綾乃が廊下の雑巾がけをしている。
着物をたすき掛けにして、端から端までを勢いよく駆けていく。
それを困った様子で鶴のあやかし、初音が見ている。
初音の外見は20代後半~30代くらい。黒髪で落ち着いた様子の着物姿の女性。
初音「おやめください、綾乃様。お客様にそんなことをさせるわけにはいきません」
綾乃「いいえ、お世話になっているのですから、これくらいはさせて下さい」
初音が止めるのも構わず、綾乃は雑巾がけをこなしていく。
その様子を、少し離れたところから見ている白嵐と伝七。
伝七「いいんですかい。あのお嬢さん、いいとこの娘さんなんでしょう」
白嵐「……ああ。なのに、ああいう汚れ仕事にもまるで頓着がないとはな。ますます気に入った」
伝七「気に入った……ですか」
楽しげな白嵐を見て、少し驚いた様子の伝七。
白嵐は綾乃のところに歩いていき、しゃがみ込んで彼女と目線を合わせる。
白嵐に気付く綾乃。
親指を立て、外を指し示すジェスチャーをしながら白嵐は綾乃に言う。
白嵐「家の中だけじゃ息が詰まるだろう。少し俺と付き合え」
屋敷の外。
あやかしの森を白嵐と綾乃は歩く。
綾乃は風呂敷に包まれた重箱を手に提げている。
白嵐「輪堂家にずっと潜入していたから、森のあやかしたちにはしばらく会ってなかったんだ。皆に帰って来た報告をしておきたくてな」
綾乃「森のあやかしさん……。皆さんがお屋敷に住んでいるわけではないんですね」
白嵐「ああ。人に近い姿のあやかしは人の暮らしが快適だが、野生に近いあやかしはそれぞれの生態の方が適しているからな」
そこで、木の上から声がかかる。
申牙「おう、ボンじゃないか。いつ帰って来たんだ?」
枝の上にいたのは毛むくじゃらの猿の姿をしたあやかし。猩々の申牙。
申牙は枝を蹴って素早く白嵐の前に降りてくる。
白嵐「久しぶり、じっちゃん」
申牙「ボン。お前、輪堂とかいう人間のとこに潜ってたんじゃなかったっけ?」
白嵐「少し予定が変わってね。先日帰って来たばかりなんだ」
申牙「そうなのか。ま、当主があんまり家を空けてんのは良くねぇからな。他の奴らも、ボンの顔が見れて嬉しいだろうぜ」
白嵐「それで、じっちゃん。長いこと留守にした詫びってわけじゃないんだが……」
白嵐、腰に下げていたひょうたんを申牙に見せ、差し出す。
申牙「おいおい、酒じゃねえか。いいのか?」
白嵐「俺がいない時に山の皆をまとめてくれてるのはじっちゃんだしな。日頃の感謝も込めて、ってやつさ」
申牙「いや、すまねえな。こいつは役得ってやつかな」
酒を受け取る申牙。朗らかな笑顔で白嵐と笑いあう。
そこで申牙は後ろの綾乃に気付く。
申牙「……そっちの嬢ちゃんは?」
白嵐「ああ、客人だよ。屋敷の方で預かってる」
綾乃「は、初めまして。輪堂綾乃と申します」
申牙「って、おい。つまりは輪堂の人間じゃねえかよ。……大丈夫なのか?」
白嵐「綾乃は悪い人間じゃない。そこは保証するよ」
申牙「……まあ、確かに、馬鹿正直に素性を明かしちまうとこからして、裏がある奴じゃなさそうだが……」
綾乃「……あっ」
綾乃、口元に手を当てる。
白嵐「気づくのが一拍遅いぞ、綾乃」
ジト目でツッコミを入れる白嵐に、綾乃は縮こまって赤面する。
そんな感じで、白嵐と綾乃は山のあやかしたちに会っていく。
蝦蟇の夫婦、カマイタチの親子、湖の河童など、それぞれ1コマ程度のカットでダイジェストに描写。
白嵐は河童にきゅうりを投げて渡し、手を振って別れた後で綾乃に言う。
白嵐「ここから少し行くと、日の当たる小高い場所がある。そこで休憩しよう」
二人はそこへ移動し、草原の上で昼食とする。
重箱の風呂敷を広げる綾乃。
白嵐「それ、俺たちの弁当なんだよな?」
綾乃「はい。初音さんが『お二人で食べてください』って」
重箱を開けると中に入っていたのは稲荷寿司。
「おおっ」と子供のように目を輝かせる白嵐。
その表情を見て、綾乃が驚いたように固まり、白嵐はハッとして恥ずかしそうに咳払いをする。
気を取り直して食べ始める二人。綾乃が「おいしい……」と言うと、白嵐も「そうだな」とうなずく。
しばらくして、綾乃がポツリとつぶやく。
綾乃「あやかしの皆さん……本当に楽しそうでした。どの方も生き生きとして……」
白嵐「……想像していたのとは違ったか?」
綾乃「はい。そもそもあやかしの生活を見たことがなかったんですけど……なんていうか……新鮮で」
白嵐「意外と明るいだろ。あやかしというと、もっと物陰や暗がりでこそこそしてる印象があるかもしれないが」
綾乃「ええ、本当に……」
綾乃(私は……退魔に関わる術士の家系なのに、そんなことすら知らなかった……)
内心でそんなことを思い、表情を暗くする綾乃。
それに気づいた白嵐が綾乃を覗き込む。
白嵐「……何だか知らないが、どれだけ自分を責めても意味ないぞ」
綾乃「えっ?」
白嵐「多分、自分の見識の無さに落ち込んでるんだろうが、知らないことは別に罪じゃない。誰だって最初はそうだ。自分の目で見て、少しずつ己の領域を広げていく……そんな感じでいいんだよ」
綾乃「えっと、顔に……出てましたか」
白嵐「お前は真面目なんだな。それはそれで美点なんだろうが、考えすぎるのも良くないぞ。今日会ったあやかしたちを見ただろう? あいつらは、心のままに楽しく生きている。それくらいの気楽さでいればいいのさ」
綾乃「……そうですね」
白嵐「……やっぱりお前、しばらく俺のところにいろ。それでもっと楽しめ。人とかあやかしとか関係ない、お前自身の日々の生活を。俺もお前に楽しいことを教えてやるから」
綾乃「……ありがとうございます」
白嵐の真摯な視線に感じ入った表情になり、うなずく綾乃。
場面転換。
輪堂家、畳の間で。龍之介と綾乃の両親が会している。
龍之介「何なんだ、あのあやかしは!? あの男、ただの使用人ではななかったのか? どうしてあんな奴がいる!?」
綾乃の父「申し訳ない、どうやらあやかしが我々の家を探るために化けていたようで……」
龍之介「化けていただと!? 術士でありながら、それを見破れなかったというのか、あなた方は!」
ひいぃ、と龍之介の剣幕におびえる綾乃両親。
龍之介(それに綾乃……自分からあやかしの手を取って出て行ったように見えたが……どうして……)
龍之介「いや、そんなはずはない。綾乃……君は必ず僕が助け出してみせる……!」
龍之介の歪んだ決意の表情で引き。



