言の葉はさよならまでの栞

「なあ、どこに行くんだ?」

 隼人の純粋な疑問に答えることなく、校門を出てずんずん進む。早坂高校は坂道の途中にあり、坂道を下りたほう
に街が広がっているのだが、今日は坂道を上っていく。

「もしかしてお前、『みどりヶ丘公園』に行こうとしてる?」

「みぃ」

「そうか。久しぶりだし、いいね。楽しくなってきた」

 紬の真意に気づいた隼人が、ニカッと白い歯を見せて笑った。
 みどりヶ丘公園とは、早坂高校の前の坂道を上った先の丘にある公園のことだ。百円で入場できる、やや大きめの公園。季節の花が植えられていて、ちょっとした散歩にはもってこいの場所だ。
 高校から近すぎて、逆に頻繁に訪れることはなかったけれど、隼人とは何度か行ったことがあった。

「今日のおもち、なんか勇ましいな。紬みたい」

にゃ()⁉︎」

 紬は、素っ頓狂な鳴き声を上げる。

「自分が信じる道をどんどん進んでいくの。紬もそういうやつだったからさ」

「……」

 隼人のイメージの中の紬と、紬自身が感じている自分はやっぱり全然違うように感じた。
 でも、確かにと思うところもある。
 一度こうと決めたら譲らない、頑固なところが紬にはあるから。
 生前、隼人に気持ちを伝えなかったのもそういう紬の性格のせいだ。

「そろそろ『みどりヶ丘公園』に着くぞ」

 上り坂で、隼人は息が荒くなっていたけれど、それでも楽しそうに頬を綻ばせた。みどりヶ丘公園の入り口にたどり着くと、早速季節の花々が紬たちを迎えてくれた。
 隼人が百円でチケットを買って中へと入っていく。こういう公園にしては珍しく、閉園時間は十九時と長い。平日のこの時間帯なので、人気はあまりなかった。 
 前に来た時よりもとても広く感じられるのは、紬が猫になったからだろう。
 花の種類ごとにエリアが分かれていて、海辺を臨む北端の場所にはコスモス畑が広がっている。今の時期だと、コスモスエリアが一番盛況なことだろう。

「なあ、コスモス見に行かね?」

「にゃん!」

 紬と同じことを考えていたのか、隼人の提案に紬は笑顔で同意した。

「いい匂いするなぁ。金木犀か」

 隼人の言う通り、園内は金木犀の甘い香りで満ちていた。木々たちの葉が風に乗ってさわさわと踊る。頭上でカラスがカァと鳴き声をあげて飛んでいく。コスモスエリアまでの道にも、花壇には色とりどりの秋の花が植えられていて、紬と隼人が進んでいく道を歓迎してくれているみたいだった。

「紬は花に詳しかったんだよ。入院している間に図鑑をたくさん読んだんだって。勉強熱心なところもあいつらし
い」

「にぃ」

 違う。勉強熱心だったわけじゃない。入院中、気を紛らわせたかっただけだ。少しでも余白の時間があると、いやでも余命のことを考えてしまうから——と紬は心の中で抗議した。でも、褒められて嫌な気はしなかった。

「病気になっちまっても、俺の中で紬はずっと紬だった。へこたれずに治療も頑張ってた。あいつはすげえやつなん
だ」

「みぃ……」

 隼人はお世辞を言うような人ではない。特に、本人が目の前にいないにも関わらず、誰かのお世辞を言うなんて考
えられない。
 紬は心臓の音がとくりとくりと速くなっていくのを感じた。

「あ、潮風——」

 ふいに隼人が前を向く。喋りながら歩いていたので、すぐ近くにコスモスエリアが迫っていることに気づかなかった。コスモスエリアから海が見渡せるので、この辺まで来ると紬も確かに潮風を感じた。

「行こうぜ!」

 上り坂を、隼人が駆けていく。紬もぴょんぴょんと跳ねるようにして追いかける。高い位置に広がっているコスモスエリアに着くと、濃淡が様々のピンクのコスモス、白のコスモスを手前に、視界の奥には海が広がっていた。
 夕焼けに染まるコスモスが可憐に花を揺らす。紬たちが来てくれて嬉しいと笑っているようで、思わず紬も笑みがこぼれた。

「うわー! やっぱりここ最高だな! 風が気持ち良いし、景色もいい」

 風が、隼人の前髪をサーッと掻き上げておでこを剥き出しにする。

「みぃ〜〜」

 紬も、全身に感じる潮風と秋の気配に淋しさと喜びを覚えた。

「あっちに椅子があるから座ろうぜ」

 海が見える位置に、何台か長椅子が設置されているのを隼人が指差した。
 一人と一匹でちょこんと椅子に腰掛ける。
 この場所はかつて、隼人と紬が一緒に座った場所だった。

「久しぶりにここ来たけどさ、やっぱり綺麗な景色や花を見ると心洗われるよな」

 かつて、隼人と土日の部活終わりにこの場所に訪れたことを思い出す。部のみんなで来ても良かったんだけど、紬は隼人と二人でいる時間が好きだった。だから紬のほうから誘ったのだ。