで……」

白嵐「女中たちによると、このキツネ色の部分が甘苦くて良いらしい。それを聞いて、ずっとどんな味か気になっていてな」

綾乃(キツネだから……なのかしら?)

白嵐と綾乃、各々のプリンをスプーンですくって同時に口に含む。
「「……!」」と、双方衝撃を受けた表情になり、目を合わせる。

白嵐「美味いな……!」

綾乃「ええ。私も初めて食べましたけど……すごく、おいしいです……!」

白嵐「……これ、屋敷でも作れないだろうか。茶碗蒸しに砂糖を多めに入れればいけるか……? 上の部分は……醤油……じゃないよな」

綾乃「や、やめといた方がいいと思いますよ……」

喫茶店でひとしきり甘味を味わった後、綾乃と白嵐は外に出る。

白嵐「ありがとうな、付き合ってくれて」

綾乃「いえ、私もごちそうしていただいたので。こちらこそお礼を言わせて下さい」

白嵐「……お前はどこか行きたいところとか、ないのか?」

綾乃「私……ですか?」

白嵐「付き合うぞ。今日の礼だ。何でも言ってくれ」

綾乃、人差し指を唇に当て、しばらく無言で考えた後、頭上に豆電球が光る。


二人が入ったのは芝居小屋。
暗がりの中、前には大きなスクリーンが垂れ下がっている。

白嵐「……一体、何が始まるんだ?」

綾乃「活動写真です。簡単に言うなら、絵付きの講談……という感じでしょうか」

白嵐「ああ、講談か」

綾乃「ただの講談じゃありませんよ。絵や写真が……動くんです」

白嵐「動く……?」

綾乃「あ、始まりますよ。上映中はおしゃべり厳禁ですからね」

さらに暗くなり、音楽が鳴り、弁士が語り始める。
それと同時にスクリーンに白黒の映像が映し出され、中の人物が活発に動き回る。

白嵐「おおおっ、動いたっ……!?」

白嵐が横の綾乃に顔を向けると、彼女は指を立てて「お静かに」のジェスチャーをする。
うなずき、画面に視線を戻す白嵐。
やや間を置いて、もう一度綾乃を見ると、彼女はキラキラした表情で、スクリーンを見上げている。
その様子を、柔らかな視線で見守る白嵐。


上映が終わり、帰り道で。

綾乃「はあぁっ……面白かったですね……!」

白嵐「ああ。それにすごく凝ってたというか……あの動くのはどうやってるんだ……? 写真を一枚一枚、重ねてるのか……?」

綾乃「……わかりません。今日のはチャンバラ活劇でしたけど……今度海外から入る予定の新作には、恋愛劇もあるんですって」

白嵐「……それが上演される時は、また……見に行くか?」

綾乃「えっ」

白嵐「お前が行きたいなら……俺も行きたいな。どこかで美味いものを食って、新しい話を見て……良いと思わないか。今日は楽しかっただろ?」

綾乃、少しきょとんとした様子から間を置いて、満面の笑みになる。

綾乃「……はいっ!」

白嵐「よし、約束だ」

その時、道の向こう側から雅楽の笛の音が聞こえてくる。
綾乃たちがそちらに目をやると、やってくるのは嫁入り行列。
どこかの家の花嫁と新郎が、白無垢と紋付き袴で、親族たちとともに道を練り歩いている。

綾乃「……」

綾乃はその行列をうらやましそうに見る。その表情はどこか切なげでもある。

白嵐「結婚か……そんなにいいものかね、結婚なんて」

綾乃「白嵐さんや、あやかしの皆さんには……結婚という概念はないんですか?」

白嵐「いや、そういうわけじゃない。俺があまりピンとこないというだけの話だ。好き合っていれば、そんな形式なんていらないと思うんだが……どうして皆、そんなものを望むんだろうな」

綾乃「それはきっと……好きな人と結ばれたという証だからだと思います。誰かとの絆を目に見える形にしたい……それを望む人が多いからじゃないでしょうか」

白嵐「じゃあ、逆に言えば、好きでもない奴との結婚は……最悪の称号ってわけか」

綾乃は白嵐の言葉にハッとして、うつむきながら答える。

綾乃「そう……ですね」

綾乃(だから、私は……別に龍之介さんと結ばれなかったことに後悔はない。あんな人だとは思わなかったから。むしろ、彼の本性を知ることができて、良かったと思ってる。でも、私は……これからどうやって生きて行けばいいんだろう……)

その時、綾乃の背後から彼女を呼ぶ声がする。

龍之介「綾乃……綾乃!」

思わず振り返る綾乃。
そこにいたのは目を血走らせた龍之介。
綾乃は驚愕と恐怖の表情で顔を青くする。

龍之介「一体、今までどこにいたんだ……。ようやく見つけた。もう……離さないぞ」