言の葉はさよならまでの栞

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 秋の午後、突き抜けるような晴天の空の下で、紬は再び意識を取り戻す。先ほど紬が「『言の葉書房』に戻りたい」と願った場所にいた。
 時間も、たいして進んではいなさそうだ。
 周囲に隼人も暦もいない。そろりと草むらを抜けて部室の扉の前に立ってみたが、中にも二人がいるような気配はなかった。
 どこにいったんだろう——と考えていたところへ、頭上からチャイムが降り注ぐ。

(昼休みが終わったんだ)

 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったということは、隼人たちは今、校舎の中だろう。
 さすがに、校舎の中に入るわけにはいかない。
 少し考えた後、紬は校内を後にして自宅のほうへと向かって行った。


 家族に会いたいと思ったわけではない。そりゃ、会えるなら会ってみたいと思うものの、正直家族の顔を見るのは怖かった。
 紬が死んでから四十九日が過ぎているとはいえ、両親はまだ、紬を失った悲しみの最中にいるかもしれない。そう思うと、家族に会うのは隼人に会う以上に覚悟が必要だった。

(懐かしい……なあ)

 高校から徒歩二十分のところにある葉山家だが、猫の足で歩くと倍以上時間がかかった。
 住宅街の一角に現れた焦茶色の壁の一軒家を見上げて、紬は熱い気持ちが込み上げてくる。
 ただいま、と玄関を開けて入っても全然違和感はないはずなのに。
 今、紬にとっては葉山家の玄関扉の向こう側がとても遠い場所に感じられる。
 平日の昼間のこの時間、両親は仕事で家を不在にしている。兄弟のいない紬にとって家族はたった二人だけだ。
 その二人が、一人娘を失って悲しみに暮れている姿を想像するだけで、胸が引きちぎられそうになった。

(あ、そうだ)

 二人には会えないけれど、紬は二人にちょっとしたプレゼントを思いついた。
 一度自宅から離れて、住宅街を歩いていく。知らない人の家の塀の壁を歩いたり、壁の隙間を歩いたり、猫しか歩けない道を歩いてみた。

(一度やってみたかったんだよね、これ)

 人間の姿では歩けない道を歩きながら、ちょっとだけ楽しくなってくる。
 鼻歌を歌ってみると、「くうぅぅぅん」という鳴き声しか出てこなくて、それもまたおかしかった。
 現世に戻って来たから、初めて楽しい気分になっている。
 人にプレゼントを贈ろうという気持ちがそうさせているのだろうな、と紬はほっこりとした気分に浸った。
 しばらく歩くと、住宅街の中にある公園にたどり着いた。何の変哲もない、滑り台やブランコが設置されている公園。紬も小学生の頃よく遊んでいた。
 その公園には、外周に桜やイチョウなど、いろんな木が植えられていた。

(この時期だと……あ、やっぱりあった)

 レースのようなピンク色の花が少しだけ咲いている木がある。ほとんどの花がすでに落ちていて、地面には桃色の絨毯が敷かれていた。
 百日紅(さるすべり)だ。
 花言葉は確か、「雄弁」とか「あなたを信じる」だったっけ。
 紬は入院期間中に何度も読んだ『季節の花辞典』を思い出す。その本に、季節ごとの花の名前、特徴、花言葉が載っていたので、同級生の中ではかなり花に詳しいほうだろう。
 百日紅は、七月から九月にかけて、百日間ほど咲き続けることからその名前がつけられた。九月下旬のこの時期、ほとんど散ってしまったその可愛らしい花には濃いピンクや薄いピンク、白というように、桜のような色のバリエーションがあった。
 紬はその散ってしまった花をいくつか口に咥えて、再び来た道を歩き出す。普通に歩道を歩けばものの数分で自宅にたどり着いた。

(これでよし、と)

 玄関の前に持って来た百日紅の花を置いた。まだ散ったばかりらしいその花は鮮やかな薄桃色をしていた。
 さらに再び公園に戻ると、同じように百日紅の花を抱えて自宅に戻り、玄関に置いていく。
 何十回も繰り返していると、自宅の玄関の前に百日紅の絨毯ができた。

(ふふ。お母さん、喜ぶかな)

 紬に負けず劣らず、母親も花が好きなのだ。
 というより、母親の花好きが紬に受け継がれたと言っても過言ではない。お見舞いの際に、『季節の花辞典』を持ってきたのも紬の母親だった。
 なんだかいいことをした、という気分に浸りながら、気がつけばすでに夕方を迎えていることに気づく。 
 どうやら、かなり夢中になって花を集めていたらしい。
 紬は満足したまま自宅の前を後にするのだった。