進級してすぐの実力テストの日がやってきた。
国語総合、数Ⅰと数A、英語基礎。範囲は一年生の内容の振り返りだ。
内申に関係するらしいなんて噂もあれば、「実力なんだからノー勉でいいっしょ」なんて強がりも聞こえてくる。前日まではクラスの誰もが笑いながら、そのプレッシャーを冗談で吹き飛ばし合っていた。
けれど、いざ当日になると、やっぱりというか。
一時間目の試験が始まる直前、教室の空気は一変した。慌てて教科書ガイドを開き、必死にページをめくるクラスメイトが殆どだった。
私も一応、開いてはみたけれど、この数十分で詰め込んだところで結果なんて変わらない気もする。でも、縋るような気持ちで太字を目で追う。
そんな中、あからさまに余裕を必死にアピールする運動部男子たちの大きな声が、教室に響き渡った。
「てか、今さら見たところで変わんねーし!」
「スポーツ推薦組にはマジでどうでもいいわ」
お互いを安心させるためなのか、それとも自分たちは特別だと言いたいのか。あちこちで女子たちが目配せし合っている。
教室には、「静かにして」と言いたくても言えない不満のエネルギーが、少しずつ溜まっていった。私も言いたい。けれど、ちょっと怖い。そんな気持ちで、眉をひそめていた、その時。
ガタッ、と椅子を引く鋭い音がして、凛とした声が響いた。
「うるせぇんだけど」
――佐藤くんだった。
まさかの人物のはっきりとした意思表示に、クラス中の視線が固まった。
ほんの一瞬の静寂。
女子も男子も、驚いた顔で佐藤くんを二度見、三度見している。怒鳴られた男子たちは一瞬ひるんだものの、顔を真っ赤にして、負け惜しみのような小声で文句を吐き始めた。
「え、なにアイツ。うざくね?」
自分の席に座り直し、何事もなかったかのように教科書に目を落とす佐藤くん。私は、そんな彼から目が離せなくなっていた。
「喧嘩売ってんじゃねーよ」
「喋ってんの初めて見た」
聞こえてくる卑怯な悪口に、胸の奥がムカムカしてくる。言い返したい。佐藤くんには、よくぞ言ってくれたと伝えたい。
けれど、収まりがつかなかったらしい男子が彼に投げつけたのは、あまりにひどい言葉だった。
「てか、あの顔面キモくね? なんなん、あれ。病気?」
「知らね。マジでグロいからこっち見んなって感じ」
そんな言葉を浴びせられても、佐藤くんはまるで聞こえていないみたいに、ただ静かに教科書のページを捲った。
悲しいような、悔しいような、ぐちゃぐちゃな気持ちがこみ上げてくる。ここで黙って見過ごすのは、絶対に嫌だ。我慢できない。私は拳をぎゅっと握りしめて、自分でも驚くくらいの大きな声を出した。
「ねえ、本当にうるさいよ! みんな、テスト前だから集中したいのに。それに……佐藤くんのこと、そういう風に言うのも、どうかと思う」
最後の方は、震えて声が小さくなってしまった。
大人しい地味な女子がいきなり怒鳴ってきた。そんな図式になってしまって、男子たちの表情がどんどん険しくなる。そして、彼らが投げ返してきたのは、私を黙らせるのに十分すぎるほど残酷な一言だった。
「お前がうるせぇよ、ブース! デブ!」
「なあ。あいつ、『痣』のこと好きなんじゃね?」
小学生みたいな悪口だって分かっているのに、面と向かって言われると、心臓を直接刺されたみたいに痛かった。
それまで黙って見ていた周りの女子たちが「最低」「佐藤さんは間違ってないよ」と、口々に味方をする。あんまり話したことのなかった吹奏楽部やソフト部の子たちも真剣な顔で私の席の周りに集まって、慰めるように背中を撫でたり、肩に手を置いてくれて、私はその優しい気遣いがほんとうに嬉しかった。
「気にしちゃダメ。百パー、あいつらが悪いから」
「……ありがとう」
「ガキだよ、ガキ。幼稚すぎて話になんないよね」
目を見て声をかけてくれたのは、後ろの席の陸上部の女子だった。気が強そうで、ちょっと怖いと思っていたけれど、話してみたらそんなことなくて、拍子抜けしてしまった。
「おい、席につけー。教科書はしまうように。携帯の電源は切れよ」
予鈴が鳴って、先生が教室に入ってきたことで騒ぎは収まった。それでも私の胸はバクバクと激しく波打ったままで、とてもじゃないけれどテストに集中できるような状態じゃない。
佐藤くんは教科書をすっと机の中にしまうと、私の視線に気付いたように、顔を一度だけ私の方に向けた。お互い、笑い合うわけでも、なんでもない。それが彼と私が、初めて目が合った瞬間だった。
国語総合、数Ⅰと数A、英語基礎。範囲は一年生の内容の振り返りだ。
内申に関係するらしいなんて噂もあれば、「実力なんだからノー勉でいいっしょ」なんて強がりも聞こえてくる。前日まではクラスの誰もが笑いながら、そのプレッシャーを冗談で吹き飛ばし合っていた。
けれど、いざ当日になると、やっぱりというか。
一時間目の試験が始まる直前、教室の空気は一変した。慌てて教科書ガイドを開き、必死にページをめくるクラスメイトが殆どだった。
私も一応、開いてはみたけれど、この数十分で詰め込んだところで結果なんて変わらない気もする。でも、縋るような気持ちで太字を目で追う。
そんな中、あからさまに余裕を必死にアピールする運動部男子たちの大きな声が、教室に響き渡った。
「てか、今さら見たところで変わんねーし!」
「スポーツ推薦組にはマジでどうでもいいわ」
お互いを安心させるためなのか、それとも自分たちは特別だと言いたいのか。あちこちで女子たちが目配せし合っている。
教室には、「静かにして」と言いたくても言えない不満のエネルギーが、少しずつ溜まっていった。私も言いたい。けれど、ちょっと怖い。そんな気持ちで、眉をひそめていた、その時。
ガタッ、と椅子を引く鋭い音がして、凛とした声が響いた。
「うるせぇんだけど」
――佐藤くんだった。
まさかの人物のはっきりとした意思表示に、クラス中の視線が固まった。
ほんの一瞬の静寂。
女子も男子も、驚いた顔で佐藤くんを二度見、三度見している。怒鳴られた男子たちは一瞬ひるんだものの、顔を真っ赤にして、負け惜しみのような小声で文句を吐き始めた。
「え、なにアイツ。うざくね?」
自分の席に座り直し、何事もなかったかのように教科書に目を落とす佐藤くん。私は、そんな彼から目が離せなくなっていた。
「喧嘩売ってんじゃねーよ」
「喋ってんの初めて見た」
聞こえてくる卑怯な悪口に、胸の奥がムカムカしてくる。言い返したい。佐藤くんには、よくぞ言ってくれたと伝えたい。
けれど、収まりがつかなかったらしい男子が彼に投げつけたのは、あまりにひどい言葉だった。
「てか、あの顔面キモくね? なんなん、あれ。病気?」
「知らね。マジでグロいからこっち見んなって感じ」
そんな言葉を浴びせられても、佐藤くんはまるで聞こえていないみたいに、ただ静かに教科書のページを捲った。
悲しいような、悔しいような、ぐちゃぐちゃな気持ちがこみ上げてくる。ここで黙って見過ごすのは、絶対に嫌だ。我慢できない。私は拳をぎゅっと握りしめて、自分でも驚くくらいの大きな声を出した。
「ねえ、本当にうるさいよ! みんな、テスト前だから集中したいのに。それに……佐藤くんのこと、そういう風に言うのも、どうかと思う」
最後の方は、震えて声が小さくなってしまった。
大人しい地味な女子がいきなり怒鳴ってきた。そんな図式になってしまって、男子たちの表情がどんどん険しくなる。そして、彼らが投げ返してきたのは、私を黙らせるのに十分すぎるほど残酷な一言だった。
「お前がうるせぇよ、ブース! デブ!」
「なあ。あいつ、『痣』のこと好きなんじゃね?」
小学生みたいな悪口だって分かっているのに、面と向かって言われると、心臓を直接刺されたみたいに痛かった。
それまで黙って見ていた周りの女子たちが「最低」「佐藤さんは間違ってないよ」と、口々に味方をする。あんまり話したことのなかった吹奏楽部やソフト部の子たちも真剣な顔で私の席の周りに集まって、慰めるように背中を撫でたり、肩に手を置いてくれて、私はその優しい気遣いがほんとうに嬉しかった。
「気にしちゃダメ。百パー、あいつらが悪いから」
「……ありがとう」
「ガキだよ、ガキ。幼稚すぎて話になんないよね」
目を見て声をかけてくれたのは、後ろの席の陸上部の女子だった。気が強そうで、ちょっと怖いと思っていたけれど、話してみたらそんなことなくて、拍子抜けしてしまった。
「おい、席につけー。教科書はしまうように。携帯の電源は切れよ」
予鈴が鳴って、先生が教室に入ってきたことで騒ぎは収まった。それでも私の胸はバクバクと激しく波打ったままで、とてもじゃないけれどテストに集中できるような状態じゃない。
佐藤くんは教科書をすっと机の中にしまうと、私の視線に気付いたように、顔を一度だけ私の方に向けた。お互い、笑い合うわけでも、なんでもない。それが彼と私が、初めて目が合った瞬間だった。



