<1話冒頭>
輪堂綾乃と祇葉龍之介の祝言の場。
二人の小指につながっている『運命の赤い糸』が、今まさに切断されている。
手刀を振り下ろし、その糸を切ったのは、白銀の妖狐・白嵐。
彼は目に涙をためた綾乃に強い口調で言う。
白嵐「幸せとは、定められた何かじゃない。自分の手でつかみ取るものだ」
白嵐「ついて来い。お前に本当の世界を見せてやる」
<1話本編>
時は巻き戻り、綾乃の実家。輪堂家の勝手口で。
酒屋の従業員1「清酒に醤油に、塩……こちらはいつもの量でよござんすね」
綾乃「あの、すみません。今回はどれも多めでお願いしているのですが」
酒屋の従業員2「あっ、馬鹿。お前、俺が言ったの忘れてるだろ」
酒屋の従業員1「えっ」
戸惑う様子の従業員1。
先輩である従業員2が言う。
酒屋の従業員2「祝言だよ、祝言。今度、こちらの綾乃さんがご結婚なさるんだ。宴会だから、その分、量は増えんだよ」
一礼して帰っていく酒屋の二人。綾乃も会釈で返す。
後ろ姿を映しながら、酒屋二人が会話する。
酒屋の従業員2「お相手は、退魔で有名な祇葉家の跡取り息子の方だそうだ」
酒屋の従業員1「へえぇ……確か輪堂さんの家は、代々続く術士の家系でしたよね。まさに絵に描いたような理想の夫婦ってわけだ。うらやましいなあ」
上記台詞にかぶせながら、どこか浮かない様子の綾乃の顔が映る。
彼女は廊下を歩き、とある部屋の前で止まる。
綾乃「失礼します」
障子を開け、部屋に入る綾乃。畳部屋には彼女の両親と、祇葉龍之介の三人がいる。
龍之介「やぁ、綾乃。お邪魔しているよ」
綾乃「龍之介さん」
綾乃、座りながら怪訝な様子で尋ねる。
綾乃「来てらしたんですか。でも、祝言の予定は、先日決まったはずですよね。今日は何か……?」
龍之介「もちろん、君に会いたかったから」
綾乃「えっ」
龍之介「というのもあるけれど、今後の予定を決めておきたくてね。結婚後の君の勤め先について」
綾乃の父「綾乃。お前は今後、龍之介君と同じ退魔の討伐部隊に入ってもらうことになる」
綾乃「えっ……?」
龍之介「心配しないでいいよ。君のことは僕が守る。この『運命の赤い糸』に誓ってね」
龍之介、右手の小指に巻かれた赤い糸を、胸の前で示す。その糸は綾乃の左手小指につながっている。
ナレーション:
『魑魅魍魎が跋扈するこの世界、人々は異能の力を鍛え、それに対処してきた』
あやかしのシルエットをカットイン。
『ある者は術式と呼ばれる力によって、またある者は武器に霊的な力を乗せることで、人外のあやかしたちに渡り合ってきた』
術式使いのシルエット、刀を持った退魔の軍人のシルエットをカットイン。
『術式を専門とする綾乃の輪堂家、退魔討伐部隊の隊長を務める龍之介の祇葉家。この結婚は、両家を強めるための政略結婚』
綾乃と龍之介の正面絵をカットイン。
『ただ、霊気で結われた赤い糸でつながった男女は、結ばれる運命にあるとも伝えられていた──』
先の二人の正面絵を胸から下へと視線誘導。その小指につながれた赤い糸を映す。
龍之介「綾乃と僕の距離が近づけば、この赤い糸もよりくっきりと見えてくる……。これを見るたびに、君との運命をいつも強く感じるよ」
綾乃「……ありがとうございます。でも、龍之介さんの部隊に入るということは……あやかしたちを殲滅するということですよね」
綾乃の父「綾乃! お前、まだそんなことを言っているのか!」
父の声にビクッと身をわななかせる綾乃。
綾乃「で、ですが、他家ではあやかしと友好的に契約を結び、彼らを使役しているところもあると聞きます。すべてのあやかしたちを滅する必要は──」
龍之介「そんな甘いことを言っていると、いつか足をすくわれるよ」
綾乃「……龍之介さん」
龍之介「いいかい綾乃。経験のない君にはわからないだろうけど、あやかしというのは信用ならない生き物なんだ。奴らは徹底的に排除するか、積極的にこちらから騙すくらいの気概で臨まないといけない。君がそんなことをする必要はないけど……少なくとも、情けをかけたりするのは意味のないことだ」
綾乃「……」
龍之介「本当なら、君に前線になんて立ってほしくない。でも、君の高い霊力は皆のために必要なんだ。だから君にも、同じ考え方でいてもらわないといけない。わかるね?」
綾乃「……はい」
綾乃の母「綾乃、もう下がりなさい。龍之介君のお相手は私たちがしますから」
綾乃「……わかりました。失礼させていただきます」
沈んだ表情で部屋を後にする綾乃。歩きながら一人考える。
綾乃(……龍之介さんの言っていることもわかる。間違っているのは私の方かもしれない。でも、何故だろう……この胸に引っかかる違和感は)
綾乃(……正しいかどうかだけじゃない。何も手ごたえを感じない。どれだけ話しても、彼も父も母も私の話を聞いてくれていない。そんな感覚)
綾乃(陰陽道の名家に生まれ、素敵な婚約者がいて、何も悩むことはないはずなのに……。私、どうしてこんなに心が憂鬱なのかしら)
畳部屋に場面は戻り、龍之介と綾乃の両親の会話。
綾乃の父「……すまないね、龍之介君。どうもあれは嫁としての自覚が足りてないというか……私たちが甘やかしすぎたようだ」
龍之介「いえ、それは構いませんが……とりあえず、祝言の件は、彼女には伏せておいた方がいいでしょうね」
綾乃の母「そうですね。あの子が拒否して計画が駄目にでもなったら、それこそ意味がありませんもの」
綾乃の父「祝言がぶち壊しになることで、あれも多少の衝撃は受けるだろうが……まあ、良い荒療治になるだろう」
悪辣な笑みの三人。
場面転換。
輪堂家の奉公人の少年、虎徹が綾乃の部屋の前で彼女を呼ぶ。
(※虎徹は、綾乃や龍之介よりも3、4歳ほど年下の外見で、色素の薄い髪色)
虎徹「お嬢さん、龍之介さんがお帰りになるそうです」
綾乃「あっ、はい。今行きます」
部屋で生け花をしていた綾乃だが、立ち上がり、障子を開ける。
少し早歩きで玄関に急ぐ綾乃。
しかし、玄関にたどり着くかというところで、バランスを崩してよろめいてしまう。
綾乃「あっ──」
虎徹「おっと」
すぐ後ろにいた虎徹が、一歩前に出て転ぶ前に綾乃を抱きとめる。
龍之介、それを見て激怒する。
龍之介「貴様! 何をやっている!」
ドガッ!
虎徹を殴りつける龍之介。
その勢いで手と片膝が床につく虎徹。しかし、表情を変えず口元を隠し、姿勢を戻す。
綾乃「ま、待ってください、龍之介さん! 彼は私を助けようとしただけで──」
龍之介「どんな理由があろうと、僕の婚約者に僕以外の男が触れることは許されない。ましてやこんな下男が」
綾乃「でも!」
龍之介「……まあいい。ここは綾乃に免じて許してやろう。だが、次はないと思え」
虎徹「……申し訳ございませんでした」
背を向けて去っていく龍之介。
虎徹は感情の読めない表情で頭を下げる。
場面変わって、輪堂家の中庭。
縁側に綾乃は腰掛け、虎徹はその傍に立っている。
綾乃「……ごめんなさいね、虎徹さん。あなたは何も悪くないのに、さっきみたいな仕打ちを……」
虎徹「いえ、お嬢さんがかばってくれたおかげで、折檻も最小限で済みましたし。大したことはないですよ」
まるで気にした様子もない虎徹。
いつの間にか、殴られた跡もなくなっているように見える。
綾乃「……」
綾乃は平然とした様子の虎徹を見て、少し戸惑う。
虎徹「どうかしましたか?」
綾乃「う、ううん……虎徹さんは、あんな目にあっても平気みたいだからすごいなって。私なんか、こんなに恵まれているのに……」
虎徹「何か、心に憂うことでもおありなんですか?」
綾乃、小さくうなずく。
綾乃「どうしてかしら、何故か心が晴れないの。今が一番幸せなはずのに……」
虎徹「……自分の人生を歩んでいる気がしない、ですか? 霧の中で、先の見えない道を歩かされているような」
綾乃、びっくりした様子で虎徹を見上げる。
綾乃「そうなの。……どうしてわかるの?」
虎徹「……そうですね。俺が思うに、それは自分の心で決めていないからだと思いますよ」
綾乃「えっ……?」
虎徹「失礼ながら、あなたはご両親や婚約者に言われたことに従っているだけだ。ご自身の結婚だって、すべて人が決めたこと。だから心が満ち足りないんじゃないでしょうか」
綾乃「……でも、結婚は家どうしのこともあるし……」
綾乃は自身の小指の赤い糸を見る。
指に巻かれた赤い糸は、綾乃から距離が離れるにつれ、見えにくくなっていっている。
(※龍之介と綾乃の距離が近くなれば、つながった状態で見えるが、現在は龍之介は遠くにいるので、糸は徐々に細くなって、途切れているようにしか見えない)
虎徹「結ばれるべき男女をつなぐ、運命の赤い糸……ですか」
綾乃「ええ。この糸に従った結婚なのだから、きっと大丈夫だと思うのだけど……」
虎徹「……本当にそうなんですかね」
綾乃「えっ」
虎徹「すべての男女が幸せになった証拠なんてどこにもない。もしそれが嘘の言い伝えだったらどうするんです」
綾乃「そ、そんなこと」
虎徹「……俺だったら、そんな不確かなものには頼りません。それよりも自分で好きな人を探します。自分の心で選び、決めるんです」
綾乃「自分の、心で……」
虎徹「それなら、たとえ悪い結果になったとしても、少なくとも納得は出来る。自分で決めたことなんですから」
綾乃「……虎徹さんは、強い人なのね」
虎徹「普通ですよ。お嬢さんにだって、それはできると思いますけどね」
綾乃「えっ?」
虎徹「さっきだって、婚約者の方から俺をかばってくれたじゃないですか。あの時、少なくともあなたはご自分で決めて動いたはずです。なら何も心配はいらない。自分の心に従って、自分で決められるはずですよ」
綾乃「……ありがとう」
そして、結婚当日。
祝言の席、紋付き袴姿の龍之介。白無垢姿の綾乃。
上座に座り、参列客も多数参加し、厳かに式は進められる。
しかし突然、まがまがしい気が辺りを覆いつくす。
オオオオオ……
龍之介「……来たか」
綾乃「えっ……?」
低級霊たちが引き寄せられるように屋敷を取り巻く。
だが、あらかじめ貼られていた結界が彼らを阻む。
バチバチッ、バチッ!
低級霊たちは蠅取り紙にかかるように、地面に落ちて動けなくなる。
綾乃(これは……何? どういうこと……?)
ズズズズズ……
小さな霊が集まり、一体の巨人のような形となって龍之介に拳を振り下ろそうとする。
だが、龍之介はそれを刀を持った手で受け止め、巨人を逆に弾き飛ばす。
──ドォン!
龍之介「……すごい……これはすごいぞ! 想像以上だ! 赤い糸による霊力の恩恵がこれほどとは……!」
綾乃(え……?)
龍之介「ははははは! これならどんなあやかしでも殲滅できる! 無敵の力だ!」
綾乃「龍之介さん! どういうことですか! これは一体……!?」
龍之介「すまないな、綾乃。君が嫌がるだろうと思って黙っていたんだが……今日の祝言は、単なる婚礼の儀じゃないんだ」
綾乃「……え」
龍之介「この赤い糸は、どういう原理かわからないが、つながった者どうしの霊力を共有し、増幅させる力がある。実は、僕にはあやかしを誘き出す因子があるんだが、今まではそれを抑えていた。けれど、この赤い糸によって力を強め……一気に解放させてもらったんだよ」
綾乃「な……」
龍之介「男女の結びつきが強まるほど、解放される力は大きくなる。だから、今日の祝言はあやかしを一掃するにはうってつけの場なんだ。そして、今後はこの誘引の力を君に譲渡し、君を囮とさせてもらう。霊的資質は君の方がずっと上だからね。僕は君の霊力を借りて、あやかしたちを殺しつくすよ」
綾乃「あ、あなたは……何を言っているのですか……」
龍之介は混乱する綾乃に背を向け、刀を抜く。
巨大なあやかしの霊が切り裂かれる。
綾乃はそれを止めようとする。この場のあやかしたちは、まだ悪事をはたらいたわけではないからだ。
しかし、綾乃の父が綾乃の肩を掴む。
綾乃「お父様」
綾乃の父「下らん真似はよせ。この婚姻によって、我が家は盤石の体制を手に入れる。お前は黙って彼に従えばいいんだ」
綾乃「そんな……」
綾乃の母「そうですよ。両家に尽くすことが、あなたの生きる道。わきまえなさい」
綾乃「お母様……」
諫める両親。しかし、綾乃の目に、彼らの顔は醜悪なものとして映る。
綾乃(違う……これは)
綾乃は気付く。
綾乃(私は……道具なんだ)
獣をとらえる檻の中に、エサとして置かれた綾乃のイメージカットを挿入。
綾乃(この人たちにとっては、この結婚も、私も、出世や栄達のためのものでしかない)
檻の中の綾乃の背後から腕が伸びて、彼女を拘束する。それらは両親や龍之介の手であるイメージカットを挿入。
綾乃(私は……今まで何をしてきたの。こんなものが幸せだと思っていたの。赤い糸で結ばれた相手となら、幸せになれるのではなかったの。どうして、どうして──)
虎徹「──幸せとは、何だ?」
声が響く。ハッとして顔を上げる綾乃。
いつの間にか、あやかしと龍之介の間に虎徹が立っていた。
しかし、虎徹は龍之介を見ていない。その向こう側の綾乃を見て、彼女に問いかけている。
虎徹「本当の幸せとは何だ? 何をすればそれが得られると思う?」
龍之介「な、なんだ貴様。そこをどけ。さもないと──」
虎徹は龍之介の刀の切っ先に指を添える。すると、触れたところから亀裂が入り、刀は粉々に砕け落ちていく。
龍之介「──なっ!?」
虎徹「幸せとは、定められた何かじゃない。自分の手で、自分の意思で、つかみ取るものだ。そうであれば──こんな糸は牢獄の鎖と変わらない」
そこで虎徹の姿が変化する。その姿は、長身で長い白銀の髪の美青年。腰には九つの大きな白い尾が生えている。
虎徹は綾乃と龍之介がつながっている赤い糸の一部を左手のひらに乗せると、それを右手の手刀で勢いよく断ち切る。
──ザンッ!
綾乃、龍之介「「!?」」
一振りで糸の何か所かの部分が同時に切られ、そして散り散りになって消える。
虎徹「あやかしを誘き出し、結界でとらえたところで一網打尽……なんとも姑息な企てを考えるものだな」
虎徹は龍之介に人差し指を向け、それを下に降ろす。すると、重力に押さえつけられたように龍之介が地面に組み伏せられる。
同時に周囲の結界が解除される。
地面に押さえつけられていた霊たちが解放され、逃げていく。巨大なあやかしの霊も分散して、その場から消える。
そこで、綾乃の指に残っていた赤い糸が、不意にひとりでに動き出す。
さわさわと何かを探し求めるように動き回り、それが伸びて虎徹の小指につながろうとする。
綾乃「えっ……」
戸惑う綾乃。
虎徹、あきれたように小さくため息をつく。
虎徹「鎖と変わらないと言ったはずだが──」
──スパァン!
虎徹、そこで自分に巻き付こうとした赤い糸をも切り裂いてしまう。
その行動に綾乃は瞠目する。
虎徹、しゃがみこんでいた綾乃に近づき、同じ目線で綾乃に言う。
虎徹「だから俺も、こんな糸など御免被る。俺を求めるのなら、自分の意思で求めろ」
綾乃の腕を取る虎徹。強く彼女の身体を引き寄せる。
虎徹「ついてこい。お前に本当の世界を見せてやる」
輪堂綾乃と祇葉龍之介の祝言の場。
二人の小指につながっている『運命の赤い糸』が、今まさに切断されている。
手刀を振り下ろし、その糸を切ったのは、白銀の妖狐・白嵐。
彼は目に涙をためた綾乃に強い口調で言う。
白嵐「幸せとは、定められた何かじゃない。自分の手でつかみ取るものだ」
白嵐「ついて来い。お前に本当の世界を見せてやる」
<1話本編>
時は巻き戻り、綾乃の実家。輪堂家の勝手口で。
酒屋の従業員1「清酒に醤油に、塩……こちらはいつもの量でよござんすね」
綾乃「あの、すみません。今回はどれも多めでお願いしているのですが」
酒屋の従業員2「あっ、馬鹿。お前、俺が言ったの忘れてるだろ」
酒屋の従業員1「えっ」
戸惑う様子の従業員1。
先輩である従業員2が言う。
酒屋の従業員2「祝言だよ、祝言。今度、こちらの綾乃さんがご結婚なさるんだ。宴会だから、その分、量は増えんだよ」
一礼して帰っていく酒屋の二人。綾乃も会釈で返す。
後ろ姿を映しながら、酒屋二人が会話する。
酒屋の従業員2「お相手は、退魔で有名な祇葉家の跡取り息子の方だそうだ」
酒屋の従業員1「へえぇ……確か輪堂さんの家は、代々続く術士の家系でしたよね。まさに絵に描いたような理想の夫婦ってわけだ。うらやましいなあ」
上記台詞にかぶせながら、どこか浮かない様子の綾乃の顔が映る。
彼女は廊下を歩き、とある部屋の前で止まる。
綾乃「失礼します」
障子を開け、部屋に入る綾乃。畳部屋には彼女の両親と、祇葉龍之介の三人がいる。
龍之介「やぁ、綾乃。お邪魔しているよ」
綾乃「龍之介さん」
綾乃、座りながら怪訝な様子で尋ねる。
綾乃「来てらしたんですか。でも、祝言の予定は、先日決まったはずですよね。今日は何か……?」
龍之介「もちろん、君に会いたかったから」
綾乃「えっ」
龍之介「というのもあるけれど、今後の予定を決めておきたくてね。結婚後の君の勤め先について」
綾乃の父「綾乃。お前は今後、龍之介君と同じ退魔の討伐部隊に入ってもらうことになる」
綾乃「えっ……?」
龍之介「心配しないでいいよ。君のことは僕が守る。この『運命の赤い糸』に誓ってね」
龍之介、右手の小指に巻かれた赤い糸を、胸の前で示す。その糸は綾乃の左手小指につながっている。
ナレーション:
『魑魅魍魎が跋扈するこの世界、人々は異能の力を鍛え、それに対処してきた』
あやかしのシルエットをカットイン。
『ある者は術式と呼ばれる力によって、またある者は武器に霊的な力を乗せることで、人外のあやかしたちに渡り合ってきた』
術式使いのシルエット、刀を持った退魔の軍人のシルエットをカットイン。
『術式を専門とする綾乃の輪堂家、退魔討伐部隊の隊長を務める龍之介の祇葉家。この結婚は、両家を強めるための政略結婚』
綾乃と龍之介の正面絵をカットイン。
『ただ、霊気で結われた赤い糸でつながった男女は、結ばれる運命にあるとも伝えられていた──』
先の二人の正面絵を胸から下へと視線誘導。その小指につながれた赤い糸を映す。
龍之介「綾乃と僕の距離が近づけば、この赤い糸もよりくっきりと見えてくる……。これを見るたびに、君との運命をいつも強く感じるよ」
綾乃「……ありがとうございます。でも、龍之介さんの部隊に入るということは……あやかしたちを殲滅するということですよね」
綾乃の父「綾乃! お前、まだそんなことを言っているのか!」
父の声にビクッと身をわななかせる綾乃。
綾乃「で、ですが、他家ではあやかしと友好的に契約を結び、彼らを使役しているところもあると聞きます。すべてのあやかしたちを滅する必要は──」
龍之介「そんな甘いことを言っていると、いつか足をすくわれるよ」
綾乃「……龍之介さん」
龍之介「いいかい綾乃。経験のない君にはわからないだろうけど、あやかしというのは信用ならない生き物なんだ。奴らは徹底的に排除するか、積極的にこちらから騙すくらいの気概で臨まないといけない。君がそんなことをする必要はないけど……少なくとも、情けをかけたりするのは意味のないことだ」
綾乃「……」
龍之介「本当なら、君に前線になんて立ってほしくない。でも、君の高い霊力は皆のために必要なんだ。だから君にも、同じ考え方でいてもらわないといけない。わかるね?」
綾乃「……はい」
綾乃の母「綾乃、もう下がりなさい。龍之介君のお相手は私たちがしますから」
綾乃「……わかりました。失礼させていただきます」
沈んだ表情で部屋を後にする綾乃。歩きながら一人考える。
綾乃(……龍之介さんの言っていることもわかる。間違っているのは私の方かもしれない。でも、何故だろう……この胸に引っかかる違和感は)
綾乃(……正しいかどうかだけじゃない。何も手ごたえを感じない。どれだけ話しても、彼も父も母も私の話を聞いてくれていない。そんな感覚)
綾乃(陰陽道の名家に生まれ、素敵な婚約者がいて、何も悩むことはないはずなのに……。私、どうしてこんなに心が憂鬱なのかしら)
畳部屋に場面は戻り、龍之介と綾乃の両親の会話。
綾乃の父「……すまないね、龍之介君。どうもあれは嫁としての自覚が足りてないというか……私たちが甘やかしすぎたようだ」
龍之介「いえ、それは構いませんが……とりあえず、祝言の件は、彼女には伏せておいた方がいいでしょうね」
綾乃の母「そうですね。あの子が拒否して計画が駄目にでもなったら、それこそ意味がありませんもの」
綾乃の父「祝言がぶち壊しになることで、あれも多少の衝撃は受けるだろうが……まあ、良い荒療治になるだろう」
悪辣な笑みの三人。
場面転換。
輪堂家の奉公人の少年、虎徹が綾乃の部屋の前で彼女を呼ぶ。
(※虎徹は、綾乃や龍之介よりも3、4歳ほど年下の外見で、色素の薄い髪色)
虎徹「お嬢さん、龍之介さんがお帰りになるそうです」
綾乃「あっ、はい。今行きます」
部屋で生け花をしていた綾乃だが、立ち上がり、障子を開ける。
少し早歩きで玄関に急ぐ綾乃。
しかし、玄関にたどり着くかというところで、バランスを崩してよろめいてしまう。
綾乃「あっ──」
虎徹「おっと」
すぐ後ろにいた虎徹が、一歩前に出て転ぶ前に綾乃を抱きとめる。
龍之介、それを見て激怒する。
龍之介「貴様! 何をやっている!」
ドガッ!
虎徹を殴りつける龍之介。
その勢いで手と片膝が床につく虎徹。しかし、表情を変えず口元を隠し、姿勢を戻す。
綾乃「ま、待ってください、龍之介さん! 彼は私を助けようとしただけで──」
龍之介「どんな理由があろうと、僕の婚約者に僕以外の男が触れることは許されない。ましてやこんな下男が」
綾乃「でも!」
龍之介「……まあいい。ここは綾乃に免じて許してやろう。だが、次はないと思え」
虎徹「……申し訳ございませんでした」
背を向けて去っていく龍之介。
虎徹は感情の読めない表情で頭を下げる。
場面変わって、輪堂家の中庭。
縁側に綾乃は腰掛け、虎徹はその傍に立っている。
綾乃「……ごめんなさいね、虎徹さん。あなたは何も悪くないのに、さっきみたいな仕打ちを……」
虎徹「いえ、お嬢さんがかばってくれたおかげで、折檻も最小限で済みましたし。大したことはないですよ」
まるで気にした様子もない虎徹。
いつの間にか、殴られた跡もなくなっているように見える。
綾乃「……」
綾乃は平然とした様子の虎徹を見て、少し戸惑う。
虎徹「どうかしましたか?」
綾乃「う、ううん……虎徹さんは、あんな目にあっても平気みたいだからすごいなって。私なんか、こんなに恵まれているのに……」
虎徹「何か、心に憂うことでもおありなんですか?」
綾乃、小さくうなずく。
綾乃「どうしてかしら、何故か心が晴れないの。今が一番幸せなはずのに……」
虎徹「……自分の人生を歩んでいる気がしない、ですか? 霧の中で、先の見えない道を歩かされているような」
綾乃、びっくりした様子で虎徹を見上げる。
綾乃「そうなの。……どうしてわかるの?」
虎徹「……そうですね。俺が思うに、それは自分の心で決めていないからだと思いますよ」
綾乃「えっ……?」
虎徹「失礼ながら、あなたはご両親や婚約者に言われたことに従っているだけだ。ご自身の結婚だって、すべて人が決めたこと。だから心が満ち足りないんじゃないでしょうか」
綾乃「……でも、結婚は家どうしのこともあるし……」
綾乃は自身の小指の赤い糸を見る。
指に巻かれた赤い糸は、綾乃から距離が離れるにつれ、見えにくくなっていっている。
(※龍之介と綾乃の距離が近くなれば、つながった状態で見えるが、現在は龍之介は遠くにいるので、糸は徐々に細くなって、途切れているようにしか見えない)
虎徹「結ばれるべき男女をつなぐ、運命の赤い糸……ですか」
綾乃「ええ。この糸に従った結婚なのだから、きっと大丈夫だと思うのだけど……」
虎徹「……本当にそうなんですかね」
綾乃「えっ」
虎徹「すべての男女が幸せになった証拠なんてどこにもない。もしそれが嘘の言い伝えだったらどうするんです」
綾乃「そ、そんなこと」
虎徹「……俺だったら、そんな不確かなものには頼りません。それよりも自分で好きな人を探します。自分の心で選び、決めるんです」
綾乃「自分の、心で……」
虎徹「それなら、たとえ悪い結果になったとしても、少なくとも納得は出来る。自分で決めたことなんですから」
綾乃「……虎徹さんは、強い人なのね」
虎徹「普通ですよ。お嬢さんにだって、それはできると思いますけどね」
綾乃「えっ?」
虎徹「さっきだって、婚約者の方から俺をかばってくれたじゃないですか。あの時、少なくともあなたはご自分で決めて動いたはずです。なら何も心配はいらない。自分の心に従って、自分で決められるはずですよ」
綾乃「……ありがとう」
そして、結婚当日。
祝言の席、紋付き袴姿の龍之介。白無垢姿の綾乃。
上座に座り、参列客も多数参加し、厳かに式は進められる。
しかし突然、まがまがしい気が辺りを覆いつくす。
オオオオオ……
龍之介「……来たか」
綾乃「えっ……?」
低級霊たちが引き寄せられるように屋敷を取り巻く。
だが、あらかじめ貼られていた結界が彼らを阻む。
バチバチッ、バチッ!
低級霊たちは蠅取り紙にかかるように、地面に落ちて動けなくなる。
綾乃(これは……何? どういうこと……?)
ズズズズズ……
小さな霊が集まり、一体の巨人のような形となって龍之介に拳を振り下ろそうとする。
だが、龍之介はそれを刀を持った手で受け止め、巨人を逆に弾き飛ばす。
──ドォン!
龍之介「……すごい……これはすごいぞ! 想像以上だ! 赤い糸による霊力の恩恵がこれほどとは……!」
綾乃(え……?)
龍之介「ははははは! これならどんなあやかしでも殲滅できる! 無敵の力だ!」
綾乃「龍之介さん! どういうことですか! これは一体……!?」
龍之介「すまないな、綾乃。君が嫌がるだろうと思って黙っていたんだが……今日の祝言は、単なる婚礼の儀じゃないんだ」
綾乃「……え」
龍之介「この赤い糸は、どういう原理かわからないが、つながった者どうしの霊力を共有し、増幅させる力がある。実は、僕にはあやかしを誘き出す因子があるんだが、今まではそれを抑えていた。けれど、この赤い糸によって力を強め……一気に解放させてもらったんだよ」
綾乃「な……」
龍之介「男女の結びつきが強まるほど、解放される力は大きくなる。だから、今日の祝言はあやかしを一掃するにはうってつけの場なんだ。そして、今後はこの誘引の力を君に譲渡し、君を囮とさせてもらう。霊的資質は君の方がずっと上だからね。僕は君の霊力を借りて、あやかしたちを殺しつくすよ」
綾乃「あ、あなたは……何を言っているのですか……」
龍之介は混乱する綾乃に背を向け、刀を抜く。
巨大なあやかしの霊が切り裂かれる。
綾乃はそれを止めようとする。この場のあやかしたちは、まだ悪事をはたらいたわけではないからだ。
しかし、綾乃の父が綾乃の肩を掴む。
綾乃「お父様」
綾乃の父「下らん真似はよせ。この婚姻によって、我が家は盤石の体制を手に入れる。お前は黙って彼に従えばいいんだ」
綾乃「そんな……」
綾乃の母「そうですよ。両家に尽くすことが、あなたの生きる道。わきまえなさい」
綾乃「お母様……」
諫める両親。しかし、綾乃の目に、彼らの顔は醜悪なものとして映る。
綾乃(違う……これは)
綾乃は気付く。
綾乃(私は……道具なんだ)
獣をとらえる檻の中に、エサとして置かれた綾乃のイメージカットを挿入。
綾乃(この人たちにとっては、この結婚も、私も、出世や栄達のためのものでしかない)
檻の中の綾乃の背後から腕が伸びて、彼女を拘束する。それらは両親や龍之介の手であるイメージカットを挿入。
綾乃(私は……今まで何をしてきたの。こんなものが幸せだと思っていたの。赤い糸で結ばれた相手となら、幸せになれるのではなかったの。どうして、どうして──)
虎徹「──幸せとは、何だ?」
声が響く。ハッとして顔を上げる綾乃。
いつの間にか、あやかしと龍之介の間に虎徹が立っていた。
しかし、虎徹は龍之介を見ていない。その向こう側の綾乃を見て、彼女に問いかけている。
虎徹「本当の幸せとは何だ? 何をすればそれが得られると思う?」
龍之介「な、なんだ貴様。そこをどけ。さもないと──」
虎徹は龍之介の刀の切っ先に指を添える。すると、触れたところから亀裂が入り、刀は粉々に砕け落ちていく。
龍之介「──なっ!?」
虎徹「幸せとは、定められた何かじゃない。自分の手で、自分の意思で、つかみ取るものだ。そうであれば──こんな糸は牢獄の鎖と変わらない」
そこで虎徹の姿が変化する。その姿は、長身で長い白銀の髪の美青年。腰には九つの大きな白い尾が生えている。
虎徹は綾乃と龍之介がつながっている赤い糸の一部を左手のひらに乗せると、それを右手の手刀で勢いよく断ち切る。
──ザンッ!
綾乃、龍之介「「!?」」
一振りで糸の何か所かの部分が同時に切られ、そして散り散りになって消える。
虎徹「あやかしを誘き出し、結界でとらえたところで一網打尽……なんとも姑息な企てを考えるものだな」
虎徹は龍之介に人差し指を向け、それを下に降ろす。すると、重力に押さえつけられたように龍之介が地面に組み伏せられる。
同時に周囲の結界が解除される。
地面に押さえつけられていた霊たちが解放され、逃げていく。巨大なあやかしの霊も分散して、その場から消える。
そこで、綾乃の指に残っていた赤い糸が、不意にひとりでに動き出す。
さわさわと何かを探し求めるように動き回り、それが伸びて虎徹の小指につながろうとする。
綾乃「えっ……」
戸惑う綾乃。
虎徹、あきれたように小さくため息をつく。
虎徹「鎖と変わらないと言ったはずだが──」
──スパァン!
虎徹、そこで自分に巻き付こうとした赤い糸をも切り裂いてしまう。
その行動に綾乃は瞠目する。
虎徹、しゃがみこんでいた綾乃に近づき、同じ目線で綾乃に言う。
虎徹「だから俺も、こんな糸など御免被る。俺を求めるのなら、自分の意思で求めろ」
綾乃の腕を取る虎徹。強く彼女の身体を引き寄せる。
虎徹「ついてこい。お前に本当の世界を見せてやる」



