栞みたいな恋だった

 お互いに「好き」だと分かっていても、私たちの関係は、急激に形を変えることはなかった。
 世の中のカップルみたいに、放課後にデートをしたり、校舎の裏でこっそり手を繋いだりもしない。サトミたちが騒ぐような「付き合う」という実感が、私たちにはまだピンとこなかった。
 ただ、今までよりも少しだけ心の距離が近くなって、視線が合うたびに胸の奥が温かくなる。それだけで、十分すぎるほど幸せだった。
 ――終業式を控えた、夏休み前の放課後。
 窓の外からは蝉の声がうるさいくらいに響き、西日が教室をオレンジ色に染めていた。
「はい、これ。……お誕生日プレゼント」
「え、今開けていい?」
「いいよ」
 週末に誕生日を迎える周くんに、私は少し緊張しながら小さな封筒を差し出した。
 中身は、本屋さんで買った三千円分の図書カード。もっとお洒落なものも考えたけれど、結局、彼が一番喜んでくれそうで、かつ失敗しないものを選んでしまった。
「うわ、めちゃくちゃ杏奈っぽい」
 周くんはピーターラビットの絵が描かれた図書カードを取り出すと、可笑しそうに目を細めた。
「え、なんで? どういうこと?」
「真面目だなって意味」
 優しい言い方。つまんない子って思われたかな、と少し不安になる。けれど、周くんは「北見司の新作が出るまで取っておく」と言って、図書カードを大事そうに財布にしまった。
「ごめんね、あんまり可愛げのないプレゼントで……」
「ううん。杏奈らしくて好きだよ。めっちゃいい」
「……めっちゃ?」
「うん、めっちゃ」
 照れくさくて、お互いにすぐに視線を逸らしてしまう。けれど、私の生真面目なところをまるごと「好き」だと言ってくれる彼の大らかさが、私はたまらなく嬉しかった。
「周くん、ちょっぴり早いけど。お誕生日おめでとう」
「……ありがとう、杏奈」
 名前を呼んでくれた声が、放課後の教室にやわらかく溶けた。
「杏奈の誕生日は一月十二日だっけ。プレゼント、何がいい?」
「えっ、なんでもいいよ。周くんがくれるものなら」
 そう言って、周くんは私の隣に座り、携帯を開いて誕生石を調べてくれた。画面を覗き込む横顔が、西日を受けてすこしだけ眩しく感じる。
「ガーネット、だって。俺、初めて聞いた」
 本当に、楽しみにしているみたいな表情。痣は変わらずそこにあるのに、その時初めて、彼の笑った顔を大好きだと思った。
 そして、このままでいい、と思った。
 キスするとか、デートするとか。背伸びをして誰かの真似をするんじゃなく、私たちなりの歩幅で、居心地の良い時間を過ごしていけばいい。そう思えたのは、彼との時間がこの先も当たり前のように続いていくと、疑いもせず信じていたからだ。
 陽だまりの中に、私から彼へ、彼から私へ。好きがひとつ、静かに増えた気がした。