違う。あれは、隼人の誘いに乗ったというわけではない。
隼人があんまり強引で、紬の手を引いていくから。
ただ勢いに乗せられて断れなかっただけだ。
でも結果的に、紬はまたマネージャーとしてバスケと関われるようになって、隼人に恋をした。最初はバスケができなくて悔しいという思いもあったけれど、だんだんとマネージャーとしてチームメイトをサポートするのが楽しくなっていった。
なにより、隼人の笑顔を一番近くで見ていたかった。
「紬にも笑顔が戻るようになって、やっぱり紬のことが好きだなって思った。でもこの気持ちをずっと伝えられなかったんだ。伝えられないまま、紬は逝っちまった……」
隼人の言葉が、急に湿り気を帯びた。鎮痛な面持ちに、紬ははっと胸を揺らす。
(隼人も、後悔していたんだ)
紬だけじゃなかった。
隼人も自分の気持ちを紬に伝えられなかったことをずっと悔いていた。
そうと分かって、紬は初めて胸の痛みが自分だけのものじゃないと悟った。
「にゃおん」
気がつけば紬は、椅子からぴょんと勢いよく飛び降りていた。
「おもち、どうした?」
不思議そうな隼人の声を背中で受け止めて、紬はダッシュで駆け出した。
お別れの時まで時間がない。
橙色の空が、紺青色の空へと移り変わっていく。グラデーションの下、紬はコスモスの丘を駆け降りて、必死に走った。
「おい、待てよっ!」
隼人が後ろから追いかけてくるのが分かる。けれど、紬は振り返らない。
身体の一番深いところから湧き上がってくるこの気持ちを、隼人にぶつけなければあの世へ逝けない気がするのだ。
紬は、周囲の花壇を見回しながら走った。
違う、この花じゃない。これも違う。これじゃない。こっちの花は——。
頭の中で、入院中にずっと読んでいた『季節の花辞典』のページを捲り続ける。九月下旬。九月下旬の花で、隼人に見せたい花——。
「にゃあ!」
白と、ピンクと、紫と。
ぽわんと丸くて小さな花を咲かせたその花——千日紅の前で、ぴたりと足を止めた。荒い息を整えて千日紅が咲き乱れる花壇を見つめる。簡単にドライフラワーになるその花は、誰もが一度は目にしたことがあるような花だろう。
(これだ……これがあれば)
伝えられるかもしれない。
ハルサカが言っていた。言葉を喋れなくても、気持ちを伝えられるのだと。
隼人に伝えたい。
この気持ちを、隼人に伝えなくちゃいけない。
強い想いが、紬を動かしたのだ。
「おもちーっ! そんなところにいたのかっ」
肩で息をしながら、立ち止まっている紬の元に、ようやく隼人が追いついた。隼人の呼吸音が耳を撫で、隼人の生命を一番近くで感じた。これが最後かもしれないと思うと、言葉では言い表せない感情に支配された。
「この花が気になるのか?」
「みー」
「えっと、〝センニチコウ〟って書いてあるな」
花の名前が書かれた札を見ながら、隼人が「可愛い花だな」と笑う。
「おもちに似合いそう。百日紅も似合ってるけどな」
隼人が、つむぎの頭をわしゃわしゃと撫でる。隼人の伸びた腕の先に広がる空が、いよいよ暗く沈んでいっていた。
「にゃあ、にゃあ」
紬は必死に隼人に語りかける。
どうか気づいて。
私が言いたいことに、どうか——。
瞳を大きく開き、乾いて涙が出そうなほど隼人を見つめる。
「ん、どうした? 何か言ってるな?」
「にゃおん!」
一際大きく鳴いた。
紬のただならぬ気配に、隼人も何かを感じ取ってくれたのか、「もしかして」と視線を千日紅へと移す。
「この花のことを調べてほしい、とか?」
「にゃん!」
「よっしゃ。調べてやるよ。えっと」
隼人が紬の頭から手を離し、ポケットからスマホを取り出して、千日紅について調べ始めた。
隼人があんまり強引で、紬の手を引いていくから。
ただ勢いに乗せられて断れなかっただけだ。
でも結果的に、紬はまたマネージャーとしてバスケと関われるようになって、隼人に恋をした。最初はバスケができなくて悔しいという思いもあったけれど、だんだんとマネージャーとしてチームメイトをサポートするのが楽しくなっていった。
なにより、隼人の笑顔を一番近くで見ていたかった。
「紬にも笑顔が戻るようになって、やっぱり紬のことが好きだなって思った。でもこの気持ちをずっと伝えられなかったんだ。伝えられないまま、紬は逝っちまった……」
隼人の言葉が、急に湿り気を帯びた。鎮痛な面持ちに、紬ははっと胸を揺らす。
(隼人も、後悔していたんだ)
紬だけじゃなかった。
隼人も自分の気持ちを紬に伝えられなかったことをずっと悔いていた。
そうと分かって、紬は初めて胸の痛みが自分だけのものじゃないと悟った。
「にゃおん」
気がつけば紬は、椅子からぴょんと勢いよく飛び降りていた。
「おもち、どうした?」
不思議そうな隼人の声を背中で受け止めて、紬はダッシュで駆け出した。
お別れの時まで時間がない。
橙色の空が、紺青色の空へと移り変わっていく。グラデーションの下、紬はコスモスの丘を駆け降りて、必死に走った。
「おい、待てよっ!」
隼人が後ろから追いかけてくるのが分かる。けれど、紬は振り返らない。
身体の一番深いところから湧き上がってくるこの気持ちを、隼人にぶつけなければあの世へ逝けない気がするのだ。
紬は、周囲の花壇を見回しながら走った。
違う、この花じゃない。これも違う。これじゃない。こっちの花は——。
頭の中で、入院中にずっと読んでいた『季節の花辞典』のページを捲り続ける。九月下旬。九月下旬の花で、隼人に見せたい花——。
「にゃあ!」
白と、ピンクと、紫と。
ぽわんと丸くて小さな花を咲かせたその花——千日紅の前で、ぴたりと足を止めた。荒い息を整えて千日紅が咲き乱れる花壇を見つめる。簡単にドライフラワーになるその花は、誰もが一度は目にしたことがあるような花だろう。
(これだ……これがあれば)
伝えられるかもしれない。
ハルサカが言っていた。言葉を喋れなくても、気持ちを伝えられるのだと。
隼人に伝えたい。
この気持ちを、隼人に伝えなくちゃいけない。
強い想いが、紬を動かしたのだ。
「おもちーっ! そんなところにいたのかっ」
肩で息をしながら、立ち止まっている紬の元に、ようやく隼人が追いついた。隼人の呼吸音が耳を撫で、隼人の生命を一番近くで感じた。これが最後かもしれないと思うと、言葉では言い表せない感情に支配された。
「この花が気になるのか?」
「みー」
「えっと、〝センニチコウ〟って書いてあるな」
花の名前が書かれた札を見ながら、隼人が「可愛い花だな」と笑う。
「おもちに似合いそう。百日紅も似合ってるけどな」
隼人が、つむぎの頭をわしゃわしゃと撫でる。隼人の伸びた腕の先に広がる空が、いよいよ暗く沈んでいっていた。
「にゃあ、にゃあ」
紬は必死に隼人に語りかける。
どうか気づいて。
私が言いたいことに、どうか——。
瞳を大きく開き、乾いて涙が出そうなほど隼人を見つめる。
「ん、どうした? 何か言ってるな?」
「にゃおん!」
一際大きく鳴いた。
紬のただならぬ気配に、隼人も何かを感じ取ってくれたのか、「もしかして」と視線を千日紅へと移す。
「この花のことを調べてほしい、とか?」
「にゃん!」
「よっしゃ。調べてやるよ。えっと」
隼人が紬の頭から手を離し、ポケットからスマホを取り出して、千日紅について調べ始めた。



