言の葉はさよならまでの栞

「心当たりがあるんですね」

「……ええ。あります。私、紫音にも宏樹にもずっと素直になれなくて、自分のことばかりで何も——」

 うっ、と言葉を詰まらせる言音に、ハルサカは容赦なく続ける。

「生きている頃、愛する人に本心を伝えられなかったのは、〝 いつか言えばいい〟〝いつでも言えるからいいや〟と後回しにしてきたからやないですか? でもその〝いつか〟はもうやってこない。あなたは死んで、言葉は失われてしまったから」

 ハルサカの言うことがもっともすぎて、言音の心がくしゃりと泣いた。

「それでも」

 ずっと、ハルサカから責められているような心地がしていた言音は、続く彼の言葉にはっと耳を傾ける。

「こうして現世に戻るチャンスに恵まれているなら、言葉じゃなくても伝えられることがあるんとちゃいますかね」

「言葉じゃなくても伝えられること……?」

「そうです。だってよく考えてみてください。花音さんは言葉を喋れない赤ん坊ですけど、あなたはちゃんと、花音さんから愛情を受け取っていたのではないですか?」

「……あ」

 言音の頭の中で、生きていた頃に花音がきゃっきゃっと自分に笑いかけてくれた映像がフラッシュバックした。
 それから、寝転んでじっと言音を見つめるつぶらな瞳も。
 言音が「いないいないばあ」とすると、満面の笑みを浮かべてくれたことも。
 花音が自分に向けてくれていたのは、間違いなく愛情だった。
 言葉が喋れなくても、彼女は全身全霊で言音に「大好き」と伝えてくれていたのだ。

「思い出しましたか?」

「はい。私はちゃんと、花音の気持ちを受け取っていました。泣いたり笑ったりする花音から、まるで言葉が聞こえてくるみたいに」

 言音がそう呟くと、ハルサカの眉尻が下がり、孫を見つめる優しいおじいさんのような顔つきになった。

「良かったです。あなたがちゃんと、愛する人から愛されていることを思い出してくれて。それではもう一度確認しますね。本当に現世に戻ることをやめてもいいですか?」

「いいえ。やめたくないです。まだ時間は残っていますよね? 納得いくまで家族と向き合いたい」

 言音が今、心に抱いている激情を、まっすぐにハルサカに伝えた。
 言音の気持ちを聞いたハルサカが、力強く頷く。

「分かりました。それでは内海言音さん、残りの時間はきっかり四十八時間です。いってらっしゃい」

 ハルサカが快く送り出してくれると同時に、言音の視界を覆っていた本棚とそこにびっしりと詰まっている本の風
景が渦を巻くようにぐにゃりと歪む。
 前回と同じように視界が真っ白になって、気づいた時には目の前の風景が何も見えなくなった。