その後も、借りた本の感想を話しあったりして、私たちは教室でも少しずつ言葉を交わすようになっていった。
金曜日の深夜に再放送された北見司作品のアニメをリアルタイムで視聴しては、週明けに感想を語り合う。
ただのモブだと思っていたキャラが、次作の主人公になると発表された時は、彼の青い二つ折りの携帯を片手に、二人で目を丸くしたこともあった。
「周くん」「杏奈」と呼び合う響きにも少しずつ慣れて、私たちの距離は、クラス替え当日よりも確実に縮まっていた。
教室でのペアワークを一緒にこなすのはもちろん、私が服装点検の日をうっかり忘れて、ブレザーを家に置いてきてしまうというちょっとした事件もあった。男子の点検が終わったあと、彼はわざわざ体育館の後ろの入り口に回るようジェスチャーをして、ブレザーを貸しに来てくれた。丈はともかく、着ていればバレなかったから、彼のおかげで生徒指導の先生に叱られずに済んだ……なんて、ちょっとした冒険のような出来事もあった。
サトミたちには「その後、佐藤くんとは、どうなの?」と度々突っ込まれ、趣味の話で盛り上がってるだけだと答えると、「それって、絶対もう片想いじゃん!」と断言された。
それでも、自分の気持ちにはまだ蓋をしたままだった。
せっかく友達になれた周くんとの関係が壊れるのが怖かったし、何より一人の人間として彼を大切に思っていたからだ。
そうして、連休が明けたばかりの、五月の朝。教室には、まだ人がいない時間。私は肩まであった髪をボブに切って登校した。
『白物語』の最後、ヒロインが別れの場に登場する時の、ラストシーンの髪型だった。
先に席に着いていた周くんは、私を見るなり、わずかな間のあとに口を開いた。
「え、切ったの」
「……あー、うん。ちょっと気分転換、かな」
心のどこかで、彼からの「可愛い」とか「似合ってる」なんて言葉を期待している自分がいた。そういうことを言うタイプじゃないのは、分かってる。
そして、そんな淡い期待はあっけなく消えた。
「うぃー! 二組のみなさん、おはようございやーす!」
ぞろぞろとやって来たクラスメイトたちの賑やかな声に、会話を遮られ、私は少しだけしょんぼりした気持ちで席に座った。
(やっぱり、ロングのままにしておいた方がよかったかな……)
すっかり自信を失いかけていた、その時。右側から小さな白い紙包みを差し出した周くんが、つん、と私の二の腕を突いた。
「これ、お土産。受け取ってくれる?」
「えっ……私に?」
「うん。休みの間、叔父さんと旅行に行ってきたから。良ければだけど」
予想もしなかった気遣いに、驚きと嬉しさが混ざり合って固まってしまう。ロゴのない、手触りの良い薄紙に包まれた柔らかな感触。後ろの金色のシールをそっと剥がして、中を覗き込んだ。
「わぁ……うそ、待って。なにこれ、すっごく可愛い……!」
覗くだけでは我慢できず、思わず机の上に取り出した。
それは、淡いブルーとベージュが水彩画のように溶け合う生地に、可憐なかすみ草が刺繍されたハンカチだった。
こんなに素敵な贈り物をもらえるなんて思ってもみなかったし、異性からハンカチを贈られたという事実に、心臓の鼓動は早まるばかりだった。
「これ、周くんが選んでくれたんだよね?」
その横顔を覗き込んで、問いかける。周くんは私の反応に確かな手応えを感じたのか、少しだけ勝ち誇ったような笑みを漏らしそうになるのを堪え、精いっぱい冷静を装いながら言った。
「……それが一番、杏奈っぽいなと思ったから。俺から見た、杏奈のイメージ」
その一言を聞いて、私は手元のハンカチをもう一度見つめた。
周くんの目に映る私は、こんなふうに柔らかくて、少しだけ凛としたイメージなんだろうか。そう思うと胸の奥がむず痒いような、くすぐったいような気持ちになる。髪型を褒めてもらえなかった寂しさなんて、可愛すぎるこのハンカチを眺めているうちに、どこかへ吹き飛んでしまった。
「周くん、ありがとう」
そう返すのが精一杯だった。
もしサトミたちに話したら、きっと大騒ぎするだろう。
いくら鈍感な私でも、彼が私をその他大勢とは違う特別な存在として見てくれていることは分かった。
それでも、彼は決して「好き」というオーラを露骨に出そうとはしない。そんな彼に合わせるように、私はもらったハンカチを、教科書を入れるメインの場所とは違う、通学カバンの外ポケットに大切にしまった。
金曜日の深夜に再放送された北見司作品のアニメをリアルタイムで視聴しては、週明けに感想を語り合う。
ただのモブだと思っていたキャラが、次作の主人公になると発表された時は、彼の青い二つ折りの携帯を片手に、二人で目を丸くしたこともあった。
「周くん」「杏奈」と呼び合う響きにも少しずつ慣れて、私たちの距離は、クラス替え当日よりも確実に縮まっていた。
教室でのペアワークを一緒にこなすのはもちろん、私が服装点検の日をうっかり忘れて、ブレザーを家に置いてきてしまうというちょっとした事件もあった。男子の点検が終わったあと、彼はわざわざ体育館の後ろの入り口に回るようジェスチャーをして、ブレザーを貸しに来てくれた。丈はともかく、着ていればバレなかったから、彼のおかげで生徒指導の先生に叱られずに済んだ……なんて、ちょっとした冒険のような出来事もあった。
サトミたちには「その後、佐藤くんとは、どうなの?」と度々突っ込まれ、趣味の話で盛り上がってるだけだと答えると、「それって、絶対もう片想いじゃん!」と断言された。
それでも、自分の気持ちにはまだ蓋をしたままだった。
せっかく友達になれた周くんとの関係が壊れるのが怖かったし、何より一人の人間として彼を大切に思っていたからだ。
そうして、連休が明けたばかりの、五月の朝。教室には、まだ人がいない時間。私は肩まであった髪をボブに切って登校した。
『白物語』の最後、ヒロインが別れの場に登場する時の、ラストシーンの髪型だった。
先に席に着いていた周くんは、私を見るなり、わずかな間のあとに口を開いた。
「え、切ったの」
「……あー、うん。ちょっと気分転換、かな」
心のどこかで、彼からの「可愛い」とか「似合ってる」なんて言葉を期待している自分がいた。そういうことを言うタイプじゃないのは、分かってる。
そして、そんな淡い期待はあっけなく消えた。
「うぃー! 二組のみなさん、おはようございやーす!」
ぞろぞろとやって来たクラスメイトたちの賑やかな声に、会話を遮られ、私は少しだけしょんぼりした気持ちで席に座った。
(やっぱり、ロングのままにしておいた方がよかったかな……)
すっかり自信を失いかけていた、その時。右側から小さな白い紙包みを差し出した周くんが、つん、と私の二の腕を突いた。
「これ、お土産。受け取ってくれる?」
「えっ……私に?」
「うん。休みの間、叔父さんと旅行に行ってきたから。良ければだけど」
予想もしなかった気遣いに、驚きと嬉しさが混ざり合って固まってしまう。ロゴのない、手触りの良い薄紙に包まれた柔らかな感触。後ろの金色のシールをそっと剥がして、中を覗き込んだ。
「わぁ……うそ、待って。なにこれ、すっごく可愛い……!」
覗くだけでは我慢できず、思わず机の上に取り出した。
それは、淡いブルーとベージュが水彩画のように溶け合う生地に、可憐なかすみ草が刺繍されたハンカチだった。
こんなに素敵な贈り物をもらえるなんて思ってもみなかったし、異性からハンカチを贈られたという事実に、心臓の鼓動は早まるばかりだった。
「これ、周くんが選んでくれたんだよね?」
その横顔を覗き込んで、問いかける。周くんは私の反応に確かな手応えを感じたのか、少しだけ勝ち誇ったような笑みを漏らしそうになるのを堪え、精いっぱい冷静を装いながら言った。
「……それが一番、杏奈っぽいなと思ったから。俺から見た、杏奈のイメージ」
その一言を聞いて、私は手元のハンカチをもう一度見つめた。
周くんの目に映る私は、こんなふうに柔らかくて、少しだけ凛としたイメージなんだろうか。そう思うと胸の奥がむず痒いような、くすぐったいような気持ちになる。髪型を褒めてもらえなかった寂しさなんて、可愛すぎるこのハンカチを眺めているうちに、どこかへ吹き飛んでしまった。
「周くん、ありがとう」
そう返すのが精一杯だった。
もしサトミたちに話したら、きっと大騒ぎするだろう。
いくら鈍感な私でも、彼が私をその他大勢とは違う特別な存在として見てくれていることは分かった。
それでも、彼は決して「好き」というオーラを露骨に出そうとはしない。そんな彼に合わせるように、私はもらったハンカチを、教科書を入れるメインの場所とは違う、通学カバンの外ポケットに大切にしまった。



