栞みたいな恋だった

 次の日――いつも通りの時間に学校に着いた私は、自転車登校で乱れた前髪を駐輪場で丁寧に整えてから、上履きに履き替えて教室へと向かった。
 自分の席に着こうとすると、先に座っていた佐藤くんがふっと顔を上げる。目があって、すぐに彼の目尻が穏やかに下がった。
「おはよう」
「お、おはよ……」
 佐藤くんの方から挨拶をしてくれた。それだけで胸の奥がほわほわと暖かくなって、落ち着かない。
 彼は自分の鞄から、約束していた新作のハードカバーを取り出す。それと一緒に、さらに三冊の本を重ねて私の方へと差し出した。
「これ、約束してたやつ。あと、こっちは……佐藤さんも読んだかなって思ったんだけど。俺のお勧め」
「えっ……いいの? これ、全部読んだことない。四冊も一気に借りちゃって大丈夫?」
「うん。いきなり課題図書を押しつけちゃってごめん」
「課題!?」
 思わず吹き出しそうになって、慌てて袖で口元を隠した。佐藤くんは私を笑わせたことに満足したのか、してやったりという顔で私を見上げる。
 それが会話を切り上げる合図みたいに、彼は本の栞をそっと指先ですくい上げると、静かにページを開いた。
「杏奈~!」
 教室の入り口から、サトミたちに呼ばれた。私は彼から受け取ったばかりの本を、背表紙を傷めないようにそっと通学鞄の底へ忍ばせると、廊下に出て久しぶりのお喋りに加わった。
「昨日から図書当番なんだって?」
「うん。でも全然暇だよ。借りる人もあんまりいないし、ただのお喋りタイムになってるかな」
「えっ、お喋りって……相方、佐藤くんなんでしょ?」
 ふたりが信じられないといった顔で、アイラインで縁取られた大きな目を見開いた。私は少しだけ視線を泳がせながら頷くと、間髪容れずに左右の手首をガシッと掴まれ、ぶんぶんと上下に揺さぶられた。
「えっ、杏奈。佐藤くんと何話してんの!?」
「いや……普通に、好きな作家さんの話とかだよ」
「ヤバ! なにそれ、めっちゃ青春じゃん。へぇー、佐藤くんって女子と喋ったりするんだ?」
 私だって、正直まさかだと思っている。冷やかされるのは気恥ずかしくて「やめてよ」と手を振り払ったけれど、どうしても口元が緩んでしまう。
 それはきっと、心のどこかで彼を素敵だと思い始めている自分がいるからなのかもしれない。
「じゃあ昼休み、めっちゃ楽しみじゃん。見に行こうかな、二人のこと」
「ええっ!? それはダメだって、佐藤くんに変に思われちゃうじゃん……!」
「またまたー。まんざらでもないくせに~」
 二人に、うりゃうりゃ、と人差し指で頬を突っつかれる。中途半端に開いた教室のドアの隙間から、彼に聞こえていないか、こっちを見ていないかが気になって、つい目で追ってしまう。するとすかさず、「ほら、見てる見てる!」とからかわれてしまった。
 顔が熱い。恥ずかしい。けれど、こんなふうに友だちと浮かれあう時間は、幸せなくすぐったさがあった。