「あれ……隼人先輩?」
突如、隼人の背後から飛んできた声に、紬と隼人は同時に肩を揺らした。
扉が開く音が聞こえなくて、いつのまにか部室の入り口に秋山暦が立っていた。
「秋山、いたのか。よう」
「こんにちは。奇遇ですね!」
同じ部活なんだから奇遇もなにもないだろうと紬は思ったのだが、にこやかに手を振る暦が可愛らしくて、不覚に
もきゅんとしてしまう。
「何しに来たの?」
「先輩に会いに来たんですよ」
嘘か本当か分からない即行の返しに、隼人の口元が自然と緩む。
「隼人先輩が昼休みに頻繁に部室に来てるって、部長から聞いたんです」
「木山から? なんでそんな話になったの?」
「それは、秘密です」
口元に人差し指を押し当てて答える暦は、自分を魅せるということが分かっている賢い女の子だと紬は感じた。
「ふうん。ま、細かいことはどうでもいっか。おもちもいるし、みんなで話すか?」
「はい、ぜひ」
隼人が〝二人で〟ではなく、〝みんなで〟と言ったのには彼なりの意図があるような気がしたのだけれど、猫の紬には彼の真意を尋ねることができない。
暦が、ごく自然な動作で隼人の隣に座り込む。
隼人は、まんざらでもなさそうに——なんならちょっと嬉しそうに、微笑んだ。
「あたしが来て嬉しいですか?」
紬が感じたことを暦も同じように感じたのか、いたずらっ子の笑みを浮かべて隼人に尋ねた。
隼人は一瞬、目を大きく膨らませたが、すぐに目を細めて息を吐き出した。
「そりゃ、嬉しい。一人より二人のほうが断然楽しいし」
隼人の心の声を聞いて、紬は胸がしゅっと湿り気を帯びるのを感じた。
昼休みの部室は、隼人と紬だけの場所だった。
そして、隼人の隣には紬の特等席で——。
と、考えて紬はふと思考を止める。
本当に、隼人の隣は自分の特等席だったんだろうか。
紬が勝手にそう思い込んでいただけで、隼人は誰のものでもない。紬は隼人の彼女ではなかったし、たとえ彼女だとしても、隼人のことを〝自分のもの〟だと考えるのはおかしい。
隼人は誰のものでもない。
誰のものでもないんだ——……。
分かっていたはずなのに、その事実を痛いほど感じて視界が滲んでいく。
無理やり瞬きを繰り返して、瞳に溜まっていく水滴を弾き飛ばした。
「昼休みのここって、前は隼人先輩と紬さんだけの場所だったんですよね」
「は……お前、何言って」
「聞いたんですよ、これも部長に。隼人先輩は同級生のマネージャーだった紬さんと、毎日のように昼休みに部室で
駄弁ってたって。それぐらい、仲良しだったんですよね。その、紬さんと」
暦は、紬の背中の毛並みを無造作に撫でながら言う。
紬は生前彼女と顔を合わせたことはない。ただ、隼人から名前を聞いて存在だけは知っていた。暦も、反対に隼人や他の二、三年生の部員から紬の話を聞いたんだ。
彼女の口から紡がれる「紬さん」という名前がどこかしっくりこなくて、自分の名前を呼ばれているように感じられなかった。
「もし紬さんが……生きていたら、唯一のマネージャーの先輩になっていたんですよね。どんな人だったのかな。あ
たし、紬さんと会ってみたかったです」
「……秋山」
暦が紬の背中を撫でながら呟く言葉は、きっと彼女の本心なんだろう。
暦は、紬が病気で死んでしまったことも知っていた。死んでしまった紬が隼人と仲が良かったことを知って、あえて名前を出している。紬が暦の真意を推し測っているあいだに、暦は再び口を開いた。
突如、隼人の背後から飛んできた声に、紬と隼人は同時に肩を揺らした。
扉が開く音が聞こえなくて、いつのまにか部室の入り口に秋山暦が立っていた。
「秋山、いたのか。よう」
「こんにちは。奇遇ですね!」
同じ部活なんだから奇遇もなにもないだろうと紬は思ったのだが、にこやかに手を振る暦が可愛らしくて、不覚に
もきゅんとしてしまう。
「何しに来たの?」
「先輩に会いに来たんですよ」
嘘か本当か分からない即行の返しに、隼人の口元が自然と緩む。
「隼人先輩が昼休みに頻繁に部室に来てるって、部長から聞いたんです」
「木山から? なんでそんな話になったの?」
「それは、秘密です」
口元に人差し指を押し当てて答える暦は、自分を魅せるということが分かっている賢い女の子だと紬は感じた。
「ふうん。ま、細かいことはどうでもいっか。おもちもいるし、みんなで話すか?」
「はい、ぜひ」
隼人が〝二人で〟ではなく、〝みんなで〟と言ったのには彼なりの意図があるような気がしたのだけれど、猫の紬には彼の真意を尋ねることができない。
暦が、ごく自然な動作で隼人の隣に座り込む。
隼人は、まんざらでもなさそうに——なんならちょっと嬉しそうに、微笑んだ。
「あたしが来て嬉しいですか?」
紬が感じたことを暦も同じように感じたのか、いたずらっ子の笑みを浮かべて隼人に尋ねた。
隼人は一瞬、目を大きく膨らませたが、すぐに目を細めて息を吐き出した。
「そりゃ、嬉しい。一人より二人のほうが断然楽しいし」
隼人の心の声を聞いて、紬は胸がしゅっと湿り気を帯びるのを感じた。
昼休みの部室は、隼人と紬だけの場所だった。
そして、隼人の隣には紬の特等席で——。
と、考えて紬はふと思考を止める。
本当に、隼人の隣は自分の特等席だったんだろうか。
紬が勝手にそう思い込んでいただけで、隼人は誰のものでもない。紬は隼人の彼女ではなかったし、たとえ彼女だとしても、隼人のことを〝自分のもの〟だと考えるのはおかしい。
隼人は誰のものでもない。
誰のものでもないんだ——……。
分かっていたはずなのに、その事実を痛いほど感じて視界が滲んでいく。
無理やり瞬きを繰り返して、瞳に溜まっていく水滴を弾き飛ばした。
「昼休みのここって、前は隼人先輩と紬さんだけの場所だったんですよね」
「は……お前、何言って」
「聞いたんですよ、これも部長に。隼人先輩は同級生のマネージャーだった紬さんと、毎日のように昼休みに部室で
駄弁ってたって。それぐらい、仲良しだったんですよね。その、紬さんと」
暦は、紬の背中の毛並みを無造作に撫でながら言う。
紬は生前彼女と顔を合わせたことはない。ただ、隼人から名前を聞いて存在だけは知っていた。暦も、反対に隼人や他の二、三年生の部員から紬の話を聞いたんだ。
彼女の口から紡がれる「紬さん」という名前がどこかしっくりこなくて、自分の名前を呼ばれているように感じられなかった。
「もし紬さんが……生きていたら、唯一のマネージャーの先輩になっていたんですよね。どんな人だったのかな。あ
たし、紬さんと会ってみたかったです」
「……秋山」
暦が紬の背中を撫でながら呟く言葉は、きっと彼女の本心なんだろう。
暦は、紬が病気で死んでしまったことも知っていた。死んでしまった紬が隼人と仲が良かったことを知って、あえて名前を出している。紬が暦の真意を推し測っているあいだに、暦は再び口を開いた。



