それからの日々は、フィオラにとって夢のような時間だった。
王宮での「聖女」としての生活は、朝から夜まで冷たい聖堂で祈りを捧げ、食事は味が薄いスープと固いパン。第二王子のセフェリノがこっそりくれた果物を食べることが唯一の贅沢。
水浴びは夏でも3日に1回、洗濯は深夜だった。
今は窓から差し込む柔らかな朝陽と、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いで目が覚める。
カルロスが毎朝焼いてくれるパンと温かいスープはおいしすぎて、つい食べ過ぎてしまうほどだ。
「フィオラ、 無理に動こうとするなよ」
「でも、自分で」
カルロスの過保護ぶりは、日に日に増していく一方だった。
カルロスはフィオラの背中にこれでもかとクッションを詰め込み、丁寧にふーふーと冷ました特製の野菜スープを口元まで運んでくる。
さすがにやりすぎだと笑うフィオラに、カルロスはこのくらいでちょうどいいと笑った。
「もうスプーンが握れそうなの」
フィオラがゆっくりと右手をグーパーして見せると、カルロスはフィオラの細い手を両手で包み込んだ。
「却下だ。俺と繋ぐためだけに体力を使えばいい」
真面目な顔でとんでもないことを言う幼なじみに、フィオラの頬が赤く染まる。
「目もね、だいぶ見えるようになってきたの」
あんなに白く霞んでいた視界がここに来てから少しずつ治っている。
カルロスのエメラルドのような緑の瞳や、窓の外に広がる森の緑、そして森で摘んできてくれた名もなき野花の色が驚くほど鮮やかに映るのだ。
「体調が良ければ、少しだけ外にでるか?」
抱きかかえてやると言われたフィオラは真っ赤な顔になりながら頷いた。
久しぶりに浴びる外の空気は、王宮の澱んだ空気とは違い、森の爽やかな香りがした。
青く澄み渡った空も見える。
鳥も花も色鮮やかに。
「きれい」
「どのくらい見えるんだ?」
「ここが昔と変わらない場所だとわかるくらい」
戻ってくることができて良かったとフィオラが微笑むと、カルロスも微笑み返してくれる。
「無理はするなよ」
「心配性ね」
その過保護なまでの愛しさが、フィオラの胸を温かく満たした。
カルロスの献身の看病のおかげか、日に日に体調がよくなったフィオラは、一ヶ月ほどで歩けるようになった。
視力も戻り、消えかけていた聖女の魔力も戻ってきたような気がする。
余命三ヶ月と言われたのが嘘のように身体が軽い。
「フィオラ、今日は肉だ」
イノシシを担いで帰って来たカルロスの逞しさを思わず二度見する。
「こんな大きいイノシシ……!」
さすが元騎士団長だとフィオラが感心すると、カルロスは困った顔をした。
「フィオラを守るために騎士になった。第三騎士団に入れば王子の護衛になれる。そうすれば王子の婚約者のフィオラに会えると思った」
だが実際は第一王子のアルバーノはフィオラに会おうとせず、遊んでばかり。
いくら聖女でも平民が婚約者だなんて耐えられないと言っている姿を何度も見たことがある。
ただの騎士ではダメだと思い、ようやく第三騎士団長までなったのに、半年も国境に行かされフィオラの側にいることができなかったとカルロスは当時を悔やんだ。
「私のため……?」
「あぁ。10歳になったフィオラが神託に行ったきり、帰って来なくなった」
カルロスは仕留めた獲物を地面に置くと、手袋を取った大きな手でフィオラの頬を優しく包み込んだ。
「俺はあの日からずっと後悔していた」
「私、何も知らずに、一人で寂しいと、辛いと……」
6年間、真っ暗な聖堂で一人孤独に耐えてきた。
でも一人ではなかった。
その間ずっと自分を助けるために、カルロスは血の滲むような努力をしてくれたのだ。
「これからは寂しいなんて思わせない。フィオラ、俺が命を懸けて守るべき主は、この国でも王子でもない。ずっとお前だけだ」
カルロスの慈しむような誓いの口づけにフィオラの胸が熱くなる。
「一生側にいてくれ」
あぁ、余命三ヶ月だけれど、最後にこんな幸せが待っていたなんて。
今までがんばったご褒美だろうか?
「あと三ヶ月。よろしくね、カルロス」
「……三ヶ月?」
三ヶ月とは何だとカルロスに聞かれたフィオラは慌てて口を押えた。
王宮での「聖女」としての生活は、朝から夜まで冷たい聖堂で祈りを捧げ、食事は味が薄いスープと固いパン。第二王子のセフェリノがこっそりくれた果物を食べることが唯一の贅沢。
水浴びは夏でも3日に1回、洗濯は深夜だった。
今は窓から差し込む柔らかな朝陽と、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いで目が覚める。
カルロスが毎朝焼いてくれるパンと温かいスープはおいしすぎて、つい食べ過ぎてしまうほどだ。
「フィオラ、 無理に動こうとするなよ」
「でも、自分で」
カルロスの過保護ぶりは、日に日に増していく一方だった。
カルロスはフィオラの背中にこれでもかとクッションを詰め込み、丁寧にふーふーと冷ました特製の野菜スープを口元まで運んでくる。
さすがにやりすぎだと笑うフィオラに、カルロスはこのくらいでちょうどいいと笑った。
「もうスプーンが握れそうなの」
フィオラがゆっくりと右手をグーパーして見せると、カルロスはフィオラの細い手を両手で包み込んだ。
「却下だ。俺と繋ぐためだけに体力を使えばいい」
真面目な顔でとんでもないことを言う幼なじみに、フィオラの頬が赤く染まる。
「目もね、だいぶ見えるようになってきたの」
あんなに白く霞んでいた視界がここに来てから少しずつ治っている。
カルロスのエメラルドのような緑の瞳や、窓の外に広がる森の緑、そして森で摘んできてくれた名もなき野花の色が驚くほど鮮やかに映るのだ。
「体調が良ければ、少しだけ外にでるか?」
抱きかかえてやると言われたフィオラは真っ赤な顔になりながら頷いた。
久しぶりに浴びる外の空気は、王宮の澱んだ空気とは違い、森の爽やかな香りがした。
青く澄み渡った空も見える。
鳥も花も色鮮やかに。
「きれい」
「どのくらい見えるんだ?」
「ここが昔と変わらない場所だとわかるくらい」
戻ってくることができて良かったとフィオラが微笑むと、カルロスも微笑み返してくれる。
「無理はするなよ」
「心配性ね」
その過保護なまでの愛しさが、フィオラの胸を温かく満たした。
カルロスの献身の看病のおかげか、日に日に体調がよくなったフィオラは、一ヶ月ほどで歩けるようになった。
視力も戻り、消えかけていた聖女の魔力も戻ってきたような気がする。
余命三ヶ月と言われたのが嘘のように身体が軽い。
「フィオラ、今日は肉だ」
イノシシを担いで帰って来たカルロスの逞しさを思わず二度見する。
「こんな大きいイノシシ……!」
さすが元騎士団長だとフィオラが感心すると、カルロスは困った顔をした。
「フィオラを守るために騎士になった。第三騎士団に入れば王子の護衛になれる。そうすれば王子の婚約者のフィオラに会えると思った」
だが実際は第一王子のアルバーノはフィオラに会おうとせず、遊んでばかり。
いくら聖女でも平民が婚約者だなんて耐えられないと言っている姿を何度も見たことがある。
ただの騎士ではダメだと思い、ようやく第三騎士団長までなったのに、半年も国境に行かされフィオラの側にいることができなかったとカルロスは当時を悔やんだ。
「私のため……?」
「あぁ。10歳になったフィオラが神託に行ったきり、帰って来なくなった」
カルロスは仕留めた獲物を地面に置くと、手袋を取った大きな手でフィオラの頬を優しく包み込んだ。
「俺はあの日からずっと後悔していた」
「私、何も知らずに、一人で寂しいと、辛いと……」
6年間、真っ暗な聖堂で一人孤独に耐えてきた。
でも一人ではなかった。
その間ずっと自分を助けるために、カルロスは血の滲むような努力をしてくれたのだ。
「これからは寂しいなんて思わせない。フィオラ、俺が命を懸けて守るべき主は、この国でも王子でもない。ずっとお前だけだ」
カルロスの慈しむような誓いの口づけにフィオラの胸が熱くなる。
「一生側にいてくれ」
あぁ、余命三ヶ月だけれど、最後にこんな幸せが待っていたなんて。
今までがんばったご褒美だろうか?
「あと三ヶ月。よろしくね、カルロス」
「……三ヶ月?」
三ヶ月とは何だとカルロスに聞かれたフィオラは慌てて口を押えた。



