”パァーン”
”バフッ”
”シュパン”
ソフトテニスの打音は、大きく分けると、だいたいこの三種類。
芯を捉えたストレート。
打速を殺すブレーキ音。
強い回転によるウナリ。
一人練習用のテニス壁に当たったときも、同じような音を発してボールが戻って来る。
小気味いい。
アクセント。
音の高さ。
音色。
……規則的で不規則なリズム。ソフトテニスは音楽だ。硬式だとこうはいかない。
この打音を『音楽』にするとなると、私一人では奏でられない。相棒、マイとのデュオ。
そう言えば、悪ふざけでマイのおっぱいを一度ならず何度も揉んだことがあるが、弾力はアカエム(ソフテのボール)のそれとよく似ていた。私のは……説明を省略する。
しばらくぶりに学校に来る気になったのは、インスタのDMで知らないアカウントからメッセージが来たからだ。それに従って図書室の周年誌のコーナーにある資料ボックスからピンク色の謎のノートを取り出してみたら、表紙には『七つのきら星日記』と書いてある。ページをめくったら、学校で起きたこと、感じたことを書けとの命令。私はこういう謎解きっぽいのに弱い。ついつい乗ってしまう。でも、前の生徒が書いた日記をパラパラと読んだら結構面白かったけど、私にもそんな風に書けるだろうか? だれがこのノートを読むのかわからないけど、ソフテのボールとおっぱいのことを書いても、ふざけてると思われるだけだろう。でも自虐ネタなら書ける。起きてしまったこと。そして今でもそれが続いていること。
ある事件がきっかけで、名デュオは解散した。きっかけを作ったのは、私自身。
彼女の本心はわからないし、私自身もどうしたいのか、実際のところ、よくわかっていない。頭の中がこんがらがる、超面倒くさい問題。でもこうやって緑の壁に向き合っている間だけは忘れられる。
こうしている間に私は誰かの救いを待っているのかもしれない。
すべては、あのときから。
○
「悪いけどタケミ、アタシ今日で引退するわ」
相棒、マイが突然切り出した。
高二の夏の終わり、夏のインターハイで早々と敗退し、秋の新人生に向けて気持ちを切り替えようとしていた矢先。
彼女とは一年からコンビを組んでいて、周りの高校のソフテ部の間では『まいたけペア』と呼ばれ意識されていた。ちなみに私もマイも『舞茸』のあの香りが今イチ苦手だ。
「マイ、なによいきなり? これから新人戦とかあるんだけど?」
「そうだけど、アタシ大学の受験決めたんだ」
「えっ、私も受験予定だよ? それに私たちまだ二年生じゃない」
「タケミはさ、頭いいし問題ない。アタシは馬鹿で要領悪いからね」
「……じゃあさ、まずは夏までソフテ頑張って、一緒に勉強しようよ」
マイはコートサイドの地面をシューズでこすり、ぽそる。
「ぶっちゃけ、タケミとコンビ組むの、しんどい」
「え?」
面食らう。今までマイの口からそんなこと聞いたことはないし、態度でもわからなかった。
「言いたいことあんなら、はっきり言って」
「……じゃあ、もっとぶっちゃける」
彼女は息を吸い込んだ。
「タケミが後衛、アタシが前衛やってるから、しょうがないけどさ、なんでもあんたのペースなのよね。そのボール触るなとか、なんで打たないのとか」
「でもそういう役割って、話し合って練習して段々できたものじゃない?」
「そうだけど、最近自己中すぎ。やりたいようにできないと不機嫌になるし、アタシがこうしたいって言っても、無視するし」
「そう? よく話し合ってるつもりだけど」
「タケミとアタシが思ってるの、ギャップありまくりだと思う」
「……そう感じたら、どんどん言ってよ」
「さんざん言ってきたよ……で、もう変わらないんだなって最近気がついた」
「そんなことないよ……ちゃんと直す」
「ごめん。アタシ、もう我慢できないの……ひとりよがりで、プライド高くて、マウントとりたがって……アタシのこと見下して」
どうしたマイ? なんでそんな立て続けに?
「絶対そんなことない!」
「もう振り回されたくない」
「……さっきからヒドくない? 私、強くないし自信ない。マイからそんなこと言われるのが一番傷つくよ」
「あれね。『神経質な人ほど他人には無神経ってやつ』……もっと聞く耳持ってくれれば!」
彼女が声を荒げたため、周りの部員たちの視線が集まる。今まで自分の性格で、こんなひどい言われようをされたことがない。『多少押しが強いが、やる気を引き出すムードメーカー』……自分はそう思われていると自己評価していた。
彼女は関係維持も修復も望んでいない。いやぶっ壊そうとしている。
小学校の学童保育で遊んだオセロを思い浮かべた。盤面を占めていたのは、私の白い石。マイはコーナーに黒い石を置き始めている。
「わかったよ、マイの言い分……練習始まるから、コートに上がるよ」
「もう決めたんだから。あなたにいくら言われたって変わらないよ……でも、最後の練習ぐらいちゃんとやる。悪いけど、新しい相棒は探して。組んだ子は大変だろうけどね」
その言葉を聞きながら、コートに向かう。相手のペアはもうスタンバっている。
今日を最後にマイはココには戻ってこない。そんな練習、意味があるのかわからないけど、やるしかなかった。ひとつ、望みがあるとすれば、プレイ中の彼女の反応を見ていると私の悪いところが少しはわかるかも知れない。
空は快晴。夏の終わりとはいえ、コートを囲むフェンスの外側には雑草が元気に繁っている。むっとする草の香りが弱い風で運ばれてくる。
まずは私のサーブ。
スピードと正確さが武器だ。一方マイのは、アンダーカットで相手のペースを乱す。このコンビネーションが『まいたけペア』の強みだったのに。
私は青空に白球を放り上げる。
その瞬間、『もうマイの乳を揉むことはできないのか……』とくだらない邪念が浮かんだ。
それを振り払い。
肩の力を抜き、ムチのように腕をしならせ、ラケットの速度を上げる。
これが私の最大の武器。
前傾姿勢で構える彼女の背中が見えた。
つぶれながらラケットのエネルギーを受け取ったボールは、相手のコートに突き刺さ……らなかった。
それは、相棒のマイめがけて直線的に飛んでいき、頭を直撃した。
倒れ込むマイ。
走り寄る部員たち。
腹ばいに手をつき、彼女はゆっくりと頭を上げた。
「み、耳から血が!」
誰かが叫ぶ。
耳を覆ったマイの手の隙間から血がポトリと落ちた。
生徒が二人、職員室に走っていく。
「マ……マイ! 大丈夫?」
恐るおそる声をかける私。
彼女はゆっくりと振り返った。そしてつぶやく。
「わざとね……」
「……ち、違う!」
彼女はボソボソと口を動かしていたが聞こえなかった。いや、聞いていられなかった。
『聞く耳持ってくれ』って言われたばかりなのに。
「わざとだって」
「なんか口喧嘩してたし」
「ひどくない?」
周りにいる子がざわつく。
顧問の先生と養護の瀬川先生が駆けてきた。
瀬川先生は頭を動かさないようにと指示をし、持ってきたタオルケットを敷いてマイをその上に寝かせ、耳にそっとそっとガーゼを当てた。
顧問の先生が私に寄ってくる。
「わざとか?」
それは質問ではなかった。それは、決めつけ。非難の声。
「ち、違います」
力なくそう答え。
そして、私はその場から逃げた。
ラケットを放り投げ、更衣室に走り込み、荷物を持って逃げた。まるで臆病な動物……鹿のように。途中、サイレンを鳴らした救急車とすれ違った。
〇
マイは病院で検査を受け、特に異常は見られず、止血の治療をして病院に一泊し、一週間学校を休んで復帰したそうだ。
『復帰したそうだ』と間接的に言うのは、あれ以来彼女に会えていないから。
私の荷物を持って訪ねてきた担任の先生が母に話し、母伝いに聞いた。でも、あのとき引退宣言をした通り、マイはテニス部には復帰していない。
そして、私はしばらく学校に行けなくなった。
『わざとね……』というマイの一言で、オセロ盤の最後の角が埋まった。白が優勢だった盤面は、一面真っ黒になった。
マイは、たまたまのハプニングだと顧問の先生に説明したらしい。
わざとかどうか……実は私もよくわからない。でも、もうそんなことはどうでもよくなった。『オセロの白い石』だと思っていたのは、この私だけ。マイも部活のメンバーもそして先生も、最初っから私のことを黒い石だと思っていたんだから。
退院したことを聞いてマイの家まで行ってみたが、ドアを開けて出てきたのは彼女の母親だった。私の顔を見たときの表情の変化を見逃すことができなかった。マイのお母さんとは、大会の応援に来てくれて、何度か会ったことはあるけど、あのときの表情と、今向けられた眼差しは全く違っていた。
一旦ドアが閉まり、家の中で誰かと話す声が聞こえたけど、三分くらいしてから再びドアが開いて、マイのお母さんはすまなそうに私に伝えた。
「ごめんね、今は会いたくないってマイが言うの」
「いいえ、私が悪いんです……本当に申し訳ありませんでした」
頭を深く下げて、そう謝るしかなかった。
休み始めてから二週間ほどして、学校から家に電話がかかってきた。かけてきたのは担任の先生ではなく、養護の瀬川先生からだった。教室でなく、保健室に一度来てみてとのこと。その翌日、勉強道具は準備せずに、ほとんど空っぽの学生カバンを持って、瀬川先生に言われた通り、登校時間を過ぎてから学校に行った。
保健室のドアは半分開いていた。その隙間から中をのぞくと、事務机に座っている瀬川先生と目が合い、軽く微笑んだ。
「どうぞ、入ってきて」
「……お邪魔します」
勧められるまま、椅子に座った。
「よくここまで来てくれたね、少し安心した」
先生もソファに座り直し、私から質問する前に話し始めた。
「もう聞いてると思うけど、マイさんはすっかり元気よ。耳から血が出てたから驚いたでしょうけど」
「そ、そうですか……それはよかったです」
「だからね、あなたが必要以上に責任を感じちゃっているんじゃないかって心配してたの」
「ありがとうございます。でも悪かったのはやっぱり私だし……」
「学校に来るのはしんどかった?」
「……はい、ちょっと。でも、今日はほとんど誰にも会わずにここまで来れたし」
「私が言ったからって、なかなかその通りには受け取れないでしょうけど、誰もあなたのことを責めたり、悪く言っている子はいないよ」
私は、テニスボールをぶつけてしまったときの、周りの反応やひそひそ話を思い出した。
「やっぱり、マイにも他の生徒に会うのもちょっと恐いです」
「そう。テニスも、もうしたくない?」
「わからないです……小学校三年からずっと続けてきたので、ラケットを振っていないと、なんか落ち着かないような気がするし……でも、また良くないことが起きてしまうような気もするし」
「じゃあ、試してみようか?」
「え?」
「部活が終わった時間に、ラケットを振りに来るの。授業も出なくていいからさ」
「でも一人じゃ練習できないし」
まさか、瀬川先生が相手をしてくれるのだろうか。
「ふふ、私は運動音痴だし、テニスもやったことがないんだけどね」
心を読まれた?
「テニスコートから離れた場所に『テニス壁』があるじゃない? あなた、新入生の頃、一人でよく壁打ちしてたでしょ? ここの窓からよく見えたわよ。そこでまたやってみない?」
先生、見ていてくれたのか。
「いいですけど、部活時間が終わってからだと、誰か他の先生に怒られるんじゃないですか?」
「大丈夫よ、私が『引率者』ということで、ちゃんと許可とっておくから。今はまだ日は長いけど、ボールがよく見える五時半くらいまでかな」
そう言って先生は、開けてある窓から入ってきた風で揺れるレースのカーテンに目を遣った。
「それにね、そのうちいい練習相手が現れるかもよ?」
「?」
よくわからなかったけど、誰かとパートナーを組むのは恐かった。
「まあ、試しにやってみて。あ、『今日はできそうだな』って思えたらでいいからね。無理はしないでね」
「はい。わかりました」
〇
”パァーン”
”バフッ”
”シュパン”
夕暮れが近づく中、かなり緑色のペンキが剥げかけたテニス壁に向かって、私はラリーを繰り返す。
ソフテのボールが放つ音、やっぱりこの音が好き。瀬川先生の勧めてくれた通り、ここに来てラケットを振れたことは本当によかった。家の中で悶々としているよりも、学校に行かずに街中をふらついているよりも、全然いい。
周りがだいぶ暗くなってきたので、今日はこの辺で切り上げよう。ふと校舎の方に目を向けると、保健室の窓から白衣の女性が手を振っていた。遠くからでも瀬川先生が見守ってくれているんだと思うと、心強かった。
でも、私はまだちゃんとマイと向き合えていない。このままそうしてやり過ごせたらとも思うし、やっぱりちゃんと話をしたいとも思う。この二つの気持ちが相変わらず堂々巡りしている。
〇
晴れている日、かつ私の気分がまあまあの日、午後遅くにトレーニングウエアのまま学校に出かけ、テニス壁に向かう。別にテニス部に復帰したいとか、大会に出たいとかはまだ考えられない。なにかを忘れたいから、こうしているだけなのかもしれない。
私の足元に、夕陽で伸びた長い人影が映った。瀬川先生だろうか? 他の人だったらやだな、そう思いながら振り返る。
逆光でよく見えなかったけど、その人影は大人のものではなかった。目を細めてよく見ると、ブルーのゲームシャツに白のハーフパンツ。手にはラケット。一瞬、マイ? と思ったが、その子はサンバイザーを被り、黒髪を頭の高い所で団子に結んでいる。ソフテ部ではないと思うけど、いったい誰?
「なかなかいい音出してるねえ、いつも聞き惚れてたよ」
え? 何日も私の壁打ちを見ていたのだろうか?
「でも、そろそろ誰かと打ち合いたくなったんじゃない? よかったらジブンが相手になるけど」
「あ……あの、あなたは?」
「ああ、ごめんごめん、ジブンは早川松乃、通称マツ。昔、この学校のソフテ部にいたんだ」
自分のことをジブンと名乗るこの人、OBなのか。見たところ高校生っぽいけれど、どのくらい前に卒業した人だろう。
「……はじめまして、私は浦野武美と言います」
一応、名乗ってみた。
「タケミっていうのか……じゃあ、二人合わせて『マツタケ』コンビだね!」
その人は、なにかを発見したかのように嬉しそうに言った。
マツタケ……私とマイは、『マイタケ』コンビと呼ばれていた。それより高級なコンビだな、とくだらないことを考えていたら、お団子頭のOBは、テニスコートに向けて走り始めた。
「さあ、もうすぐ暗くなっちゃうし、ちょっとやってみようよ」
有無を言わさずテニスコートに誘われてしまったけど、正直、壁打ちに飽きてきて誰かと打ち合いたいなと思っていたところだった。
校舎の方を見ると、保健室の窓に瀬川先生の姿がチラッと見えた。そういえば先生、「そのうちいい練習相手が現れるかもよ」て言ってたな。
ウォーミングアップのラリー程度だったけど、マツノさん、多分すごくうまい。ショットは正確だし、フォームがすごく綺麗。ボールを待っているときのストンと腰を落とした姿は余裕があって惚れぼれとする。十五分ほどの時間でショートラリー、ストレートラリー、クロスラリーとつきあってくれた。久々にテニスをやった、という気分になれた。
「だいぶ暗くなったね、今日はこの辺にしとこうか」
そう言って、ネットに駆け寄り、マツノさんは私に握手を求めた。私は汗びっしょりだったけど、握った彼女の手はひんやりとしていて、汗一つかかず、涼し気な表情をしている。
「じゃあまたね!」
そう言ってラケットにカバーをかけ、テニスコートを出ると、あっという間にグラウンドを横切って走り去ってしまった。
〇
その次の日からも、私が壁打ちしていると彼女はいつの間にか現れ、ラリーにつき合ってくれた。あまりやったことがない一対一の実戦形式の練習もした。彼女は私のテニスを褒めてくれたけど、真剣勝負をしたらとうていかなわないなと思う。足の運びやフォームのアドバイスもすごく参考になった。
「あのね」
パァーン
「なに?」
シュポン
「私ね、コンビ組んでたマイに球をぶつけて、それから一人になった」
パウン
ラリーをしながら、心の内を話した。自然と言葉がこぼれた。
彼女は、打ち返してくるボールだけでなく、私の言葉を待っているような気がしたから。
「ふーん、それってわざと?」
バフッ
「そんなわけないじゃん! って言いたいけど、正直わからない」
シュパン
「じゃあ、ジブンが言ってあげる……そんなわけないじゃん!」
ポーン
「……ありがとう」
パシーン
「でもね、私はテニスのボールだけじゃなくって、いろんなものをマイにぶつけてたのかも知れない……だから彼女は我慢できなくなった」
シュパン
そのあと、私たちはしばらく無言でラリーを続けていたけど、今度はマツノさんが言葉を投げかけてきた。
「実はね、ジブンも、似たような経験をしたんだ」
ポーン
「そうなの?」
シュパッ
「うん、そのとき組んでいた相手の言いなりになってなんにも主張しなかったら、どやされた」
パフン
「えっ、私と真逆?」
ボシュ
「アハハ、そう言われれば、そうだね」
パウン
また少しラリーに集中してから彼女が口を開いた。
「お互いが思っていることって、よくわからないよね」
ポーン
「……うん、そう思う」
パシン
「だからね、あのとき、もっと言いたいことをちゃんと言えればよかったって後悔している」
シュポン
「そうなんだ……で、コンビはどうなったの?」
スパーン
「三年の春期大会で一回戦負けして、そのままコンビ解消」
バフッ
そして、テニスボールはコートでツーバウンドして転がった。
「ああ、またコンビが組めたらな、と今でも思っている」
マツノさんはその場に立ちつくして、よく見ると涙を浮かべていた。
そして彼女はコートブラシを持ってきて、砂入りの人工芝をならすと、またグラウンドを走り去ってしまった。
〇
そんな風にして彼女と他愛もない世間話や打ち明け話をしながら練習を続けたある日。
私は思いを伝えた。
「あの、マツノさん、あなたと今度コンビを組んでみたい」
パーン
「え?」
バフン
「そして、どこかのオープン大会に出てみたい」
パシュ
……コロコロ
それを聞いて彼女はラリーをやめた。そして、ネットのすぐそばまでつかつかと歩いてきた。私もネットに近づき、二人で向き合った。
彼女はサンバイザーのつばを下げ、下を向いた。
「それはできないよ」
「どうして? だってこの前、コンビを組みたいって言ってたじゃない」
「タケミ、君にはやるべきことが残っている」
「そうね、まだ学校にも行けてないし」
「それに、君がコンビを組むべき相手はジブンじゃない」
「え?」
「ジブンが組むべき相手は、コンビ解消してしまったあの子だし……君は君で、もう一度、マイさんとコンビを組まなければいけない」
「だって、マイは、テニスやめるって言うし、あんな風に傷つけて喧嘩別れしちゃったし……どう考えても無理」
「君は、ソフテのボールのようなマイの胸が好きなんでしょう? 私のなんか、ほら」
そう言って、彼女は私の手を掴んで誘導し、自分の胸に触らせた、確かにもっと大きくて柔らかい……ドキドキする。
「なんでそんなことを知ってるの!……って、そういうことじゃなくて、マツノさんと私、いいコンビになれると思うの……というかなりたい」
「そうなんだ」
「そうよ……だからお願い。私とコンビを組んで欲しい……ちゃんと学校にも行って、授業も受けるから」
「そう……じゃあ、そこまで言うなら、こうしよう」
「?」
「これから一対一で勝負する。タケミが勝ったらコンビを組んでもいい。ハンデはなし」
「え? マツノさんに勝てっこないよ」
「やる前から諦めるのか。じゃあ、君のリクエストは却下」
やっぱりどうしても彼女と組みたい。
「わかった、じゃあ勝負しよう。……でもその前に、約束して。勝負が終わったら、一緒に写真を撮って、インスタのアルバムに上げるって。アサヒのノートに書いてあったルールだからね」
「インスタ? アサヒ? よくわからないけどいいよ。じゃあ、今撮っとこうよ」
マツノさんは笑って私を引き寄せた。夕暮れのコートを背に、二人でラケットを構えてシャッターを切る。
二人で勝敗のルールを決め、それぞれの持ち場についた。
サービスはマツノさんから。彼女はポケットからボールを取り出した。
球を高く放り、腕をしならせ、振り切る。
私の得意だったフラットサーブだ。
パァーン
「自己中!」
いきなりの打音と声。同時に球が飛んできた!
パシン
慌ててレシーブする。
ボフッ
彼女はなんなくそれを打ち返す。
私は彼女の発した言葉にムカついていた……ただの挑発かも知れないけど。
「自己中? その手には乗らないよ!」
シパン
言い返し、打ち返す。
「あのとき、なんでマイから逃げた?」
スパン
「そうするしかなかったでしょ!」
パシィ
「マイ、なんか言ってたでしょっ?」
シュポン
「でも、よく聞こえなかった」
バシュ
「聞こうとしなかっただけだ」
パァン
「うるさい!」
パアン
「君にとって、マイはなんなのよ?」
ポフッ
「決まってるでしょ! ペア……友達よ」
シュパン
「わかってるじゃないの」
ポフ
「でも、マイから切られた」
バシ
「それで諦めた?」
バフン
「だって……しょうがないじゃない?」
シュパーン
「弱虫」
バシュン
「なによ、なんでそんなひどいこと言うの?」
バシ!
思わず力が入る。
「そうそう、そうやって目一杯打ち返せ!」
ポーン
球が浮いた。わざと浮かせた?
ムカつく。
「くそっ! じゃあどうすればよかったんだよ!」
パシーーーーン!!!
彼女をめがけ、泣きながら渾身のロングスマッシュを打ち返す。
え!
マツノさんは無防備にも手を広げ……動きを止めた。
バリィーン!
彼女の体は粉々に破壊された⁉
しかし。
散らばった破片が集まり始め、マツノさんの体に戻る。
彼女はネットの向こうでレシーブの姿勢をとって私のサーブを待った。
なにが起きているのかよくわからないけど、私は正気を失っていた。
「性格なんて、そう簡単に直せないんだよ!」
しばらく感じることのなかった怒りが頂点に達した。
転がってきた柔らかいボールを拾い上げ、サービスゾーンに向かう。
私は青空向けて白球を放り上げる。
しかし。
コートに目線を戻すと、ネットの向こうにマツノさんの姿はなかった。
代わりに。
私の陣地で、前傾姿勢をとってラケットを構える選手。
マイ⁉
なんで?
まさか!
「あのとき」に戻った?
驚き、つい向きを変えてしまった。
腕はもうしなり始めている。
だめだ! あのときと同じだ。
そこに。
砂埃を含んだ突風。
バランスを崩しながら球を打ち込む。
パゥン!
相棒めがけて直線的に飛んでいった。
倒れ込むマイ。
走り寄る部員たち。
腹ばいに手をつき、彼女はゆっくりと頭を上げた。
「イテテテ!」
必死に走り寄り、勇気を振り絞る。
「ごめん、大丈夫⁉」
「うん、かすっただけ……いきなり風吹いたしね。気にしないで」
「……いや、突風が吹いてくれて、救われた」
「?」
そして、マイはうつむき、黙り込んだ。顔を覗き込むと、彼女は目を逸らした。
その両目から涙がこぼれ落ちている。
「わざとね……」
「……うん、わざとだったかも知れない」
そのとき。
どこからか『人の話はちゃんと聞け』というマツノさんの声が聞こえた、ような気がする。
「アタシ、わざと言ったんだ」
そうつぶやいたのは私ではない。マイだ。
「うん?」
「タケミに大ウソついた」
「え?」
「こないだの中間テストで無茶苦茶成績落ちた。父さんに言われたんだ。部活やめろって。じゃないと大学行かせる金はないって。それでむしゃくしゃしてたし……タケミにああでも言わないと諦められなかった……あんたにアタシを諦めて欲しかった」
「ちゃんと言って欲しかったな……もし私を友達だと思ってくれてるんなら。こう見えても私、神経質なんだから」
「そうだよね、無神経そうで実はビビりだよね」
軽く彼女のほっぺたをつねる。
「保健室、瀬川先生のところに連れてくよ。どれ……よいしょっと」
「いや、大したことないから! ほんと大丈夫だから」
彼女はジタバタしたが、私は無理やり抱きかかえ、歩き始めた。
やっとわかった。マツノさんは大嘘をついて、私を挑発したんだ。誰でもない、この私のために。このシーンをやり直すために。
「あ、いいなー、お姫様抱っこ」
成り行きを見守っていた部員から声がかかる。
彼女を横抱きすると、ちょうど目の前に二つの膨らみがあった。そうそう、この大きさ、この丸さ。
「ちょっと! どさくさに紛れてなにすんのよ⁉」
ココは、夢か現実か。
マイの乳に手を回し、その弾力で確かめる。



