お狐様は運命の赤い糸を望まない


綾乃「あなたは……一体……」

虎徹「俺は白嵐(びゃくらん)。東のあやかしを束ねる妖狐だ」

龍之介「な……」

綾乃「妖……狐……!?」

綾乃(虎徹さんの正体は、あやかし……。正体を隠して我が家で働いていたということ……? どうして……)

白嵐「綾乃」

ずいと顔を近づける白嵐。

白嵐「俺と来るか? それとも、この牢獄のような家で一生を終えるか」

綾乃「……あ……」

綾乃、半ば放心状態だが、掴まれていない方の手を自然と白嵐の手に重ねてしまう。

白嵐「いいだろう、承知した」

白嵐はニヤリとしてうなずき、綾乃をお姫様抱っこで抱え上げる。

龍之介「まっ、待て!」

龍之介の言葉に振り返る白嵐。

龍之介「綾乃を返せ! 彼女は僕の婚約者だ!」

白嵐「……そんなものがどこにいる? お前の目に映っているのは、ただの『都合のいい道具』じゃないのか」

龍之介「なっ……!」

白嵐「行くぞ」

白嵐は綾乃を抱えたまま外に出て、大きく跳躍する。
満月をバックに二人の影が遠くなり、夜空に消えていく。


場面転換。
霧に覆われた社。いくつもの鳥居をくぐり、綾乃を抱えて歩く白嵐。
綾乃の表情はまだどこか夢見心地のよう。けれど時間経過とともに、少しずつ正気を取り戻す。
だんだん霧が濃くなり、鳥居をすべてくぐり抜けると、目の前に大きな屋敷があらわれる。

綾乃「ここは……」

白嵐「俺たちの住処だ。ここは少しだけ外とは世界のつくりが違っていてな。許可された者しか入れないようになっている」

綾乃「……あの、そんなところに私を連れてきて、良かったのですか」

白嵐、フッと微笑み、綾乃を下ろす。

白嵐「……いずれわかるさ。それよりも疲れたろう。今日はもう休んで、諸々のことは明日話すことにしよう」

綾乃の手を取る白嵐。

綾乃「あ……」

白嵐「ようこそ──我らの屋敷へ」

白嵐、そのまま綾乃とともに中に入っていく。



翌朝。
座布団が敷かれた畳部屋。
向かい合った白嵐と綾乃。
白嵐の傍には黒い毛玉状の小さなあやかしが数体跳ねていて、白嵐はそれを手で撫でている。
その黒い毛玉は、昨夜結界に捕らえられそうになったあやかしのうちの一体。
同じ部屋内には、少し離れて、着流し姿の厳つい風貌の男性(姿は人間だが、正体はカラス天狗のあやかし)が正座で控えている。

白嵐「──つまるところ、俺は捜査のため、お前たちの家に潜入していたんだ」

綾乃「潜入……ですか」

白嵐「お前の婚約者、祇葉龍之介だったか、それからお前の実家である輪堂家は、何やらあやかしに不穏な企てを目論んでいるらしくてな。その詳細を知るために、人間に化けて調査していたのさ」

綾乃「それが……昨日の祝言での、あやかしの捕縛と一掃……」

白嵐「いや、あれはまだ露払いのようなもの。おそらく本命の企てがあるはずだ」

綾乃「えっ」

白嵐「とはいえ、捕らえられた奴らを助けないわけにもいかなかった。だから、不本意ではあるが、正体を明かすことにしたんだ」

毛玉「若様、若様っ、ありがとー!」

優しい笑顔を毛玉に向ける白嵐。
その表情にドキッとなる綾乃。

白嵐「伝七(でんしち)

着流しのあやかし「はっ」

白嵐「少し外してくれるか。こいつらもいっしょに頼む」

伝七「承知しました」

伝七(着流しのあやかし)が、黒い毛玉たちを抱え、部屋を出る。
白嵐、あぐらをかいた足を組みなおし、綾乃を再び見据える。

白嵐「さて、綾乃」

白嵐の視線に、綾乃は少しだけ緊張した表情になる。

白嵐「お前はこれからどうしたい? 俺について来たとはいえ、今ならまだ(かどわ)かされたとして、戻ることもできるだろう。あの家に帰るか? 別に俺は、お前をどうにかするつもりはない」

綾乃「……」

押し黙る綾乃。彼女の脳裏に、両親と龍之介の醜悪な表情と、籠に囚われた自身のイメージがフラッシュバックし、小さく身を震わせる。
続いて、自身の左手の小指を見て、赤い糸が断ち切られたことを思い出す。

綾乃「……幸せとは」

白嵐「うん?」

綾乃「幸せとは、何なのでしょうか。この赤い糸で結ばれた人と一緒になれば……幸せになれるのだと思っていました。その言い伝えは、嘘だったのでしょうか」

白嵐「……さあな」

白嵐、横に置かれた肘置きにもたれかかる。

白嵐「赤い糸の伝承……俺たちあやかしの間でも、そのように伝えられてはいる。だが、実際に何が起きるかというと、結ばれた者の霊力が共有されるとか増幅されるとか……その程度だ。それによって富や権力を手に入れた人間の家もあるようだから……あるいは、それが幸福だとして伝えられてきたのかもしれないな」

綾乃「そんな……」

白嵐「だが、問題はそこじゃない。大事なのは、お前がこの結婚をどう捉えるかだろう。糸でつながったあの男と結婚して、お前は幸せだと思えるのか? そしてそれは、お前自身が自分で決めるしかないことだ」

綾乃「……!」

ハッとする綾乃。
少し考えて、再度質問を投げかける。

綾乃「白嵐さん……は、どうして私をここに連れて来たんですか」

白嵐「……お前に惹かれたから」

綾乃「えっ」

白嵐「欲にまみれた者ばかりのあの家で、お前一人だけが違っていた。清らかで美しい、好ましい女だと思ったからだ」

綾乃「か、からかわないでください!」

綾乃、赤面して動転する。

綾乃「そう思うなら、ご自身に伸びた赤い糸を断ち切ったりはしないでしょう。どうして糸がそちらに向いたのかはわかりませんが……何であれ、そんな嘘には騙されません」

白嵐「……本当にそう思うか?」

綾乃「えっ?」

白嵐「……まあ、俺のことはいい。それよりも、お前はこれからどうしたいかだ。家へ帰り、あの男や親たちに従って暮らすもよし、それ以外の場所で生きるもよし。だが、一つおせっかいを言わせてもらうなら……外の世界を見た後で、進む道を決めるのも……悪くないと俺は思う」

綾乃「……外の……世界……」

白嵐「幸いお前は、あやかしそのものに忌避感があるわけではないようだ。たとえば、ここの者たち……あやかしたちがどう暮らしているかを、一度見てみるといい。生まれも育ちも違う者が、何を考えて暮らしているかをな。きっといい刺激になるはずだ。俺としても、あやかしに理解のある人間が増えることは大歓迎だからな」

綾乃「……」

綾乃、一度うつむき考える。
目を閉じた心の中に浮かぶのは、昨夜の白嵐。

白嵐『──自分の意思で求めろ』

白嵐『──ついて来い。お前に本当の世界を見せてやる』

綾乃(この人は……私を利用したり、騙そうとしているんじゃない。この人は私を──)

それから唇を真一文字に結び、決心したように顔を上げるカットで引き。